2014年09月29日

御嶽山噴火で多数死亡? (登山は魅力あるからやめることができない) ただ福島県浜通りとか宮城県でも南の方ではなかった。 ただ人間の時間のスケールが短いから忘れていたのである。 災害は忘れたころやってくるというのはそれだけ人間の時間の感覚が短いからそうなる。 自然は一万年とかのスケールで活動しているのだからそれにとても人間はあわせることができないから災害は忘れたころやってくるとなるのである。


御嶽山噴火で多数死亡?

(登山は魅力あるからやめることができない)

テニス、バレーボール、スケート、スキーとは異なり、登山が、中高年であっても、登山
初心者でも「3000メートル級の山に登れてしまう」という手軽に達成感を得られることが人気を博しているとも言えます。


2004年の山岳遭難者は1609人、このうち1309人と全体の約80%を占めているのが、40歳以上のいわゆる中高年(※1)である。死者・不明者に関しては、267人のうち249人が中高年で、全体の90%を越える数字となっている。 



御嶽山の水蒸気爆発があったけどあそこは7合目まで車で行けるとかスキー場があるとか登り安い山だった。だからハイキング気分で登った人が多かったのかもしれない。
山はあのように観光地化していなと大変な苦労を強いられる。尾瀬でも檜枝岐方面から登ったから遠かった。こんなに歩かねばならないのかとそこはまさに秘境でありなかなか入れない地だったのである。一方別なルートは群馬県からは意外と入りやすいとかで多くの人がそっちから気軽に入るようになったのである。
尾瀬は明治ころまで本当に秘境だったのである。江戸時代までは秘境というのはいたるところにあったと思う。
近くの飯館の八木沢峠の麓のバラ坂とか大葦とかが秘境だったと書いたが日本の村そのものが江戸時代は交流が少ないのだから秘境になっていた。
秘境になっていたのはどんな奥地でも自給自足していたから余計にそうなった。
日本全国にある平家落人の村というのはそうした奥地で他の村とも交流がまれなことから伝説が生まれたのであり平家の子孫とかではないらしい。
他との交流がないから自ずと日本の村が神秘的になっていたのである。

神隠は戦乱から逃げて農民になった西国の武士の一族が、神様からも隠れられる場所の意味でつけたらしい

この地名の由来もわかりにくいが西国だと平家落人の伝説が信憑性を帯びてくる。
檜枝岐は相当な奥地であり平家落人伝説にふさわしい地であるが言葉が京言葉だとかそれは木地師系統が入ってきたのかもしれない。
今は尾瀬だっけハイキングコースである。バスで行った時は駒止峠を越えて行ったから遠かった。その時舗装もされていない道でありその峠の道は高いからまさに秘境に行く感じがあった。今はトンネルができたから便利になり観光地になり秘境の感覚はない。
そもそも今の日本で秘境などなくなったのである。
秘湯めぐりがブームなってもそこは秘湯ではない、観光地化した秘湯なのである。
今なぜ廃墟や廃村めぐりが若者でもブームになっているかというとそうした秘境がなくなりかえって廃村とかに神秘性を感じてしまうからである。
ある意味で皮肉だけど人が住まなくなってそこが秘境になってしまったのである。

なぜ中高年が山にひかれるのか登るのか、山登りとか本当の長い旅行するとなると簡単にはできない、勤めていたら山登りになると楽なのでもそこまで行くのも大変だし労力がかかる。登山は自分では登るだけで相当な体力が必要だった。自分は体力がないから余計にそうだった。だから山はあまり登っていない、登った後も疲れて一週間とか眠りつづけていたことがあった。それだけ山登りは楽なものでも疲れるのである。
まず重い荷物を背負って登るだけでも相当な体力がいる。

ただ山の魅力は大きい、山を知るには直接登ればその山を肌でしる効果はある。
ただ山は登るだけではない山を見る遠くからでも見ても山の大きさを偉容を感じる。
山は登るから知るというものではない、大きな高い山はむしろ遠くから見ると感じるものがある。だから画家はたいがい登るのではなく遠くからきれいに見える山を描いている。
富士山は一回登ればいいだろう。かえってきれいに見える所に行く方がいいのだ。
そのきれいに見える場所に自分は行っていない、河口湖は山が麓から大きく見えるから場所としてはよかった。他にも富士山を見るポイントがあるからそこに行く必要がある。
富士見という地名が多いのはやはり富士山はどこからでも見えるから見る山としてあった。

