2015年05月16日

原発避難者が帰らない理由(NHKの原発避難者1154の声) (現代は誰も不便な所に住みたくない)



原発避難者が帰らない理由(NHKの原発避難者1154の声)


(現代は誰も不便な所に住みたくない)


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原町のイオンに一週間に一回くらい行ってみると品物が違っている。値段も安いし種類も多い。
自転車だとなかなか行けない、それで鹿島区にある一軒のスーパーでまにあわすほかない車がないと買い物と医者は不便になる
値段まで高いものを買うほかないのは苦しい
今は田舎が東京より物価が高いというのは本当である。
田舎では収入が低いが物価は高いのである。
ただ持ち家の人が多いし賃貸でも格安蜷場合がある
地域でも広いから実際は住む場所によって差がでている。
原町市内でも大原とかなると山の方で遠いから街まで行くのは遠いとなる。
だから大原に住んで農業をしていた人の息子が街内に住んで親は一人で農業していた。
今は空家になっている
田舎は広い土地に住んでいるから街から遠い所は買い物に不便になる。
だから田舎では車がないと生活できないとなる
実際に田舎では一人一台車をもっている、車をもっていない人はたいがい貧乏人なのである。
車が金あるかないかの判断基準にてなりやすい、原発避難者が補償金でいい車を買ったということで傷つけられたことでもわかる。

NHKの原発避難者1154の声で放送したことは何も目新しいことがなかった。帰るか帰らないかそれは早く決断を急がせるのではなく決められないままでも仮設にでも他でも住んでいられる安心感を与えるべきだと学者の人などが言っていた。
それも避難者側の言い分であり回りの人がどう思っているか回りの目が気になる、コミニュティにとけこむことができないということも言っていた。
つまりそうした宙ぶらりんなどっちつかずでいつまで補償金もらって暮らすつもりだという声が回りに大きくなっているのだ。
原発避難民は補償金で遊んで暮らしていられる、俺たちは地元で汗水垂らして働かねばならない、それでもたいした金にはならないとか不満になる
俺たちは原発避難者のために働かせられているんだとかまでなる
だから二本松であれ会津であれイワキであれ回りの目が厳しくなってきている
だから学者でもそのまま帰るか帰らない決断を迫らずにそのまま長くいられる状態を保たせるべきだというのは回りからするとかなり迷惑になる。

現実に南相馬市内では小高の中学生が鹿島区の小学校内に仮の校舎をもち、小学生は中学校に小学生が仮の校舎をもっている。
それは争いになるからだという。つまり同じ南相馬市内でも鹿島と小高ではイワキのように激しくはならなくても軋轢が生じている。
小高の人は金が入るから態度がでかいとか遊んで暮らしているとか不満が大きいのである特に津波の被害にあった人たちは家もなくなり補償金も鹿島区ではかなり少ないから不満になる。
とにかくこの辺は津波の被害もあり複雑になっている。
漁業関係者は原発から補償金をもらって家を建てたとかなんとかこれまた補償金問題で心が分断されている。
だからいろいろめんどうだから年もとっているからかかわりたくないと早い内に鹿島や原町に家を建てた人はかしこかったとか言われる
小高の避難者は来年は避難解除になり小高に帰る、小高以外に家を建てた人は帰らない
でも今の時代不便な所には住みたくないのである。
そしたらそんな不便になった所に帰るのかとなる

結局移住したコミニュティに溶け込めないというとき回りの目が厳しいというとき何かそうさせているのか?
それは相馬藩が天明の飢饉以来越中などの移民を入れて働かせて立ち直った。
今でも三分の一の墓が真宗系統なのが相馬藩である。
江戸時代は全国でそうした荒廃地が生まれ移住していたのである
そもそもそんな条件の悪い所になぜ移住したのかとなる
それはそういう時代でありあえて土地が与えられるということで移住した。
そして移住した人たちは「加賀泣き」とか伝えられるように相馬藩で苦労したのである。条件の悪い所を開墾したりしたからである。
もう一つ前にも紹介した十津川村が水害で壊滅的な被害を受けて北海道に村ごと移住したのも貧乏な農業で暮らしていた時代である。
そういう時代は条件が悪かろうがもともと条件のいい場所がない時代だったのである。

だからそんな苦しまねばならない場所に移住したというのはそういうもともと今のよう便利な生活などしている場所がなかったのである。
それでも武士が北海道に移住してその苦労に耐えられず離脱して官僚になったとか映画があった。
それはそんな苦しいのがいやで贅沢したいから官僚になって仲間から離脱したのである。そもそも北海道にはアイヌがいても回りの住民からの圧力がなきに等しかった
いくら金もっていてもそれだけの集団になるとなんだあいつら遊んでいるだけではないかとなり不満が回りからぶつけられる
相馬藩に移住した移民はもともといた土地の人に従い懸命に働いていたからそんなことは起こらなかったのである。
原発避難民が移住先で金があるからもともといた土地の人より裕福で威張っていられるなどありえなかったのである。

