2014年12月27日

熱帯の花(2) (これは著作権違反かも)


熱帯の花(2)


(これは著作権違反かも)


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川と街

これは著作権に違反している。
ただ実験として出した
絵が抽象画に変化しやすいものがある
この絵はそうだった
抽象画は抽象画に変化して無限に楽しめることがある
具象画と違い抽象画が一定の形がないからそうなる
変化させたときまた一つの創作となるのである。

でも元の絵がわかるようだと著作権違反になるだろう。
それでもインターネットで著作権違反を指摘されたことが抽象画ではない
これは俺の模造品だとか言われない
それよりインターネットでは利用されていることがわからないのである
田から著作権違反が指摘しにくいのである。
外国のものだと余計にそうなる。
要するに私的な範囲で変化させるのはいいが
このように自分の作品のように出すのは著作権違反となるかもしれない
ただ元の絵がわからなくななればそうはいえない

これはかなり著作違反と指摘されてもしかたがないかもしれない
実験として出してみたのである。
タグ:熱帯の花

「殺してでも金を借りてこい」 「金があるんだから金でめんどうみてもらへ」 これが現代の世相である



「殺してでも金を借りてこい」


「金があるんだから金でめんどうみてもらへ」


これが現代の世相である


埼玉県川口市のアパートで3月、祖父母を殺害し金品を奪ったとして強盗殺人罪などに問われた孫の少年(18)に、さいたま地裁は25日、
懲役15年(求刑無期懲役)を言い渡した。少年は母親の強い支配の下で学校にも通えぬ「居所不明児」として育ち、
公判でも「母親から『(祖父母を)殺してでもカネを借りてこい』と指示された」と主張していた。
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141225-00000572-san-soci
 
 
 金を借りにくる人は怖い、これは金を貸さなければ殺すということを前もって決めてきて借りに来たのだか怖い、祖父母であり子の親が孫に命じたらのだから怖い
 金に切羽詰まっていたら人間は金を借りるでもそれは金をくれということでもらえなければ殺すということだから強盗に近い。
 そういうこととにた経験をこの七年間でしてきた。
 一人は明らかに強盗と代わりない人だった。
 最初は知らないから地元だからそんなこと考えなかった。
 その人も金がなくて追い詰められていた。ただ贅沢するためのものという面もあった。
 普通に子供を育てた大人だからそんな人がいるとは思わなかった。
 自分が突然の病気になったとき偶然にその目的が果たされたのである。
 
 
もう一人も事業をして借金で首が回らなくなっていた人だった。
それも何か成功して羽振りがいいと思っていたからそんなことわからないし思ってもみなかった
ただ百万とかの単位で金を借りにきて実際その時遺産が入ってきて世話になったので払った。それ以後額が大きいのでその人には何も頼めなくなった。
車を頼んでも百万単位で借金を請求されるから怖い。
自分は借金した経験がないから金がないということはわからなかった。
というより自分はずっと大金など使ったことがない貧乏であり貧乏性がぬけていない
百円二百円にこだわる生活をしてきた。
ただ時間だけが制限なく与えられていただけである。
旅行するにしてもまず食事は最低であり泊まる所も安宿探すのに苦労していたのである。それから自転車旅行でもテントになれば宿賃はかえって節約できたのである。
だから貧乏性であり金にせこいものだった
そういう貧乏性の人は何か百円とか千円とかごまかそうとする
それがなんか悲しい性(さが)なのである

その後も借金を請求されてくれてやった。金を貸さないでくれてやる。
百万とかなればできないが些少の金はくれてやって貸さない
貧乏性の人は金を貸せというのか癖になっている
そして金を貸しても返せないのである。
いづれにしろ犯罪の半分は金にまつわるものだろう。
金の貸し借りで殺人事件は普通に起きている
檀家の僧侶が金を借りるために相談に来て女性を侮辱した
女性は怒り僧侶を殺したのである。
風俗でかせげとか侮辱した結果である。
会津の夫婦が残酷に殺されたのも外部から来た人が借金の相談をしたらしい
それが断られて殺害した、その経緯はわからないにしても借金にまつわることから殺人事件が起きるのが多いのである。

