2014年12月26日

寒さ(今年も終わるー人間に安住の地はない・・・)


寒さ(今年も終わるー人間に安住の地はない・・・)


木にしみる寒さやここに耐えて立つ
冬の雁飛び立つ朝や陽の昇る
寒雀群れて騒ぐや里明けぬ
餌あれや百羽の鴨を養いぬ
大き家をかたずけきれぬ年の暮
90過ぎて家もなくなる年の暮

人間は長く住んでいるとその場所に石や木のようになる。
若いときはそういう感覚がなかった。
むしろ故郷にはいたくなかった。
故郷だからいいとは限らないからだ。
ただ人間も生物の一種だからその土地に根ずき石や木のように最後なってゆく
それは理屈ではない、要するに人間も機械ではないからそうなってゆく
だから都会だとどういうふうな感覚になるのか?
そこに土地も土も石も樹も山もないからどうなるのか?
田舎に住みたいというというときやはり人間も生物だからそうなる。
ビルの谷間で死んでゆきたいとは思わない
最後にそんな風景を見て死ぬというのも嫌である。
海でもいい山でもいい森でもいい
大地でもいい、自然につつまれて死にたいとなる

一本の木でもそこに長く根付き立っていた
やがてそこで朽ちてゆく
それは人間が共感するのは同じ生物だからである。
石は朽ちてゆかないけど木は生きて朽ちてゆくから
人間と通じているのである。

動物を見ていて不思議なのは雀でも烏でも鴨でも相当な数がやはり生きている。
餌がなんなのだろうとなる。
鴨の数は今は多い、あれだけの数を養うものが川などにあるのかとなる
猫は人間が餌をやらないと生きていけない
鳥なんかは何か食べるものがある

毎日掃除してもかたづけてもかたづけきれない、それだけ家が広すぎるのである。
家が広いと掃除するだけで手間になる。
今日は母が百才になるので市役所の人が聞きにきた。
長生きの秘訣は何ですか?
「無理をしないことです」
と答えたからまだ正常な意識はもっている
母は無理は確かにしていない、人生は過酷だったけどそもそも細いから無理できないのである。

無理に耐えられない、力仕事もできないむしろ体が弱い
でも長生きしたのは何か無理をしない、省エネタイプだったからかもしれない
男が長生きしないのはかなり重労働を強いられたり体を酷使するからかもしれない
ほとんど外には出ず家の中で過ごしたのである。
ただ家の中にいても危険はある。
洪水になり炬燵の穴に落ちて大怪我をしたし
自分でも外から入ってきた人が強盗のような人だったとか
まず人間はどんなに安全を図っても危険からまねがれないのである。

この世に完全な安全などない、田舎でもそれは同じである。
津波でもそうだった。突然これだけ家に危険があることを思い知らされたのである。
家が安全なのようでも家すら安全ではない
昔なら大火事で家は簡単に焼失した
要するにこの世は無常であり安全などどこにもない
常に変化にさらされ同じであることはない
第一町でも村でもなくなってしまうことなど考えもしなかったからである。
この世に本当に安住の地はない、これほどの変化と無常を経験したら誰でも思うだろう。90才過ぎて津波で安住の地の家も奪われてしまった。
つくづく人生は無常であり過酷である。

 
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