2015年02月12日

蠟梅(移動しないで住み慣れた場所に住める人は幸い)


蠟梅(移動しないで住み慣れた場所に住める人は幸い)



残月や百歳生きて冬芒
家一軒石に春日や落ち着きぬ
蠟梅に松や幸い老いて住む

蠟梅が咲いていた。今までは街中の墓地に咲いていたけどあそこに復興団地ができた。
他の所に咲いていたのを見つけた。今日は春の陽気だった。
やはり東風(こち)が吹いた。この辺はどこでも除染している。
来月で津波と原発事故から二年だけどこの辺で感じることは今まで同じ場所に住めるのは幸いだったとなる。津波で被害を受けた所はもう同じ場所に住めないからだ。
同じ地域でも移動して新しい家を建てた人はいい、でも復興団地になるとなにか嫌だなとなる。
田舎では家も大きいし庭も広く田畑ももっていた人が多いからである。

例えばどういうふうに感じるかとなると、津波の被害を受けた所から離れた所でも石があり春の日がさししているとここは被害が受けず前と同じ場所に住んでいて幸せだなとなるそんなこと当たり前だとなるけどこれだけ原発事故で避難したり津波で家や家族を失ったとすると以前としてその傷痕が深い。
当たり前にあったものがなくなったということなのである。
前あったところには住めないし失った家族ももどってこないのである。
こういうことは十年たっても以前として忘れられないだろう。
だから神戸でも十年たってもやはり同じように苦しんでいたのである。
当たり前に住んでいたところに住めないということが理不尽なのである。


小高区などは別に住めるし半分は帰るという、家も土地も田畑もある人は帰りたいとなるだろう。ただそれでも町全体が半分の所帯になるとその影響は大きいし将来はどうなるか想像つかないのである。
そうはいってもどうなるのだろとうか受け身ではどうにもならないだろう。
こうするんだという意志がないと未来は見えてこない
田んぼなんか除染できるのかと思う。表土をとったとしてどれだけ効果あるのか?
その土だけでも大変な量になる。保管するにしてもそれをどう処理するのだろうか
土から放射性物質を分離できるのかとなる。
浪江とか葛尾村や飯館村は帰れるのか?
どうして判断できるのかわからない。

ともかく蠟梅が咲いている、松がある、それを見ていると落ち着くのである。
要するに最近人間は老いるとなんでもないと見ていたものがなにか価値があるように見えてくる。
それは故郷など意識したことがないだろう、故郷は普通にあるものだからである。
家にしても回りの環境にしても田畑にしても普通にあるものであり意識しない
それかなくなったとき、住めなくなったとき余計にその住んでいた場所を貴重に思うようになるだろう。
人間は見慣れたものの価値を知らない、見慣れたものに実は価値がある。

田舎ではその風景に価値がある。田畑も荒れ果てる時、普通にあったことの価値を見いだす。
田舎では特に農家などでは家一軒に都会と違って存在感があった。
何代もつづく農家だったりするとさらあに存在感があった。
そういう農家は大地に根付いた樹のようにも見えるのである。
昔だったら大地の養分を吸っていて人間も暮らしていたのだから余計にそうなる
だからつくづく人間の生きる価値観とは時代によって計れないのである。

現代は確かに金さえあれば何でも買える、現実自分は毎日買い物であり買うことが自分の仕事の大きな部分になっている。消費することが生活することである。
いろいろな食料は金があれば労せず入ってくる。
しかしそこに生活の充実感とか価値が生まれるかとなるとない
だから人間の価値は時代時代によって計れないものなのである。
農家の人など都会で飯館村の人でも福島市で暮らしたりすると都会人になる。
団地に暮らしたりしたらなんか存在感がなくなる。
便利でも生活の充実感はなくなってしまうだろう
そういうことを改めて意識させられたろう。

だから帰りたいという人もいるし便利な生活の方がいいという人もいる
ただ見慣れたもの当たり前のものに実は価値があったことを見直していることは確かである。
自分はここ7年間遠出をしていない、一日も旅していない、本当に近間しか行っていない
その近間でも価値あるものを見いだす、ありふれたもの普通に当たり前にあるものの価値を発見してきたのがここ7年間であり津波原発事故でもそれぞれが同じだっただろう。

まだ冬であり冬芒である、芒は萱根という地名があるごとく根が強く張るのである。
冬芒も死んでいるわけではない、生きて大地に根を張っているのである。
大地に根を張った生活が本来の田舎だったのである。
それが今では一割しか農林漁業に従事していない、ただ風景としては田畑があったから
以前として変わりない農村風景のうように見ている。
実際に農業など暮らしている人は一割にもみたない、あとは会社員なのである。
だから農業がなくても暮らしていけるのかとなる。
もし戦前のように農業が主体だったらもう住むことができず他に移住するほかなくなっているはずである。

 

2015年02月15日

イスラム国のテロにどう対処するのか? (イスラム社会文明と欧米文明の衝突が根底にある)


イスラム国のテロにどう対処するのか?

(イスラム社会文明と欧米文明の衝突が根底にある)



渥美堅持の中東講座

 イランのイスラーム教は教団の指導者は預言者の子孫でなければならないとすると言う見解から生み出されたものであるが、その子孫を巡ってイスマイル派なるものが生まれたのである
http://www.fusoujyuku.jp/lectures/islam/vol07.html

中東の生活環境は日本と異なり牧畜的、遊牧的である。牧畜を営む民族にとって重要なことは不純な血が混じることである。アラブ民族ばかりかユダヤ民族においても血の純潔は集団世界を維持する唯一の方法である。彼らがその人生において最も神経を使うことは結婚であり、男女の交わりだ。ユダヤ教、イスラーム教ともに男女の中を規制する律法の厳しさは群を抜いている。
よって男女の問題はその家の血統の評価にも及ぶこととなる。それゆえみだりに男女の交際を広げると個人ばかりか一族全体に及ぶこととなる。原則としてイスラーム世界では正式な婚約が成立しない男女の交際は認められていない。もしその禁を破ると、その一族全部に淫乱の血が流れているとの評価がなされ、イスラーム教徒として相応しくない集団であると判断される。
http://www.fusoujyuku.jp/lectures/islam/vol07.html

 平和は武力によってのみ破られるものではない。それは異文化によっても破られる。道徳的環境の破壊はイスラーム教世界にとって武力以上の脅威を与える。かくして時にはジハードの義務はその範囲を広げることとなる。これがイスラーム教はテロを持つ脅威の宗教であるという印象を与えることととなる。
 http://www.fusoujyuku.jp/lectures/islam/vol03.html

