2014年09月17日

なぜ老人は金を使わないかモノを買わないのか? (老人は消費すること自体が大きな負担になる)



なぜ老人は金を使わないかモノを買わないのか?

(老人は消費すること自体が大きな負担になる)



なんか通販では大きさとか重さわからなくてかなり買い物に失敗した。今回も背負うリュックサックを買ったが大きかった。前は重くて使えなかった。そのリュックを買ったのは下に弁当など入れられからいいと思った。弁当は一つにすると生ものは汚してしまうからである。
通販でムダが多いのは買いないものが買えるからである。
田舎では売ってないものが無数にあるからである。でも手に取ってみないと使えないものがかなりあった。っだから通販は無駄な買い物が多くなりやすい。

そもそもそいうものを買っても老人になると利用する頻度が少なくなる。
登山でもキャンプでも今簡単にできなくなっていた。介護で離れられなくなっているからだ。 そしてこの辺はバスになった結果仙台に行くのにも面倒になったのである。
バスは何か疲れるのだ。最近既に半年以上も仙台に行っていない。
出不精になってしまったのだ。
自転車でも自分は若い時からツーリングなどしていないから50以上になりスポーツタイプの軽いの買った。でもこれもわずかしか乗りこなせていない、つまりモノを道具を買ってもそれを使いこなす体力や気力や時間がなくなってきたのである。
最近小型のいいビデオカメラがでたので自転車にとりつけようとしたがそれもできなかった。いいものがでても買っても使いこなすことができない、老人は金があってもモノを道具を買っても使いこなすことができなくなる。

人間の生きる時間は本当に短い、高齢化で寿命が長くなったといってもやはり老人は若い人のようになんでも取り入れて使いこなすことができないのである。
趣味だってこれも相当な年季を必要とするから簡単にはできない。
60の手習いだなどというけどその負担は若い時の何倍もの労力になる。
読書だってそうであり厚い本は硬い本は読みにくくなる。
だから読書でも若い時は別に理解しなくても読んでいた方がいいとなる。
その意味を老人になると深いものとして理解できるようになるのだ。
素読とか子供の時暗唱させるのがいいというのはそのためである。その時意味がわからなくてもあとでわかるときがあるからである。

老人になると何かをするということはすでになんでもかなりの負担になる。それは遊びでもそうであり金があるから何でも買えてもそうである。第一パソコンやろうとしたらその労力は若い人の何倍もの負担であり使いこなせない、だから老人はモノを買わなくなる。
もしパソコンを買うなら大金持ちなら教える人を雇うことも必要になってくる。それでもパソコンを覚えることは容易ではないのだ。
その手間と時間が若い人が覚えるより負担になるから買っても使いこなせないとなり買わないとなる。老人になるとそいうことが多くなるのである。

人間は年をとればとるほだモノがいらなくなる。みんないっているだろう。
「もう何もいらない」と死ぬころになるとそうなる。
立派な着物をいれる箪笥があったけど着物を着たのわずかだった。
悲惨なのは認知症になりモノがありすぎると整理できなくなり忘れた忘れたと騒いでパニックになっていたことである。
認知症になると部屋には避けなものがない方が整理しやすいからいいのである。

老人になると何が必要なのか?何が買いたいのかとなるとモノではなくなる。
逆に金で買えないものが価値お帯びてくる。そもそも親切とか優しくしてくれるとかは
金では買えないものだったのである。
特に介護はモノを与えることではない、親切に接してくれるとかの精神的なものであり
モノを買うのとは違っているのである。
老人になるとそうしたモノではないものが価値をましてくる俺はいくらでも金をもっているだから俺に親切にしてつかえろといってもそうはならない、施設では嫌々ながらそんな老人をめんどうみている。でも施設では金だけではどうにもならないから不幸だというのもわかる。モノは買えても心は買えないのである。

認知症の不思議は何が最後に大事になってくるかを象徴している。
『殯の森』(もがり の もり)という映画は認知症のことがよくわかっていて作られたいいからいい映画だった。認知症の人が大事にしていたのは一つのバッグだった。
肌身離さず持ち歩いていたのである。それをとったとき激しく怒った。
なぜか、そこには思い出の品が死んだ妻の遺品や日記が入っていたのである。
自分の姉もみすぼらしいバッグを肌身離さず持ち歩いていたのである。
それはシンガポールで従軍慰安婦を4年間していて辛酸をなめた戦友が作ってくれたものだった。死ぬ間際までその戦争のことが忘れれず語っていた。
戦争の体験はそれほど忘れられないものとなっていたのである。
何が価値あるものとして残ったかというと「思い出」でありそれは形にはならないのである。それも人生を象徴していたのである。

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戦友が作ってくれたこのバッグをいつも肌身離さず持ち歩いていた

タグ:老人

2014年09月19日

老人の価値は誰が決めるのか (本人ではなく個々人の価値観で決めている)



老人の価値は誰が決めるのか


(本人ではなく個々人の価値観で決めている)



