2014年12月05日

すべての富は呪われている (あらゆる文明は故に呪われているー原発事故もそうだった)



すべての富は呪われている


(あらゆる文明は故に呪われているー原発事故もそうだった)




日本有数の高原レタスの産地として知られる長野県川上村。平均年収が2500万円にものぼるとされ、
 「成功農家」のモデルともてはやされるが、一方で外国人技能実習生らに過酷な労働を課している、「ブラック農家」との評判もある。


 タイの食品会社なんてミャンマーの難民を奴隷として買い取って漁をさせて働けなくなったら魚のエサにしてるらしいから
 それに比べりゃ何百倍もましだな
 エビが安いのはミャンマー人奴隷のおかげらしい
 

 
 人間の歴史をふりかえるといろいろ見方があっても明らかに富を求めて豊かになるために文明を作り出した。人間を言葉をもつものとか道具を作るものとかいろいろ定義がある道具というものに焦点をあてれば縄文人の石の斧でも便利でもそれが人間を殺す道具にもなったかy便利でも呪いとなった。しかし明らかに道具は文明の基であり文明を発達させたのである。文明は道具を作り発展させるものだということもあった。
機械文明になったのはまさにそうである。
 ただ必ず石の斧で戦争に殺戮に使われたように道具の発達は戦争に使われ大量殺戮にもなった。その象徴が原爆の大量殺戮だった。
人間にとって道具は便利でもその道具には呪いがあり災いを生むのである。
技(わざ)は災いに通じている。
だから鉄が発見されたとき一時鉄の制限をしようとしたことがローマ帝国であった。
石から鉄になったときその殺戮力は飛躍的に増大したからだ。
鉄が文明の基になったことは東西文明で同じである。

最近いろいろネットを検索して関心のあるテーマを探る。
富が集中しているところに争いが起きている。例えば石油が出る中東は争いの場所になっていることでうなづく。また個人的にも富が過度に集中するところに争いが生まれる。
格差社会になると貧民化すると金持ちは相当に危険になる。
飢饉のときのように米をもっているだけで打ち壊しとか一揆のようなものが暴動が起きてくるかもしれない。
殺人の半分は家族や親族で起きているというのも遺産争いの結果である。
わずかの遺産でも今は争っているのはやはり貧困化しているからだろう。
貧困化すればわずかの遺産でも欲しいとなるからだ。

富が呪いになるというときそれはすでに貨幣が生まれたときから起きていたのである。貨幣がなぜ呪いとなるのか、それは貨幣は人間の欲望が集中するものだからである。
それですでに貨幣が発明された紀元前七世紀頃のギリシャで今と同じ嘆きの言葉が発していたのである。

人は金なりということわざは前七世紀から口にされていたという
「富には限りがない」ソロンの伝えているのも貨幣がすでに富の象徴となったのもそのためである。貨幣は無限の富を追求するものとものとなっていたのである。

貨幣は今と同じく富の象徴となっていたからである。貨幣により人間のあらゆる欲望がかなえられるとまですでになっていたから貨幣には呪いがずっとつきまとっている。
でも便利だから道具と同じように貨幣をなくすことを人類はできなかったのである。
富には呪いがあるというとき、インカ帝国では黄金の国とされその黄金を欲しくてスペインから侵略してきたのは実際は強盗団だったのである。
そして莫大な黄金をさしだして命乞いしたがインカの王は殺されたのである。
つまり黄金という富故に無惨に殺されたのである。
それは別に個々人でも常に事件として起きている。
家政婦を二人雇っていた不動産会社の社長が強盗に殺された。
家政婦は無事だったが社長は殺されたのである。
自分の東京の遠い親戚の人と縁を切った。
それは金を延々と要求されるから切りないから縁を切った。
一回では終わらない、そもそもその人は困窮する生活から脱するこもできないからであるそうして延々と金を要求する、ゆすりたかりともなるから怖くなり縁を切ったのであ。
こういうことは普通にある。縁をきりたいという人はいくらでもいる。
要求する人の欲望がきりがないからそうなるのである。