このサイトとわかりやすく説明されている。
 

 
人間はなぜある行動をするのかというとき、ずっと自分も犯罪にあったからなぜそういう犯罪を犯すのかとか考えるようになる。
犯罪者で一番最初に問題になるのが動機なのである。
動機があればその人が有力な犯人となりうる
何か恨みをもっているとかあれば動機がもっているから犯人として有力になる。
人間は犯罪を犯すのはなにかしら動機があるからだとなる
その動機が愉快犯であり人を殺したくて殺したというのもそれは人間でありうるのである人間の心は誰も計りえないほど複雑なのである。
ただ動機がわかりやすいのは犯人も割り出しやすいとなる
怨恨説とか男女関係のもつれとかこれは人間が生まれてからあったことである。
それから財産とか金をめぐる争いであり殺人は日常的に起きているからわかりやすい
まず借金している人はすでに犯罪予備軍である。
ある意味で借金している人は犯罪者にすでになっているのだ
自分はそういう経験しているからわかる
借金している人はその借金を返すためならどんなことでもしやすいのである
相手が病気になったりしたらチャンスだと脅迫されたから怖い
借金している人とつきあうだけで怖いことなのである。
何されるからわからない、追い詰められているからである。
もちろん金に追い詰められた人間も明日食べるものがないとすると殺したりもする
そういうことは常に起きている

なぜこういうことを書いたかというとイスラム国のテロが起きているのか?
なぜあんな残虐なことができるのか?それもそれなりに理由があるからだろうとなる
人間のしていることだから何かしら理由があるのだろうとなる
そんな理由も考えることなとない、テロリストは抹殺すべきだという意見もある
その理由もまたわかる、テロリストを許していたら世界の平和など保てないともなる
一方で前も書いたようにアメリカがな主権国家のイラクにいがかりをつけた簡単に国家主権を踏みにじったこはあまり批判されない
アメリカが国家の主権を重んじろと言っても説得力がないのである。
あのイラク戦争がイスラム国を生み出していたのである。
イラクの主権国家を簡単に踏みにじったから無法なテロリスト国家のイスラム国が生まれたとなる
空爆とあの首切りの残虐行為を比べてどっちが残虐なのかという問いもある
空爆の恨みに対してのあの残虐行為があった。

そもそもイスラム文明と欧米型文明の衝突と良く言われる。その歴史は十字軍からはじまり長いのである。だから日本人が中東の歴史を理解することは本当にむずかしい。
だから何なのだろうとなる。
ただ犯罪でもともかく何かしら動機がありその動機の解明が必要であり例えイスラム文明が何なのかむずかしいにしろ理解しようと努力する必要があるのだ
またそうせざるをえないのである。
イスラム文明とテロリスト集団のイスラム国は切り離して考えるべきだという意見もあるただやはりイスラム文明に対しては日本人はほとんど理解していない
またそれだけなじみがないからわかりにくいとなる
そもそも牧畜民から砂漠から生まれ宗教を理解できないのである。
一神教を理解できないのである。
牧畜民だと血統を重んじるというのも興味深い

牧畜を営む民族にとって重要なことは不純な血が混じることである。アラブ民族ばかりかユダヤ民族においても血の純潔は集団世界を維持する唯一の方法である

これは羊であれ例えばわかりやすいのは競走馬では血統が一番大事になる。
優れた親から生まれたからその子供も優れていると常に競馬では血統が価値基準になるのである。
それは極めて牧畜民族的な発想なのである。
純血主義になっていてそれが人間にも適応されているのである。
この牧畜民的発想はインドでもカースト制があるごとく発想的には同じである
牧畜民的発想はインドでもイスラムの影響で国家が作られていて同じなのである。
中国も半分は牧畜民的社会なのである。
日本は魏志倭人伝には、「その地には牛・馬・虎・豹・羊・鵲なし」とあるごとく世界的にはめずらしい国だったのである。
だからそもそも牧畜的砂漠的世界を理解しにくいのである。
誤解しているのはイエスが生まれたイスラエルが半分は砂漠であり牧畜社会である。
中東は砂漠であり牧畜社会であり牧畜社会はヨーロッパでもアメリカでも拡大したのである。
中東とかイスラム社会の根底にはそうした基本的な社会構成が変わっていない
部族社会だというとき族長が支配するのであり今でもアラブの王様が支配している
ヨーロッパではローマ帝国支配から2000年の複雑な過程を経て国家が形成されている。
中東は古代からモハメッドの時代からたいしてその根底を成す社会が変わっていないのである。
そこに文明の差が生まれ対立が生まれた。
だからそこに文明の対立が生まれたとなる

ローマカトリックとか日本の僧侶階級でも腐敗が大きかった。
それが政教分離の法律が作られて近代国家になった。
不思議なのはイスラム社会ではカリフとかイスラム法学者とかなると腐敗がなかったという、でもスルタンとか王は享楽していることがある
イスラム社会ではただ宗教の専門と言われる人たちか腐敗がないということも理解しにくい
なぜなら政治権力を握り現実に支配者になれば必ず腐敗するからである
イスラム社会では政教一致でも腐敗が起こらないということなのだろうか?
ただイスラム原理主義というのが必ずでてきてエジプトでも今度はそれらを軍が排斥することになり独裁にもどったのである。

結局なぜ欧米とイスラム社会が文明が衝突するのか?
その原因をもっと互いに理解しあわないと紛争はなくならない
その溝が深いから結局テロになり戦争になる
人間の歴史をふりかえるとなぜ太平洋戦争でも第二次世界大戦でもとめられなかったのか戦争はなぜとまらないのか?
それは政治の問題であり根底にその社会への理解がないから起きるともいえる
それは犯罪の理解と同じなのである。
ただ犯罪を罰しても犯罪者がへることはないのである。
犯罪に対しては厳しく罰すればいいんだというのと犯罪を犯す理由を探り犯罪防止につなげるという立場がある
つまりイスラム国のテロにしても厳しく罰しろとかイスラム国の理解を深めるとかの二つの意見のせめぎ合い起きているのである。





 
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2015年02月16日

イスラム国と明治維新の共通性 (尊皇主義とか日蓮主義はイスラム原理主義とにている)

イスラム国と明治維新の共通性

(尊皇攘夷と日蓮主義はイスラム原理主義とにている)

