2015年01月19日

寒鳥の写真二枚(写真はシャッターチャンスが勝負)


寒鳥の写真二枚(写真はシャッターチャンスが勝負)

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海老村の津波の跡


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宮本武蔵の絵

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鹿島区の墓地のある復興団地の公園

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山鳩や百輪赤し寒椿

山鳩に復興団地や寒椿

寒鳥の未明に一羽声もなし

この二枚はいい写真だろう。写真はいい場面に会えば別に写真の技術とは今はデジタルであり関係なくなった。自然でも写真はある一瞬なのである。
その一瞬をとらえたのが貴重なのである。
山鳩の写真は写真の方が椿が赤くきれいに写っていた。肉眼でこのように見えなかった
そういうことが写真の世界にはある。
なんかこの写真は傑作の部類に入るかもしれない、自分で言うのもなんだがそういう一瞬をとらえたということである。

枯枝にとまっている鳥は百舌なのだろうか?まさに宮本武蔵の絵と同じだった。
海老村の跡は津波で消失した、そこに一本の枯木が残り寒鳥がとまっているのもなんとも寂寥としている。
あそこは墓だけが上に残っているから奇妙なのである

今年は最初から体の災難があった。手術してから不思議に体が悪く感じたことがなかったそれが急激な寒さで体調を壊した結果また同じ所が悪くなった。
これも苦しいものである。
ともかく手術してからなんら問題なく二年間も過ごせたのは不思議だった。
この病気と同じ人がいるが別に十年を生きているからこれで寿命を縮めることはないみたいだ。
ただ病気になると一人暮らしとか介護しているときつくなる。
介護だとまず自分自身が病気になったり二人介護したりするとその負担におしつぶされるだろう。
何しろ病気でも誰も介護するものもいないのだからせざるをえないからである。
相手は食うこともなにもできないからそうなる

明日はともかく二年ぶりに医者にゆく他ないだろう。
こういうとき車もないし困るのである
田舎で一番困るのは医者なのである。
特に退職した老人が田舎暮らしにあこがれるがまず病気になったら本当にみてもらう医者がいない、元気な内は良くても一旦病気になったら地獄になってしまう
だから先を考えるといいとはならない
だから病気になったらまた都会に帰れるようにしておくのもいいとなる
今年はどうなるのか、この二年間は体に何ら変調がなかった
今回こうなったのははじめてなのである。
ただ老化現象による病気が起きてくるのが怖いのである。
別に運動はできるしむしろ運動をした方がいいみたいなのだがやはりかなりの苦しさが急にきたのである。
若いときはこんな病気にはならない、老化現象の病気がたいがいかかえる人が多いのである。
タグ:寒鳥