2014年12月23日

原発事故は神からの罰(詩) (過去の貧しさも忘れることの危険)



原発事故は神からの罰(詩)


(過去の貧しさも忘れることの危険)


人間はいつしか過去を忘れる
過去にどんな暮らしをしていたか
その貧しさも忘れる
醤油も使わない
味噌も満足に使えない
そんな生活がありえるのか
醤油や味噌や塩や砂糖はあまり捨てる
しかしそれらは貴重なもの
その貧しさはもう想像すらできない
しかし確かにそうして生きてきた人達がいた
ランプの灯で過ごして時
その前は蝋燭である
燃料は山でとれる薪であり
一本一本大事に燃やしていたろう
なんでもあまり捨てるものはない
江戸時代は蝋燭の燃えかすを拾う職の人もいた
その時すべてがもったいないとなる
今電気は煌々と照らし夜中も明るい
エアコンやらすべて電気をふんだんに使う
もう百倍のエネルギーを使っているだろう
もっと電気をもっと便利にもっとうまいものを
もっといい新車をもっといい家をもっともっと
その欲望は限りなくとどめることができない
原子力発電もいいじゃないか
景気が良くなり金がもらえるんだよ
危険なことはない政府のオスミつきなんだよ
電気はいくらあってもたりないんだよ
電気がなければもう何もできない
金もいくらあってもたりないんだよ
この世の中金なんだよ
金があればなんでも手に入れられる
今の世の中金がなかったら誰も相手にしないよ
しかしその富がどこから来たのか
天からふってきたのか
労せずして富が得られるのか
紙幣をすって富が得られるのか
あらゆるものを買って捨てる生活
もったいないという言葉もすたれた
大量生産大量消費の生活
そんなことをしていて地球が許してくれのか
森すら消失して環境が破壊されている
そして人間は過去を忘れたとき災いが来る
災害は忘れたころにやってくる
人々は津浪のことを400年過ぎて忘れていた
そして大津浪がやってきて大被害にあった
人々は飢饉があったことなども忘れている
食料がなくなるなど考えない
しかし飢饉もまた食料不足も来るかもしれない
人々は戦争の悲惨さをいつしか忘れる
その時戦争をまたくりかえすかもしれない
人間は同じ不幸のカルマをくりかえす
過去を忘れ再びカルマが襲う
自然災害でも人災も過去にあったことがまた起こる
昔の貧しい時代がもどってくる
ものがたりない、ものはもうない
貧しい時代にもどりものを大切にするようになる
もう限りない欲望は充たせない
人間の限りない欲望は神から拒否される
原発事故で故郷が消失したように
それは神からの罰だった
限りない欲を求めて故郷に住めなくなった
限りなく人間の欲望を充たすことを神は許さない
原発事故は神が下した罰だった
現代の文明に下した罰だった
そして文明は崩壊して元の原野になった
そこには誰も住めない・・・・・・
放射能の毒は二万年消えない・・・・


人間と過去にあったことを忘れやすい、醤油や味噌も満足に使えないということが想像すらできない、そんなもの今は一番安い、ありあまっている、食料でも捨てている。
ただそういう昔の生活を忘れるとき今回のように原発事故か起きて故郷にも住めなくなるような罰を受けたのである。
個々人でもみんなブラックだというとき、なぜこんなにみんな欲望が強くなったのかということである。
欲望はきりがないのである。金でも常に増えることを願う、人間の心理として一億円あったとしてももっとふやしたい、増えると消費も増えるのである。
ただそうした消費社会がいいのかとなると疑問である。
それは明らかに自然に反しているし自然破壊にも通じているしそれが神から自然から復讐されるのである。

原発事故はやはりそうした人間の限りない欲望から生まれたのである。
それは個々人の欲望も原因になっていた。
一人一人を見てもなぜこんなに欲望が深いのかとなる。
多額の借金までして贅沢をしようとしているのが現代である。
昔の貧しい生活からするとその差が大きすぎるのである
それを象徴していたのが醤油や味噌を満足に使えない貧乏だったのである。
醤油をご飯にまぜて食べる話を聞いたけど醤油は贅沢でありご飯にまぜるだけでうまいものとなっていたのである。醤油ご飯は贅沢だった。
ご飯と梅干しの食生活であり味噌汁さえ毎日のようにはとれない
味噌が高いとなればそうなる。

戦後十年は卵も食えなかった。高度成長化したときまるで社会が変わってしまったのである。
人間は過去を忘れるときそれが再び災いとなって襲ってくる。
自然災害でも災害は忘れたころにやってくるとなる。
人間は過去を忘れやすいのである。
そしてその忘れた過去が再び再現される、カルマが再現される
津浪も忘れていたから襲ってきた、飢饉もないというけど食料不足がやってくるかもしれない、戦争だって人災だけどこれも忘れているとまた戦争が起きる

なぜなら人間は食料不足になって食料のありがたさを身にしみてしる
戦争があって平和のありがたさをしるからである。
人間の歴史上に起きたことがカルマのように再現される
原発事故もすでにギリシャ神話で予言されていた
プロメテウスが神から火を盗んだとき過酷な刑罰を受けたのである。
その火とは今では原子力だったのである。
現実にその刑罰を受けたのがこの辺だったとなる


 
タグ:原発事故
posted by 老鶯 at 22:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

この世はみんなブラックじゃねえか? (回りも見ても自分もその一人だった)


この世はみんなブラックじゃねえか?


