2015年03月08日

津浪原発事故で復興しないのは高齢化社会のため (急速に老人が増えて取り残される地帯)



津浪原発事故で復興しないのは高齢化社会のため


(急速に老人が増えて取り残される地帯)


南三陸の前の志津川町から登米市に移り住んだ人は92歳の夫を介護していた。
病院が近いので長生きできたという。
南三陸は不便な地域だった。不便な所は病院とか医者が少ない地域である。
川内村では帰ったのは1500人とかいても老人が多いのである。
そこで立派な雛人形を飾ったが孫が見にこない、来たいと言うのだけど来ない
それでスマホで写真をとり孫に送っている。
娘なのか夫が息子なのか若い夫婦は帰らない
「放射能怖いから・・・帰りたくても帰れないんだ」
そういわれるとどうにもならないよと言っていた。
だけどもし娘でない嫁がそういっていたら若い夫婦はだけの方がいいとなる
なにかこの際、放射能のせいにすれば自分たちの言い分が通るということもある
姑と一緒に暮らすのが嫌だということがあり別々に暮らす方がいいとなる
つまり不便な川内村に住みたくない、姑と一緒に住みたくない
この際放射能のせいにすればそれができるともなる

ある女性の老人はは息子娘のところに行ったがいられなくてまた仮設に返って来た
これもまた老人がいにくいことがある。
老人は住み慣れた家と家族とか地域がいいのである。
そもそもなぜこんなに家族が分断されたのか?
津浪や原発事故のためだとなるがそれだけでもない
もともと大家族というのはあったとしても形だけであり昔の大家族とは違っていた。
地域でもこれも今までの地域とは違っていた。
便利な時代になれば便利て所に住みたいとなる
でももし便利な時代でなかったら自給自足のような生活だったらそういう考えにはならなんのである。

要するに金さえあればどこにても住んでいい時代なのである。
地域の崩壊とか家族のつながりは希薄化したとか前から言われていた。
それか津浪と原発事故で拍車がかかってしまったのではないか?
津浪の被害地域でもそこは南三陸とか岩手県の方はそうだった。
だからそういう過疎的な地域は一挙に崩壊現象が現れた。
石巻とか多賀城とか人口の多い所はそうはなっていない
川内村とか葛尾村とかは過疎地域だからもう村が復興しない
葛尾村1500人くらいとなると前から村を維持すること自体限界だったのだろう。
もともと働く場所もない山の村だった
それは明治以降もそうであり自分の父親が葛尾村から双葉の新山に丁稚奉公に出たことでもわかる。

大熊や双葉も相馬藩ではもともと辺境地域で森でおおわれていたのが開拓された地域である。双葉の桜並木はその記念事業として植えられた。
原発周辺は原発の恩恵で存続していたということもある
川内村の意外なのは三分の一が原発で働いていたのである。
意外と原発に近いからそうなる。
いづれにしろ高齢化社会がこの辺では急速に問題が現実になった。
小高でも半分帰るといっても老人が多いのである。
するとだんだん体が弱り病気や介護状態になったら誰がめんどうみるのか?
行政でも対応しきれない、すでに介護士も外部の人で今はまかなっている。
やがたその人たちが去ったら誰がめんどうみるのかとなる
娘や息子のいる所を頼るほかないかもしれない
そうなるとコンパクトシティがいいとなる
南相馬市なら原町区の中心部に人を集めたり鹿島区も街の中心部に人を集める
津浪では海岸に人が住めなくなり街に人が集まった

つまりこの辺は高齢化社会の問題が急速に現実化したのである。
高齢化社会の問題は都会の方が深刻だという。
なぜなら人口が多いからそうなる、すでに介護士も不足して施設も点てられない状態である。団塊の世代が介護状態が増えるあと十年後はさらに深刻になる
在宅介護といっても大家族でないからそれだけの余力がある家族は少ない
ともかくもともとあった社会の矛盾が津浪原発事故で顕在化したのである。

人間も生物だから土地と一体化して土着化して住むのが人間的だとなる
農家だったら代々その土地に住んでいてそこに愛着を見いだしアイディンティティを見いだす。それで精神も安定する。
農家でもなくてもそうした農村風景の中で都会があっても田園都市の中で心が培われ安定する。
もちろん都会といっても5万の都市と10万の都市の差は医療などでは大きくなる。
郡山は十万以上である。医療にはいい場所である。
十万でも田園都市としてありうる、仙台でもまわりはまだ田園が広がっていることもあるただ市街地化して自分としてはあまり好きではない、盛岡くらいがいいかもしれない。
東京の老人を地方で受け入れろとういうけと地方でも病院や介護士とか不足しているのだからそんな余力がない。
福祉や介護や医療にもうこれ以上金をつぎこむことは国自体衰亡してゆくという危機にもなっている。
老人栄えて国滅ぶという本も出ていたがそれも笑い事ではないだろう。

高齢化の問題は例えば遺産相続でも60以上であり遅いのである。
早めに遺産相続して家の跡を継ぐと新しく変われることがある
若い世代へ引き継がれ時代にあったように活用できる
自分でも早い時期に家の跡を継いでいたらこうはならなかった
自分自身も後十年とかでどうなるかわからない
すると家をどう処分するかなどの問題になってしまう。

これは家だけの問題ではなく、社会全般の問題である。
若い人に交代させないと社会か時代に即応できない、もちろんグローバル社会からも日本は取り残される
若い人は何できないと言ってもやらせてみないとわからない
つまり経験を積まないと人間はできるかでないかもわからない
経験を積ませて若い人を成長させることも必要なのである。
それがまた高齢化社会の大きな問題なのである。
社会かか新陳代謝できないということである。
そういう社会は衰退してゆくことは確かである
団塊の世代の時は戦後の焼け野原でも今になると人口が爆発的に増大して活気ある時代だったとなる
今はあらゆるものが縮んでゆく時代であり下降してゆく衰退の時代になった。
ただ膨大な老人をかかえて呻吟している社会である。
やはりそれはプラス面よりマイナス面が大きすぎるのである。

女川町では被害が大きかった。街の8割くらいの家が損害を受けた。3割の人口が流出したその時町では若い人に新しい街作りをまかした。
「還暦以上の人は口だすな」これを実行して新しい街作りが他より進行している
21日には新しい駅も開業してし鉄道が通る
この例のように老人ばかりが集まっても何か新しいものは生れないのである。
老人は今まであったものの継続を望むし大事にするからである。
若い人はこれから自分たちの暮らしいい街作りを望む
その両方が必要なのだけど老人がかかわると新しいものは生れにくいのである。
家でも会社でも代替わりすると代わった人は新しいことに挑戦する
大塚家具でも新旧の世代で争いが起きる。

ただ老人がすべて不用かというとそうでもない
なぜなら老人は経験を積んでいるしその土地のことでも知っているからである。
でもこういう何もなくなるとそこに何を作っていいかわからなくなる
それが原発被害地域で起こっている
田んぼがない世界がイメージできない
田んぼのない後に何を作るんだとなりどうしていいかイメージできないのである。
それは津浪の被害にあった海岸地帯でもそうである
そこをどう利用していいのかわからないのである。
だからフクシマは復興がすすまない、放射能被害にどう対処していいかわからないからである


 
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posted by 老鶯 at 19:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連