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●差別意識は人類か始まって以来あるもの

で誰が価値あるのか何に価値あるのか決めることはむずかしい、身障者から知的障害者から貧乏人から金持ちからさまざまな人間が混在しているからてある。
世界的になればアーリア人が一番優れているとかユダヤ人か神に選ばれたから優れているとか白人と黒人には明確な差別があり黒人は劣等民族とされる。
日本人も戦争き時にはジャップと軽蔑され黄色人種は白人からすれば劣等民族だとされて原子爆弾を落としたとも言われる。
アメリカでは旅行しても博物館で入りにくくされたとかそこで暮らしていれば必ず差別がある国なのである。
中国人はどうだこうだ韓国人はどうだこうだと毎日差別発言をしているきを見ればわかる。
お互いに人種や国で分けて優劣を言っていくのが人間である。
肌が黒いとか黄色とかて人間は差別できない、欧米人が世界を主導してきたから他の人種は国は劣等だとされるているのであり肌て決めているほけではない。
ユダヤ人は神から選ばれた人種だから他は人間ではないということも根強くある。
一方でユダヤ人は常に迫害されたてきた差別されてきた民族てありそれがナチスきホロコーストになった。
宗教的にもイスラムは下位のものとキリスト教圏からは見られる。
宗教によく人間の差別も根強くある。

●悪人もサタンも神に存在をこの世で許可されている

人間とはこうしてし絶えず差別化してきたのである。  インドでカースト制がてきたのもそのためである。そもそも人間き価値を誰か決めるのか?
このこと自体が極めてむずかしいことなのである。「お前は価値のない人間だから死んでしまい」と言う事はむずかしい。 女性でも美人は価値あるがそうでないものは価値がないとかも言えない、なぜなら不美人がいて美人かいるブスか美人きひきたて役になっている。もし美人だけだったら美人は存在しないことになくからだ。
人間はあらゆくことにそれぞれに価値を決めているのである。
パチンコなどやるやつは価値がない、パチンコなどなくせばいいと言ってもそれを必要としていく価値あるとしている人たちかいるから存続している。
「暴力団なんからいらねえ、抹殺しろ」と言っても暴力団にしても社会悪としても必要なものだとも言える。現実に政治家自身が価値を認めている人もいるからだ。
つまり悪人なんかいらないから抹殺しろというけど悪人自体もこの世を構成するものであり聖書自体が神が悪人き存在をサタンき存在を認めているきである。
そもそもこの世から悪などなくなりえようがないのである。

学歴がどうのこうのというきも優劣を決めくも指標としてこだわる。社会に出たら学歴など関係ない、何かてきるか仕事かてきるかできないかで決まる。
ただ東大くらいになるとあらゆることで劣等生て高校も卒業てきないような自分は体力がありそして頭かいいという人は理解できない、天才も理解できない。
要するに学歴は何かかできたきとは違う。芸術家だったらどれたけ芸術分野で成果をあげられかである。それは作品に如実に現れるからわかりやすいのである。
それは偽ることきできないものとして提示されくからである。
中卒でも別にのしあがる人はいる。大工などでも職人ても腕がいいとはみなならない、職人には学歴か必要のないものが多い。設計とかなると学歴か学校で基本を学ぶことか必要でも社会で成功するのはそれだけでは決められない。

 ●老人の価値は家族になるとわかりやすい

老人の価値を決めるときもそうなのである。老人に金を使うきは無駄だだから若者に少子化たから子供にもっと税金を使いというきもは最もなのてある。
若者が老人を公共の場で施設て介護している世話している風景は何か異様なのかもしれない、今までにないことかもしれない。
家族では弱った老人を世話している光景は昔からあったろう。でもこれだけ大勢の人間か若い人か介護している情景は異様なのかもしれない。
ただそういう場で世話している若者は老人をどうみているのか?
ただ金をもらえるからしかたなくやっている。老人には何ら価値を認めていないかもしれない。
その介護する若い人でも老人の見方はそれぞれ違っているのだ。
あのばあちゃんはかわいいくないな、言うことよく聞かない、わがままだとかその性格で価値判断している人もいるだろう。そこには個々人で様々な価値判断かある。

これが家族になるとそき価値判断は施設とは違い家族内ての価値判断になる。
そき人が家族でどういう役割を生きてきたかが問題になる。苦労して家や子供に尽くしてきたということは家族なら言わなくても暗黙の内にわかっているから介護する人もいる。
妻には苦労かけたからと夫か介護している姿も見ている。
そこでの老人き価値観は家族が決めていくのである。病院での価値観になると医者でも看護師でも家族のようにはみない、病院経営を維持するものとしてまた大学病院では実験材料として見ていることが現実にある。手術をすすめるのは実験材料としてするからであるというのも恐怖だけど現実ということもある。

自分の場合はともかく人一倍家族には世話になったから普通の人より介護の動機がある。
60まで世話してもらっていたのである。ただ親でも金持ちでも親を大事にしないことかある。金持ちではたいがい高い料金の施設にあづける。かえって貧乏な親の子供か財産がなくても親を大事にすることもある。自分の親は苦労して育ててくれたから世話するという人もいるからその価値判断はマチマチなのてある。
こんな老人は価値がないというときそれは一般的な見方なのてある。
それは財政的負担が大きいから老人はいらないとなっている。だから延命治療など金のかかることはしない方がいいのである。
老人だって個々人ては違っているからである。一般的になると80以上くらいになくと戦争を体験して苦労した世代たから世話してもいいというのが社会的見方である。
団塊の世代は自分本位の人たちだと日本を劣化させたものとして常に槍玉にあげられているから老人になっても価値か認められない、特に施設てはぞんざいに扱われるだろう。

