2015年06月10日

初夏の花々(薔薇などの写真)


初夏の花々(薔薇などの写真)

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クリック拡大ーニコニコ堂(北海老)

小さなるトルコ桔梗の桃色に壺にさし見ゆ可憐なるかな
年ふりて花に花のつつむかな夏蠟梅を庭に咲かせぬ
花の中小さき花をつつみつつ夏蠟梅の我が庭に咲く
三色の百日草を部屋におくその色映えて明るくなりぬ
触らずに薔薇に光や我がよりて掃き浄めける朝の庭かな
窓により若き男女や大輪の赤き薔薇映ゆニコニコ堂かな



写真はデジタルカメラだとまずこれが良くとれているんじゃないかなと思ってもとれていない、角度を変えたり接近したりランダムにとったものをあとで見るとこれがいいなと選んでいる。
こういうことは写真だけとるならできなかったろう。
現像する前にどんなふうにとれていたのかわかるだろう。
だから写真というのはより身近になった。つまり素人でもいいのが結構とれる
ただ6万くらいのカメラは必要である。
光の具合などでかなり差がでる、実際見たものとは違ってくる。
この薔薇の写真はやはり光の具合が見た感じとは多少違っていた。
さらにいいカメラだったら見た目と同じくとれるらしい
それはソニーのカメラで二十万とかなるがそれだけの価値はある
夏蠟梅とかめずらしい花である。そういう写真はインターネットに今はいくらでもでている。

自分は庭を掃除したり花を挿したり手入れしたり家事をしたり介護したり金銭の管理からなにから毎日追われている
プログだってインターネットでもパソコンの操作は結構手間だし疲れる
今日は厚寿苑に三日ショートスティした。
だから余裕あるといえばあるが前とはまるで違う。
前はなんかいつまでもなにしもしない時間が延々とあった
だから暇で嫌な面もあった。でもそういうことも今はない
だから家事でも何でも何もしない時間が長くつづいたらなと思う
そういう時間をもてたのは幸せだった
結局人間で一番貴重なのは時間だった
その時間が無駄なことに費やされることが一番浪費だったのである。
そのことが若いときにはいくら言ってもわからないのである。
人間は何でもそれが現実化しないと自分の身にならないとわからないのである。

誰だか一万時間費やせば誰でも他よりぬきんでる、プロになるというのは本当である。
なぜなら一つの楽器を覚えるにはそれに時間をいくら費やすかで決まるからである。
一万時間費やせばプロになれるはいうことである。
そして楽器にしたっていろいろな楽器など時間がないから覚えられないのである。
北海老のニコニコ堂には日曜日は人が入っていた、若い男女は窓に見えた
自分は入らなかったがあそこの庭はいろいろ花が咲いている
今は大きな薔薇が咲いていた。あそこは絵になる場所なのである。
ただ昼間でも予約制の食事だから行きにくい
仮設のあつみ食堂には一週間に二回くらいは行っている
あそこまた昼間だけだから困る、晩方もやればゆきやすくなる
結局これも時間の節約のためなのである。
外食すれば時間が節約できるからそういうふうに思う
ただ野菜類とか自分でとらないと体に悪いから自炊が必要である。
今日はまた暑くなった。
暑いと外にでると自転車は疲れる
また明日から介護がはじまるからゆっくりしていられないのだ。

"天才"に生まれ変わる「10000時間の法則」

これが参考になるかもしれない,旅でも旅人になるにはそれだけの時間を費やす必要がある
それはみんな時間がないのでできないのである。

知識にしても膨大だからそれに費やす時間がなくて中途半端で終わるのである。
タグ:薔薇

抽象画(光あれ、色のあれ)


抽象画(光あれ、色のあれ)

抽象画に適したレーザーグラフィックス


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光あれ、色のあれ

be lights  be colours

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山の色

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水がおおっていた




抽象画はこうした新しい電気の色に向いている。
電気の色は変化しやすいのである。
だからart(技術)とともに生まれた新しい芸術なのである。
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