2014年09月28日

原発の避難区域に住む人はパイオニアになる? (誰かが住まないかぎり復興はありえない)


原発の避難区域に住む人はパイオニアになる?

(誰かが住まないかぎり復興はありえない)


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飯館に久しく行かじ家々の何となるらむ秋風の吹く


この短歌は外から第三者として見ているから無責任だとなる。「家々の何となるらむ・・」というのはよそごとなのである。
前にも書いたけど日本語には未来がないというとき未来は人の意志によってなるのである。
だから英語のwillはwouldになる、それはしてほしい、そうあってほしいということがあり自らの意志で未来を作る言葉になる。
・・・なるらむ・・・となればただ荒廃した地域を自然のままにまかせていたら何にもならない、何一つ未来も生まれないのである。

だからNHKで放送していた小高で理髪店をあえてはじめた人がいた。その人はどうしても小高に住んで復興のためにしたいと言っていた。藍染めとか農家の人がはじめたし
米を試験的に作っている人がいた。でもその夫婦は75歳だった。あの年ではもう無理だとつくづく思った。川内村でもエチゴ栽培はじめたのも75歳の老人だったのである。
75歳からなにかできるのか?これもまた高齢化社会だったのである。

ともかく津波の被害地区でもあれだけ被害が大きいとそこに住むということ自体が大変な困難を引き受けて住むことになる。だからもう住めないと流出している。
現代は移動が容易な社会だからどこにでも住めるからそうなる。
そして復興するというときインフラ整備に膨大な金がかかる。
なぜ三陸でも百年くらい前もやはり同じように一万以上死んだ津波があったのに海岸近くに住む人がいて今回の被害がまたあった。
なぜそうした経験があったのに住みつづけたのかということがある。
それはそこが生活するのに便利だからである。海の近くが便利だからまたそこで生活するようになった。
その時はいろいろなインフラなど必要ない、電気もないか水道もない時代だからただ自給自足だから掘っ建て小屋のようなものを建ててもはじめられたとなる。
現代ではあれだたけ壊滅状態になるとそんな不便なところに住みたくないと人は住まなくなる。

ただ人が住まなくなるとどうなるのか?前にも書いたけど限界集落からなど廃村になった写真を見ればわかる。そういうところにも人が長く住んでいたから神社とか地蔵とか古い碑などがある。そこが廃屋となり荒れ果てている様を見るとそこから幽鬼が彷徨っている感覚になる。つまり生きて人間もいないのだがその生きた人間とともにそうした人間が作ったものも見放されてしまう、墓でもそうであり参る人がいないと荒れ放題になりそこから亡霊がでてくる彷徨う感じになるのだ。
墓でもやはり掃除して手入れしていないと荒れる、例えば花をさしてもすぐに枯れやすい、墓は今は遠くから来ている人が多い、良く仙台のナンバーを墓で見かけるのはこの辺では仙台に移り住んだ人が多いからだと思った。
墓は何か造花だとまた淋しいのである。造花だと別にそのままにしていいから便利なのである。でも生きた花を挿していればその墓も生きている感じになる。

道の辺に古き碑久し何語る我がよりにつつ秋の日さしぬ

古い碑があったとする、それはやはり何かを昔を語り何かを伝えようとしている。
その碑でもそこに生活し続ける人があってその碑は何かを語りつづけるのである。
もし原発避難区域とかでも誰も住まなくなったらどうなるのか?
それは草に埋もれて忘れられる。するとどうなるのか?
そうした過去の先人の跡も忘れられるし墓もあっても誰もお参りしないとそこから何か幽鬼が亡霊が彷徨いでる感じになる。
それを象徴しているのが廃屋は何かすさまじい異様なものを感じることににている。
もともと自然だったらいいのだがいったん人が住んだ所は人が住まなくなるとそこは幽鬼の亡霊の住処のようになるから気味悪いとなる。
いったん人間が住んだ所は例え人が死んでも何かがそこに残っていて霊のうよなものが彷徨っていると感じるのである。
それは理屈ではない、そう感じるものは否定できないのである。
だから墓地は何かそうした霊が眠っているから他の場所とは違っているのだ。

