2015年01月25日

複雑な中東情勢 (ヨルダンにはパレスチナ人とシリアの難民で溢れている現実)


複雑な中東情勢


(ヨルダンにはパレスチナ人とシリアの難民で溢れている現実)


中東は複雑怪奇である。シリアにしろなぜあんなふうになってしまったのか、民主を求めていうがそれだけではない、大国の思惑があり分裂したのだろうか
トルコのイスタンブールに退職した人が長くいた。
あの人はあんなに若者に交じって旅行しているのも驚いた。
あの人はシリアに行っていた。シリアの人はいい人たちだと何度も言っていたのである。シリアは紛争の前は社会主義政権であり国王の支配下に安定していた。
そして外界とまじわらないので国民は貧乏でも素朴であった
それはラオスについても必ず言われる
外国と交わらないときその国民は貧乏でも素朴なのである。
日本も江戸時代がそうだった。
外国から来た人が日本人にじかにふれて感嘆していたのだ。
それは日本人が日本人のままであり素朴だったのである。
それは「逝きし世の面影」などで語られている
今はミャンマーなどがそうだろう。ブータンなどもそう言われる

いづれにしろ中東は複雑すぎる、今度の日本人人質事件でもヨルダンが自爆テロの女性と捕虜の交換をしろと日本人人質がその声明を読んだ。
すると日本人の助かる道はヨルダン政府にかかっんてくるとなる
ところがヨルダンはイスラム国の空爆に参加していてそのパイロットがつかまった。
だからパイロットと交換すべきだという。
人質問題がこういうところまで波及したのは本当に複雑である。
ヨルダンにはまた逃れてきたパレスチナ人が60パーセントもいるとかさらに複雑である。ヨルダンという国は何なのだというときわからなくなる
国際情勢はもともと複雑なのだけど中東は一番複雑である。
だからこんなところで外交をするのはへたをすると大怪我をする
それを安倍首相はいい気になって金を配りしたのである。

ともかく日本人の人質問題は世界的問題として波及したのである。
一個人の金儲けから日本は迷惑したと盛んに言っていた人は殺された
もう一人は生かしておきたいと言っていたジャーナリストは生きている
しかしこの人を生かすことが複雑な外交問題世界の問題になったのである。
そもそもヨルダンなどという国を普通日本人が考えない
でもそこが今注目の的となるときヨルダンとは何なのだとなる


紀元前8000年紀には人類最古級の農業が営まれた。西アジアに文明が発達すると交易の中心地として栄え、紀元前13世紀頃からはエドム人が住み着き、アンマンには旧約聖書に登場するアンモン人の国があった。紀元前1世紀頃には南部にペトラ遺跡を残したナバテア王国が発展するが、紀元1世紀から2世紀にローマ帝国に併合された。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%AB%E3%83%80%E3%83%B3


あの辺は砂漠である。だから隊商がラクダでとまる宿がある。それはイスラエルにもあるイスラエルも砂漠が半分だったが灌漑して農地に変えた。
つまり聖書の舞台になったところは砂漠なのである。交易の場でもあった。
だから水がたりないからヨルダン川の水が貴重でイスラエルとアラブが争った。
ヨルダン川は小さな川でも貴重だったとなる
もともとヨルダンとかシリアとかイラクでもアラブの国はヨーロッパによって作られた国である。ヨルダンもイギリスによって作られた国である。
だからイギリス寄りだとなるしエジプトは今でもホンドを使っていることでもわかる。
国王はベトウィン族であるというのも遊牧民として自由にあの辺を行動範囲にしていた
遊牧民は国境の意識がなかったがイギリスとかにより国境が人為的に作られたから不満がある

ヨルダンには57.5万人がUNHCRに難民登録されており、長引く紛争の影響を受け、ホストコミュニティにて避難生活を送るシリア難民46万人は孤立を深め、生活手段の欠如に直面し、危機的な状況におかれています。特にシリア難民の子どもは、児童労働や早期結婚、性的搾取、武装勢力への関与等のリスクに晒されており、学校で物理的に子どもを保護する必要があります
http://www.knk.or.jp/act/JOR/top.html