●水戸学の尊皇攘夷からはじまった明治維新

明治維新も謎である。今になって様々な見方が生まれている。吉田松陰をテロリストに過ぎなかったという意見もあからさまに出ている。
これも今のイスラム社会に起きていることと比べるとにた所がある。
つまり「イスラム原理主義」とは「尊皇攘夷」ではないか?
水戸学から生まれた過激な尊皇攘夷が吉田松陰の思想のパックポーンになっていった。
それは西欧文明の挑戦を受けた時、イスラム原理主義が勃興するように日本では尊皇攘夷が席巻したのである。
「攘夷」とは外国人であれ外国文化そのものの排斥なのである。
イスラム社会は宗教と一体化しているから余計にそうなりやすいのである。
その過激な尊皇攘夷思想が外国の文明に挑戦を受けた時そうなりやすいのである。
イスラム原理主義と尊皇攘夷はにているのである

ただ吉田松陰の思想は結局浅薄でありただ外国人を排斥してアジア侵略の思想をかかげてそれを継承して太平洋戦争と受け継がれたのである。
「大和魂」とは「大和心」とはまるで違った戦闘的なものであり対外的に戦争へ向かう危険なものだったのである。
明治維新はそうした危険な思想も生み出す混乱状態だったのである。
天皇の現人神(あらひとかみ)信仰が継承されたのは尊皇攘夷の思想が現実に適応されたのである。
今でも長州閥の系統が安倍首相のように政権にあり岩倉具視の言葉を引用しているけど
岩倉具視は相当な悪人として今では他では断罪している
天皇を利用して政治を曲げたとものとして断罪されている。


最初は外国に対して尊皇攘夷であり過激な日本的民族主義が起きた。
井伊直弼が水戸の尊皇攘夷はによって暗殺されたのは開国を唱えたからである。
江戸幕府の方が佐幕派の方がその時世界の潮流を感じて開国を唱えていたのである。
江戸幕府の方が現実的だったのである。
尊皇となるとイスラム原理主義のように過激になり外国の文化でも何でも拒否することになる。

幕府は列強の要求を今拒めば武力衝突になり、日本は敗北すると読んで開国に踏み切り、港の開放や西洋の制度導入や通商に行こうとしました。他方、朝廷は日本の伝統が汚されるとして外国人はことごとく排斥し西洋の制度など受け入れまいとしました。民衆の多くは尊王攘夷に傾きました。
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/7927183.html

インターネットの面白さは同じことを考えている人がどこかにいることである。
他にも明治維新の水戸の尊皇攘夷が過ちだったという人がインターネットを調べれば多いのである。
明治維新の誤解は幕府が攘夷で開国ではないという錯覚がある。
先進的なのは尊皇攘夷だという誤解である。
徳川幕府の方が開国であり現実路線だったのである。
だから大政奉還にもなった。

●尊皇攘夷のカルト的熱狂の過ち

ただ外国も日本を植民地化しようとしていたのだからそれへの対抗もあった。
その過激な尊皇主義が江戸幕府の佐幕派に対して敵対するようになった。
徳川政権が尊皇に敵対するものとして長州と薩摩が合体し攻撃する
そうなったのは過激な尊皇主義がはじめにありそれが宗教的な熱意ともなり
明治維新のマイナス面としてのちのちまで太平洋戦争まで継続されたのである。
ただその時西欧列強に対抗するためには日本は強固に一体とならねばならない
徳川封建制ではそれができない、一つにするためには強力な象徴として天皇がもちあげられたのである。
その時庶民にとっては天皇はなじみがない、江戸時代には天皇のことを良く知らない
藩の中で殿様のことが暮らしていくなかでは一番重要だった。
天皇が暮らしの中で何か影響しているということはない
伊勢参りの流行も別に天皇崇拝とは関係していない、ただ旅として見聞を広めるものとして盛んになったのである。
だからどうして尊皇に庶民まで熱狂したかわからない。
イスラム原理主義はあれだけ宗教に支配されているから下からも起こりえる
尊皇主義が特殊な一部の水戸学派から吉田松陰によりナショナリズムとなる危険な思想だったのである。


つまりカルト宗教的なところがある。カルト的熱狂があった。
カルト的熱狂とは間違った熱狂なのである。
「大和魂」とかはカルト的危険な思想として太平洋戦争に継承されたことでもわかる。
それは今でも創価であれ日蓮系統の団体に継続されている。
日蓮宗とイスラム教はにているのだ。
王仏冥合の思想は政治と仏教の世界観であり。法華経を政治の根幹にして社会を仏国土にするという思想である。
だから日蓮宗関係は太平洋戦争でもそれを実践したのである
それはイスラム原理主義とにているのである。
創価でもだから政治は政治として政教分離的に考えることに会員でも反対している人がいる。それは日蓮の思想を実践するとなれば当然そうなる。
ただ創価などでもそうした団体は政治権力をにぎり自分たちの世俗的欲望を満たすことしか考えていない、それは中国の共産主義と同じである。
宗教がなぜ政治権力と一体になることが拒否されたのか、それは必ず権力をもてば人間は腐敗するからである。
それが2千年のカトリックの歴史で証明されているからである。
だからイスラムにそうした歴史がないということが理解できない面なのである。
イスラムの歴史について知っている人はごく一部の学者くらいなのである。
イスラムでも王族と庶民では大きな格差がありその不満分子がイスラム国に流れているのである。

●イスラム原理主義と尊皇攘夷と日蓮主義は似ている

イスラム原理主義と過激な日蓮主義がにているのだ。日蓮主義は日本民族主義となるがイスラム原理主義はカリフ時代の広範囲なイスラム社会への復古なのである。
その相違はあるにしても政教一致だからにているのである。
世界史では欧米文明が世界の標準化されたのが現実である。
それに反するものは世界的な基準に合わないものとして排斥される。
でもアメリカが矛盾しているのは自らが作った世界標準として国家主権をイラク戦争で踏みにじったことなのである。
まず国家主権を踏みにじれば国家は存続できなくなりイスラム国のような無法団体が生じた。
だから主権国家は簡単に破壊するべきではなかったのである。

そもそも日本の徳川幕藩体制でもそれを作り上げるにはどれだけ努力したかでもわかる。関所をあれだけ作り船にしても技術改良をさせなかった。
だから船でも技術改良を禁止して海外に出れないようにした。
そもそもがなぜ駕籠のような原始的なものが通用していたのか不思議である。
それは技術の発展をさせないので国の安定を第一にしたからだともとれる
もし技術が発展したら交通が発達して自由に往き来できたら幕藩体制は崩壊したかもしれないからである。
でも開国してからたちまち外洋に出る船を作り出しているのも日本人の技術を習得は早かったとなる。ということは江戸時代は何か技術を幕府で制限していたからだとなる。
イスラム社会ではなぜ技術が発達しないかの?自分の国で石油精製もできないのか?
そのことが格差を生み不満となりテロともなっているからである。
日本では技術に関しては西欧に追いつき方が早かったのである。

