2015年04月26日

弘前城の桜満開 (城にひかれのは現代に失われたものが城にあるから)


弘前城の桜満開


 
(城にひかれのは現代に失われたものが城にあるから)

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天守閣より

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パノラマ写真

(弘前城天守閣十句)

花また花花に染まりし天守閣
花の色重なり濃しや天守閣
花風に吹き舞い散るや天守閣
天守閣装う花の尽きぬかな
松風の鳴りて花散る天守閣
岩木山春の日映えて天守閣
石垣にくねれる松や枝垂桜
天守閣ものさび古りて松に花
松影に夜散る花や天守閣
花に月弘前城の天守閣
弘前城門の古しや花に月
堀写る月に桜や夜もふけむ

門古く枝垂桜の色濃くも城の内にしくねる松かな
二本の枝垂桜や城の内色を深めて天守望みぬ
樅の樹の直ぐに立ちしも城の内岩木山映え花盛りなり
花の影長々とつづく弘前城枝垂桜の石垣による
花に明け花にそまりて花に暮る弘前城に尽きぬ花かも
弘前城北の守りと古りにけり枝垂桜の色を深めぬ
岩木山天守に望む花盛りや我も望みてみちのくの春
門いくつ堅固に古りて北の国守りのかたく松と花かな


 
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月が出ていた

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クリック拡大しないと鮮明に見えません

 

●城にひかれる理由

大名や藩主の政治上の拠点であり、居住の場所であり、攻守の要であり、城下や近隣の人々の命や生活を左右する、まさに命運が決せられる場所であった

城を守ることは国を守ることと同義であり、それはすなわち、戦国時代には藩内の各人の命が城の存続と共にあったということを意味するのである。そのようなわけで有事の際には武将はおろか、一兵卒、農民や町民に至るまで、城内に暮らし、敵の襲来に備えたのだhttp://japan-web-magazine.com/japanese/castle/index.html


城の美学

徹底的に無駄を省いた造型
簡素簡潔の極みの美
潔白の四面の白壁
忠誠の主君の天主閣
質実の土台の石垣
貧しさの中の無駄のない美
武士道の結晶の美
身を律して静粛なり
冬樹のように張りつめて
ここに自ずと人格は陶冶され
一本筋の通りぬ
城下町の細い道
身を引き締めて
侍の威を正し歩む

建築はただの建物ではない。物質ではない。確かにそこには精神が外に現れた具象化であり建築を見るとその時代が凝集して現れている。日本の城もそれは美を意図して作られたものではない。あくまでもその時代の実用のために戦いに備えるために効率を第一に造られたのである。美を意識して作られたわけではない。後の世にそれが美として認識することになった。日本の城は本当に寸分の無駄もない。貧しかったので無駄ができなかったのだ。それは茶室にも通じるものである。日本という狭い国土ではすべて無駄ができないのだ。ヨーロッパには無駄と思える贅沢な建築がある。装飾過剰と思えるバロック建築などである。ヨーロッパには日本にはない贅沢な建築がある。それはとりもなおさずヨーロッパには日本にない富の蓄積があったからだ。日本にはそうした富の蓄積がない故無駄を徹底的に省く建築が志向された。日本の城は大きい城より小さい城に本来の姿があるのかもしれない。地方の多くの城は小さい城だったからだ。とにかく侍はいなくなっても城は侍の精神の結晶として残り確かにその城から侍が出てくるのだ。

 一方現代の建築の貧困は大きいばかりでそこに精神の表象化したものが感じられない。単に効率化でありビジネスと事務のための箱に過ぎず精神がない、ただ利益を追求するためのもので精神を感じられないのだ。建築からみると現代は貧困である。これほどの建物がひしめきあっているのにどれも個性もなく一様である。
現代をみるとき常に過去にもどり現代をみるから歴史が重要になる。
復古の精神が明治維新でもそうだったように革命になっているのが世界でも同じである。フィレンツのルネサンスがローマなどの復活だったようにローマももともとは武士道と通じるものをもっていたのである。それは建築にも現れていたのである。
ローマの兵士と侍は似ているのもやはり共通している。
今にないものが失われたものが昔にあったから歴史が見直されるしそれはくりかえされてきた人間の営みである。
城に魅力を感じるのは現代が失われたものがそこにあるからである。
高層ビルを見て何か不満がある。ただ高いというだけで何かが欠けている。
おそらくこうした現代のビルははたして後世の歴史的遺産となるのかと考えたらならないだろう。そこには何か人間の営みとして大きく欠落したものがあるからである。
一方城には小さくても単純でも根本的に違ったものがある。
それは何か?歴史的遺産とか物はただの物ではないのだ