そもそも富がどこから生まれたのかを知るとその富そのものが呪われているとういことがあった。なぜアメリカがあれだけの富を生み出したのか?今もアメリカは景気がいい、しかしその富も南米から石油を搾取しているとかその富を独占するために私兵を派遣して政府を操作して庶民には富が回らないとかなるとアメリカの富もそこには他者の犠牲の上にもたらされている。
長野県のレタス農家でも中国人を奴隷のように使っているというこが明らかにされた。
するとそれも外国人の犠牲の上に富を得ているとなるのだ。
それよりグローバル化しているとき世界の富はアメリカに集まり日本もその世界支配に加担して富を得ているとなる。
第一自分にしてもアメリカが景気がいいからアメリカに投資しているというのもそうである。貧乏な国は投資すらできないだろうし金を得られないのである。
ローマ帝国でも奴隷がいて奴隷の上に富が築かれてそれで矛盾して繁栄は失われた。
富に呪いがあるというときそうした他者の犠牲の上にあるからそうなる。

ともかく文明に呪いがあるというとき便利な道具を発明して大規模に自然を破壊したのである。稲作文明は縄文時代からすると格段に生産量をあげて人口を増やした。
それは鉄器により道具と深く関係していた。
稲は鋳成りであり鉄のことだったことでもわかる。
弥生時代になったとき大規模な国家が生まれたというのもそれだけの富が作られたからである。
そして道具だけではない、人間の文明は稲作文明でも必ず災いを生む争いを生むのであるその争いも大規模になるのだ。弥生時代になり各地に小国家が生まれ争いになった。
不思議なのは初期の採集狩猟時代は争いがなかった。
なぜなら天候の異変であり何か争いでも生じれば移動していたからである。それだけ移動してもまた別な豊かな土地で暮らすことができたのである。

そして土地に執着しないから農民のように定着して富を貯えないから奪われることもなかった。富は何であれ貯えると奪われる可能性がでてくる。
モンゴルの遊牧民か中国の農民を襲ったのはそのためである。それで万里の長城が作られたことでもわかる。農民が貯えた富を守るためにあの長城が作られたのである。
今でも石油資源であれ必ず争いが起きている。
稲作文明が平和のように見えるがこれも一大文明でありだから富をめぐる争いとなる。
水争いが起きるのもそのためである。稲作にとって水が石油と同じ資源であり水が回らないと米は作れないからそうなる。
水自体が罪を争いを作り出すものでなくても人間が稲作文明でも生み出すと争いになり水は血に染まるのである。
文明そのものが呪いがあり平和を生み出すものでいなということがあった。
原発事故周辺の災いもまさに電気文明の原子力文明の結果として富を求めて惨たんたるものになったのである。

いづれにしろ文明そのものに呪いがありいくら改善しようとしてもできない、すでに文明は崩壊して滅びる運命にあるのだ。文明を改善すれば進歩すればそうはならないというけど結局同じである。文明を改善進歩してもまた新たな技(わざ)わいが生まれる運命にあるのだ。結局人間の欲望には限りないし欲望とともに文明があるから何をしても無力になる天からさずから神からさずかるマナのような食料でないと平和ありえないとなる。
原発も文明の進歩の結果にしても技わいとなった。原発に人間の欲望の象徴だったのである。それは基本的には人間の業とも言える文明を作るからそうなった。
だから老子は道具まで否定する思想を2千年前に説いた。
それは今日を予言したのものだった。原発でもその予言通りになったのである。

人間が作り出す富には何か必ず呪いがあるということである。
でも富を人間はあくことなく求めるからとめることはできない。
誰もパンを食えないような生活など求めないのである。
ただ原発事故にあって故郷にも住めなくなって蝋燭でも家族とともに暮らしたいとか言う人がでてきた。
そのことはやはり文明を停止させるものであり災いを生まない世界を真剣に求めさせることにもなったのである。
でも文明を停止したりはもうできない、電気かなくて暮らせるのか、車がなくて暮らせるのか、・・・・・お前は江戸時代に帰れとかなる。

要するにいいたいことは過度な富を求めることには危険があった。原発を生み出したのもそうした過度の富を無理して生み出そうとしたからである。
欲望を無制限に追求せずに欲望を制限することが平和な生活に通じている。
だからあくことなく富を欲望を求める資本主義は災いとなり世界的に災いとなり崩壊してゆくようになる。世界からの富の収奪が資本主義だとも言われるからである。

石でも道具となるとき人を殺す道具となる
故に石の道具の文明は呪われている
稲作文明は水が命だから
水争いがあり水が呪いともなる
入会権で木材の収奪戦ともなる
黄金だけではない
石炭も石油も人命を奪う
原発事故で人は故郷に住めなくなった
いかなる文明も呪いがあり
歯止めなき欲望の追求は呪いとなる
遺産争いは家族も引き裂き血にぬられる
富を求める欲望の争いは尽きることがない
それゆえにハルマゲドンの最終戦争で人類は終わる
その予言はいづれ現実化する

posted by 老鶯 at 01:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連