2015年01月17日

小高のジレンマ (南相馬市になっているから複雑になった)


小高のジレンマ


(南相馬市になっているから複雑になった)


小高のジレンマというときそれは小高だけではない、南相馬市全体がジレンマに陥っている。
浪江とか双葉、大熊やその他は町単位で補償金でも交渉している。
だからわかりやすいのである。
小高は合併して小高町ではない、南相馬市なのである。
いい面としてはイワキの方に移住した双葉とか大熊町とは違い南相馬市内に移住していれば以前として南相馬市民なのである。だからイワキのように激しい反発はないとはいえるただ鬱積した不満が補償金問題で特に鹿島区にある。
原町区とはない、原町区には仮設も少ないこともあるし原町区は一人十万二年二カ月もらっていると言われるから補償金には不満がないみたいなのである。
最初混乱していたとき、鹿島区に市の財政から金を出すということに反発した人がいた。その時は市の財政から緊急に出したから反発があった。
これも同じ南相馬市だったら何らかの配慮があるのが当然だったのである。
何か合併前の小高、原町、鹿島にもどってしまったのである。
南相馬市として何か対策がなかったのである。
だから南相馬市は補償金問題で分断されてしまったのである。
浪江とか双葉とか他の町はそういうことはないのである。

小高のジレンマが小高だけにあるのではない、原町や鹿島に住んでいる人達にもある。
なぜなら小高は南相馬市でありそしたら南相馬市として対策を考えるし参加しなければならない。
別に小高に住んでいなくても南相馬市民として考えざるをえない、それはジレンマなのである。
そもそも原発は福島県全体の問題であり原発が建つ町や市だけの問題ではなかった。
だから何ら関係ない飯館村まで悲惨な状態になったのである。

小高の人が仮設に住んでいて補償金で遊び暮らしているというときそれも反発された。
現実にすべてではないにしろそういう面が強く出たのである。
あの人達は補償金をがっぽりもらって遊び暮らしているからいいとかなった。
それは鹿島区では補償金もらえないから余計に反発が大きくなった。
実際に仮設では何かそういう人の方が多い感じなのである。
何もすることがなくなりギャンブルになった。
飯館村でもギャンブラーになったとか言われる。
飯館村にも馬券場があったのだからどこでもギャンブルはある。
鹿島区にも馬券場がありそこでは食事までできるから結構いい施設なのである。
そんなところが繁盛しているというのも異常である。

だから前の親戚がパチンコ屋に借金返済のために勤めていて忙しい忙しいと
自分が苦しいとき言っていたのもこの辺の異常な状態を示していたのである。
パチンコするための人に働いていて困っている人はないがしろにされていた。
それも金のためそうなったのだから仕方ないにしてもそういう異常なことが
一身上でも起きていたのである。
金になってパチンコ屋でも働く場所があるからいいじゃないだけではすませない問題だった。
第一人手不足のときパチンコ屋に人がたりないなどと言っていること自体おかしいのである。でもパチンコ屋が繁盛してそうなっていたのである。
これはここだけではない、避難した地域でどこでも起きている問題だろう。
他でもプィリンピン女性を連れ込んでいるとか知人が言っていた。
東京まで行って競馬であれ風俗でも遊んでいた人がいた。
なんか仙台とか遠くで目立たないように遊んでいたという。
そういうことがあると何なのだろうとなる。

そういう人達は復興など考えないだろう。現実に年だからあとは生活保護だといっていたそういうのもまた南相馬市民だから困るのである。
そういう人達を市でかかえると負担になるからである。
要するに小高のジレンマは一つは小高は小高で復興しろと言っても南相馬市民だから南相馬市民がかかわるから違っている。行政でも小高には立派な市役所がありそこで仕事している。そこでは小高の人だけが働いているのではない、南相馬市民が働いているのであるだから行政でも南相馬市民として対処しているのである。
それは行政でなくても普通の市民でも小高は小高町だけで復興しろとはならない
だから小高に対してきついこともいい、何とか真面目にやれよはか苦情を言うことになるそれは同じ南相馬市民としてあるからそうなる。