●ただ食べて寝ていくだけになるとそれは人間なのかともなる

ただ自分の価値観としては毎日食べて寝るだけの人間は人間なのたろうかとも思う。
特に認知症になった人についてはプログて書いてきた。
それだって知的障害の人でも母親は愛情をもっている。だからもしそうであれば社会では価値を認めなくても母親は愛すべきものとして価値あるものとして見ているから違っている。ただ認知症とか知的障害者になくと世話するのが苦しくなるから早く死んでほしいとなるのは批判できないのである。

例えば自分の場合寝たきりになっても頭が正常なら病院でも花をいけて見ていたいとなる。
そして俳句や短歌を作る、するとそういう人に人間の価値を認める人もいるだろう。
ただ病院ではそこつでは配慮しない、その人を知っている人でないとそこまでは配慮しない。なんか世話していてもその人か天井を見つめて寝ているだけで何も関心をもたず食べては寝ているたけなきが人間なのかと見る。
それも生い立ちでそうなったのだから批判てきない、その人が老人でも病人ても人間として価値があるかどうかは個々人の価値観で見ているのである。
そもそも花に無関心な人は別に健康な人でも若い人ちも多くいる。若いときはあまり花に関心をもたないたろう。関心をもつのは女性たとなる。
今になるとただがつがつと働き稼ぐ人間は嫌われる。成り金が嫌われるのは金の使い方かわからないからだろう。宝石などばかり身につけても金があってもそれが価値あるものに投資されないということて批判される。
でもそれはそき人き価値観だからそれは他から無駄だといっても俺のかせいだ金を何に使おうととやかく言われることはないとなる。
人間の価値観は個々人によってみんな違っている。
たから老人を見る価値観もみんな違っているのである。
いちがいに老人は価値ないというとき、そうなら成り金だって健康でも金持ちでも価値がないと見る人はいるのである。何事一様な判断はできないのである。
タグ:老人の価値

2014年09月20日

今高い野菜のことで田舎と都会を考える (原発事故も田舎と都会の差から作られた)


今高い野菜のことで田舎と都会を考える


(原発事故も田舎と都会の差から作られた)



●田舎は地方は戦前までは自給自足で都会に頼っていなかった

今野菜が高い、レタスが3百円とかは高くて買えない、東京辺りではもっと高くなっている。こうなると野菜自体が買えない状態になっている。わからないのは外国産が入ってこないことである。前には外国産が入ってきたことがあった。
アスパラガスはメキシコ産であった。自分はアスパラガスは好きなので毎日食べている。
あとはあまり野菜は食べない、肉も食べない、魚は食べている。小食になっている。
不思議なのは卵とご飯とお菓子くらいで介護されている百歳にもなる人が生きていることである。もともとご飯と味噌汁と梅干しだけで生きてきたのだからその昔と変わりないのである。だから戦前生まれの人は生きることに耐久性がある。今の人は団塊になると贅沢だからとてもこうはならないだろう。糖尿病が増えているのもそのためである。

この野菜の高騰で思うことは田舎と都会はもともと差があった。特に東京と田舎は差があった。だから東京に憧れる人がまだ多かった。自分も東京にゆくことに憧れた。
それより田舎を脱出したかったのである。脱出願望がありそこに東京がのっかただけである。その後も旅行ばかりしていたことはそういう田舎の脱出願望がつづいていたからである。一般的に若い人は田舎を好まない、特に団塊の世代辺りでは特にそうだった。
その頃東京と地方には相当な差があったのである。
いづれにしろ高度成長時代になると豊かになりたい東京と同等の生活をしたいという欲望が地方でも強くなった。それが双葉辺りで原発を積極的に誘致した原因でもあった。
なぜなら原発ができて出稼ぎにゆくこともなくなり良かったと言っているからである。
あのころは地元で農家などは現金収入がなく出稼ぎの時代だったのである。
ただ出稼ぎで現金収入があり子供を大学まで出した農家の人がかなりいたから出稼ぎがみな悪いものとはならない。今や建築現場では出稼ぎの人もいないから人手不足で困っているからだ。

その時代から東京と地方の差をうめる努力をしてきた。その一つが公共事業であった。やたら建築関係の土木の会社が田舎に増えた。田舎の産業は農業と漁業と林業など第一次産業だったが建築土木が主流ともなる。それで都会との差を縮めようとした。
工場も誘致されて現金収入が増えた。
東京と地方というとき戦前はうまく東京と地方の役割があり調和していた。
その例が平機関区や原町機関区は石炭や木材や石材など原材料を東京に運んでいた。
それは全国で森林鉄道が網の目のように張りめぐらされていることでもわかる。
木材はみんな国内産だったのである。そういう時代は東京と地方の田舎の軋轢がない、限界集落などもない、田舎は税金の無駄使いだなどと言われることもない、そもそも田舎は田舎で自立していたのである。東京に田舎から供給するものがあったからでてある。
それは団塊の世代が集団就職でそうだったように労働力も供給していた。
出稼ぎも労働力を供給していたのである。

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ここは丸森である

富めりとも翁の身には知らざらん木の間のけむり絶えずのぼりて 大和田建樹

これは炭焼きして自活していた時代であった。戦後十年も炭の生活だった。だからこそ田舎では自給自足で自立していたからこういう自負があった。
国に頼っていない、都会にも頼っていないから都会の人に税金の無駄使いなどともいわれなかったのである。今からすると貧しいのにそういう自負があったということを見直すことになる。おれ達は東京のお荷物ではない、国のお荷物ではない、自分達のことは自分達でまかなっているとうい自負があった。今は地方自治体でそんな自負をもっている所は少ないだろう。だから原発はかえってそうした辺鄙な地域に建てられやすい、そうなったとき地域の自立は消失して東電に町ごと村ごと市ごと買い取られるような状態になっていたのである。現実にあれだけの補償金が出されることに驚いている。
村一つとか町一つなど東電で軽く買い取る規模だったのである。