イスラムが全盛時代は文化的にもイスラムは全盛時代でありその建築とか医術とか数学とかがヨーロッパに流入してルネサンスが生まれたのである。
ただ暴力だけではテロだけでは文明は成立しないし興隆しないのである。
文明が興隆するということは必ず文化面での興隆があったからである。
西欧文明の批判はあるがやはり様々なもものを科学であれ法律であれ新しい思想であれもたらしたから評価されるのであり暴力だけでは何ら評価されない。
それはただ野蛮だとなってしまうのである。
江戸時代のシステムが完成されていて評価すべきものだというがそうした技術や新しいものを取り入れることを拒絶していた
それはイスラム社会が停滞しているように西欧社会に伍することはなかった。
イスラム国がインターネットを使って広報活動して世界に影響したのもまさにアメリカが発明した通信技術を取り入れたからである。
広報宣伝力の影響力も現代は大きいのである。本当はイスラム国は小さいものでも大きく見えてしまうのである。
要するに力が正義だけでは世界は治められない、アメリカがいくら軍事力で強大でも反発は必ず起きてくる。ただイスラム国にどう対処するのか?

アラブ人はキリスト教建築から多くのことを学びそれを凌駕するような建築物をつくろうと努力しました。
イスラームのモスクはキリスト教の教会よりも美しい建物でなくてはならなかったからです
その結果生まれた独自の建築様式はエジプトやシリアなどを征服したとき周囲の非イスラム社会に対して
イスラーム文明の存在を強烈にアピールする効果をもっていいました
(世界の歴史ーJ.Mロバーツ)

文明が世界に普及するときは必ず軍事面の制服だけではない、文化面での技術などでも新しいものが取り入れられるから受け入れられるのである。イスラム国のようにな野蛮だけでは誰も受け入れないのである。

テロにどう対処するのかはこれは世界的問題であり世界で共通認識をもたねばとめることができない
これだけ人が自由に往き来して人種が交じり合い住んでいればテロリストがどこにでも潜在していることになりとめることができない
パスポートだけで他の国に入れるのもあまりにもルーズである。
入鉄砲を関所で警戒していたけどそれよりもルーズでありテロリストが入るのをとめることができない、グローバル化はそういうリスクをかかえていたのである。
グローバル社会はテロには弱いということが露呈したのである。
だからテロを封じ込めるにはどうすればいいのか?
それはまさにグローバルな課題であり人類の課題だともなる。



「維新」の“真犯人”;水戸藩の狂気(其の六 水戸の公家かぶれと司馬史観の罪)
http://harada-iory.cocolog-nifty.com/seikoudoku/2011/02/post-3099.html

これも参考になる、明治維新の過ちという本は古本でも安くなっていない、これはめずらしいと思った。やはりそれなりの内容かあるものは古本でも高いのである。
まだ買って読んではいないが買う必要があるだろう。
明治維新と水戸学と太平洋戦争は連続しているということが重大なのである。
明治維新に太平洋戦争の種が水戸学によってまかれて成長したともなるからだ
相馬藩はいち早く水戸学に染まり天狗党に加わり死んだ人もいる。
それは地理的に近いということもあった。でも二本松では少年兵が無惨に戦死した。
二本松と相馬はそれほど離れていないのである。
それも一つの郷土史の課題だろう。
司馬遼太郎の史観では明治と昭和の太平洋戦争を切り離している。
でも実際は歴史は必ず連続している。
だから明治維新から見直さないと太平洋戦争の原因もわからないのである。
タグ:水戸学
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2015年02月17日

原発事故の原因も東京と地方の問題 (戦後の東京一極集中などの国土のアンバランスによる)


原発事故の原因も東京と地方の問題

(戦後の東京一極集中などの国土のアンバランスによる)

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●戦後の焼け野原から始まった日本

原発事故の原因をいろいろ探求してきたけど戦後の日本の経済をふりかえると戦争の後焼け野原になったとき戦争の引揚者が職もなく開拓に入った。
そういう人が小池にいたことを知っている。
まだその時農業主体の生活だったのである。
戦後十年の生活は何度も書いているように江戸時代から戦前の生活のつづきだったのである。燃料は炭だし家には裸電球一つでありまず何もない生活だったのである。
その時いいかえっていい生活していたのは農家の方だったのである。
なぜなら納豆まで作っていたし何もないとき自家生産だから食べ物はあったとなる。
燃料でも裏山の薪とかでありまかなえた。
卵でも農家では鶏を飼っていたから食べていたが街の方では食べていないのである。
だから自分の家で店をはじめたとき卵を買いに行っていたのである。

埃がたつガタガタの木の橋の道
自転車で卵買いに行く
糠に入れた卵はガタガタ道で一個か二個は割れる
母は新聞紙で袋を作りお菓子でも何でもバラ売り
近くの酒屋にも樽から酒をついでもらう
みんなその日その日をまかなう生活
銭函にチャリンと銭が入るとき喜びの時
父はキセルをスパスパと吸い
炉端で栗の焼けるのを待つ
酒の肴はミソを焼いたもの
風呂は外風呂で父が手作りした鉄砲風呂
新聞紙がたきつけになりバタを燃やす
家にあるのは飯台一つ

こんな生活でありかえって農家の方が豊かだったのである。
もともと農家が豊かだったというときそれは何でも自給自足していたからである
その当時物がないのだから買う金もないのだから農家の方が豊かだったとなる

●東京に金の卵を送りだしときから東京と地方はいびつな関係に

それが戦後十年たったころから急速に高度成長に入ったのである。
それで中卒が金の卵として人手不足の東京に送られた。
その辺から東京と地方のいびつな関係がはじまっていたのである。
東京に石炭や木材や石材などでも資材を送っているときはバランスがとれていた。
地方の資源が活かされて鉄道輸送が盛んであり原町とか平機関区があり
森林鉄道が全国にあり資材が東京に運ばれたのである。
ただその時から地方は東京への人手を供給するものになっていた。
その後も農家はやっていけないと東京への出稼ぎ時代になった。
実はこの出稼ぎが原発と深い関係があった。
なぜなら出稼ぎをなくしたくて地元で暮らしていきたくて原発が誘致されたのである。
特に双葉や大熊は相馬市や原町市から比べると工場などが誘致されていなかった。
今でも双葉や大熊には大きい病院がないから浪江でも車で通っていたのである。
そういう不便な所が双葉や大熊地域だったのである。
だからそこに原発を誘致しようとなった。
東京でも原発を福島に作った方がいいとなったのである。
双方の要望が一致したから原発は積極的に誘致されて作られたのである。