そもそも原発の問題は双葉とか大熊とか小高とかが町単位で考えるものではなかった。
これだけ広い範囲にわたって被害が出たからである。
県政の問題であり一つの町や市の問題ではなかった。
だから県の責任も大きいのである。
地権者の許可があり漁業権者の許可があり県の許可があると建てられたというのも
原発という重要課題を決めるにはあまりにも変なものだったのである。
現実に県庁のある福島市まで被害があったのをみてやはり福島県は自業自得だなと思った何か今回の原発事故では被害者も自業自得だと思った。
なぜなら原発の被害を受けたところは何かしら恩恵もあり福島市だって県庁があるから
責任があったとなる。そこが被害を受けたのも自業自得だと思ったのである。
福島市では遠いから関係ないと思っていたろう。

小高もすでに東北電力で原発の工事がはじまろうとしていた。
それも中止になり避難区域になったのも自業自得だったのかとなる。
それは合併する前でありだから小高町だけで原発を建てるということも問題だったのである。でも実際は小高町の許可があれば建てられるというふうになっていた。
原町や鹿島は関係ないとなっていたのが原発だったのである。
いづれにしろ原発はむしろそういう市町村の枠をとりはらい結束して反対するものだったのである。
自分たちが利益になればいいというのは問題だった。
現実に双葉町と大熊町は競って原発を誘致したのである。
大熊町で利益を得ているから双葉町にも利益を得るべきだとなっていたのである。
これまたこの辺は原発でただ利益のみを金をのみを求めていたのである。

結局このジレンマの解決はどうするのか?
それは小高の問題であり南相馬市の問題である。
もちろん小高に帰れと言っても強制はできない
でもやはり小高だけではない、南相馬市の問題だから困るのである。
現実に南相馬市民が小高の市役所で働いているからである。

ジレンマ、ディレンマ (ギリシャ語:δί-λημμα、英dilemma) とは、
ある問題に対して2つの選択肢が存在し、そのどちらを選んでも何らかの不利益があり、態度を決めかねる状態。
タグ:小高
posted by 老鶯 at 21:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

船旅の思い出(詩) (ロ-マからギリシャのオリンピアへ)


船旅の思い出(詩)


(ロ-マからギリシャのオリンピアへ)


新年に異国の港に寄る船や我が旅せし日を思い出すかな

外国(とつくに)の街は古りにき教会の鐘の鳴りつつ船は去りにき

バスにのるトルコの人のキプロスにヨットを持つと金持ちなるかな


ヨットで世界一周した人のテレビ放送をみた。あんなふうにして世界を旅したらいいなとうらやましく思った。船旅でもヨットの旅は全く違っている。
地中海はヨットの旅に向いている。だからヨットをもって各地の港を回る人がいる
ただヨットは相当な金持ちしか趣味にもできないだろう。
ヨット一艘がどれくらいするのか何千万になってしまう。
だから冒険でも贅沢だなとみる。
それは貿易ではない遊びだからである。ヨットをもつ人は日本でも大金持ちだからである
ただ自分は電車でも自転車でも船旅をずいぶんしたからいつも旅しているからいつも旅している気分なのである。だからテレビをみてヨットで旅する人と一体となったということがある。
本当にあそこはアドリア海でも歴史があるから魅力がある
地中海は船旅に一番向いている海なのである。
トルコで出会った人はヨットをもっているというから相当な金持ちなのだろう
キプロスは半分はトルコの領土だからそうなっている。
キプロスには船で立ち寄って何時間で去った思いである。
一応よったので記憶にある。ヨーロッパは歴史があるからそれを調べたら尽きないものになるだろう。
地中海とにているのは瀬戸内海だが規模が小さいから大航海時代にはならなかった。
地中海は規模が適当で大西洋に出てゆく内湖のような役割を果たしたのである。