いづれにしろ小高でも飯館村でも家の灯が一つでもともればほっとするだろう。
そこに人が生活しているということが何か大きな意味を帯びてくる
なぜならその一軒の家でも今やその村や町全体をになうものとしてある。
それはそこに残されたもの神社でも古い碑でも江戸時代から残されたものもありそういうものも捨てられるのではなく人が住むことによって誰かが目にとめるだけでも生きてくることになる。
人がそこに生活して過去とのつながりが生まれてくるのである。

だから理髪店だったら今まではそんなに注目されない、原町に行けば安い理髪店が今ではできて繁盛しているからそこに行けばいいとなる。
病院とか医者とスーパーがまず必要だとかなる。
でも誰も住んでいないとなるとそこに住む人はパイオニアになる。
不便な所に住んでその町を復興させようという意志があるからだ。
バイオニアになった人は冒険もあり犠牲になったり苦難を強いられてパイオニアになった。
だから歴史上にもその人は名を残すし名誉が与えられている。
この場合は何かまたそうしたパイオニアとも違うがただ不便な所に誰も住みたくない所に住むのだからパイオニアになる。
一方でもう若い人は故郷を捨てて一億円でも補償金をもらい他に移る

要するに故郷に残り住む人と住まない人は明確に区別されるだろう。
そこにあいまいさは許されない、住むのか住まないのかイエスかノーしかないのである。
住むでもない住まないでもないというあいまいな状態は許されないのである
自分は小高区の人は帰れと言ったけど明確にもう帰らないという人もいる
それはその人の決断なのである。
いづれにしろ帰る人と帰らない人があり明確に分けられて復興になる
帰らない人はもう小高に住まないから小高に住む人とは明確に分けられるのである。
その心構えもまるで違ったものとなる。
住まないと決断した人はもう小高はどうでもいいとかなるかもしれない
一方小高や避難区域に住む人はそこで住むんだという決意が必要になるから
パイオニアともなる。そういう人がいないか限り復興はないだろう。
いくら放射能汚染でもやはりもう住めないから住まないとしたら荒廃するばかりだからである。
どっちにしろ選択が否応なくせまられあと一年とかで警戒区域が解除されれば決断しなければならない。それは重い決断となる。

高齢化した人は米を作りたいと言っても75歳になるとつづかないだろう。
そういう人はどうなるのか?でも老人は帰りたいとなるだろう。
ともかく誰かが住み続けなければそこが廃村となりいたるところ廃屋となり幽鬼がさまよい異様な風景となってゆく、小高区の問題は南相馬市の問題でもある。
飯館村だってそうである。浪江でも双葉でも南相馬市と関係ないわけではないしつながっている。
だからよそごとでもないからいろいろ考えざるを得ないのである。



タグ:原発避難者
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抽象画(水に反射する光の波紋)



抽象画(水に反射する光の波紋)


hamonnnn1111.jpg


floatingttt1.jpg

summerlight111.jpg

summrtssss234.jpg

summrtssss.jpg




抽象画は必ず一つではないそこからいくつもに変容する
ソフトの作用で変化して行くのを楽しむ
具象画が固定化してそれを直すこも描き加えることもできない
それはすでに完成品だからである。
抽象画には完成品はない
誰かの抽象画また別な抽象画に変化する
それは著作権違反にならないから新しいパソコンによる芸術の楽しみ方になった。
まず素人だったら自分なりの絵を描くことは無理である。
自分は全く絵の才能がないし絵を創造することなどできると思っていなかった。
それがパソコンでできるようになったのである。

文章がこれだけ書けているのもパソコンとインターネットがあったからである。
ただオワシスキーボードがないと自分はパソコンを自在に使いこなせなかった。
ワープロの時オワシスキーボードを使っていたのがゾバソコンになっても
使えた。文章が主だとするときここでつまづくとバソコンは使えない

最近インターネットの中で weblioの翻訳などかなり進化している。
だんだん翻訳でも進化しつづけて人間とにた能力をもつようになるのだろうか
完全ではないにしろずいぶん翻訳能力も進歩したと思った。

タグ:波紋

抽象画 (水に反射する光の波紋)



抽象画 (水に反射する光の波紋)


hamonnnn1111.jpg


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抽象画は必ず一つではないそこからいくつもに変容する
ソフトの作用で変化して行くのを楽しむ
具象画が固定化してそれを直すこも描き加えることもできない
それはすでに完成品だからである。
抽象画には完成品はない
誰かの抽象画また別な抽象画に変化する
それは著作権違反にならないから新しいパソコンによる芸術の楽しみ方になった。
まず素人だったら自分なりの絵を描くことは無理である。
自分は全く絵の才能がないし絵を創造することなどできると思っていなかった。
それがパソコンでできるようになったのである。