東京と地方の関係は中卒の金の卵を送り出したときから何かいびつになっていたのである東京には労働力を出して地方から人が出て行く時代はこの時から始まっていたのである。出稼ぎ時代もそうである。
そして見返りとして今度は地方には公共事業で潤す、それも無駄でもそうして地方を支えた。その公共事業も環境破壊にもなった。
それから減反とかなり補助金を出すというのも地方の農業をいびつにしたのである。
南相馬市の桜井市長が産業廃棄物の運動がきっかけで市長になったことも象徴的である
戦後の経済をみると何か中央と東京と地方のアンパランスから様々な問題が生まれてきた原発事故もその一つだった。
国土形成が東京一極集中になり地方は衰退してアンバランスになっことが原因していたのである。
日本の国土形成のビジョンというか計画性のなさというか全体のバランスを欠いたものとなりそれが原発事故にもつながっていた。
地方が衰退するとき原発事故が地方にばらまかれるというのもそのためである。
原発が建つと地元に仕事もできるし地元で生活もできるからいいとなった。
そこにまた落とし穴があったのである。
地方が衰退して廃棄物処理場とするともにている。
その廃棄物処理が今度は高齢化社会で膨大な介護難民が生まれもう介護で働く人がたりなくなり施設ではショートスティまで断っているという。
離職して介護で働き盛りの人まで失っているのは深刻である。
今度はその不用となった老人の廃棄物処理をしてくれと地方に頼んでいるのもまた東京一極集中と地方の問題になっている。

●地方は中央東京によってふりまわされただけ

地方は地方で地方独自のビジョン政策でやっていこうなどということもない、中央の言いなりであり中央東京頼りだとなる。
それもまだ原発事故を起こした原因だった。
結局地方は中央に東京にふりまわされていた経済だった。
独自の経済政策とかその土地独自の道を見いだすことがなく地方は衰退した。
そういう国全体の国土のアンバランスが原発事故につながっていたのである。
だから原発は東京に建てろというときそれなりに正論だったのである。
では地方はどうするのかとなるとそれは地方で模索して地方独自のものを生み出すほかないとなる。
そうなると貧乏からぬけだせないとなるがそれもまた地方に生きることであり
その貧乏でもこんな自然破壊までして住めなくなるよりは良かったともなっていたのである。

中央東京から地方にあてがわれたのは
自然破壊の公共事業
農民への補助金
廃棄物処理の土地
原発を建てて放射能の廃棄物処理場
そして介護老人の地方への移譲

本当に東京と中央と地方の関係はいびつでありそれは国政と深く関係していた。
国政が中央と地方のアンパランスに取り組めなかった。
国政だけでは無理であるが経済活動のアンパランスが原発事故の要因になっていた。
東京の巨大化は一極集中はやがて国自体の崩壊にも通じている。
なぜなら大災害が起きたら東京の壊滅が起こりかねないからである。
そんなことはないというが今回の津波のように想定外のことがおこりうるのである。
もし国土が地方でもバランスとれて発展していたらそういうことはないのである。
東京一極集中が国土のアンバランスを作り出して国土全体を荒廃させるということがあった。
ただこの東京一極集中とか国土改革になると戦争よりむずかしいかもしれない
現実に東京からの遷都問題はいつのまにか終わり以前として東京一極集中は肥大化しているからである。
田舎に住むことは田園都市が理想としてある。
東京ではそれは無理である。不思議なのは大正時代辺りだと人口が6千万だったということが信じられない、そういう時代は都会はいいものであり憧れの的だった
だから山村暮鳥などでもホイットマンでも都会は賛美されていたのである。
それが都会がそれから百倍とかに拡大したときもう人間離れしたものとなっていたのである。

タグ:東京と地方
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抽象画(電脳ーelectric brain )



抽象画(電脳ーelectric brain )


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電脳細胞

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脳に電気が流れているとか、細胞にも電気が流れニューロンが結合して記憶が働くとか
人間の脳は誰もわからない、電波を脳から出しているというのも科学的に証明されている
ベーター波とかアルファ波とかである。電気が流れ電波が出ている
人間の脳も神秘的であり誰もわからない
だから脳という物質があったとしてもそれは霊の作用だとなるのである。
科学的には説明できないものはそうなる
そもそもこの世のことをすべて科学では説明できない
それは永遠にできない、すべてを知るのは神だけだとなるからである
神が創り主だから当然だとなる
要するに人間か作られたのは奇跡だとなる

そして人間を誤解しているのは人間はどんな親から生まれようと
人間はその後の環境や努力やそのほかの要素で作られてゆく要素が大きいのである。
天才は別にして普通の人はそうである
人間とは後天的な作用の方が大きい
だから人間は後天的なもので環境であれ何であれ作られてゆくものである
脳は先天的なものではない、後天的に作られてゆくものである。
だから感性までも日々の蓄積で作られてゆく
脳が感性を日々蓄積して脳を作ってゆくのである
だから人間の脳は一生で二割しか使われていないというとき
脳を十分に使いこなししている人がいないてのである。
本能とか酒を飲んで脳を麻痺するとか何か様々な欲望などで真善美が見えなくなっているのである。
タグ:電脳

抽象画(電脳ーelectric brain)


抽象画(電脳ーelctric brain)


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電脳細胞

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脳に電気が流れているとか、細胞にも電気が流れニューロンが結合して記憶が働くとか
人間の脳は誰もわからない、電波を脳から出しているというのも科学的に証明されている
ベーター波とかアルファ波とかである。電気が流れ電波が出ている
人間の脳も神秘的であり誰もわからない
だから脳という物質があったとしてもそれは霊の作用だとなるのである。
科学的には説明できないものはそうなる
そもそもこの世のことをすべて科学では説明できない
それは永遠にできない、すべてを知るのは神だけだとなるからである
神が創り主だから当然だとなる
要するに人間か作られたのは奇跡だとなる

そして人間を誤解しているのは人間はどんな親から生まれようと
人間はその後の環境や努力やそのほかの要素で作られてゆく要素が大きいのである。
天才は別にして普通の人はそうである
人間とは後天的な作用の方が大きい
だから人間は後天的なもので環境であれ何であれ作られてゆくものである
脳は先天的なものではない、後天的に作られてゆくものである。
だから感性までも日々の蓄積で作られてゆく
脳が感性を日々蓄積して脳を作ってゆくのである
だから人間の脳は一生で二割しか使われていないというとき
脳を十分に使いこなししている人がいないてのである。
本能とか酒を飲んで脳を麻痺するとか何か様々な欲望などで真善美が見えなくなっているのである。
タグ:電脳

