2015年03月02日

何に時間を費やしたかが人生である (旅の時間も今行けなくなると貴重だった)


 
何に時間を費やしたかが人生である

 
(旅の時間も今行けなくなると貴重だった)


かりそめに通りすぎて
十分に愛さなかった かずかずの場所への郷愁よ
それらの場所へ 遠方から 何と私は与えたいことか
しわすれていた身振りを つぐないの行いをもう一度ー今度は独りでーあの旅を
静かにやり直したい
あの泉のところにもっと永くとどまっていたい
あの樹にさわりたい あのベンチを愛撫したい
(リルケ)

つくづくこのことを旅ができなくなって思う。まさか遂に6キロくらいのしか往き来できなくなると思わなかった。
すでに一年は仙台にも行っていない、やっと原町とか相馬市に行くだけである。
それは外国まで自由に旅していた自分にしたら考えることもできないことだった。
そしてつくづく自分はこれだけ自由に旅できたから恵まれていたなとそのことに感謝した人間はいつしか旅すらできなくなる時が誰にでも来る
病気になったり老人になり体が弱くなるとできない
それから人間の時間は何するにしても限られているのだ
旅しているだけでも時間はたちまち過ぎてしまうのだ。

人間の一生をふりかえるときある人がガンになった。
その人は工場でフォークリフトで荷物を運ぶ仕事をしていた。
その人は余命何カ月とか言われた。その時何をしたいかと思ったらもう一度工場で働きたいと思った。仲間と一緒に仕事したいと思い実際にしたのである。
つまり何にその人が時間を費やしたのかが人生なのである。
その人はともかく何であれ工場で働いたの一生だからそこが人生であり一番愛着ある場所だった。それは理屈ではない、そこに人生の時間が費やされたからこそガンになっても
そこでもう一度働きたいとなったのである。
原発事故で避難した人が田植えをしたとき収穫したとき喜びがあった。
漁師だった人が津浪の後に仲間と漁をしたとき喜びに溢れていた。
つまりそこにその人の人生があった。
もちろん金のために生活の糧を得るためにも仕事はある
しかし人生の時間をそこに費やしたら単に金だけではなくなる
だからガンになった人がもう一度働きたいというとき金だけの問題でなくなっいたのである。
外から見るとそんな仕事がそれだけの意味があるのかとみる
でもその人にとってともかく人生の時間がそこに費やされたのだから
そこでもう一度働き死にたいとまでなっていたのである。

そういうことはなかなか若い内は理解できない、仕事なんかただ金のために働かせられているだけだというのが奴隷にされているだけだとしか不満しかないのが普通である。
漁業でも農業でも金にならないからやらないとかしかなかった。
でもあなたの人生とは何だったの?
補償金もらって遊んで暮らしていればいいの、それが人生でいいのともなる。
だから漁師が原発事故で確かに補償金をもらっているから暮らせる
でも何で自分はこの港にいるんだろうと言っていた。
もう漁師でもなんでもない、その人生はただ遊ぶだけなのかとなる。
遊び人の人生になってしまうのである
工場で働き生きた、漁師として農民として職人として生きた
何かそこに人間の人生の価値があったのである。

現代はすべて金をいくらもうけたかどれだけの収入を得るかですべてが決まる
では人生の最後に何が価値があるかとなるとどれだけ金を残したかで
人生が決まるともなる。もちろんそういう価値観も現代にはある。
金をすべて否定したりは現代はできないのである。
ただすべて金だけ計れるかというとそうはならない
老人になるともう金があっても使いこなせないのである。
自転車も何代かいいの買ったが乗る時間がないと利用できないとかなる
もう長い旅もできなくなったからである
他の自転車にとりつける動画をとるカメラも買ったがこれも利用できていない
何かをやろうとして物を買ってもできないことに気づいたのである。

老人になると何が残るかというとその人が何に時間を費やしたかなのである。
それが何であれその人の人生だったのである。
だから旅というのもあそこにいた時間がいかに貴重な時間だったか理解した。
自分が旅したのは故郷にいたくないということがあった。
故郷がいいというけど故郷はあまりにも見慣れていて感動しなくなっている。
それから田舎だと人間関係でも狭いから監視されているようでそこから解放されたいということがある。
四六時中ある老人の男性は女性が入って来たりするのを見張られている。
だから簡単に人を家に入れることもできないと言っていた。
だから故郷とか田舎はみんないいものではない、そこから解放されたいというのがある。ただ都会ではなく、旅は自然の美があるところに行きたいとなる
その時はそうした狭い嫌な人間から解放され、自然の美だけにひたっていられるということである。

ただふりかえるとこれだけ旅してもそこにいる時間が短すぎるのである。
だからなぜもっとそこに長くいなかったのかということが後悔になる
もっとその美にふれていなかったのかとなる。
今になるともっと富士山を堪能しておけばよかったとなる。
つまり旅でもその場にいる時間が貴重だった。
旅ではいつでもその景色が見られないからである。
日本の自然は今でも美しい所がいたるところにある。
それはいかに文明化してもそうである。
その美にふれる時間があまりにも短かかったのである。
それでも自分の場合はこれだけ旅したのだから旅の蓄積がある
それが記憶として蘇ってくるから俳句にしたり短歌にしたり詩にしりたする
現代は忙しいからかえって何か記憶に残ることが少ないのである。
だから浅薄な時間を人生を生きていることが後でわかるようになる