文章がこれだけ書けているのもパソコンとインターネットがあったからである。
ただオワシスキーボードがないと自分はパソコンを自在に使いこなせなかった。
ワープロの時オワシスキーボードを使っていたのがゾバソコンになっても
使えた。文章が主だとするときここでつまづくとバソコンは使えない

最近インターネットの中で weblioの翻訳などかなり進化している。
だんだん翻訳でも進化しつづけて人間とにた能力をもつようになるのだろうか
完全ではないにしろずいぶん翻訳能力も進歩したと思った。

2014年09月29日

御嶽山噴火で多数死亡? (登山は魅力あるからやめることができない) ただ福島県浜通りとか宮城県でも南の方ではなかった。 ただ人間の時間のスケールが短いから忘れていたのである。 災害は忘れたころやってくるというのはそれだけ人間の時間の感覚が短いからそうなる。 自然は一万年とかのスケールで活動しているのだからそれにとても人間はあわせることができないから災害は忘れたころやってくるとなるのである。


御嶽山噴火で多数死亡?

(登山は魅力あるからやめることができない)

テニス、バレーボール、スケート、スキーとは異なり、登山が、中高年であっても、登山
初心者でも「3000メートル級の山に登れてしまう」という手軽に達成感を得られることが人気を博しているとも言えます。


2004年の山岳遭難者は1609人、このうち1309人と全体の約80%を占めているのが、40歳以上のいわゆる中高年(※1)である。死者・不明者に関しては、267人のうち249人が中高年で、全体の90%を越える数字となっている。 



御嶽山の水蒸気爆発があったけどあそこは7合目まで車で行けるとかスキー場があるとか登り安い山だった。だからハイキング気分で登った人が多かったのかもしれない。
山はあのように観光地化していなと大変な苦労を強いられる。尾瀬でも檜枝岐方面から登ったから遠かった。こんなに歩かねばならないのかとそこはまさに秘境でありなかなか入れない地だったのである。一方別なルートは群馬県からは意外と入りやすいとかで多くの人がそっちから気軽に入るようになったのである。
尾瀬は明治ころまで本当に秘境だったのである。江戸時代までは秘境というのはいたるところにあったと思う。
近くの飯館の八木沢峠の麓のバラ坂とか大葦とかが秘境だったと書いたが日本の村そのものが江戸時代は交流が少ないのだから秘境になっていた。
秘境になっていたのはどんな奥地でも自給自足していたから余計にそうなった。
日本全国にある平家落人の村というのはそうした奥地で他の村とも交流がまれなことから伝説が生まれたのであり平家の子孫とかではないらしい。
他との交流がないから自ずと日本の村が神秘的になっていたのである。

神隠は戦乱から逃げて農民になった西国の武士の一族が、神様からも隠れられる場所の意味でつけたらしい

この地名の由来もわかりにくいが西国だと平家落人の伝説が信憑性を帯びてくる。
檜枝岐は相当な奥地であり平家落人伝説にふさわしい地であるが言葉が京言葉だとかそれは木地師系統が入ってきたのかもしれない。
今は尾瀬だっけハイキングコースである。バスで行った時は駒止峠を越えて行ったから遠かった。その時舗装もされていない道でありその峠の道は高いからまさに秘境に行く感じがあった。今はトンネルができたから便利になり観光地になり秘境の感覚はない。
そもそも今の日本で秘境などなくなったのである。
秘湯めぐりがブームなってもそこは秘湯ではない、観光地化した秘湯なのである。
今なぜ廃墟や廃村めぐりが若者でもブームになっているかというとそうした秘境がなくなりかえって廃村とかに神秘性を感じてしまうからである。
ある意味で皮肉だけど人が住まなくなってそこが秘境になってしまったのである。

なぜ中高年が山にひかれるのか登るのか、山登りとか本当の長い旅行するとなると簡単にはできない、勤めていたら山登りになると楽なのでもそこまで行くのも大変だし労力がかかる。登山は自分では登るだけで相当な体力が必要だった。自分は体力がないから余計にそうだった。だから山はあまり登っていない、登った後も疲れて一週間とか眠りつづけていたことがあった。それだけ山登りは楽なものでも疲れるのである。
まず重い荷物を背負って登るだけでも相当な体力がいる。