●都会(東京)と田舎の差がはっきりあった方が良かった

今思えばかえって東京と都会と田舎の地方の差はあった方が良かった。そして地方は地方なりの田舎なりの自然とともにそれに見合った生活を目指せば良かった。
つまり野菜が馬鹿高くなっているが田舎では安く買える農家からもらうとか市場で安く買えるとかあるからだ。都会では東京ではそうはいかないのである。
野菜がキャベツでもレタスでも白菜でも一個千円だとかなれば東京に住みたいたいという人はへるだろう。外国産を仕入れろと言ってもアメリカのカリホリニュアが干ばつだとか
世界的食料危機くになるとかで入らないとしたらどうなるのか?千円のキャベツを買うか食べないのかになる。そしたら田舎がいいという人はでてくるのである。

また田舎は田舎で野菜は東京のようにはならないが車は贅沢品だとなり一人一台はもていないとかなる。文明の贅沢品は買えないということが起きる。前のように現金収入がかなりへるからである。それはそれで田舎は嫌だ都会がいいという人も逆に前のようにでてくる。でも野菜がキャベツでも一個千円の所では暮らしたくないともなる。
そういう選択が迫られる。今のように東京も田舎も変わらない生活をしていればそういうことが自覚できないのである。
都会で暮らす、田舎で暮らすメリットとデメリットがはっきりさせられる。
田舎は嫌だとしても東京でも野菜が馬鹿高いとなり嫌だとなればどっちを選ぶのかとなる。

おそらく原発事故はそういう課題を生み問うことになった。だから双葉の人が蝋燭でもいいから家族一緒に暮らしたいとなった。こういうときは極端なことがでてくるのである。
山尾三省のようなパンが贅沢だとまではならなくても田舎に暮らすことはやはりそれなりの貧しさがあり覚悟が要求されてくる。
田舎でも地方でもそういう生活なのだということを自覚して生活していれば原発など誘致しないのである。東京も都会も田舎も地方も生活水準は同じであるべきだという追求が原発を誘致する結果となった。
それは大きくは文明の問題でもあった。
現代は本当に過分な贅沢を追求している。それは借金してまでしている。借金してまで豪邸を建てている。事業に失敗しても成功しているととか借金していたりとか見栄を張り生活していた人もいる。
そういうものをどんどん追求してゆくことが原発が誘致される要因だったのである。

●資本主義は無限の欲の追求であり限界が・・・

小高の人は腕のいい大工であり庭師であり感心した。それでも借金して豪邸を建てているとか他のブラック的な事業にも手を出している。そして小高に原発が建つと景気良くなるよと言っていた。実際に小高に東北電力で原発を建てることが決まり工事も始まるところだったのである。
つまり一個人でも欲望かかぎりなくなってゆくとそうなるということでてある。
原発のことなど何も知らなくても景気よくなるよというだけで誘致する。
それは双葉や大熊や他の地域でも同じである。その金が桁違いであり幻惑されてしまうのである。結果的に事故の後も巨額の賠償金でもめて翻弄されているから変わりないのである。
原発はそうした地元でも国でも人間の欲望と密接に結びついて危険でも作られてきたのである。

事業して借金した人もそうである。見栄をはりその見栄をはった生活がやめることができない。
そうするとモラルもなにもなくなる。嘘もつくし金のためについには保険金殺人までするような状態に陥ってゆくから恐ろしいとなる。
そういう現代の文明的生活の追求か実は危険なものがひそんでいたのである。
資本主義自体が人間の欲望の自由な無限の拡大でありそれは自然破壊にも通じていたし現実に世界の自然破壊になった。だから資本主義やグローバル化を否定する人々もでてきた。
かといって資本主義で利益を得ている人はその欲望を減らすことなどできないのである。
金があれば一億あってももっと増やしたいとなる。それはきりないのである。
自分も矛盾しているのは株をしていることでもわかる。
金の魅惑は大きいし実際的力をもっているからそうなる。
原発事故周辺では結局土地とか家を失うと金だけが頼りだとなり金中心で動くようになったことである。頼るのが金しかなくなってしまったのである。
自分でも米も野菜も作れないからである。
ともかく原発事故はここだけではない文明をそのものを見直すものとなったのである。


タグ:東京と地方
posted by 老鶯 at 13:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2014年09月21日

秋の夕暮(日立木から相馬市を夕暮れに回る)


 秋の夕暮(日立木から相馬市を夕暮れに回る)



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日立木に秋の夕日や古き蔵

日立木に半鐘残り実りかな


この道や萩に薊に草の花実りの稲穂六万石かな

一所はや稲刈られ街道の松並木見え夕日のさしぬ

街道にソバナの花やはや暮れむ細道通り城跡に着く

相馬市に秋の夕日の山に没る土手に芒や家並淋しき

スナックの名前の一つ目にとめぬ誰が営むや秋の夕暮

道の駅今日も老人たむろしぬ秋のはやくもめぐりけるかな

白菜の三カ月すぎて実れるとその間の長き見守りけるかな


日立木に半鐘があったのに気づかなかった。ここは数えきれなく通っていてもあまりに見慣れていて気づかなかった。人間の盲点としてあまりに見慣れたものは注意しないのである。そういう盲点をついてポーが推理小説を書いた。重要な手紙が一番見られる所にあったので注意されなかった。これは人間心理の盲点である。
あえてわからないところに隠そうとするとかえって見つかる。それは自分の実際に経験したのである。大金などを大事なものを隠すときは誰でも目につくところにあると注意しないのである。確かに大きな看板とかいつも見慣れているものは人間は注意しないのも盲点である。いつもあるものは注意しない、灯台下暗しなのである。
毎日見ているものに注意しないのである。