ヨルダンは難民受け入れの国人なりそれが大きな負担と化している。それで安倍首相が人道的援助をしたのだかイスラム国家からかえって心証を悪くして脅された。
この辺の混乱状態は日本では実感できないだろう
難民といっても原発難民などはかえって地元の人より恵まれている
施設には優先的に入れる、医療は無料だ、地元の家に変えるだけで支援金がでる、あらゆることでいたりつくせりである。
だから避難民といっんてもあまりにも差がありすぎるのだ。
何の避難民なの、避難民貴族化しているのが現状なのである。
かわいそうだなということなどないのである。
ただ狭い家で困るというだけである。
ただ津波の被害者は流されて何にもなくなったというとき避難区域に住んでいない人はかわいそうだと思った。

それでもこうした難民と比べると楽だなと思う。
そういうところに行ったら生きた心地もしなくなるかもしれない
そういう悲惨な現状があるのだからそんなところになぜ行ったのかとなる
ジャーナリストはそううい難民の子の写真をとって援助していたというが
何も何をしているのかわからない、武器商人を助けに行って自らつかまり日本に迷惑だとなる。
前もイラクで難民支援の若者が人質になったことがあった。
難民支援でもそういう危険な場所なのである。
そういう所には行かない方がいいとなる
金銭の援助ならしてもいいとなる
そういう場所に行ったら紛争に巻き込まれてわけわからなくなる


それよりこっちも日本で遠くから見ているよりこの難民の状態を見てくれ
こっちもイスラム国の空爆に参加してパイロットがつかまった
国民はこっちの方を助けてくれよと騒いでいる
日本人一人がそんなに大事なのか?
それよりこっちの悲惨な現実をみてくれ

日本だと日本人のことばかり言っているけどヨルダンとか向こうでそうはならない
天秤にかけたらどっちが大事なのかとなる
一方は命をかけて戦闘に参加してつかまった
一方はなにしにきたのかわからない
それは自己責任じゃないかとなる
日本は中東はあまりにも離れているからわかりにくい
ただそこが石油などので紛争地帯になる
すると今回のようなことになると右往左往することになる
これはアルジェリアでも石油で会社の人が十人死んだ
それは石油をとるためで目的がはっきりしていた。
今回はなんのために行っていたのかわからないのである
それにしても日本人人質二人で中東の問題がリアルに浮かび上がってくる
中東への関心が深まったという効果はあった。
まずヨルダンのことなどほとんどの人は考えもしないからだ
いづれにしろグローバル化ではどこかで日本人も必ず世界とつながり
その影響を受けるのである。


タグ:ヨルダン
posted by 老鶯 at 20:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

瀬戸内海ー春の俳句連句


瀬戸内海ー春の俳句連句

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洲本城波のやさしく春の月
船見えて若草萌ゆる瀬戸の海
夕日さし船の往来明石城
汽笛鳴り大きな船や瀬戸の春
春潮や大阪へあまた船の入る
重なりて瀬戸の島々春の海
昔なれ島々の港春の月
潮流の早き流れや燕来る
常夜灯潮流の岸辺椿散る
三重塔島の栄や落椿
瀬戸の島蝶の生まれて島わたる
船を待つ暇のあれや島の春
春日さす待合室や船を待つ
船遅く菜の花の島めぐりさる
ひた走る電車や海沿い桜咲く


思い出す旅というのも不思議である。自分は瀬戸内海を旅したときもわざわざ遅くなるようにしていた。今だったらいくらでも早く行ける、それが旅の情緒をなくしている。
旅がなくなったというとき早すぎるからである。
歩いていた時代の旅と今は百倍の速さになっている。すると心に映し出されるものは記憶できない
めまぐるしく過ぎ去ってゆくからできない、団体旅行などでは人としゃべる時間にとられるとまた心に残らない、つまり旅の時間は回りの景色に注意しなければならない
それだけで相当な時間の余裕が必要である。
ここで一時間次はここで30分などと計画していたら旅にはならない
そういう旅は印象に残らない、ここは景色がいいから夕方までいて夕日まで見ようというのがいいのである。
だから時間が制限されたら見るものも見れないのである。
現代の旅はそういうことが多すぎるのである。
速度をわざと落とさない限り景色も心に残らないのである。