ただ山の魅力は大きい、山を知るには直接登ればその山を肌でしる効果はある。
ただ山は登るだけではない山を見る遠くからでも見ても山の大きさを偉容を感じる。
山は登るから知るというものではない、大きな高い山はむしろ遠くから見ると感じるものがある。だから画家はたいがい登るのではなく遠くからきれいに見える山を描いている。
富士山は一回登ればいいだろう。かえってきれいに見える所に行く方がいいのだ。
そのきれいに見える場所に自分は行っていない、河口湖は山が麓から大きく見えるから場所としてはよかった。他にも富士山を見るポイントがあるからそこに行く必要がある。
富士見という地名が多いのはやはり富士山はどこからでも見えるから見る山としてあった。

ただ山というのはヒマラヤなどになる3000メートルの高さまで登らないと山がきれいに見えない、8000メートルになるとそうなのである。3000メートルからさら5000メートルの高さがあるからまるで天まで聳えるような山になっているのだ。
これも春だったのではっきり見えなかったのが残念だった。
山はあまり登っていない、結局体力がかなり必要だからである。
なぜ退職者が登るかというと一つは暇ができたということである。時間もないと山は登れない、準備にも時間かかるし登るには体力がいるしあとで疲れて会社に行くこともなく家で休めるのだから退職すると登山したいとなる。
結局旅行にしても十分な時間がないとできない、金より時間があることだった。
そういう時間が一カ月でも自由に旅する時間が会社員になるととれないから旅もできない。
だから退職すると第一に旅行したいというのがわかる。
海外でもパックパッカーのように60代でもしていたからわかる。

とにかく山の魅力はあまりにも大きいからヒマラヤで50過ぎで女性の医者の人が死んだ。
山の魅力に憑かれて死んだとなる。ヒマラヤになるとそういう人も出てくるだろう。
死んでも登りたいとか山を見て死にたいとまでなる。
山にはそれだけの魅力があるからそうなる。
だから山で死ぬようなやつは迷惑で馬鹿だとか盛んに言われるがそうでもない。
山がそれだけの感動を与えてくれるから登るのである。
ただ年取ってから山に登ちらなくても遠くから見るだけでも山に感動する。
自分の住んでいる所は高い山がないから海があってもものたりないとなる。
阿武隈高原を越えると吾妻山とか蔵王と安達太良とか見えるのが違っている。
会津になると山々がひしめいている。それも千メートルを越えている山だから山国なのである。阿武隈高原には千メートル超えた山はないのである。

今回の御嶽山の水蒸気爆発にあったのは不運だった。そもそも火山は死火山でも噴火する、それも一万年に一回とかでありそれでもその時に会わないとは限らない、そうなるとよほどの不運だったとなる。
つまり自然の時間のスケールが人間の小刻みな時間のスケールとあまりにも違いすぎるのである。津波だって相馬藩内とかで400年に一回とかなるとその時間のスケールに人間か合わせることができないのである。
それにしても自然は怖いというものを津波でも否応なく認識させられた。
広島の土砂災害でもそうだった。どこに危険がひそんでいるかわからないということである。

それでも登山が危険だから禁止した方がいいとかいうのはどうかと思う。
それだけ魅力かあるら山に登る、山に登れば地上では見れないものを見れるから登るのである。だから何でも危険だからやめろといったら交通事故になるのだから車に乗るなとなる。車が生活に必要だと言ってもやはり危険なことには変わりない、毎日人が死んでいるからだ。山に登るのは遊びじゃないかというときも別な見方もある。
山に登ることこそが命をかけてもするべきだとなることもありうる。
日常の生活を命をかけてやらないだろう。そしたら山に登ることこそ命をかけてでもやるべきものだという考えもある。それはそれぞれの価値観だとなる。
西行だって最後は命をかけて旅をした。旅が生涯だったから最後もそうなった。
旅に昇華された人生だったとなる。