ただ山というのはヒマラヤなどになる3000メートルの高さまで登らないと山がきれいに見えない、8000メートルになるとそうなのである。3000メートルからさら5000メートルの高さがあるからまるで天まで聳えるような山になっているのだ。
これも春だったのではっきり見えなかったのが残念だった。
山はあまり登っていない、結局体力がかなり必要だからである。
なぜ退職者が登るかというと一つは暇ができたということである。時間もないと山は登れない、準備にも時間かかるし登るには体力がいるしあとで疲れて会社に行くこともなく家で休めるのだから退職すると登山したいとなる。
結局旅行にしても十分な時間がないとできない、金より時間があることだった。
そういう時間が一カ月でも自由に旅する時間が会社員になるととれないから旅もできない。
だから退職すると第一に旅行したいというのがわかる。
海外でもパックパッカーのように60代でもしていたからわかる。

とにかく山の魅力はあまりにも大きいからヒマラヤで50過ぎで女性の医者の人が死んだ。
山の魅力に憑かれて死んだとなる。ヒマラヤになるとそういう人も出てくるだろう。
死んでも登りたいとか山を見て死にたいとまでなる。
山にはそれだけの魅力があるからそうなる。
だから山で死ぬようなやつは迷惑で馬鹿だとか盛んに言われるがそうでもない。
山がそれだけの感動を与えてくれるから登るのである。
ただ年取ってから山に登ちらなくても遠くから見るだけでも山に感動する。
自分の住んでいる所は高い山がないから海があってもものたりないとなる。
阿武隈高原を越えると吾妻山とか蔵王と安達太良とか見えるのが違っている。
会津になると山々がひしめいている。それも千メートルを越えている山だから山国なのである。阿武隈高原には千メートル超えた山はないのである。

今回の御嶽山の水蒸気爆発にあったのは不運だった。そもそも火山は死火山でも噴火する、それも一万年に一回とかでありそれでもその時に会わないとは限らない、そうなるとよほどの不運だったとなる。
つまり自然の時間のスケールが人間の小刻みな時間のスケールとあまりにも違いすぎるのである。津波だって相馬藩内とかで400年に一回とかなるとその時間のスケールに人間か合わせることができないのである。
それにしても自然は怖いというものを津波でも否応なく認識させられた。
広島の土砂災害でもそうだった。どこに危険がひそんでいるかわからないということである。

それでも登山が危険だから禁止した方がいいとかいうのはどうかと思う。
それだけ魅力かあるら山に登る、山に登れば地上では見れないものを見れるから登るのである。だから何でも危険だからやめろといったら交通事故になるのだから車に乗るなとなる。車が生活に必要だと言ってもやはり危険なことには変わりない、毎日人が死んでいるからだ。山に登るのは遊びじゃないかというときも別な見方もある。
山に登ることこそが命をかけてもするべきだとなることもありうる。
日常の生活を命をかけてやらないだろう。そしたら山に登ることこそ命をかけてでもやるべきものだという考えもある。それはそれぞれの価値観だとなる。
西行だって最後は命をかけて旅をした。旅が生涯だったから最後もそうなった。
旅に昇華された人生だったとなる。

いづれにしろ今回の御嶽山で多数死んだとしてもそれは不運だったのである。
だから登山はやめろ禁止しろとかなるのは賛成できとないのである。
ただ山は登らなくても見るだけでも感動するから中高年は見るだけで満足しろとは言えるかもしれない、それでも登りたい人は登りたいとなる。山に登らないとどうしても山をじかに感じることができないことがあるからだ。
自分はまだ山に登りたかったが今やできない、ただ富士山でも最後にきれいに見れる場所で見たいというのが希望である。
日本人だと最後に何を見たいのか何を望むのかとなるか富士山を見たいということになるのも日本人として生まれたならそうなる。
何か文化的なものより富士山のような自然の荘厳にふれたいというのがある。

ともかく最近起きている自然災害は何なのか?大きな自然災害の前兆なのかと不安になる。
自然災害もカルマだったのである。ポンペイではエトナ山が噴火してポンペイが火山灰に埋もれて消えてしまった。それが2000年も知られずに埋もれてしまったいたのである。
今回も火山灰に山頂で埋もれたままになるというのは同じだった。
生きたまま火山灰に埋もれてしまう。男女がだきあって泥のミイラとなって埋もれていたのがポンペイだった。これもまた同じようなことが起きたのである。
過去にあったことは必ずまた繰り返されるカルマとなって現実化するのである。
津波などは三陸などでは百年前にも一万人死んだとかあった。
ただ福島県浜通りとか宮城県でも南の方ではなかった。
ただ人間の時間のスケールが短いから忘れていたのである。
災害は忘れたころやってくるというのはそれだけ人間の時間の感覚が短いからそうなる。
自然は一万年とかのスケールで活動しているのだからそれにとても人間はあわせることができないから災害は忘れたころやってくるとなるのである。




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posted by 老鶯 at 10:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層