2014年09月22日

スコットランドの独立運動はなぜ起きた (東京一極集中と同じ問題が・・文化の破壊問題もあった)


スコットランドの独立運動はなぜ起きた


(東京一極集中と同じ問題が・・文化の破壊問題もあった)



3世紀にスコットランドにノルウェーのバイキングが侵入し、アレクサンダー王の城を取り囲んでしまいました。夜襲で城の堀を渡るためにバイキングたちが裸足になったところ、堀は干上がっていてアザミが一面に生えていました。そのため、兵隊は足を刺されて思わず悲鳴をあげ、来襲に気づかれ撃退されたというわけです。
それ以来、「国を救ったアザミ」がこの国の国花をはじめ、標章、貨幣に使われるようになりました。なお、このアザミはアザミ属(Cirsim)とは別属で英名でScottish Thistle(スコットランドのアザミ)と呼ばれ、オオヒレアザミという説が有力です。茎にはひれがあり、総苞も大きく、アザミよりはるかにするどい刺があります。


日本はイギリスと同じ道を辿っている。 
イギリスは、過剰な一極集中都市ロンドンを抱え、過剰都市により出生率が低下し移民を実行、 
そしてロンドン五輪を行った。今やロンドンの白人の数は5割を切っている。 
ロンドンにヒトモノカネそして誇りを奪われたスコットランドで今、独立選挙中だ。 

日本も全く同じ愚かな道を辿っている。 
東京の過剰な一極集中。過剰消費都市により出生率の低下、東京はロンドンよりも酷い出生率1.0だ。 
そして移民政策の審議。さらに東京五輪も行われる。そして・・・ 

関西とか九州とか、西日本の衰退が凄いよな 
年間30万人が東日本に流出してる 
願望とは逆に震災でますます西日本が衰退した 
本当に何もない 

やたらでかいスーパーやドラッグストア、ホームセンター、あとはパチンコ 
交通網もしょぼいから酒飲むにも車で行って帰りは代行 
思った以上に金がかかるしクッソつまらない 
若い時東京で暮らした人が年取ってあんな寂れた場所に引っ込んだらボケるわw 



スコットランドは歴史がある。前にも書いたけど東北の歴史とダブルのを感じる。
スコットランドは広く見ればヨーロッパの辺境の辺境だった。ローマの侵攻をはばんだハドリヌアスの城壁が残ったのもそのためである。
さすがのローマ帝国もスコットランドまで侵攻できなかったのだからそういう歴史があることがまた今回の独立運動につながった。
「あざみ」が国の花になっているのも何かその土地柄にあっている。ブリテンは薔薇になっているからだ。

蝦夷はスコッティシュとだぶるものがある。違うのはスコットランドはあの辺境にあっても孤立していない、フランスとかとも通じていてブリテンに対抗した。
ノルーウェーからバイキングの進入があってもそこで融合して独自の文化圏を形成した。
もともとケルト民族が追われたということは東北の蝦夷が日本の原住民だとしてにている。
蝦夷は縄文人ともつながるものであり渡来人が弥生文化を稲作文化をもたらして東の縄文人にの土地に侵攻したのが大和王権の蝦夷征服だったともされる。
ケルト文化の文様と縄文人の土器の文様がにているのも不思議である。

そもそもヨーロッパの歴史は複雑である。ヨーロッパがなぜ繁栄しかとなるとヨーロッパは世界の文化を融合した場所だったのである。それはユダヤ教から発したキリスト教もそうだしギリシャもイスラムの文化も融合したのである。それはスペインの歴史がそうなった。
ルネサンスが起きたのはイスラム文化も取り入れてロ-マの文化も基礎にしてあれだけの壮大なものが生まれた。ヨーロッパの強みはそうした文明の融合と歴史の蓄積の結果なのである。
ヨーロッパは一つの文明の統合生と一方で多様性があり文化を育んだ。何かわからないけどベルギー人はベルギー人だというときそうでありスコッティシュはスコティシュだとこだわるのがヨーロッパの伝統なのである。だから文化的にも歴史があるからスコットランドが独立しようとした。

ただその現代的背景はグローバル化経済で世界的共通なものとしてあった。
ロンドン一極集中でありロンドンにあらゆるものか集まるという弊害をがあり地方の衰退が起きたことであった。それが北海油田で経済的に自立する要因が生まれた。
これは日本の東京一極集中問題と同じである。
スコットランドはその地方でありロンドンに富か吸い取られるという問題は日本とも世界でも同じ共通の問題として現れた。
つまり第一次産業が主力の経済は土地に根ざしているから大都会の一極集中にはならない。
現代の経済は大都会に一極集中化しやすいのである。

そうした弊害かグローバル化で全世界に及んでいるのである。
つまりスコットランドの独立問題はスコットラントだけのも問題ではなかった。
それは経済的にも文化的にもそうである。
そしてスコットランドに核兵器の施設があるというのも反対の理由だった。
それはフクシマの原発事故ともにていたのである。
フクシマでは東京に原発をおしつけられて住めなくなるまでになったのである。
もちろん地元で積極的に誘致したということもあるが結果として人が住めなくなった。
そのとき地元の文化も失われた。スコットランドにはキルトとか多様な文化があった。
それはスコットランドが独立しているとき育まれやすい。
薊が国の花になったようにその土地と一体化した文化が育まれてきたのである。
そのことは日本でも世界でも言えることである。

日本だって江戸時代はそれぞれの土地に根付いた文化をつくりだしてきた。だから江戸時代は多様な文化だった、それが明治維新になり共通語として標準語を教えるようになったとき文化の多様性も失われた。グローバル化した結果に今度は日本語を英語に変えろとか真面目に議論されているのだから同じことがくりかえされている。
経済合理性とか科学から見るとそれは共通の要素を追求しているから一様化しやすいのである。その土地土地の風土をどうだこうだとなれば文化を基にすれば一様化はできないのである。
地方でそれぞれ特色があるときその土地の価値が生まれる。みんな東京のようになれば地方の価値はただ経済的合理性からのみ計られて切り捨てられる。
そういことばかりで地方は見られ切り捨てた方がいいと東京からはみる。
スコットランド独立問題は何か遠い国でも現代的な世界的な共通の問題として起きたのである。

大都会一極集中へのレジスタンス
独自の文化をばぐくむ歴史的伝統への回帰
土地とのアイディンティの回復

大都会一極集中とかグローバル経済とは別なものを目指す運動である。
文化的には一様化する世界はつまらないとなる。どこも同じじゃないかとなる。
だから世界を文化的面からしたら相当に衰退しているだろう。
日本でも文化の独自性をつくりだしたものは少ない、そういうものはやはりかえって江戸時代にあった。

自分としては石にアイディンティを見いだしてきたというときそれはその石はどこどこにある石であり抽象化された a stoneではなくthe stoneなのである。
石にしても無数の石がありそれらはみんな同じ石ではないのである。
だから浪江の高瀬川の近くにあった皺石と名付け石もあそこの場所にあって活きているがそこに行けなくなったのが悔しいのである。
高瀬川渓谷はこの辺では景勝地であった。上流にダムかないから自然のままだったのであり山水画の景観だったのである。飯館村もまた自然の中に隠された村てありそこに安らぎがあったのである。
そういうものを奪ったのは東京一極集中の結果であり原発事故だったのである。

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  浪江の皺石(詩)

(一つの石の存在感についての考察)



posted by 老鶯 at 13:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層