いづれにしろ今回の御嶽山で多数死んだとしてもそれは不運だったのである。
だから登山はやめろ禁止しろとかなるのは賛成できとないのである。
ただ山は登らなくても見るだけでも感動するから中高年は見るだけで満足しろとは言えるかもしれない、それでも登りたい人は登りたいとなる。山に登らないとどうしても山をじかに感じることができないことがあるからだ。
自分はまだ山に登りたかったが今やできない、ただ富士山でも最後にきれいに見れる場所で見たいというのが希望である。
日本人だと最後に何を見たいのか何を望むのかとなるか富士山を見たいということになるのも日本人として生まれたならそうなる。
何か文化的なものより富士山のような自然の荘厳にふれたいというのがある。

ともかく最近起きている自然災害は何なのか?大きな自然災害の前兆なのかと不安になる。
自然災害もカルマだったのである。ポンペイではエトナ山が噴火してポンペイが火山灰に埋もれて消えてしまった。それが2000年も知られずに埋もれてしまったいたのである。
今回も火山灰に山頂で埋もれたままになるというのは同じだった。
生きたまま火山灰に埋もれてしまう。男女がだきあって泥のミイラとなって埋もれていたのがポンペイだった。これもまた同じようなことが起きたのである。
過去にあったことは必ずまた繰り返されるカルマとなって現実化するのである。
津波などは三陸などでは百年前にも一万人死んだとかあった。
ただ福島県浜通りとか宮城県でも南の方ではなかった。
ただ人間の時間のスケールが短いから忘れていたのである。
災害は忘れたころやってくるというのはそれだけ人間の時間の感覚が短いからそうなる。
自然は一万年とかのスケールで活動しているのだからそれにとても人間はあわせることができないから災害は忘れたころやってくるとなるのである。




タグ:御嶽山
posted by 老鶯 at 10:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2014年09月30日

鶏頭(人は何かを継ぐために生きている)


鶏頭(人は何かを継ぐために生きている)

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鶏頭の赤や継ぎなむ我が里を

鶏頭の朝に赤しもコスモスの風にゆれにつ映えにけるかな


鶏頭の赤は何を意味しているのか?赤とは神道でも赤き心とか偽りなき心とかに通じて重んじている。特にこの鶏頭は他の違う赤だからである。
つまりこれまで花を追求してきたのが自分である。
花には花言葉があるようにいろいろな意味が付与されてきた。
だから花言葉一応の目安でありその人によって解釈がある

今回はこの鶏頭の赤は我が里を継ぐものとして赤いと見た。
これはこの辺の事情と関係して生まれた感覚である。
ここだけではない、我が里に住めないという状態が生まれたからである。
前にも書いたけどいったん住んだ所は人が住まなくなると荒廃がひどくなる。
そこは廃村巡りのサイトを見ればわかる。
異様な雰囲気をかもしだしているのである。
まさに幽鬼が彷徨っているようなすさまじい光景になっているのだ。
そこにも長い歴史があり継ぐべきものがある。
その継ぐべきものが継がれずに廃棄されたことによりそういう異様な光景となった。

そもそも人間は何かを生み出すといってもたいがいすでにあるものを活かして継続したものとして生活がある。一から何かを作りだして生きている人はいないのである。
そんな風に生きられるはずがないのである。
田舎では先祖が残した田畑だから手放せないというときもそうである。
先人の残したものがありその上に今の生活がある。
もちろん時代によって生活は変化するが前の代にあったものを継いで生活している。

確かに近くで裸一貫で一代で材を築いたということを盛んに言う人がいる。
その苦労は並大抵のものではないことであったことはわかる。
つまり一代で財を築くことはそれだけ苦労かあるということでもある。
土地とか家とか何かしら資産があってならそれを継いでやるから楽なのである。
残されたものを活かしてさらに資産を増やすとか何か新しく付け加えることがてきる
何にもないところから生活している人などいないのである。

もし家がないから自分が家を建てたりしたり何か資産がなかったらとても芸術の創造などできない、その苦労だけで重荷となり何もできなくなる。
芸術はなにかしら余裕があるとできるからである。
家事だってこれもかなりの重圧になり時間がなくなるから創作できなくなることもある。
学問だってそもそもスコーレ(暇)から生まれたのであり暇がなければ学問もありえないのである。
毎日稼ぐばかりの労働を強いられたら学問とか芸術の創造はなくなる。

嗣業(しぎょう)

聖書にのみ使われている造語単語。嗣には本来、家や王位、名前、家財などを継承するという意味があり、聖書では、神様の祝福、財産、恵み、名前を受け継ぐことをいう。ゴエルはまさに嗣業である。