(回りも見ても自分もその一人だった)


みんなそうだよ。この世は超ブラックですから。でも逆説的なんだけど、それでも努力しないよりはしたほうがマシな方向に行くというのも事実です。

そして、大企業で働いたことがあるなら誰でも知っている。
一定の規模の会社になると、なぜかなーんにも仕事をしないのにただそこにいるってだけでべらぼーに高い給料をもらってる人がゴロゴロしてる。
http://tokunoriben.hatenablog.com/entry/2014/08/02/164000

プロレタリア革命といいつつ国民総奴隷化が現実だった共産主義なんだから
別におかしくもなんともないだろ
共産主義が労働者のためとか笑わせてくれるわ
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1383967037/



ブラックというときただ安い賃金でこき使われて奴隷のように働かせられる人のことを言っている。それもブラックなのだがそのブラックを指摘する側もブラックなのである
共産党がブラック会社を追求してやめさせるというとき共産党が一番ブラックじゃないかというときそうなのである。
幹部は貴族になって下で支える人は奴隷のような扱いしかない、たた同然で働かせられている。
結局共産主義とかカルト宗教団体なども最大のブラック団体である。
どっちもイデオロギーを基にしているからにている。
これらの団体が世界平和を達成するとか平等な社会にするというがそもそもその組織内で極端な階級制がしかれているのである。
宗教を看板にしていてもそのその内実は全く正反対の団体である。
共産主義でもカルト宗教団体でもそもそも人間の欲望を否定的できない
「おまえら、拝んだら金持ちになれるぞ、議員様にもなれるぞ、勲章も山ほどもらえるぞ、俺を見ろ(池田大作)」と見本を示しているのになぜ疑問を感じないのか?
結局みんなも池田大作のようになりたいということしかありえないのである。

そんな宗教やイデオロギーなどを掲げて運動している奴らほど危険なものこの世にいないそいつらがこの世を支配したらまさにこの世はブラックになり共産主義国家で大粛清殺戮になったようになる。カルト宗教団体でも同じである。
むしろ戦国時代や侍の時代が正直な時代だった。
つまり強いものが勝つのであり弱肉強食がこの世の現実だったのである。
侍は平和だとか宗教のようなきれいごとを言わない、人間の欲望を否定したりしないのである。だから敵の首を多くとったものに報酬を与えて出世させているのである。
これが現実であり正直なこの世のありさまだったのである。
だからイデオロギーとか宗教は偽装にしかすぎない、そこには最も俗悪な人間が跋扈しているのである。
信長はそれを見抜いていたから僧侶を敵とみなして殺戮したのである。
だから政治でもきれいごとを言う人は信じられない、政治家になるには大衆をだますことであり嘘をつかないではなれないと議員本人が言っている。

ブラックだというときこの世の中あらゆるものがブラックなのである。
個々人でもあの人はな腕のいい大工なのにまた別なブラックな仕事を手を出すのか?
あの人はなぜ事業に成功していたというけど借金で首が回らなくなっていた
なせこんなに生活保護者が多いのだろうか
何か個々人を問うてみても人間の生活はブラックなのである。
原発事故が起きていた浜通りは他より欲が深くブラック的だったかもしれない。
だからこそ小高でも東北電力で原発が作られすでに工事がはじまるところだったのであるだから大工さんは原発できれば景気が良くなると言っていた。
そして今の個々人を見るとアメリカのリーマンショックは住宅をローンで借りたり金もないのに買っていたから起きたのである。
それが何かそういう人が日本にも多い。
知っている人も立派な家を借金で建てたから金が欲しい欲しいとなっていたのである。
現代では身の丈にあった生活をしている人はまれなのである。
だから8人に一人は危ない金融機関から借金していることでもわかる。
最近はローンで買った家を老後になり払えなくなり手放すとか苦しむ人が増えているのもそのためである。

