2015年03月04日

春の月(原町市へ)


春の月(原町市へ)

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高台の墓地に春日や平和かな
春日さす鳩の数羽や平和かな
余裕あれ喫茶店の窓に春の月
春満月海より昇り4年すぐ
春の灯や新築の家増えにけり

川子の高台の墓地はいい場所にあると思う。あそこの下まで津浪が来たから驚く、
あそこはずっと高いから津浪とは何の関係ないにしても何かこの辺では津浪が来なくて良かったなとかなる。
自分の住んでいる所も津浪が来た場所から500メートルくらい離れていても何か津浪の影響が大きいのである。
500メートルの地点で津浪が来た家があった。あの辺は遠いからたいしたことがないと思っていた。でも床上まで来ていたのである
あそこは海から3キロは離れている。それでもそれだけの被害があった。
だから今でも住んでいて怖いとなる。実際のその感覚は自分でもわかる。
だから常にこの家の庭の石が流されなくて良かったなとか見るのである。

イオンでは本などを買った、あそこでさつまいもを焼いているのがいい、サツマイモが大きいのが一本120円だった。鹿島ではそれより細いのが170円だったのである。
鹿島ではスーパーが一軒であり値段が高くなっているから損なのである。
つくづく川内村から郡山市に移り住んだ人が帰りたくなるというのもわかる。
物価だってかえって今は田舎でもさらに辺鄙なところがありそこはかえって物価が高いのである。
そして歯医者も何もないとなると住みたくないとなる、飯館村なども住居としては森に囲まれていていいのだが規模の小さいスーパーが一軒とか他は診療所があっても何もない
第一車がないと住めないのである。なにするにも遠くに出ないと生活できないからである自転車では生活できないのである。

今暮らしいいのは最低で4,5万の都市である。そこなら田園都市にもなっているからいいのである。そこなら車がなくても便利な暮らしができる。
田舎は車がないと生活できないとしきりに都会の人が言うけど4,5万の都市なら病院でも医者でも一応そろっているからできるのである。
まず一万だったら今は不便である。車がないと医者にも行けなくなる。
そして年取って病気とか介護になると余計に今は不便になるのである。

今日は春満月が出ていた。ガストの窓にその満月がでていた。
今日は老人施設にショートスティだから食事の用意をしなくてもいいからゆっくりしていた。
食事の用意で結構時間がとられるのである。
金があればもう外食にすれば時間の余裕が生まれる。
ただ野菜が不足するから野菜を食べるためには家で料理するほかないのである。

この辺は震災から四年すぎる。春満月が出たとしても津浪の跡は以前として寥々としている。ただ徐々にその傷跡も癒えて春満月がふさわしいとなる。
ただその日はまだまだ遠い、あと十年なのか二十年なのか?
その傷跡はあまりにも深かったのである。
新築の家は今でも増えている、でも家を建てられる余裕のある人はもう少なくなっているという、あとは復興団地のような所に入る人なのかもしれない。
今日はともかくあたたかかった。でもまた北風が吹いてきたのである。
電動自転車は風でも馬力があるから走れるのかいい、これがないと今日は原町には行けなかった。

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