2015年02月12日

蠟梅(移動しないで住み慣れた場所に住める人は幸い)


蠟梅(移動しないで住み慣れた場所に住める人は幸い)



残月や百歳生きて冬芒
家一軒石に春日や落ち着きぬ
蠟梅に松や幸い老いて住む

蠟梅が咲いていた。今までは街中の墓地に咲いていたけどあそこに復興団地ができた。
他の所に咲いていたのを見つけた。今日は春の陽気だった。
やはり東風(こち)が吹いた。この辺はどこでも除染している。
来月で津波と原発事故から二年だけどこの辺で感じることは今まで同じ場所に住めるのは幸いだったとなる。津波で被害を受けた所はもう同じ場所に住めないからだ。
同じ地域でも移動して新しい家を建てた人はいい、でも復興団地になるとなにか嫌だなとなる。
田舎では家も大きいし庭も広く田畑ももっていた人が多いからである。

例えばどういうふうに感じるかとなると、津波の被害を受けた所から離れた所でも石があり春の日がさししているとここは被害が受けず前と同じ場所に住んでいて幸せだなとなるそんなこと当たり前だとなるけどこれだけ原発事故で避難したり津波で家や家族を失ったとすると以前としてその傷痕が深い。
当たり前にあったものがなくなったということなのである。
前あったところには住めないし失った家族ももどってこないのである。
こういうことは十年たっても以前として忘れられないだろう。
だから神戸でも十年たってもやはり同じように苦しんでいたのである。
当たり前に住んでいたところに住めないということが理不尽なのである。


小高区などは別に住めるし半分は帰るという、家も土地も田畑もある人は帰りたいとなるだろう。ただそれでも町全体が半分の所帯になるとその影響は大きいし将来はどうなるか想像つかないのである。
そうはいってもどうなるのだろとうか受け身ではどうにもならないだろう。
こうするんだという意志がないと未来は見えてこない
田んぼなんか除染できるのかと思う。表土をとったとしてどれだけ効果あるのか?
その土だけでも大変な量になる。保管するにしてもそれをどう処理するのだろうか
土から放射性物質を分離できるのかとなる。
浪江とか葛尾村や飯館村は帰れるのか?
どうして判断できるのかわからない。

ともかく蠟梅が咲いている、松がある、それを見ていると落ち着くのである。
要するに最近人間は老いるとなんでもないと見ていたものがなにか価値があるように見えてくる。
それは故郷など意識したことがないだろう、故郷は普通にあるものだからである。
家にしても回りの環境にしても田畑にしても普通にあるものであり意識しない
それかなくなったとき、住めなくなったとき余計にその住んでいた場所を貴重に思うようになるだろう。
人間は見慣れたものの価値を知らない、見慣れたものに実は価値がある。

田舎ではその風景に価値がある。田畑も荒れ果てる時、普通にあったことの価値を見いだす。
田舎では特に農家などでは家一軒に都会と違って存在感があった。
何代もつづく農家だったりするとさらあに存在感があった。
そういう農家は大地に根付いた樹のようにも見えるのである。
昔だったら大地の養分を吸っていて人間も暮らしていたのだから余計にそうなる
だからつくづく人間の生きる価値観とは時代によって計れないのである。

現代は確かに金さえあれば何でも買える、現実自分は毎日買い物であり買うことが自分の仕事の大きな部分になっている。消費することが生活することである。
いろいろな食料は金があれば労せず入ってくる。
しかしそこに生活の充実感とか価値が生まれるかとなるとない
だから人間の価値は時代時代によって計れないものなのである。
農家の人など都会で飯館村の人でも福島市で暮らしたりすると都会人になる。
団地に暮らしたりしたらなんか存在感がなくなる。
便利でも生活の充実感はなくなってしまうだろう
そういうことを改めて意識させられたろう。

だから帰りたいという人もいるし便利な生活の方がいいという人もいる
ただ見慣れたもの当たり前のものに実は価値があったことを見直していることは確かである。
自分はここ7年間遠出をしていない、一日も旅していない、本当に近間しか行っていない
その近間でも価値あるものを見いだす、ありふれたもの普通に当たり前にあるものの価値を発見してきたのがここ7年間であり津波原発事故でもそれぞれが同じだっただろう。

まだ冬であり冬芒である、芒は萱根という地名があるごとく根が強く張るのである。
冬芒も死んでいるわけではない、生きて大地に根を張っているのである。
大地に根を張った生活が本来の田舎だったのである。
それが今では一割しか農林漁業に従事していない、ただ風景としては田畑があったから
以前として変わりない農村風景のうように見ている。
実際に農業など暮らしている人は一割にもみたない、あとは会社員なのである。
だから農業がなくても暮らしていけるのかとなる。
もし戦前のように農業が主体だったらもう住むことができず他に移住するほかなくなっているはずである。