つまり歴史も常に地理なのである。地理によって制約されたり歴史が作られているのである。
ギリシャの魅力は古代の遺跡と自然が多様なことである。海あり島あり山ありと日本ともにている。変化に富んでいる。ギリシャは海に拡大して勢力をました。
植民都市を各地に作った。
ナポリはネオポリスでありギリシャ語から発している。そういうギリシャに由来するものか多い。だからギリシャのコインが発見される。
それより前はフェニキア人が商業の民として活躍した。
アルハベットと商業するのにどうしても必要だったのである。
つまり共通の言葉をしゃべり文字を書くことで商業が成り立つ
ちょうど英語のような言葉がグローバル化すると必要なのとにている。
地中海は商業の民をはぐぐみ大航海に向かったのである。
それは地中海があったからである。

イタリアのブランデシからギリシャに船で向かったとき、嵐だった。かなり船はゆれたのである。その時思い出したのは難破したギリシャの船が海底から発見されたことである。そこにギリシャの壺が大量にあった。それは貿易のために作られ運ばれたのである。
やはり船の旅は何かいい、なぜなら船は港港に寄ってまた去ってゆく、それは旅でも同じだが船の場合は到着するとき去ってゆくときそこに旅情が生まれるのである。
船の旅は時間がかかるからこれも時間がないとてきない
沖縄までぼろい船で東京から一週間かけて行った。
一週間もかかるということは今はないだろう。
結局自分はそれだけ暇でありそれが旅に費やされたのである。
これだけ旅してもまだ旅していないところは多いから世界を知るということはそれだけ時間がかかるようになった。

ヒマラヤとかはもっと見たいと思ったがこれも容易ではない、金より時間とか体力の問題になってしまったのである。
ブリンディジからギリシャのオリンピアに行ったのだがイタリアの南は北と違い相当貧乏らしい。電車で雨がふっていて中世の城も見えた。あの時も日本人が同乗していた。
外国旅行して日本人に会わないことはなかった。だから一人旅でも日本人にあう、そしてあのころはバックパッカーの時代でありどこかの安宿に長くいることになっていた。
そういう時代も終わった、ただ以前として外国は身近になってゆく
だからこれからも庶民レベルで外国の発見がある。
どっちかというとエジプトとか大陸は広いというだけでなじめない、中国もそうである。その広さが日本とあまりに違っているからなじめないのである。
あれだけ広いところに住んでいれば心も広くなるということは感じる
電車の時間でもルーズなのは大陸的などと言われるのはそのためである。


ローマからギリシャへ海を渡る

船はローマをいでぬ
地中海は荒れ船はゆれしも
かつて地中海をギリシャの船は
美しき壺を運びぬ
船は波浪にもまれ沈み
海底に破船は久しく埋もれ
そこに大量のギリシャの壺
ああ かの時波は荒れしも
かなた望むはギリシャの雪の高峰
清浄にしてゼウスの棲むや
船はギリシャに着きぬ
ドラクマを手にとり
そこよりオリンピアよ
巨木の根のようにゼウス神殿の
石柱の跡のここに残りぬ
競技場に春の野の花の彩り
そこに逞しき男等は力の限り競いぬ
その誉れはここに刻まれしかも
その観覧席の石の座席はいかにも古し
二千年の歳月はここに過ぎにし
熱き応援もここにありしや
その熱情は覚めて石のみ残りぬ
春の風はここに吹きそよぎ
悲しきやヒヤシンスの神話を語らむ



オリンピアはゼウスに捧げる宗教的行事だから今とは違っていた。なぜあんなに石の柱があるのか体育館の跡とか神殿の跡である。石だから二千年とか残っている。
それは本当に古い、石も相当古くなっている。雨風に二千年打たれて残っているのだから当然だともなる
オリンピアで競技が行われるとき戦争も中止されたのはゼウスへの宗教的行事だったからである。神聖な行事ともなっていたからである。
あの時はまたユーロではなくドラクマだった。だからリラとフランとか交換するのがめんどうだった。ユーロになってからは旅していない、ただかえって国が変わればコインも変わるというのが面白いともなる。みんな同じだと面白くないともなる。
ただ不便なことはありユーロだったら便利なことは確かである。


 
タグ:地中海