2014年11月30日

冬紅葉 (貧しき人と交わる・・すでにインターネットで14年書いていたから整理する)



冬紅葉

(貧しき人と交わる・・すでにインターネットで14年書いていたから整理する)


冬紅葉貧しき人と交わりぬ

夕日さし城下の暮れぬ冬紅葉

冬柳長々としだれ城下町


冬紅葉というとき何か貧しさを現している。ただ今の時代貧しいといってもその貧しさの内容が違っている。食べ物は贅沢であり変わりないのである。
現代の貧しさ食べるものがないとかではない、それ意外の贅沢の結果貧しいとなる。
サラ金から8人に一人も借りているということはそれだけ無理している。
家もローンだと無理して退職して今になって困っている人がいる。
自分の知っている人は立派な家を建てて借金して困っていたとか贅沢して教育でも留学させてとか食べ物ではない、そうした家とか教育とかで贅沢して借金している。
車だってそうである。車が一台あればいいと思うが一人一台とかなっている。
車使わないと30年とかの年月で計算すると一千万はかかるという。

なぜ自分の家である程度の金がたまっていたのかというと幸運もあったが結局車もないし金を使わないからある程度残ったというだけだった。
子供もいないかちら教育費にも使わない、旅はしてもそれは一年に二三十万くらいだろう最低の旅行しかしていない、外国に行った時でもかえって円高で日本より安上がりだっただからふりかえるとつくづく金を使っていなかった。
家族でもそうである。母は一切金を使わない人だった。
茶碗一つ買わない、年金も3万くらいもらっても一銭も使っていない
自分が何か買うとそんなものいらないと怒っていた。
これを馬鹿げているがその金も盗まれて何にもならなかった。
ただ働くだけだったとなる。

現代は過剰に金を使いすぎるのである。ないのに借金しても使っている。
それが怖いのは自分だけならいい、回りにも影響するから怖い。
原発事故だってそういう過剰な借金生活になることも間接的にな原因だった。
金になるならなんでもいい、原発も金になるから積極的に誘致しろとかなっていたのである。
それから借金した人が自分の困ったときをこれ幸いと責めてきた。
借金を入院しているときでも催促してきたときほど辛かったたことはない。
なぜなら頼るものがないからそうなった。
借金している人はもう他人のことなどどうでもいい、病気だろうが何だろうが金をとればいいとしか考えないから怖いのである
借金に追い詰められているからそうなる。
相手がどういう状態にあるか全く考えられないのである。
こいつが死ねば金になるぞとしか頭にない、今の世の中はみんな現実はそうなっているからもう金金金しかないから怖い世の中である。
こういう資本主義の世界は終わりにきているというのも本当なのかもしれない。
人間が金によって非情化が極端化してしまったからである。
資本主義社会が自壊してゆくとき世界が一つの終わりを迎えるとき極端な現象が起きてくる。末世には何でも極端化するし天変地異も起きてくる。
マヤの文明では2015が終末だというのも本当かもしれない。
とにかく貧しい人と交わるのはいろいろ問題が起きる。だから金持ちは貧しい人と交わらない。自分は別に金持ちではない、中流であり金にそんなに余裕あるわけでもない
ただたまたま使わなかったかことと家族が残してくれたので余裕があったというだけである。

今年も終わりに近づいた。自分はインターネットでホームページを書き始めたのは2000年でありプログをはじめて7年すぎた。合計で14年くらい書いていた。
この7年間は家族の病気の介護やらで大変な苦労をした。回りも津浪や原発事故で混乱した。それで書くことが多かった。
ここにきて疲れたのか、または今まで書いてきたことを整理する時期になった。
ずいぶん書いたからこれをまとめる必要が出てきた。
何とか本のようにして小冊子にしてまとめたい、だからどう印刷するとか
インターネットで頼むとか考えている。
詩も膨大なものを書いたが出せなかった。
なんかすらすらと書けたのが不思議だった。
だから詩集としてまとめたいのである。
そういう整理の段階になっていてしばらくは休みになるかもしれない。
明日はまた母が施設に二日の泊まりである

あと二カ月で百歳だ・・・・・

そこまで生きるみたいが、なんだ死なないのか死ねないのか不思議になる。
百歳を生きるということがイメージできない、これから30年も生きたらどんな気分になるんだろうとかなる。
でも津浪のことも原発事故のこともわからなくなっている。
だから百歳生きてもそうなると何か生きている意識もなにかあるのかとはなる。




タグ:貧しき人