2014年10月19日

習慣が人を作る(悪い習慣は悪い人を作る)


習慣が人を作る


(悪い習慣は悪い人を作る)



―― 一流の人は習慣を重視する ――

 一流の人は、習慣とは成功への道だと考えている。
だから絶えず習慣を強化する。
たとえば運動や摂生、早い出社がそうだ。
 一流の人は習慣に秘められた大きな力に畏敬の念を抱いている。
だから1日でも気をゆるめると、自分が墜落すると考えている。
彼らは習慣の力を人生のすべての領域で活用する。
 二流の人は成功の土台となる習慣の力に気づいていない。

まず人間が習慣をつくり、次に習慣が人間をつくる。
ジョン・ドライデン(17世紀のイギリスの詩人)

優れた道徳心は習慣からしか生まれない。私たちは、自分でつくった習慣のようにしかならないのだ。節制している人は節度のある人となる
アリストテレス (古代ギリシアの哲学者)

結局のところ、人間というのが習慣に基づいて、毎日どんな行動をしているか?という事の積み上がったものが、人生になっていくものですから、もちろんですが悪い習慣を毎日積み上げて入れば、その結果として芽生える人生というのも、良いものにはなりません
http://www.108-fineart.com/entry7.html




まず人間が習慣をつくり、次に習慣が人間をつくる。


習慣は人間の資質を越えてその人の意志で作られてゆく。習慣はまずその人の意志があり習慣になり習慣が人間を作ることになる。飲酒や喫煙をやめようとする意志がなければまず習慣化しない。やがてつづけているうちに習慣が人間を作ることになる。
自分は30頃酒ばタバコもやめた。タバコは早い内にやめた。それが体に良かったことは確かであり頭にも良かった。会社勤めをしないし付き合いゼロの生活だったから宴会などにも出ていない。酒はからだだけではない脳を麻痺させるものでありそれが一番良くないことが今になるとわかる。

習慣が人間を作るというとき酔うと思考が停止するし理性も失う。酔うことにいいことはなかったのである。酒は麻薬と同じである。麻薬も酒も習慣化しやすいのである。
やめることができなくなる。そして人間の快楽をあくことなく求める。それは性でも何でも終わることがないのである。それも習慣化するから怖いのである。
一方で禁欲も全面的にではなく習慣化する。だから修道院では労働勤勉によって習慣化したのである。それが資本主義の基になったというのも逆説だったのである。

人間にとって習慣の力ほど強いもの影響あるものはない。認知症になっても習慣の力は活きていたのである。布団の上で農家の女性が田植えしていたというのはそのためである。人力で田植えし続けていたからそれをしていたのである。自分の家族も認知症になったけど魚をさばいたりしていたからそういうことができた、洗濯が機械を使えなくても洗濯板でしていたから奇妙だった。今までしていたこと習慣化していたことは認知症になってもできる。それがいい効果を生んだのである。習慣化したことはもう体が自然と動くようになっていることなのだ。

だから習慣はいい方向に作用すればそれだけの力を発揮するが悪い方に作用するとその影響も大きいのである。例えば盗みでもちょっとした盗みでも癖になるから習慣化するから本当に怖い。時代劇でスリの人がどうしても手が出るんだよといって手を切ったがそれほどにしないと習慣をとめられないのである。だから本当に悪い習慣は怖いものなのであるだからそもそも仕事が習慣化する。毎日仕事にたずさわること自体習慣化しているのである。仕事をしないと怠けることが習慣化することが怖いのである。
仮設に三年もいたらもう体がなまって仕事はできないと農家の人が言っていたけど習慣化することは悪い方に作用するとその影響が大きすぎるのである。

自分が東京の大学に入って学んだことは遊ぶことだったというのも奇妙だった。
もともと勉強が嫌いだったし興味を覚えなかった。特に理系が苦手であり数学がだめだったから余計にそうだった。大学に入ったら授業に出る必要もないとういのも不思議だっただからこれ幸いと授業にもほとんど出なかった。実際一日昼間からマージャンしていた人もいたのであり学んだのはマージャンだったという人も多いのである。
だから文系大学は廃止しろというのもわかるのである。なにしにきたんだということになり学んだのは遊ぶことだった。そのこと自分には大きな影響があった。その遊び癖がついてしまったことである。だからなぜ大学で遊び癖がついた人が企業戦士とかになっていったことが今でも理解できないのである。

その後まともに職についていない。流れ作業ばかりのアルバイトでやる気がなくなったこともある。
ただ幸運で仕事しなくても生活ができていてその後は旅に時間を費やしたのである。
かなり読書は好きだったのでした。でも読書すら基本的なものすら読んでいないことに気づいた。読書は本は厚いから読むのに負担なのである。若いときはまず理解できないから余計に苦労なのである。でも読書百編自ずから意の通じるというのは本当である。
理解しなくても本を読んでいる必要があるのだ。それは後年理解できるようになるからだあの本にあんなこと書いてあったなと思い出してあとで読書が有効になるのである。

人間が習慣化するというときあらゆることが習慣化するから怖いのである。体もその資質の差は大きくても習慣によって作られる。不摂生な生活をすれば必ず体が丈夫な人でも習慣化して60代になると必ず体に影響する。病気は必ず生活習慣病だというのはそのためである。もちろん全部ではないにしろそうなりやすいのである。
これも奇妙だけど旅も習慣化するといつも旅している気分になるのである。
自転車にのって風を受けて走っているのである。それはデスクワークとは違い自然の風を感じるから健康的なのである。車では風を感じないからそうとはならない。だから自分の場合は何か工場とか会社で事務ばかりしていより健康的だったともなる。

ただマイナスの点として仕事を覚えない仕事を習慣化しないことで社会人として大きく欠けたものとなった。今は家事とか介護しているけどこれもつくづく仕事であり習慣だと思った。一つの奉仕の仕事としてあったのである。家事は金にならないから仕事にならないというがこれも明らかに仕事なのである。家事をこなすには相当な熟練が必要なのである
いづれにしろ何でも習慣化するのが人間である。貧乏もあまり長くつづくと習慣化しているのだ。大金入ってきても使えないのである。チビチビ生活してきた人の生活感覚は習慣化しているから大金は使えない、だから秀吉が貧乏な百姓からあれだけ豪華な生活に転換したことことが理解できないのである。
貧乏も習慣化する千円でもちょろまかすということなど習慣化していたりするから怖いのである。いかに底辺が千円借りたとか貸したとか千円レベルでこだわり生活しているかわかるだろう。自分もそうだったのであり千円レベルで常に苦労していたのである。
そういうのはもう習慣化しているからぬけだせないのである。
一方で金持ちも習慣化するから浪費から逃れられないとなる。また借金でも習慣化するとから借金癖がつくと何でも人間は習慣化するから怖いのである。
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