半鐘は近くの神社で遊んでいたとき、火事があったりしたとき登っていた。それが急であり意外と危険なものだったが子供でも登っていた。子供はそういう点意外と運動能力があり機敏だということがある。子供はそうして危険な所でも怪我かないということもある。
子供は順応力がある。大人になると順応力がなくなる。

日立木の家並を出ると稲田でありその一部はすでに刈り取られていた。ずいぶん早いと思うがそういう季節になってきた。夕暮れは何かこれまでの残暑と違い秋めいていた。
最近北風もふいたし急速に秋がやってきているのだろう。
萩の花に薊に草の花と咲いているのもいかにも秋らしい道である。

どういうわけか今日は相馬市についたら橋の手前の何か注意もしない、家並がある。
そこは何か古ぼけた感じがする。その中にスナックの名前が書いてあった。
どうしてかその名前を今回は注目したのである。
そんなスナックなど注意してどうなるのだと普通だったら見過ごしていたしこれまでも見過ごしていた。
ただ人間は長く住んでいれば細部に注意するようになる。最近7年間は遠くにゆくことがない、仙台にすら春に行ったがそれから一回も行っていないのである。
そうなると近くに注意するようになった。
それでそんなスナックを注意して短歌にするようなことはないのだが今日はしたのである。
というのは同じ街に住んでいればそこにも人の営みがあるからだ。
するとここに誰が住んでいるのだろう、やはりスナックでもそこで生活している人がいるとなり注意した。

これは啄木の歌ににかよったものがいくらでもある。表札を見ただけで歌にしている。
あれだけ若くてあういう死ぬ間際に短歌を残したことの不思議である。
人間は一見意味ないと見えるものでも意味を発見するのは老人になってからなのである。

Yといふ符牒ふてふ、
古日記ふるにつきの処処しよしよにあり――
Yとはあの人の事なりしかな。啄木

こういうことは老人になってからそうなる。もう誰とあったのかそれが誰だったのか何を意味したのかさえ不明になる。丁度認知症気味になってゆくのだ。
覚えている人間が二人とか三人とかになりそれも定かではない。
それも変なのである。人が子供のころからあっている人間は数限りなかったのである。
でも覚えている人はほんのわずかだとなってしまう。
つまりY としか浮かばない謎になってしまうのである。
人間がこの世で会うとしても最後はさよならだけが人生だとなってしまう。
老人になるとどれだけ人と人が別れてゆくが痛切に現実になそうなるからだ。

何か相馬市と原町市では感じ方がかなり違うのも何度も書いてきたが不思議である。
相馬市では歯医者に通っていたがそのとき驚いたのは夫婦でしていた歯医者の夫が死んだということには驚いた。夫婦で歯医者をしているなど恵まれているなと思っていたからだ。
そこには何回も通っていたからそう思った。別に親しいわけでもなんでもない、相手も何も自分のことを知らない、そこで思ったことは人間は本当に恵まれたと思ってもいつまでも恵まれるということもないということなのだ。その夫はわからないが50代だったのか若いが癌で死んだらしい。
相馬市にはなぜ二週間相馬総合病院に入院していたから病院通いで行っていたのである。
二年間以上通っていたのである。

知り合いの女性が小さな畑を作っている。白菜を植えたというが実るのは三カ月後だという。ええ、三カ月後なのか長いなと思った。なぜそう思ったのだろうか?
スーパーに行けばいつでも野菜はあるじゃないかということでそう思った。
そんなに三カ月でも待つ必要はない、金を出せばいつでも食料は手に入ると思っているからだ。
この白菜が三カ月でやっととれて食べられるのかということである。
それだけでも食料は食べるまでになるのには手間がかかるのだ。
ただ買うだけの人はそういうことが全く実感としてわからなくなっている。
田舎に住んでいても農業に関係しない人は同じなのである。
自分もそんなことを感じたことはなかった。そこが失敗だったと思う。
まず田舎に住むなら農業を片手間でもいいからしてみることが必須である。
そうでない限り都会人と同じになってしまうからである。

でも実際はその畑はほとんどとるにしてもずかである。いまだにキュウリ一本とかしかもらえない、ただその小さな畑をする苦労だけが語られている。
キュウリを虫に食われた、ネズミに食われた、モグラに食われた、肥料に苗に金かかったとかそこから得るものはただそうした苦労話だけだった。
その女性もいつも腰痛いとかそんな話であり老人はつくづくもう農業さえできないのかと思った。
そこは小学校か中学校の試験用の畑みたいなのである。収穫はほとんどない。
ただ金場それなりにかかっているから収益はない、むしろ金をかけたぶん損になっている。
だから学校の実験の畑と同じである。
ただ農業はそれだけ手間がかかるものなのである。