2015年02月18日

庭の石(石や樹を人間のように見ているー人とともにあった石や樹)


庭の石(石や樹を人間のように見ているー人とともにあった石や樹)


新しく庭に置きにし石一つ北風鳴りてここに落ち着く

しばしあり老人施設に掃除する女(ひと)のありしも冬のくれかな


庭の石は自然の石とは違って毎日見ているから石でも家族のようにさえ見えることがあるだろう。
山の奥にある石とまた違っている。
その石とは人間をイメージするし人間なのである。
最近知り合った人で家に来るからその人をイメージする
一年くらいつきあっているからその人を石のようにイメージする
人間は親しくなるにも時間がかかるし信頼し合う関係になるのも時間がかかる
とても一年とかでは信頼関係は結べない
家族は長い時間で形成されるから家族のような関係になることはむずかしい
だから離婚することは相当な損失ではないか?
なぜなら人間の時間は限られているし何度も結婚して信頼関係など結べない
そんな時間がないから離婚することその時間がもったいなとなる。
それでも熟年離婚もあるから何かその辺がわからないのである。

ふりかえると自分が生まれたときからこの家を自分がになっていた。
実際に自分の家に残ったのは跡を継ぐのは自分一人しかいなくなったからである。
石でもそれは人間である。雨風に打たれ雪がつもりその石にも季節がめぐり石は庭になじみ落ち着いてくる。それはまだ半年もたたないくらいだけど何かなじんできたという感じになるのも不思議である。
それは身近で見ているからそう感じるのである。
雨風に打たれ雪がつもるというときそれは石に人間を感じているし石を通じて人間を見ているのである。庭の石は特にそうである。
だからいつも不思議に見ていたのは津波の跡に残された樹である。
あれがなんとも表現しがたいのである。
日本の樹がそこを離れがたく立っている、長年一緒にいた夫婦のように家族の一員のように見える、それが家がなくなり何か悄然として取り残されたように立っている
それはまるで人間のように見えたのである。
一方で津波の跡に松原がなくなり一本松が残っているというときそれは庭にあった樹とも違う。それも人間的なのだが庭に立っている樹とは違っている
そもそも松原は家の庭にあるものとは違っているからである。

ともかく津波とか原発事故で感じたことは避難区域では人が住んでいない、そしてもう人が住まないのかとなった。
その時自分は石をテーマにしているから何かしら謂われのある石がある。
境の石とか何か樹でも謂われのある古い石や樹がある
それは長い時間の中で何百年とかあるものはそれは村とかと一体となっている
人間化した石なのである。
だからもともとある自然の石とは違っているのである。
だか人がいなくなったときそういう石はその村の一部となっているとき
何か取り残されたような感じになる
別に石なんかどうでもいいともなるが言いたいことはその石をその村と一緒に歴史を刻んだ石だということである
それは庭の石より古くその村と共に長い時間を刻んだ石なのである。
そしてまだ見いだされていない石がある。
それはまだ人間化していない石でありそのことを詩にしたりした。


長い間人が住んで歴史を刻んだ土地に人が住まなくなるとどうなるのか?
それが今回の津波でも原発事故でも問われたことである。
そういう長い時間で形成されたものが失われることの問題である
それは別に古い家でないにしろ二代くらいでも自分の家のことなど書いたが
それなりの歴史を刻んできている。
だから農家辺りだと江戸時代からあるのも普通である。
そういう歴史が消失することはどういうことなのかとなる
そんなことを考えもしなかったろう。
人間でも村でも故郷でもどこでも人間は一代だけで作られているのではないということである。
人間は歴史的存在である、動物には歴史はない、自然そのままでも歴史はない
人間だけが歴史を作り歴史的存在としてある
そこに人間の意味があるから避難区域に人が住まなくなるということはその土地自体の歴史の消失なのである。
ではそうした謂われ石が元の自然に帰るかというとそうはならない
やはりその村でも町でも石はやはりそこに住んでいた人間を語りつづけるのである

近くの介護施設で一生懸命掃除している女(ヒト)を見た
その時感じることは掃除している女性でもそれはその建物があり介護のために仕えているということである。
それは病院でも感じた、掃除している女性にはあまり注意を払わない
医者とか看護師は注目している
しかし掃除している女性を見ていると働いてくれているなと感じるのである。
でもがっかりするのは金のない貧乏な女性が馬券売り場で掃除の仕事できるからあってもいんだよなとかパチンコ屋だって仕事になるからいいんだよなとか
貧乏だからそういう発想になる、それは原発があったほうがいいんだよ、金になるんだからと同じ発想になるのである。
この辺では他でも人手不足で困っているのだから実際は全体で迷惑になっていることがある。
パチンコ屋で人手たりなくて困っているんだよとかおかしいのである。
その女性は借金しているからしかたなく行っているが何でも金になるからいいとはならない、そこに貧乏な人や思慮のない人の問題がある

この辺でもこんな状態でないならあんまりそういうことは言わなかったろう
毎日補償金でパチンコ屋通いとなると他から見ても何だろうとなる
こんなところで仕事しても馬鹿らしいと他の人も思って地元の人と喧嘩になったりしたのもわかる
そういうことをわきまえなければならないのだがしない、もちろん何もできないとか事情はある。
でも何かわきまえることがないから仮設に補償金をもらっていい暮らししている人は非難されるのである。
まあ、後一年でそうした仮設暮らしも終わるからまた違ったものとなってくる
その時五年間の時間の浪費がひびいてくるということもある
もっと何かしていれば良かったとかなるかもしれない
五年は長かったのである
その時間もまた浪費されたとなる


介護の仕事など誰もしたくないし意味がないとか盛んに言われるけどこれも豊かな時代に生まれた仕事なのだろう。貧乏だったら介護ということが仕事になるということはない
もともと家でしていたし介護するまでもなく人は早く死んでいったからである。
今は介護になって暮らす時間が長いということである。
百歳で終わりだともならない、確かに弱っているからあと数カ月の命なのかとも思う
でもまたそれもわからないのである。
だから介護社会というのは社会的な負担もそうだが家族の負担も大きいのである。
会社をやめて介護したりとか本当に切実なのである。
そして介護はそれなりに金もかかるのである。
でも介護から逃れることはできない、介護社会なのである。

タグ:庭の石

森に埋もれた境石(童話)