だから「殺してでも金を借りてこい」というとき
それはもう強盗と変わりないのである。
「金を出せ、出さなければ殺す」と変わりない
そもそも金を返すといっても返せないのだから金はとりかえせないのだからくれると同じになるのだ。
金を借りた人で返す人はまれである。
人間の心理として不思議なのは金を借りると物でも借りると自分のもののように思えてくるのである。だから金でも物でも返さない人が多くなる。
土地でも誰かの土地でもそこに居すわれば権利がでてくるようなものである。
だから家を貸すと家は他人のもののようになる。

現実に法律的にも権利がでてくるから800万軒の空家があっても貸さないのである
それはもう貸したら貸した人のものになってしまうことにも原因があったのである。
一旦借りられたら追い出すことが法律的にもできなくなるからそうなる
借りた金もそんな感じになる。まず個々人の金の貸し借りは法律的な縛りがない
だから貸したら取り返せないのである。
消費者金融とかなると法律的縛りがあるし後ろに怖いものがついている場合があるので強制的に返すことが強いられる
銀行だったら担保がないと借りられない、だから個々人の金の貸し借りはとりかえせないのである。

結局この辺も金をめぐってもめて今年も終わったとなる。
原発の補償金問題が最も関心事だからである。
ただ南相馬市では小高意外はたいがい終わっているが個々人では終わっていないだろう。農業して土地をもっている人の補償はまた違っている。

ともかく金のないことも苦しいが金をもっていることも怖い、金のために殺されることは普通にあるからだ。金がなければ殺されなかったろうにとなる。
ただ金回りが良くなるときは人生に一回くらいだれでもあるのかもしれない
生涯金回りが金運がない人もいた
そういう人はたいだい離婚しているのは統計的にも確かである
二人で働くのと一人だけで働くのは全く違ったものになるからだ
もしかしたら金も運なのかかもしれない
金運が回ってくると金が入ってくる。
株などもいくらプロでも失敗している
ただ株でも上り調子の時き下り傾向のときがありそれがめぐりめぐっているのである。
だから上り調子のときは別に投資のプロでなくてももうかる仕組みになっているのか資本主義社会である
株でも十年くらいの長期間で見れば必ず上がるという見通しができるのである
今は上がり調子になっているからここで金運が回ってくる人は回ってくる

ただこんな金に執着する、すべて金になる社会は異常である。
人間がただ金だけがすべてになると悲しい
そうなったらこいつがいくら金になるんだ、金にならないのかそんな奴は何にも関係ないとなる、死のおうがなになろうが関係ないとなる
実際にそうして関係は切れてしまった
病気になったとき今がチャンスだと金を借りる、せびる、金をとる、火事場泥棒になる。そういうことを経験した七年間だった
「殺してでも金を借りてこい」これも極端なもの、それも子供に親が命令しているのだから一見異常で関係ないもきのように見える
ところが人間の社会はかえってそうした異常なことが起きることがその時代の世相を現していることがあるのだ。
最初に遠い親戚が「おばちゃんは金があるんだから金でめんどうみてもらえ」
こう血相変えて勝ち誇ったようにして出て行った女性もそうだった。
それが極端なけどその極端なものが現代の世相を如実に現していたのである。

この辺の補償金問題でも小高の人に鹿島の人などは反発が大きい
そして極端化するとどうなるのか?
「お前らたんまり補償金もらっているんだから金にめんどうみてもらへ、俺たちは協力しない」となってしまうのである。現実にそうなっているのである。
浪江の会社を経営している人が仕事をくれと仲間だった人に言ったら
補償金たんまりもらっているんだからと仕事をもらえなかったということでもわかる
確かに会社なと経営していると億の金をもらえる場合が避難区域ではある。
あの人もいろいろもらっているのだろうなとかんぐられるのである。

「金あるんだから金でめんどうみてもらへ」
「殺してでも金を借りてこい」

これは極端にしろ現代の世相なのである。


 
タグ:借金
posted by 老鶯 at 20:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層