相馬市の道の駅には今日も暇な老人がたむしていた。あのように時間をつぶしているのも高齢化社会の風景である。ともかく今日は本当に秋の夕暮れになっていたのである。



タグ:秋の夕暮

2014年09月22日

スコットランドの独立運動はなぜ起きた (東京一極集中と同じ問題が・・文化の破壊問題もあった)


スコットランドの独立運動はなぜ起きた


(東京一極集中と同じ問題が・・文化の破壊問題もあった)



3世紀にスコットランドにノルウェーのバイキングが侵入し、アレクサンダー王の城を取り囲んでしまいました。夜襲で城の堀を渡るためにバイキングたちが裸足になったところ、堀は干上がっていてアザミが一面に生えていました。そのため、兵隊は足を刺されて思わず悲鳴をあげ、来襲に気づかれ撃退されたというわけです。
それ以来、「国を救ったアザミ」がこの国の国花をはじめ、標章、貨幣に使われるようになりました。なお、このアザミはアザミ属(Cirsim)とは別属で英名でScottish Thistle(スコットランドのアザミ)と呼ばれ、オオヒレアザミという説が有力です。茎にはひれがあり、総苞も大きく、アザミよりはるかにするどい刺があります。


日本はイギリスと同じ道を辿っている。 
イギリスは、過剰な一極集中都市ロンドンを抱え、過剰都市により出生率が低下し移民を実行、 
そしてロンドン五輪を行った。今やロンドンの白人の数は5割を切っている。 
ロンドンにヒトモノカネそして誇りを奪われたスコットランドで今、独立選挙中だ。 

日本も全く同じ愚かな道を辿っている。 
東京の過剰な一極集中。過剰消費都市により出生率の低下、東京はロンドンよりも酷い出生率1.0だ。 
そして移民政策の審議。さらに東京五輪も行われる。そして・・・ 

関西とか九州とか、西日本の衰退が凄いよな 
年間30万人が東日本に流出してる 
願望とは逆に震災でますます西日本が衰退した 
本当に何もない 

やたらでかいスーパーやドラッグストア、ホームセンター、あとはパチンコ 
交通網もしょぼいから酒飲むにも車で行って帰りは代行 
思った以上に金がかかるしクッソつまらない 
若い時東京で暮らした人が年取ってあんな寂れた場所に引っ込んだらボケるわw 



スコットランドは歴史がある。前にも書いたけど東北の歴史とダブルのを感じる。
スコットランドは広く見ればヨーロッパの辺境の辺境だった。ローマの侵攻をはばんだハドリヌアスの城壁が残ったのもそのためである。
さすがのローマ帝国もスコットランドまで侵攻できなかったのだからそういう歴史があることがまた今回の独立運動につながった。
「あざみ」が国の花になっているのも何かその土地柄にあっている。ブリテンは薔薇になっているからだ。

蝦夷はスコッティシュとだぶるものがある。違うのはスコットランドはあの辺境にあっても孤立していない、フランスとかとも通じていてブリテンに対抗した。
ノルーウェーからバイキングの進入があってもそこで融合して独自の文化圏を形成した。
もともとケルト民族が追われたということは東北の蝦夷が日本の原住民だとしてにている。
蝦夷は縄文人ともつながるものであり渡来人が弥生文化を稲作文化をもたらして東の縄文人にの土地に侵攻したのが大和王権の蝦夷征服だったともされる。
ケルト文化の文様と縄文人の土器の文様がにているのも不思議である。

そもそもヨーロッパの歴史は複雑である。ヨーロッパがなぜ繁栄しかとなるとヨーロッパは世界の文化を融合した場所だったのである。それはユダヤ教から発したキリスト教もそうだしギリシャもイスラムの文化も融合したのである。それはスペインの歴史がそうなった。
ルネサンスが起きたのはイスラム文化も取り入れてロ-マの文化も基礎にしてあれだけの壮大なものが生まれた。ヨーロッパの強みはそうした文明の融合と歴史の蓄積の結果なのである。
ヨーロッパは一つの文明の統合生と一方で多様性があり文化を育んだ。何かわからないけどベルギー人はベルギー人だというときそうでありスコッティシュはスコティシュだとこだわるのがヨーロッパの伝統なのである。だから文化的にも歴史があるからスコットランドが独立しようとした。

ただその現代的背景はグローバル化経済で世界的共通なものとしてあった。
ロンドン一極集中でありロンドンにあらゆるものか集まるという弊害をがあり地方の衰退が起きたことであった。それが北海油田で経済的に自立する要因が生まれた。
これは日本の東京一極集中問題と同じである。
スコットランドはその地方でありロンドンに富か吸い取られるという問題は日本とも世界でも同じ共通の問題として現れた。
つまり第一次産業が主力の経済は土地に根ざしているから大都会の一極集中にはならない。
現代の経済は大都会に一極集中化しやすいのである。

そうした弊害かグローバル化で全世界に及んでいるのである。
つまりスコットランドの独立問題はスコットラントだけのも問題ではなかった。
それは経済的にも文化的にもそうである。
そしてスコットランドに核兵器の施設があるというのも反対の理由だった。
それはフクシマの原発事故ともにていたのである。
フクシマでは東京に原発をおしつけられて住めなくなるまでになったのである。
もちろん地元で積極的に誘致したということもあるが結果として人が住めなくなった。
そのとき地元の文化も失われた。スコットランドにはキルトとか多様な文化があった。
それはスコットランドが独立しているとき育まれやすい。
薊が国の花になったようにその土地と一体化した文化が育まれてきたのである。
そのことは日本でも世界でも言えることである。