森に埋もれた境石

東村があり西村があった。それは江戸時代からあり長い間二つの村の境石として呼ばれていた。それは二つの村を分けるものでありしるしでありみんなが言い伝えられて知っていたその石は風が吹き鳴り雨がふり雪がふる日もそこに長い間村人とともにあった。
その境石がとまどうことになったのはこの辺に起きた放射能騒ぎだった。
原発事故があり放射能で村は森も山も自然全部が汚染されたのである。
それで村人も住めなくなり人がいなくなってしまった。
田畑があった所は葦がぼうぼうとしげり元あった自然にもどった。
そこには人々の生活はなくなり葦など元の自然にもどる。
イノシシなどが出てきて土を掘り起こし田畑は荒れるばかりだった。
普通見られない羚羊まで里におりてきていたのだ。
境石はいぶかった。
「村人はどこに行ったのだ、人影も家もなくなっているみたいだ」
「もうみんな村から出て行ったよ、誰もいなくなったよ」
そう言ったのは人がいなくなり自由におそれるさとなく出てきている猿だった。
「そんなことあんのか、ありえん」
「世の中はな、ありえないことが起きるんだよ」
「どういうことなんだこれは」
「見ればわかるべえ、人はいなくなり家もない、ただ葦がしげっているだけだべぇ」
境石はそれが納得できなかった。
「西村も東村もなくなったら境石としてある意味もなくなるんだ」
「まあ、そういうことだな」
「俺はここに何百年と村人ともにあったんだ、そんな簡単になくなっては困る」
「そんなこと言ってもこれがまぎれもない現実なんだよ」
猿はこう言って森の奥に仲間とともに消えた。境石はまだ納得がいかなかった。
「俺は境石なんだ、東村と西村がありその境石として何百年もあったんだ、それを簡単に変えられるか、東村と西村は水のことで争ったりもした、そういうことを伝える石でもあるんだ」
そうは言っても時間がたつのも過ぎるのも早かった。辺りはまもなく葦がしげりおおわれてしまった。その境石も葦におおわれみえなくなるほどだった。
それでも境石は言い続けた。
「俺は境石なんだよ、村人が消えても葦におおわれても境石なんだ」
しかし葦だけではない葦から樹も生えてやがて林になり森になってしまった。
それは大昔の村人が住まない状態にもどっていた。
そんな森の中に境石は取り残されてしまった。
「俺は東村と西村の境石なんだよ、何百年もそうしていたんだ」
でも森の樹はさらに密生してそこは道もない状態にもどった。
そして森に向かっても叫んだ。
「俺は東村と西村の境石なんだ、境石なんだ」
そしたら深い森なってしまった森の神の声だろうか聞こえた。
「境石よ、もうここには東村も西村もない、どっちの村も消えたのじゃ」
「じゃ、俺は何の石なんだ」
「ただの前から名前のない石だよ」
「そんなの嫌だよ、俺は境石なんだよ」
「まあ、そうして叫んでいるのもいいだろう、やがては忘れるだろう」
こう森からの声はその境石に言いきかせた。森はさらに樹が増えて暗くなりさらに深くその境石をおおってしまったのである。
そして森の声は言い聞かせる。
「もう東村も西村もない、争うこともない、ただ名もない石に帰る」
しかしそれからも境石は境石とさけびつづけていた。
でもだんだんその声も弱くなりかてかとなっていった。
「俺は境石なんだ、境石なんだ・・・」
なおもかすかでも言い続けているが森は深くなり風が森に鳴りその声もひびかなくなっていったのである。

 
タグ:境石
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2015年02月19日

ありもしない妄想を作り出す人間の心理 (最近のSTAP細胞やイスラム国やカルト宗教団体の深層は何なのか)



ありもしない妄想を作り出す人間の心理


(最近のSTAP細胞やイスラム国やカルト宗教団体の深層は何なのか)


人間の特徴は様々あるけど動物はただ日々の餌がとれれば満足している。
その他のことはなにもしない、あとは生殖の本能であり何もしない
これも考えてみると単純な生活だと思う。
今日食えるものがあれば満足であり他のことは何も考えない
人間の特徴は毎日食べることの他に様々なことに労力を費やすのが特徴なのである。
その一つにありもしない妄想と幻影とかに左右される、ありもしない妄想を作り出すのが人間なのである。その妄想が現実蜷ということで行動するのである。
人間の複雑さは計りしれない、だから心理学というのが現代的学問なのである。
あらゆることに心理学が必要になる。
宗教と心理学は最も密接にかかわっている。
なぜ人はカルト宗教団体に入るのかとなるとそれは信仰とか宗教の問題ではない
人間の心理を解明することである


心理学は科学の分野でもかかわるものになっている。
科学は人間の心理とは関係ない、数式を解くような世界だと思っている
でもstap細胞騒ぎを考えてみると不思議である。
なぜあのような問題が起きたのか?
武田邦彦氏は小保方さんには何の罪もないという、それもそうなのかもしれない。
科学者であり冷静に見ればそうなるのかもしれない。
ただこれを心理学的に解明すると人間的にそういうことはありうることである。
科学の研究者は地味である。毎日試験管で細密な実験をくりかえしている。
それは途方もない根気のいる実りもない目立たない世界でもある。
それが突然万能細胞を発見したとなり小保方さんという若い女性がエプロン姿で脚光をあびたのである。

それは何を意味しているのか?
小保方さんに罪がないというとき小保方さんの成果を理研が盗んだという時、そもそも理研では一時は万能細胞を信じたのである。
その万能細胞があるかないかは不確かであった。
ただそういう願望が理研全体でも小保方さんでも夢見ていた。
だからそういうふうに毎日地味な研究していれば万能細胞があるんだということを妄想する。それは人間的に誰でもありうることだし人間の心理として理解できるのである。
人間はまた自分のみじめな貧乏であれ何か弱さをもっているとそうでないものに憧れか金持ちになることを妄想する
厳しい酷い現実から脱出するためにありもしないことでも妄想して現実のように思うことは良くありうるのである。
だから小保方さんでも理研全体でも毎日実験を重ねているのだから万能細胞が作れたというとき理研全体が上の人もその時信じたのだろう。
科学でも何の成果が出せないと社会から認められないこともある。
だからなんとか成果を出そうとしてありもしない万能細胞でも妄想でも作り出すということがある。
つまり人間は万能細胞であれ万能人間をスーパーマンになることを夢見ているのである。
それは人間の極めて心理的な特徴なのである。