●当時を生きた人々の思いがこもっている城

物にはすでにその城とともに生きた人たちの思いが残されているから単なるものではなくなっている。
だから何かもともと城もないのに観光用に城を作っても感動しないのである。
雲雀が原に野馬追城など作ってもそこにはもともと城がなかったから観光用であり感動しない、今なら城は秀吉とか名乗る人が個人で城を造ったように作れるのである。
今なら豪邸は城である。でもそこに何かが大きく欠落している。
城は小さくても単なる物ではない、その時代に生きた人たちの思いが集積して残っているから違っているのである。
そういうものが本当の歴史的遺産であり後世に残るものである。

城にはそういう人々の思いが共同性の象徴としてあったから違っている。
建物は共同性の象徴としてあった。
村の共同のために神社があり武士の時代になると城になり明治以降は家が共同性の象徴となり天皇家と家意識が結びついたのである。
なぜなら一家の墓が生れたのは明治以降だからである。
それまでは個人墓と夫婦墓が多いのである。それは明治になっても受け継がれているから夫婦墓は明治になっても多かったのである。それは・・・家という家の墓ではないのである。明治以降はこのように共同が村から城から変わっていったのである。
今なら会社が共同性の要だから城と同じになる。企業戦士と呼ばれたのもそのためであるでも会社が高度成長の時は会社に家族もまるごと従属したが今はそうではなくなった。
武士の社会では身も心も城と一体化して従属していたし家臣は君主に忠誠を誓っていた。そこに強いモラルが形成されて命をともにしたから違っていたのである。
そういうものを城にはあり単なるものではないからひかれるのである。

●弘前城の天守は当時のままのもの

弘前城は天守でも江戸時代から現存しているまれなものなのである。
だから余計にそこにこもっている思いがその城に感じるのである。
城でもきれいに改装されると何か違ってくる。たいがい城は改装されて新しくなっているすると何か作られた観光用のものと感じてしまうのである。

ともかく弘前城に残っているものは少なくても往時のままに現存していたから貴重である桜は別に江戸時代は咲いていなかった。枝垂桜のことは信長に滅ぼされた朝倉氏の城で歌われたからあった。糸桜として歌われている。
桜はそもそも山桜であり城には咲かない、染井吉野はあとから作られた品種である。
明治以降に城が公園化して桜で飾られるようになったのである。
弘前公園の桜もそうである。

春高樓の花の宴
めぐる盃かげさして
千代の松が枝わけいでし
昔の光今何處

これもだから明治以降に桜が植えられて咲いたからできた歌だった。
それでもなぜこれほど城には桜が映えるのか、それは城と桜が一体化する日本的文化のためである。当時も桜が咲いていたように錯覚するのである。
第一桜そのものが日本人の心でありもう単なる花ではないからそうなっている。
弘前城の桜はやはり一番見応えがある。岩木山を見えるし自然と調和することでさらに引き立つのある。それは二本松の城と同じである。
街中にある城はビルに埋もれたりしたら映えないのである。
自然と調和しないものはどんなことしても美を作り出せないのである。



弘前城に現存する門は、間口の高さが他の地域の城門に比べて高く作られています。これは、積雪時にも槍を掲げながら門を通過できるようにしているためだと言われています
http://tamutamu2011.kuronowish.com/hirosakijyouootemonn.htm

ここの写真を見ればわかる、これだけ雪がつもっている

この写真は4月24日のものです
 
今年は風が強いし早く咲いたので散るのも早いらしいです

偶然ホテルのキャンセルが一室あってとまれた

新幹線も盛岡まで立っていた

この時期はこむが桜の時期は短いから無理をしても見るべきである
タグ:弘前城

春の日の新幹線の旅の不思議 (仙台から青森まで二時間だったことの驚き)


春の日の新幹線の旅の不思議


(仙台から青森まで二時間だったことの驚き)