菜の花に長くもあれな春の冨士

菜の花に埋もれて長く春の冨士

そこに長くとどまっていたかった。しかしその日はもう帰らない、それは旅だけではない、人生の時間はすぎさる、その時あらゆるものがなつかしくなり価値を帯びてくる。
平凡な日常生活すらそうである。なぜなら家庭ですら喪失する。
老人ホームで家に帰りたいというとき今の家族ではなく昔あった自分が母親とかであったときの昔の家族に帰りたいということなのである。
この辺ではそもそも故郷すら消失してしまったから故郷自体がなくなったのだから
故郷にあったときのことを思うようになった。
普通は故郷など当たり前にあるものだから特別思ったりしない
でも今は故郷は特別なものになってしまったのである。
つまり人生とはあらゆることが過ぎ去ってゆく一こま一こまである。
その一こま一こまには実は意味があったがそういうふうにはその時は思わないのである。

人生で何を一番後悔しているかとなるとその喪失した帰らない人生の時間なのである。
それは巨万の金があっても取り返すことかできないのでてある。
自分は金があったから旅行していたのではない
時間があったから旅ができていたのである。
まず食べるものも宿泊代も節約していた。どうしてもそこしか節約できないからそうなっていた。
温泉宿に泊まったことはない、何か料理を楽しむ旅などしていない、それは外国でもそうだった。
自分は旅したいということが目的だったからそうなった。
だから旅を目的にすればさほど金がなくてもできるのである。
問題は時間だとなる、それで上に立つ人なのか収入があっても時間がない
時間に追われているというとき人間はつくづく二つ物を得られないようにできている
金があっても時間がない、時間があっても金がないとかなる

あの樹にさわりたい あのベンチを愛撫したい

何か原発事故で故郷を離れた人もこういうことを思っているかもしれない
人間はもう死ぬんだとなると何か平凡なものでもいとおしくなる
旅をしている何か急いでいると旅では見逃すことが多すぎたのである。



春の伊豆ー俳句十句


 
春の伊豆ー俳句十句

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春風や下田に望む沖の船
崖を打つ波や伊豆の寒緋桜
崖に波ひびきて伊豆や春の冨士
西伊豆や菜の花よそおい冨士望む
菜の花に長くもあれな春の冨士
西伊豆や水仙にさす夕日かな
春の星伊豆を巡るや波の音
大島や海の碧さに椿かな
大島や東京離れ春の月
春潮に魚(うお)打ち上げて冨士望む
駿河湾波打ちひびき春の冨士
羽衣の松や砂浜春の冨士
静岡や茶畑つづき春の冨士


伊豆の海に 立つ白波のありつつも 継ぎなむものを乱れしめめや(万葉集 東歌 )

伊豆を旅したのはこれも30年前以上とかそれ以上である。
これだけ時間がたつと思い出すのもむずかしくなる
でも何度も言うけど自分の場合、ゆっくり旅していたから記憶に残っているものがある。伊豆で印象的だったのは思い出しているのは菜の花が一面に咲き冨士が見えていたことである。
その菜の花がとにかく印象に残っている。
それでインターネットで写真を調べたらやはり西伊豆に菜の花の写真がでていた。
西伊豆から見た富士と菜の花が印象に残っていた。
西伊豆からの富士山はきれいだし絵のようである。
富士山は見る場所によって相当違った印象を与える。
だ。から富士山はまだ良く見ていないのである。
伊豆というとやはり波が切り立つ崖に打ち寄せる地形である。
だから万葉集にもその波のことが歌われている。

日本では海に囲まれているけどその海も場所によって印象が違ってくる。
大島から見た海の碧さは東北の海とも違う色である。
椿がその海に映える。東京から近くても大島は淋しい場所なのも不思議である。
あそこには東京の混雑したものはなにもないのである。

西伊豆から駿河湾に出た時、波がうちよせ魚がうちあげられていた。
あの辺は清水港とか何か豪快な感じがする所である。
いつも背後に富士山が見えるから富士と一体となっている
羽衣の松のある前は広々として砂浜があるから昔の日本の風景が残っている
静岡というとき茶畑があり冨士が望める
静岡とはまさに静かな岡であり茶畑をイメージする

下田は黒船が来た所だから歴史的な場所でもある。
下田まで電車が通じているが西伊豆になるとバスになる。
春にはあの辺が旅するにはいいかもしれない、富士山が見えることがいいのである。
あそこから見える富士山は遠景の冨士でありどこでも絵になっている
西伊豆は夕日でも有名である。写真とか絵もでている。
太平洋岸で夕日がさして見えるのは東北ではないからである
だから伊豆は西伊豆まで一周しないとその良さがわからないのである。

 

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posted by 老鶯 at 13:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 鎌倉-俳句短歌-随筆