そういうことはいろんな分野で起きてくるし歴史的にも起きてきた。
人間は誇大妄想が働く、その誇大妄想が大きければ大きいほどその妄想のために人が死んだり命までかけてきたのである。
それはナチスのアーリア人が最優秀民族であり世界はアーリア民族に支配されねばならないとか日本でもアジア共栄圏を作り日本が指導せねばならぬとかである。
イスラム国でもカリフの時代を復興させるのだというのもそうである。
そこには貧乏や今の厳しい状況にある人には甘いものとしてその巨大な妄想が現実化すると思って命までかけているのである。
妄想が現実化すると思うのはやはり苦しい状況から脱することがてきると思うからであるstap細胞騒動でも日々の地味な実験の積み重ねに疲れて万能細胞を妄想して現実にあると見えたのである。


人間は本当にありもしない妄想を見てその妄想でも幻影でも現実にみる。
そういうことはバーチャルな情報社会になると余計になりやすい。
マスコミも妄想を作り出すのである。マスコミが幻影を真実のように報道するのである。オウムでもオウム王国ができて麻原は日本の王になると宣言していた。
それがた妄想でもそういう妄想が現実化すると思っていたからあのような殺人集団にもなった。
それはカルト宗教団体はみなそうである。
創価でも池田大作が日本の王になると会員は思って活動していた。「世界広宣流布」とかいうのもそうである。創価が遂にはナチスと同じように世界を支配するという妄想であるそれがありもしないことでも何か妄想が大きければ大きいほど人間はだまされやすいのである。その妄想がかえって現実味がなくてもその妄想のために命までかけるということである。
日本のアジア共栄圏なども中国というと馬鹿でかいのだからそこを支配するということはどれだけ容易なことではないか現実的に考えればそうだが妄想化するとそうではなくなるアジア全域まで日本の支配下になるという巨大な妄想に憑かれたのである。
イスラム国でもそういうカリフの時代の領土の拡張を妄想しているのである。


原発事故でも科学者が百万年に一回しか事故が起きないと確率で計算したとか言うときそれはただの願望であり妄想であった。
でも政府から官僚から検察からマスコミから東電と一体となったときその「安全神話」は妄想でもあったが現実のものとして信じられたのである。
本当は事故は起きてもらいたくないという願望が「安全神話」を作っていたのである。
だからこれも人間の願望としての妄想が働いていたのである。
科学者は放射能をのことを知っているから事故が起きることはありえる起きたらどうなるのかとかシュミレーションできたのである。
でも「安全神話」作りそういう作業を怠りただ事故は起きない、起きないで欲しいが事故は絶対に起きないという強い願望になり「安全神話」は形成されたのである。
それができたのは権力が現実社会に働き操作したからである。
アジア共栄圏とか創価王国とかオウム王国がイスラム国が妄想としてもそこに権力が実際に作用してくれば妄想でもその妄想への現実化のために働くということになる。
そういう妄想が魅力があるのはかえってあたえないこと現実離れしていることになるのだ日々地味な仕事をしているのが人間である。
それがそうした壮大な妄想を見るとそういう日々の地味な現実から一時でも脱出できるということが人間がありもしない妄想を作りだす原因なのである。

タグ:STAP細胞
posted by 老鶯 at 21:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2015年02月20日

寒もどる (地理的一体感がもてるの30キロ圏内ー相馬藩の規模がほぼそれにあたる)


寒もどる

(地理的一体感がもてるの30キロ圏内ー

相馬藩の規模がほぼそれにあたる)

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飯館の方に雪ふり寒もどる東風吹くあとに北風の吹く

今日は朝は晴れて気持ちいいなと思ったら午後からは曇り山の方を見ると厚い雲におおわれ雪になっていた。
飯館村の方である。飯館村は標高が高いから寒いし山陰には雪が溶けず積もっていることがある。
それでも山の方を見れば南相馬市からは飯館の方を望む
すると飯館の方を思うから地理的一体感がもてる
飯館村に行くには標高が高いから自転車だと苦労するのである。
でも何度も自転車で峠を越えて行ったのである。
でも最近は一年は行っていない、葦がしげる原野になってしまったからだ
相馬藩は何か小さいから距離的に自転車でも日帰りで行ける範囲だから一体感がもてる。でも30キロ圏内が浪江まででありその辺までが地理的一体感がもてる
双葉や大熊になると何か相馬藩内でも遠い感じがする
そこはもともと相馬藩の境だったことでもわかる
そこは明治まで原野であり森であり開墾された地域だった。

この辺の気候は今日の気候に顕著に現れている。
最初東風(こち)が吹いたのである。
次に北風が吹き山の方は飯館の方は雪だったのである。
これは今頃の典型的なこの辺の気候なのである。
この辺のこうした気候が原発で災いした。
ちょうど東風が吹きその風に乗って飯館村から二本松市や福島市まで放射性物質を運んだのである。
その時雪がまた降っていてその雪と共に放射性物質がふったのである。
だから一番気候的に悪いときに原発事故も起きたのである。
悪いことには悪いことが重なるというのは本当である
ともかく30キロ圏内まで放射性物質の汚染で危険な地域とされて避難した。
鹿島区はちょうどその30キロからわずかにはずれていたのである。
そしてその30キロ圏内が地理的一体感をもてる所だったのである。
人間的感覚では30キロ圏内が地理的一体感を感じる
風土というとき風なのだがまずその地方地方の風を感じるのは住まないかぎりわからないまず会津とか浜通りは全く違った風土なのである。
雪がふらないということでも全く違っている。
だから地理的にも気候的にも会津は別な世界である。

ともかく原発から30キロ地点まで避難区域になったが地理的一体感をもてるのは自分の住んでいる所から30キロ圏内が標準である。
ただこれは距離で計られるものではない、地形は複雑だから距離だけでは計れない
その土地の風土を知るのは肌で知るというか実地にしるというか実測で知るというか
人間的感覚で知るとならないとわからない
だから自分が自転車で阿武隈高原を越えて猪苗代湖の福良を湖南を回り会津の市街に出たとき地理を人間的感覚でわかってのである。
車だとまた風とか峠の感覚とかがわからなくなるから旅にならない
地形を体で感じたとき地理もわかるのである。
今日の天気はこの辺の典型的な気候が顕著に現れた。
まだまだ寒もどるであるが東風が吹いてくるから春も近い。
天候は自分の住んでいる30キロ圏内では共通性があるが
どこでも30キロを越えると共通性がなくなるかもしれない
天候は30キロ内で共通性があってもそれを越えるとないとなれば
天候は日本だけでもいかに多様かわかる
いづれにしろ風を感じることがまた季節を感じることなのである。


タグ:寒もどる