2015年01月20日

「イスラム国」が人質の日本人2人を殺害すると警告 (イスラム国の主張も否定できない、植民地化された恨みとすれば)


 
「イスラム国」が人質の日本人2人を殺害すると警告


(イスラム国の主張も否定できない、植民地化された恨みとすれば)

 
●喧嘩両成敗、双方に言い分がある

そもそも人間はなんでそんなことまでし殺してまでまたは殺されてまで行動するのか?
人間の動機が問題になる。喧嘩両成敗とういうとき必ず双方に言い分があるからだ。
自分も経験あるけど家族間のもめごとで親と子のもめごとで親が子を虐待していたと思っていた。それも親がすでに70とか子が40とかの年である。
その事情は複雑にしろ交流があまりないから子の話を一方的に聞いて失敗したのである。実際虐待していたのは子供の方だったのである。子供というってももう親を十分に虐待できる年である。
やがて85くらいになって病気になり子供はめんどうみず最後に「ひどい娘だあわ」と自分の家に電話してきてすぐに死んだのである。
複雑にしろここでの最大の問題は両方のことを聞かないで子の方の言い分だけを聞いていたからそうなったのである。
あとでその娘の本性があらわれ本当にひどい娘だったのである。
そんな人だったのかびっくりしてきれた。
だから人間が喧嘩したりするには必ず双方の言い分を聞かないとわからないなと思った。
イスラムのテロであれイスラム国のこうした残虐な行為の言い分や目的は何なのだろうと思う。ただこのことに同調しているのは右翼系である
アジアを植民地化したヨーロッパに対する恨みと共通しているのである。


日本と欧米の戦争も植民地化されることに対して起こったしそもそも明治維新も上海のアヘン戦争とかで植民地化されると危機感をもっていてヨーロッパに対抗するために起きた日本は唯一ヨーロッパに植民地化されないアジアの国だとい誇りと主張かあった。
そのことを考えてみるとイスラム国のイスラムの過激派思想集団と同じなのである。
彼らも同じことを主張している。日本はアメリカともあれだけの戦争をしたのだから協力してくれると考えるのも歴史からみればそうなる。
ただめちゃくちゃに金だけか欲しいとかだけでテロをしているのとは違う
その主張は日本の戦争の時と同じだし今でも反ヨーロッパや反米の主張がつづいている。だからフランス人が殺されたことでもお前らのしたことを見れば当然だと言う人も普通にいるのである
さんざん植民地化して虐待してきたのだからその仕返しをされるのも当然だとなる。
ともかく日本側の戦争での主張は植民地化されたことが言い分としていることでは同じなのだとから全く非論理的暴挙ではない。

●明確な目的や思想があるなら価値がある

いづれにしろ日本人が何のためにあんな危険な所にいたのか?
前は物見遊山で若者がイラクに入り人質になり無惨に殺された。身代金は払われなかったそれはただ物見だったからである。
今回の一人も何のなのかわからない、もう一人はジャーナリストである。
なぜあんろところにわざわざ行っているのかわからないところがある。
ジャーナリストにしろ別に日本国民から望まれて行ったのとも違うだろう。
スクープねらいで有名になり金を得たいという野心だってある
ただ日本人は宣伝効果が大きいから人質にしたとも解説している
安倍首相がこんなときヨルダンとかエジプトにテロに対抗するため金を支援したことも反発を買った。わざわざこんなときゆく必要がなかった。
だから安倍首相が名指しで批判された。


こういうことも前の戦争のことをふりかえり考えると見えてくるのものがある。
尖閣諸島の中国との対立でもそうだった。
日本の外交をどうするかということが同じ継続した問題として浮かび上がってくるのだ。日本確かに右翼系が欧米に反発して植民地のことを盛んにとりあげて批判する。
でも現実は欧米の一員になっている現実があるからイスラム国のテロの標的にもなる
だから本当はイスラム国に同調するなら個々人で義勇軍として参加するということさえありうるのである。
欧米でもそイスラム国の思想に同調する人がいて参加しているからだ。
欧米に反発する人々は世界にも多いからである。
イスラム国はそういう核になろうとしている
ただ今回人質になった人は何か特別な目的とか使命があったとは感じられない。
だから金を払う価値がないという意見が多い。


日本では戦争でそもそも300万にも死んだ、今二人の良くわからない人が生きるか死ぬかになっている。そのことが話題になるときでは300万人死んだ人の命の価値はどうされるaのかという問題が浮かび上がる。
その人達の命の価値はとをなるんだろうとなる。その人たちは明確な意志のもとに日本のために死んだのであり何かわけわからないものとは違う。
でも今になるとその価値は低くなり無駄死にだったとかされることも多い。
なぜそうなっているのかというと戦争に負けた結果として日本はアメリカに植民地化されてただ欧米のいいなりになる国になったからである。
つまり欧米からアメリカからすれば勝ったのだから勝者の論理が働く、アメリカの言い分が正しいとなり歴史になる。それは日本の歴史でも薩摩長州が勝ちやがて長州閥が日本の政治を天皇をまつりあげて支配者になった。
それは山口県の安倍首相もその系統であり吉田松陰をもちあげるのは間違っているという幕臣系統の人々がいたしそれも真実だと思う。

●日本人は利の国であり前の戦争のように犠牲にはならない

要するに日本の外交は曖昧なのである。利が基になり利にある方につくだけになったのである。イスラム国についたら損しかないからつかない、ただポーズとしてイスラムにも見方するような格好しているだけなのである。だからこうして深刻な事態になるとその本性が現れるのである。日本国民だってめんどうなことにはかかわりたくない損したくなんいというのが本音なのである。
欧米にいい顔を見せていればいいイスラムにも自分たちは敵ではないよとどっちにもいい顔を見せたいのである。
日本が欧米に反発しないのはそれだけの経済成長をしたことなど戦争に負けてからは利の国になったのである。
大義とか思想に殉じるという意気はない、金になればいいしかない、それは上層部だけではない、日本国民が全部そうなったのが戦後の状況だったのである。


だから団塊の世代はその最先端にあり高度成長をして豊かにしたのは自分たちだという主張がある、反発されるにしろある。
ただ何らかの思想に殉じるとか大義のためとかそういうことは国自体にもないし国民にもない、カルト教団などにもない、利を求めることしか教えられないから結局そんな自分を命を犠牲になるとしたら誰も入らないのである。
明らかに欧米が正しくないとしても利があるからついていた方が得だとしかない。
19才の若者が自分は英雄になりたいと動画を投稿して実況中継しているのに国民が騒いでいるのも何か平和なのだけど国家も個々人も利を求めるだけであり犠牲になるような大きな目的はないからだともなる。
結局人間社会は中庸の外交などない、どっちかにつけ、でなければ殺すと迫られることがある。そして結局どっちからも攻められて滅ぼされることだったありうる。
ただ穏便に穏便にと言っても相手は許さないという結果になることが怖いのである

 
ともかく個々人でも人生が一貫したものがないとその人は信頼できない
国でもそうである、右につき左につき真ん中だノンセクトだとかなると信頼できなくなる旗幟(きし)を鮮明にしないとどっちつかずでありどっちからも捨てられ攻められことがある。小国はどっちかにつくほかない、中庸などしりえなかったのである。
中庸ではいいように見えても生き残れないことがあったのである。
欧米を批判するとしても現実は欧米に従いその路線の中に組み入れられている。
だからいくら欧米を批判してもイスラム国のような命懸けの集団に迫られたら欧米を批判していても結局現実的には欧米側につくという判断しかできないのである。





 
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posted by 老鶯 at 22:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層