この世がブラックだというとき個々人でもそうだが社会そのものがブラックなのである。賃金を払わない飲食業の人がいたがあれは明らかなブラックだった。
賃金未払いというのも常にある。
それだけではない、そもそもブラックというとき例えば公務員というのも官僚も犯罪人だというときこれもブラックなのだ。
公務員になればたいして努力しなくても得なことが多いのである。
国民から税金をとりその莫大な税金を操作して天下り先とかを確保するために働いているそういう金が集まる操作するとるなとブラックになりやすい。
銀行も実際はブラックだというとき金が集まっているからである。
サラ金の資金源になっていたのは銀行だったことでもわかる。
そういう職業がこの世にはまた結構あるしなんらかブラックになんているのが多いのである。

一定の規模の会社になると、なぜかなーんにも仕事をしないのにただそこにいるってだけでべらぼーに高い給料をもらってる人がゴロゴロしてる。

こういう人も結構この世には多い。福祉事業もまたブラックなのである。もうけているのは経営者でありその下で介護士などが過酷な労働を強いられているし薄給である。福祉の名によってもうけいるのは幹部であり経営者であるからこれもカルト宗教団体とか他のイデオロギー団体とも組織ともにているのである。福祉の名のもとで搾取される人立ちかいるということである。
ぎりぎりで働かされ過労死したりする人達もいる。ブラック企業にこき使われている人達である。
そもそも会社というのもまたブラックなものがある。
グローバル経済でそうした会社が巨大化して国のようになりやりたいことをやる。
そのグローバル経済で低賃金で働かせられている人達が世界にはいる。
グローバル経済では必ずそうしたブラックな会社が他国のものを搾取するようにシステム的にできているのである。

要するにこの世の構図はブラックになることをいつの時代でもまねがれない、ただ戦国時代などはそれが正直に行われ殺し合いが正当化されていただけである。
現代ではブラックなものが法律で守られていたりするからまたわかりにくくなる。
そもそも法律自体が会社を罰することができないというのも何なのだろうとなる。
東電の社長や幹部は海外の子会社で優雅な暮らしをしていると言われのもそのためである会社そものがブラックなところがかなりある。それが法律で守られている。
資本主義自体がこれもブラックなのである。そのシステム自体がブラックである。
なぜなら資本を金でももっている人は金が金を生む、資本が資本を生むで金を持っているだけで働かなくても金が入るシステムなのである。

だから貧乏人はいくら働いても働いても豊かにはなれないシステムなのである。
なぜ今アメリカが景気が良くて一千万を投資して配当金が一月40万入っている人がいるという。それも実感として理解した。
株で今までもうけたことがないからそんなことありえないと思っていたのである。
でもグローバル経済になるとそういうことがありうる世界なのである。
金が金を生む、資本が資本を生むというのが資本主義なのである。
だから資本主義自体がブラックなシステムだともなる。
いくら汗水たらして働いても資本主義社会では豊かになれないのである。
結局自分も他人をブラックな奴だとかブラックな会社だとか批判しているけど
自分自身も資本主義社会のシステムで甘い汁を吸っているのだから自分自身もブラックだとなっていることに気づいた。
遺産とか土地持ちとか金融で生活している人はブラックである。

ただブラックについて考えるとフラックでない人がいるのか?
それはいることはいた、それは例えば職人だったら職人で農民だったら農民で自力で暮らしていた人達がそうだったかもしれない、でも今の農家がブラックでないかというとそうでもない、補助金を国からもらっていて減反してももらえるしなぜ田舎がわずかの田をもっていて生活がなりたつかといえば補助金かもらえるからだとなるとこれもブラックな面があるのが現代である。
フリーターとか派遣とか時給で暮らしている人は現代のフラック社会の奴隷であり犠牲者なのかもしれない。
ただ昔から働くことだけで豊かになるとは考えていなかった。

三年寝太朗の伝説はなまけものでも豊かになれる言い伝えである。
なまけていても何らかの才覚と知恵があってそれを機会に豊かになった。
金持ちの家に婿入りしたりしたらそうなる。
それも才覚であり三年寝ていても何か才覚があれば豊かになれる。
資本主義でもその才覚があれば金持ちになれるということじ通じている。
こつこつ働いてもなかなか金持ちになれないということは昔もあったのである。
だから資本主義社会はもともと勤勉からはじまったとしても今では消費が優先されているし働くことが馬鹿らしいということになっている。
働くの機械にさせろロボットにさせろともなっている
だから資本主義社会は何らかのきっかけで限界に達して世界恐慌となり終了すると言われている。それは資本主義自体がブラックになりすぎたからだろう。
共産主義もブラックでありでは何かいいのかとなると結局人間社会は決してブラックがなくならない、この世はそうできている、もしブラックでなかったらこの世が天国になっているからである、カルト宗教団体なども最悪のブラックな団体なのである。
だからこの世はサタンが支配するブラック社会なのは人間が生まれてから変わらなかったのである。

 
posted by 老鶯 at 11:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題