さらにゴエルとは、再びさがし出す、元に戻すという意味もあり、ルツ記にはこの概念が13回 も出てくる。この概念が重要なのは、この考えが私たちの救いと重なっているからだ。エデンの園で本来持っていた神様の嗣業(神様の祝福の相続)を、罪の為 に失ってしまった私たち

 嗣業(しぎょう)という概念が他にないから説明しようがない。
カナンの地、今のイスラエルは神に与えられ嗣業(しぎょう)の地であった。
だからこそ今でもそこをめぐって争われている。

神様の祝福、財産、恵み、名前を受け継ぐことをいう

これは日本的に良くいう先祖のことになるだろう。先祖の残したものとなるとわかりやすいのである。なぜならそういうものを原発事故で失ってしまったからである。
 名前とは家系ともなり恵みは田畑の実りなどでありそこに家とか土地とかあり財産もあったのである。それらを失ったことか原発事故周辺なのである。
特に住めなくなった地域はそうなのである。

何かしらその家々には受け継ぐものがある。嗣業(しぎょう)は何かをもっている。
そもそも嗣業(しぎょう)は神から与えられたものであり人間で作り出せないものである。
農業とかもともと神聖なものだったというとき一つの嗣業(しぎょう)だからそうなっている。漁業とかもそういうものとしてもともとはあった。

原発事故で住めなくなった地域はそうした土地や資産やそれだけではない家系としてつづいた名も失うことになる。それは相当深刻なことだろう。
他の土地で一からはじめことは容易ではないからだ。まず土地がなければ農業ができないとかになるからである。
ただ他の土地に移り飯館牛を絶やさないためにと牛を飼っている人もいるし土地を借りて農業をはじめた人はいる。だからできないことはない、でも村とか町としての 嗣業(しぎょう)は失われたのである。
個々には回復があっても全体としては村や町が消失したからないのである。

また避難区域だったところに老人だけ住んでも何か 嗣業(しぎょう)はやがて絶えてしまうだろう。そして元の荒野に森に戻ってしまうだろう。
だから75歳で稲田を作ったとか川内村では75歳でエチゴ栽培をはじめた。
それも一つの嗣業(しぎょう)を回復して新たに作ろうとしてはじめた。
すでに山元町などはエチゴ栽培のノウハウが蓄積され 嗣業となっているからはじめられた。そういうノウハウの蓄積がなければ一からはじめるから容易ではなくなるのである。

だから原発事故で住みなくなった地域は神に呪われた地になっかのかとも思う。
なぜなら 嗣業が奪われ人々は離散してしまったからである。
これは三陸などの津波の被害地にも言えるだろう。
もう人が継続して住めないというほど被害が大きすぎたのである。
人口の20パーセントが女川では流出したとかなるとそうである。
高齢化社会がまた追い打ちをかけて若い人たちが流出して町も村も維持されなくなっいるのだ。

小さなる漁港点々津浪きて暮らし奪いぬ誰か跡継ぐ

跡継ぐ人がいない、 嗣業が受け継がれない、村は消滅するとまでなっている。
ただ 嗣業とは何かというとき、そもそも農業とか漁業ではやっていけないと原発事故前から言っていたし跡継ぎもいないというのは津波や原発事故前から盛んに言われたいたのでありそれが津波や原発事故で致命的になったのである。

インカ帝国などはもともと国家としても旧弊化して滅びる運命にあったとか言われる。
それがスペインのわずかの盗賊強盗集団が入ってきてあっけなく滅んでしまった。
それだけの抵抗力がすでに国自体になくなっていたからだとも言われる。
今回は農業でも漁業でも林業でも壊滅的打撃を受けたのはもともと収入が少なくてやっていけないと常に言われてきて跡継ぎもいないというのとは津波や原発事故前からそうなっていたのである。ただ津波原発事故はとどめさしたとなるだけだったのである。
なぜなら三陸があれだけ百年前でも一万人以上も百年前ころに津波で死んでも回復していることでもわかる。その頃は漁業が暮らしの中心だからそうなっていたのである。
要するにすでに津波原発事故前から農業や漁業に見切りをつける人が多かった。
それが津波原発事故であからさまになり本当に見切りをつける決断を強いられたともなっているのである。



  




タグ:鶏頭