2015年02月06日

都道府県別百歳以上お高齢者数(2014)は何を意味している (あたたかい辺境の県に多い理由)



都道府県別百歳以上お高齢者数(2014)は何を意味している


(あたたかい辺境の県に多い理由)


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男性の百歳の多い県

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百歳で人口割合で4000人以上は富山県、鳥取県、島根県,山口県、香川県、愛媛県、高知県、佐賀県、長崎県、熊本県、宮崎県、沖縄県、鹿児島県 である


ここで多いのは明らかに暑い地方である。九州が多いことでもわかる
富山県とか鳥取県とか島根県に日本海側でも温暖な方なのだろうか?
富山県は結構寒いかもしれない、島根県は一番割合的には高い。
そしてなぜ四国が多いのか、あそこも冬は結構寒いかもしれない、ただ比較的温暖な地域が百歳の割合が高い。
ここで注目すべきは大都市圏がある東京とか名古屋が低いことである。
人口が多いのだから百歳も数としては多くても割合的には少ないのである。
その原因はなぜなのか?何か理由があるのだろうか?
大都会はやはり便利であり医療も恵まれているにしろ精神的な面でストレスをかかえるからかもしれない、何か百歳の割合が高いのは経済的に恵まれていない辺境地域になる。
ただそうした辺境地域でも東北は少ないのは寒いからだろう。
寒いのは体に答えるのである。
浜通りは比較的福島県ではあたたかいのである。
雪もほとんどふらないから気候的に住みやすい所である。


何か百歳以上の割合の多い県は経済的には活動している地域ではない、それでも何か昔ながらの共同体が生きやすいような所である、そこはあたたかいということが住みやすいとなる。
でもこのごろ暑すぎるので35度とかなるので嫌だなと思った。
自分はともかく暑さにも寒さにも弱いからだ。
今年も一時寒くなりすぎて体調壊したからである。
暑いときも苦手であり体に答える
自分がこれまで生きてこれたのは母も無理しないと言っていたが無理しなかったことなのである。
そもそも無理できる体ではなかった、ただ20代はかなり無理してその時老人のうよになってしまったのである。
それだけ体力がなかったともいえる。
その後は楽な暮らしをしていたら体力が回復したのである。
やはり加重な労働などしたら寿命が縮まることは確かである。
ここ七年間は介護や自分の病気の負担で寿命が縮まった思いをしたことでもわかる

結局東京とか大阪とか名古屋が経済の一大日本の活動地域だがここでは長生きするのはストレスが多くなるからむずかしいのかもしれない。
長生きするのは温暖であり何か昔ながらの共同性があるところであり田舎的な県である。自然環境にも恵まれた県である。
ただ茨城県などは東京にも近くそれなりに田舎だから住みやすく百歳が多いと思ったがそうではない、茨城県はかなりあたたかい地域でもある。
この原因も茨城県も東京圏になり何か昔ながらの共同性が失われた地域からかもしれない東京近辺の県は4000人の百歳が割合的にないことでもわかる。
結局長生きしたかったら大都市圏とか寒い地域はさけるべきである。
福島県でも会津などは冬は雪に埋もれるし寒い。
同じ県でもこれから百歳が増える地域は違ってくる。
おそらく医療に恵まれなくても昔ながらの共同性というかそういう人間関係が落ち着いている所は長生きするとなる
長生きするには人間関係も大事である。
まず夫婦でも妻に早く死なれたら早死にするというのは本当だし一人暮らしなどはとても百歳は生きられない、早死になるのは当然なのである。

まあ、長生きするのも良し悪しがあるからいちがいに百歳生きたからといっていいとはならない。介護する方の負担が長く大きすぎるからだ。金も社会的負担も大きくなるからだただ百歳はこれからうなぎのぼりに増えているしその数はどのくらいになるのか?
それも人間がどれくらい生きられるのかの一つの指標を示すのが高齢化社会である。
平均寿命がすでにへっているというとき将来のことはわからないからである。
実際に百歳生きたからといって人間が充実して生きたともならない
それでも人間というのは何かを究めるというか知るというか身につけることに時間がかかりすぎるのである。
だから健康で長生きすればそれだけあらゆることの理解が深まるのである。
熟達できるようになるのである。
それが長寿社会の利点である。
第一本一冊を書くにしても相当な労力であり一生かかるともなる
人間はそれだけ一つのことを究めるのに時間がかかりすぎるから
「少年老い安く学なりがたし」となるのである。

  
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