2014年09月24日

実り(秋の俳句十句ー日立木の細道(続))



実り(秋の俳句十句ー日立木の細道(続))


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妙齢の婦人のよしや秋の蝶

前畑に鶏頭赤く朝日かな

大きなる家に介護や昼の虫

この道や光いとしむ秋薔薇

秋の山借景にして石の庭

この庭の石に面して秋陽没る

故郷の墓の前にし実りかな

安らかや実りを前に眠る人

この辺りプレハブあまた秋薊

松並木六万石の実りかな

日立木や家並淋しく秋柳

日立木は相の宿かな秋柳

秋柳夕日のさして農家かな

鴉二羽なじみ離れず秋陽没る

夕月に芒や二両の電車かな

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まちばばしというのもこの名前に注意している人もいないだろう
地名はなにしから意味があってなづけている
ここが日立木の町場だったというのも何かあったということである。



屋形の方からまた日立木の道の駅の方に行った。今日は秋晴れだった。
いい石の庭があった。あの庭の石はかなり価値がある。大きいし石自体が深山幽谷の石である。庭にはそれぞれ個性がある興味がでる。

最近この辺では米を作りはじめた。ただ試験用であり放射能で風評被害があり売れないし作りたくないという。米を作るとそのために補償金が出ないらしいからこれもおかしなことである。もう一つは米が今年も豊作で安くなっているのもある。
こうなると作る意欲もそがれる。前から農家はやる気なくしていたからだ。

ただ外から見ると墓地がありその前に実りがある。その時その墓に眠っている人も安らかだろうなと思う。やはり実りのあることは風景だけではないそれはすでに日本人の心と一体化したものだからそう感じるのである。だからこの辺で原野化した風景には安らぎがない。
確かに北海道のようになったという別なものを生み出したことはあるが実りのない風景は日本の風景ではない。
今回の津波原発事故では様々なことが問題になった。まず故郷に住めなくなるということが信じられないことだった。
ということは死に場所を求める年代になるとここで落ち着いて死にたいなという感覚になるのだ。それはまさに墓の前が実っているここで働いてきたのだからここに眠りたいとなる。それが奪われたことは相当な衝撃だろう。
だから農家の人は一番ショックを受けているだろう。
一億円もらってもやはり死が近くなる世代ではもう金よりそうした別なもの価値がでてくる。それが良い自分にあった死に場所もその一つなのである。
老人は故郷に帰りたいというのはそのためなのである。
それは若い人の心境とは相当に違っている。ここにも原発の避難区域になったことの大きな問題があったのである。

日立木は相の宿のようなものだった。相馬市の城のあるところからは近い、だから宿場はいらない、鹿島になると宿場が必要でありあった。松並木から日立木の町の細道は昔の街道の面影を一番残している。ただ他からきた人は何も感じないだろう。
地元でも感じている人は少ないだろう。最近発展した半鐘があったことでもわかる。

相宿とは合宿とも間の宿とも書き、宿場と宿場の中間にあって茶屋などもあり休息をする所です。仙台藩では泊は禁止されていました。「安永風土記」の産物の項を紹介しましょう。


人間は故郷でなくても長く住んでいればその土地となじんでくる。
それて鴉二羽がとまっている、物言わずとまっている、それは物言わずして深くなじんでいる。そこにも人間を見ているのである。
離れずに二羽がとまり故郷の山に秋の陽が沈んでゆくのを見守っている。
なじんだということはそれは人のことでもあるのだ。
だから原発事故や津波で故郷を離れることはそこに長くなじんだ人にとっては辛いのである。特に農家の人はそういう傾向が強くなるのである。

パソコンで写真を絵として楽しむことができる。パソコンは才能を補う役目を果たしている。写真の時代を作ったのもそのためでてある。全然絵を描く才能がなくても写真から絵に発展させられることである。
ただ写真にしてもつくづくいろんな角度からとるとまた違って見えるのだ。
だから写真の世界も奥深いなと思った。
旅したくらいではそうしていろんな角度からとれないからなかなかいい写真がとれないのである。
今回は半鐘に焦点をあてて写真をとったのである。





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