東北新幹線と夕日
http://sakana114.exblog.jp/16757926/


新幹線盛岡とまり春の月
春の灯や盛岡すぎぬ新幹線
春星や新幹線に乗れる人
きらめきぬ旅路帰るや春の星

逢隈駅とまりてしばし残る花車窓に見つつ過ぎ行きにけり
とうとうと北上川の蛇行して岸辺の広く芽吹く樹々かな
みちのくの奥の深きも春の朝連なる山の霞けるかな
新幹線二戸にとまるタンポポの明るく映えてはや走り去る
新幹線樹々の芽吹きや風ゆれてひた走るかな青森までを
八戸に新幹線のとまるかな春田の見えてしばしのどけき
みちのくの春の山々残る雪新幹線の車窓に見ゆかな
みちのくの春や夕日のきらめきて新幹線の車体に反射す
仙台と青森結ぶ新幹線二時間なりし春の夜かな
十三湖西風強し春なれど新幹線にはや帰り来ぬ

新幹線は自分はあまり乗らなかった。旅する時間がなくなり最近東北新幹線でも乗った。青森まで開通して三年たったというけど行っていなかった。八戸までは行っていた。
ただ錯覚していたのは新青森まで三時間以上かかると思っていたことがである。
このことが大きな錯覚だった。
鉄道で三時間となると遠く感じるのである。暇な時間があるときはそうして電車で旅をしていた。それはぜいたくな時間だった。
急行にもあまり乗らず普通車で旅していたのである。

だから今回新幹線で青森まで二時間で到達したことに驚いた。
二時間ということはほぼ原町から仙台に行く感覚である。
それは前は相馬市からも通勤していたように通勤できる時間でもある。
それは一時間20分くらいである
それにしても二時間は本当に早い、距離として遠いという感覚が全くもてなかった。
それは今まで経験しない不思議な旅になった。

新幹線だと見えるのは山だけなのである。
だから新幹線から見える山を紹介するサイトがあったことでもわかる。
不思議なのはその山が連なってるように見えることなのである。
それは山と山の距離は相当にあっても新幹線は早いのだからその距離を短縮してしまうのである。
だから山の間が遠くても連なっているよように見えるのだ。
それで仙台から岩手山が見えるという詩を書いたりした。
今回は青森から仙台まで夜に来たが街の灯でもその間の間隔がないように感じる。
一つの街にきんきてもすぐまた街に来ているから街の間隔がない
街の灯が次々に見えてくる感じ蜷のも不思議な経験であった。
つまり盛岡の街の灯や一関の街の灯でも連続して見えるのである。
新幹線は空間の間隔を変えてしまった。

というのは津軽鉄道で終点の中里町から十三湖をタクシーで見に行った。
十三湖には西風が強く吹いていた。
ここに今ころこんなに強い西風が日本海より吹いてくるのかと意外だった。
ただ太平洋も春になると東風が吹くから海からは風が吹きやすいのである。
その西風をに見に受けて今日のうちに帰ってきたことも不思議である。
あそこは本州の最果ての地だけでも仙台からだって前はそうだった。
新幹線でゆくとそういう感覚がない、距離の感覚がもていなのである。
それでこの感覚はなんなのだろうとなる

技術はやはり人間に新しい感覚をもたらす、パソコンでもインターネットでもそうだった
ただ前から乗り物は車であれバイクであれ自転車であれ乗った感覚は違ったものとなる。見える景色もそれで体験するものは違ったものとなることはわかっていた。
新幹線も乗り物だからやはり同じだったのである。
いづれにしろ電車の旅が長いから新幹線にも鉄道ファンなら愛着を覚えるようになる。
その流線型の車体に春の日がさして反射する、何かその車体も愛おしとなる。
こういう感覚は自分は車にはもてないのである。
でも車をもっている人はそういう感覚をもつことは同じなのである。

ともかくこれだけ早いと青森が一段と身近に感じた。
青森は日帰りもできる距離にあるのかと驚いたのである。
一日泊まったがかなりの所を回ることができたのである。
そして7年間旅から遠ざかっていたからまた旅ができたことはうれしかった。
旅した感覚を忘れていたがよみがえった。
一時は身体障害者になりは旅もできないと悲観していたからうれしかった。
旅はまだまだできる、ほとんど休むこともできなかったがかなりの所を今回は効率的に回った。
こういうのは旅ではないにしろ青森までこんなに近いとすると青森が身近になったのである。
それが新幹線の効果なのかもしれない、青森の一日旅行でもかなり効率的に回れるということである。
今までなら行くだけで半日以上かかり一日かかっていたら長すぎたからである。
行きに一日帰り一日となると長すぎたのである。
新幹線は遠くを近くさせて一体感をもたせる効果があるのかもしれない。
だからまた青森には一日の旅をしたいと思ったのである。

新幹線にケンジが乗っている
このつづきだった、青森まで乗ってやはりこういう感じになる
空間感覚を新幹線は変えたのである。

 
タグ:新幹線