日本だって江戸時代はそれぞれの土地に根付いた文化をつくりだしてきた。だから江戸時代は多様な文化だった、それが明治維新になり共通語として標準語を教えるようになったとき文化の多様性も失われた。グローバル化した結果に今度は日本語を英語に変えろとか真面目に議論されているのだから同じことがくりかえされている。
経済合理性とか科学から見るとそれは共通の要素を追求しているから一様化しやすいのである。その土地土地の風土をどうだこうだとなれば文化を基にすれば一様化はできないのである。
地方でそれぞれ特色があるときその土地の価値が生まれる。みんな東京のようになれば地方の価値はただ経済的合理性からのみ計られて切り捨てられる。
そういことばかりで地方は見られ切り捨てた方がいいと東京からはみる。
スコットランド独立問題は何か遠い国でも現代的な世界的な共通の問題として起きたのである。

大都会一極集中へのレジスタンス
独自の文化をばぐくむ歴史的伝統への回帰
土地とのアイディンティの回復

大都会一極集中とかグローバル経済とは別なものを目指す運動である。
文化的には一様化する世界はつまらないとなる。どこも同じじゃないかとなる。
だから世界を文化的面からしたら相当に衰退しているだろう。
日本でも文化の独自性をつくりだしたものは少ない、そういうものはやはりかえって江戸時代にあった。

自分としては石にアイディンティを見いだしてきたというときそれはその石はどこどこにある石であり抽象化された a stoneではなくthe stoneなのである。
石にしても無数の石がありそれらはみんな同じ石ではないのである。
だから浪江の高瀬川の近くにあった皺石と名付け石もあそこの場所にあって活きているがそこに行けなくなったのが悔しいのである。
高瀬川渓谷はこの辺では景勝地であった。上流にダムかないから自然のままだったのであり山水画の景観だったのである。飯館村もまた自然の中に隠された村てありそこに安らぎがあったのである。
そういうものを奪ったのは東京一極集中の結果であり原発事故だったのである。

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  浪江の皺石(詩)

(一つの石の存在感についての考察)



posted by 老鶯 at 13:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2014年09月23日

抽象画(秋の色の変化)


抽象画(秋の色の変化)



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秋薔薇

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実り

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海辺の秋

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抽象画の題材と名のは具象画である。これもみんなインターネットにあったのを色として分解したのである。色の組み合わせで無限の変化がありうるのが抽象画だとなってしまう。
つまりともかく抽象画でも色だけでも何かを人間は感じる
だから自然に接していてこれは草を表しているのかといえばその気分になって抽象画を見る、その人の感覚でどうみてももいいわけである。
ただ自分でもこの抽象画がなんなのだろうと解せないものが非常に多いのである。

まあ、なんとなく秋の色だなと思えてこれを出したのである。
作り方はまず原画を色に分解する、それは無数の変化になる。
ただ著作権違反にはならない、なぜなら全く原画が何かをイメージすること自体不可能だからである。
なんとなく原画とにないるなとなれば危ないが全くイメージすらできないとなると別の作品になっているのてある。

タグ:秋の色

2014年09月24日

実り(秋の俳句十句ー日立木の細道(続))



実り(秋の俳句十句ー日立木の細道(続))


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妙齢の婦人のよしや秋の蝶

前畑に鶏頭赤く朝日かな

大きなる家に介護や昼の虫

この道や光いとしむ秋薔薇

秋の山借景にして石の庭

この庭の石に面して秋陽没る

故郷の墓の前にし実りかな

安らかや実りを前に眠る人

この辺りプレハブあまた秋薊

松並木六万石の実りかな

日立木や家並淋しく秋柳

日立木は相の宿かな秋柳

秋柳夕日のさして農家かな

鴉二羽なじみ離れず秋陽没る

夕月に芒や二両の電車かな

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まちばばしというのもこの名前に注意している人もいないだろう
地名はなにしから意味があってなづけている
ここが日立木の町場だったというのも何かあったということである。



屋形の方からまた日立木の道の駅の方に行った。今日は秋晴れだった。
いい石の庭があった。あの庭の石はかなり価値がある。大きいし石自体が深山幽谷の石である。庭にはそれぞれ個性がある興味がでる。

最近この辺では米を作りはじめた。ただ試験用であり放射能で風評被害があり売れないし作りたくないという。米を作るとそのために補償金が出ないらしいからこれもおかしなことである。もう一つは米が今年も豊作で安くなっているのもある。
こうなると作る意欲もそがれる。前から農家はやる気なくしていたからだ。

ただ外から見ると墓地がありその前に実りがある。その時その墓に眠っている人も安らかだろうなと思う。やはり実りのあることは風景だけではないそれはすでに日本人の心と一体化したものだからそう感じるのである。だからこの辺で原野化した風景には安らぎがない。
確かに北海道のようになったという別なものを生み出したことはあるが実りのない風景は日本の風景ではない。
今回の津波原発事故では様々なことが問題になった。まず故郷に住めなくなるということが信じられないことだった。
ということは死に場所を求める年代になるとここで落ち着いて死にたいなという感覚になるのだ。それはまさに墓の前が実っているここで働いてきたのだからここに眠りたいとなる。それが奪われたことは相当な衝撃だろう。
だから農家の人は一番ショックを受けているだろう。
一億円もらってもやはり死が近くなる世代ではもう金よりそうした別なもの価値がでてくる。それが良い自分にあった死に場所もその一つなのである。
老人は故郷に帰りたいというのはそのためなのである。
それは若い人の心境とは相当に違っている。ここにも原発の避難区域になったことの大きな問題があったのである。