原発避難者とはこうした人たちと比べることはできない、時代がそもそも違うからである便利な贅沢な社会がありそこには金さえあればどこでも住めるという時代である。
現実大内村は山の中の孤立した村のようになっている。
それが郡山市で暮らしたら帰りたくなくなったという気持がわかるのである。
自分も原町市とか相馬市とかの方が便利で楽だとなるからである。
つまり不便な所には帰りたくない、住みたくないとなって帰還するのは時間がたつにつれてますますむずかしくなっているのだ。
ただ小高の人は南相馬市民だから浪江とか双葉とかは違う。
そういう点ではイワキのような深刻な軋轢がないがそれでもみんな鹿島区の人は不満であり口々に言っているから小高の人は小高の人で鹿島にはいたくないということがある
一方で小高に帰るの不便であり老人ばかりでありそんなところでどんな生活になるのかとうい不安がある。
だから早々に住むこともあきらめた人もいたのである。

そしていつまで補償金もらって遊んでいるんだとか回りの目が厳しくなっている
つまりどっちつかずのような宙ぶらりんな決断しないこともまた避難者にとってもいいものではない。決断をしないで帰る帰らないとか決めないでいられる状態を作ってやるというのも回りの人からすると困るのである。
アンケートをとったりなんかいろいろ外部から言われても何の解決にもならないというのも避難者にとってみればそうなる
ではどなん解決方法があるんだとなるとその個々の家族で決めるほかないとなる。
決断するほかないとなる。いつまでも決断をながびかせてもいいんだ、それをおしつけない状態にさせることも大事だというのも回りの人には困るのである。
むしろ避難者にとっても決断した方がすっきりするだろう。
帰るなら帰る、帰らないなら帰らないとして将来の方向を決めた方がすっきりする
帰るにしても帰らないにしてもどっちにしろ困難なことがあり問題がある。

いづれにしろどうしても現代では不便な所には住みたくないとなると帰還するのは無理だと自分は思う。
回りからなんだかんだ言われるとかそんなことを気にしないで金があるから家を建てた人が決断した人が結局はすっきりして良かったとなる
「進むも地獄退くも地獄」となるならどうしても楽な方を人は選ぶようになる。
一億円の金をもらっても回りに何らサービスを受けられないとしたら何の価値もない
原野に立って金があって自動販売機もなくジュースも飲めなかったら金の価値は何にもないとなってしまうからである。
一億円あっていろいろサービスを受けられるとき金にも価値がでてくるからである。
そういうことでどうしても帰還するのはもうあきらめる人が増えたきて避難区域の町は消滅するほかないとみてしまう。

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ただ狂いたいほど帰りたいという心境は故郷を失った人しかわからないだろう。
故郷とは何か、故郷を失うことがどういうことかわからないからだ
普通は外部から見ると故郷にそんなに固執するものなのか?
金があるんだから新しい土地ではじめたらいいじゃないかとなる
啄木は故郷をあれほど思ったのは東京で若くして死ぬという状況で起こった。
では原発避難者は東京に移り住んで人もいるが福島県内とかにも多いからから
大都会とは違う環境にある
やることがなくても困ったというのもこの辺の津波の被害者も言っていた。
そういうこともあり狂うほど帰りたいという気持は本人しか理解できない
それは年齢にもよりそう思っているのはやはり50代以上かもしれない
若い人はもう新しい土地になじみほとんど帰らないとなってしまったからである。
タグ:原発避難者
posted by 老鶯 at 22:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

抽象画から具象画へ(春の川) (抽象画から抽象画へ)


抽象画から具象画へ(春の川)


(抽象画から抽象画へ)


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水と緑

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海溝

これは原画と比べるとわかる、でもこれの方が原画より抽象画的になっているのも
不思議である。




一つ目は川のように見えたから岸を新緑や芽吹きをイメージした。
そして岩山のようになったから山をイメージして加工した。
これはオリジナルの絵とはもうほとんど関係なくなっている。
ただ川の所が多少これと同じだなと原画を見ればわかる
これはだから著作権に関しては指摘されないだろう。

海溝はこれは明らかに加工したものとわかるから著作権が指摘される
これは参考のために出しただけである。
抽象画でも具象画とは切り離せないのである。
川とか山とかのイメージを抽象画で何を現しているのかわからないものを
具象画に変えたのである。
抽象画はインターネットから生まれた新しい芸術ともいえる。
普通の絵画からはこんなことできないからである。
タグ:春の川