瀬戸内海を旅したときはすでに20年とか30年まえとなになった。
ただその時わざとゆっくりとした旅をしていた。
こういう時間に余裕をもてるのが贅沢であり金を使うことではない
その時間が消失したときつくづくそう思うようになった。
その場所にいつでも気軽に行けると思っていたが今は行けない
そういう時が誰にでもやってくる
あそこにもう行けないのかと思うときショックである
そうてるとあそこに長い間いたことが貴重だったとなる。
ただどうしても記憶は定かでなくなる
なんとなくこんな雰囲気だったなと俳句にしてみたのである。

こういう俳句が作れたのはやはり瀬戸の島々をぶらぶらする時間があったからである。
旅というのは意外とできない、家族を持ち勤めていたらこんな旅はできない
二三日の保養が精一杯になる。ただ移動して動いているだけなのである。
だから旅するということは意外と今は交通が発達して楽に見えてもできない
その時間が与えられないのである。これも皮肉なことである。
とにかく旅するなら一カ月間くらい余裕みてするのがいいがそれが勤めていればできないまず今はそもそも旅人というのはいない、旅人になれない、江戸時代辺りだとみんな旅人になっていた。それだけの距離を歩いて行くし時間がかかるからである。

瀬戸内海の春は春らしい、船が好きであり電車も好きである。車は好きではない
車が旅を破壊したということはある。船はやはりゆっくり進んでいる
電車も普通電車なら遅いから旅情がある
新幹線になるともう過ぎ去るだけになる。
瀬戸内海は昔だったらやはり生活があり活きていたのだろう。
港々が生活の場になっていた。
それも車時代になると変わった、運輸は船ではないだろう
ただ島から島へは橋がなければフェリーになるが橋がかかると港も廃れた
そこちまた旅情を牛なっている

瀬戸内海は潮の流れが早い、それが内海でも違った印象を受ける
その潮の流をしらないと船は操れない
瀬戸内海から村上水軍とか生まれたのは必然だった。
瀬戸内海はやはり日本の海としては魅力がある
日本の海では唯一古代から船の交通路となっていたからである。

淡路島の洲本に泊まったがあそこの海岸の波は穏やかだった。
自分の住んでいる太平洋岸は波が荒いから穏やかでやさしく見えた。
あそこには松がありいい場所だった。
洲本の城も小さくてかわいらしく見えた。
淡路島は大きい島でありただ洲本意外はわからない
結局今は思い出を綴る作業をしているのが自分である。
それを俳句でも詩でも作品化している
一連のものとなるときそれが一つの作品となるからである。
単発ではなりにくいのである。
だから一連のものとしてつなぎあわせる綴る作業をしている



禍福はあざなえる縄のごとし

江戸時代だったら
伊勢なんか遠い、もう一生に一度の旅だ
一カ月間はゆうゆうかかるな
歩いて歩いて目的地につく
一カ月間は農作業は休みだ
じっくりと見てまわるよ

伊勢か新幹線と数時間
パリかニュヨークか
飛行機で何時間
どこでもすぐに行けるな
でもそこで過ごす時間がない
毎日が勤めだからな

世の中とはこういうふうにできているんだよ
なんでも満たされることはない
便利だと思っても時間がなくて旅が楽しめない
肝心の時間がないんだよ
家族サービスだ、勤めは一カ月間休んだら首だよ
すぐに行けるんだけど時間がないんだよ

世の中こうなっているんだよ
原発は便利なものなんだけど
電気は便利なものでいいんだけど
原発事故になったろう
二つのものを人間は満たせないようにできている
便利が不便になり不便も実はいいところあったんだよ
何でもいいことはこの世にはない
禍福はあざなえる縄のごとし
時代時代に幸不幸があるんだよ

タグ:瀬戸の春