日立木は相の宿のようなものだった。相馬市の城のあるところからは近い、だから宿場はいらない、鹿島になると宿場が必要でありあった。松並木から日立木の町の細道は昔の街道の面影を一番残している。ただ他からきた人は何も感じないだろう。
地元でも感じている人は少ないだろう。最近発展した半鐘があったことでもわかる。

相宿とは合宿とも間の宿とも書き、宿場と宿場の中間にあって茶屋などもあり休息をする所です。仙台藩では泊は禁止されていました。「安永風土記」の産物の項を紹介しましょう。


人間は故郷でなくても長く住んでいればその土地となじんでくる。
それて鴉二羽がとまっている、物言わずとまっている、それは物言わずして深くなじんでいる。そこにも人間を見ているのである。
離れずに二羽がとまり故郷の山に秋の陽が沈んでゆくのを見守っている。
なじんだということはそれは人のことでもあるのだ。
だから原発事故や津波で故郷を離れることはそこに長くなじんだ人にとっては辛いのである。特に農家の人はそういう傾向が強くなるのである。

パソコンで写真を絵として楽しむことができる。パソコンは才能を補う役目を果たしている。写真の時代を作ったのもそのためでてある。全然絵を描く才能がなくても写真から絵に発展させられることである。
ただ写真にしてもつくづくいろんな角度からとるとまた違って見えるのだ。
だから写真の世界も奥深いなと思った。
旅したくらいではそうしていろんな角度からとれないからなかなかいい写真がとれないのである。
今回は半鐘に焦点をあてて写真をとったのである。





タグ:実り

2014年09月25日

秋風吹く三年半過ぎた津波原発の被災地(短歌十首)


秋風吹く三年半過ぎた津波原発の被災地(短歌十首)


葱畑働く人見ゆ仮設に住み三年半すぎ何思ふらむ

我が町の仮設に住みて隣の人や秋となるかな

小高にそ帰るものなれ久しくも家は荒れしも秋まためぐる

これよりは草に埋もれし線路かな遠くなりにき小高浪江かな

小高駅電車は来じや我が町と住み人あれや秋の日暮れぬ

浪江にそ空屋となれる農家かないつの日帰らむ秋風の吹く

飯館に久しく行かじ家々の何となるらむ秋風の吹く

津波跡移る季(とき)かな荒野にそ秋風吹きて波のしぶけり

津波にも残る神社や烏崎草に埋もれて秋風の吹く

津波にて死す人あわれいたましも月日はすぎて忘れられゆく

ここに住む人は誰なれ草埋もれ問うもあわれも秋風の吹く


数回の土寄せと追肥のおかげです。

葱は早く成長する、40日間である。野菜を作るにしてもどのくらいでできるかが問題になる。買っていると何かいつでもできているというふうに感覚になる。
農業をしていれば時間の感覚が違ってくる。すぐにはできないからである。
二十日大根の名も早くできるので重宝されたためだろう。
40日間だって長いと思う。そのままほうっておくわけでもないからだ。
水をやったり肥料をやったり土寄せというものもする。
多分小高の人だろう、土地を借りて葱を作っていた。土寄せしていたのだろう。
この辺で葱畑が増えたのは葱は作りやすいからだろう。

田舎ではまず農業のことを知らないと田舎を知ることはできない。
でも田舎に住んでいて農家でない人は知らないのである。
田舎といってもほとんどが会社員になっているからである。
稲の実りの風景かあるときこの辺でなくなったから何かそれが新鮮だった。
実りの風景は見慣れたものだったがなくなったときなんだったのだろうと考える
人間は家があれば家はあるものだと思っていた。それがなくなったとき家のことを思うようになる。あまりに当たり前にあるものは特別思うことはないのである。
たがらこの辺で起きたことはありえないことの連続だったのである。

第一すでに主に小高の人は仮設に住んで三年半すぎている、これは結構長いと思う。
さらにあと一年半とか五年の歳月は長い、この間にいろいろな身辺の変化があり心境の変化が起きてくる。だから小高に帰る人がどれくらいいるのか予想つかないというのもわかるのだ。なぜなら常に人間の身辺とか境遇とか人間関係とか財政状態とかいろいろなものが変化しているからだ。
特に若い人と年寄りの考え方の落差が大きいことが問題なのである。
老人は終の住処を死に場所を求めている。それはもともと先祖から住んだ故郷がふさわしいのが普通である。だからこそ年寄りはどこでも住んだところに帰りたいとなるのだ。
現実にチェルノブエリでも老人は故郷に帰り細々と野菜などを作り住んでいたのである。

小高は帰れれば帰れるから浪江とか飯館とは違っている。ただ何か帰りたくないという人も多くなっている。でもいつまでも仮設に留まることもできない、補償金をもらっているということで周囲かねたまれているし住みずらいとなる。
何かその人は66歳で原町に住居が提供されとか言っていた。5年くらいは補償金でためた金で暮らしあとは生活保護で暮らさすと言っていた。
家はあっても土地は自分のものでないからであり一人暮らしだからである。
生活保護で暮らすという老人は結構多いみたいだ。
小高の人は生活保護を受けやすい環境にあることは確かである。
小高で働けといってももう働けないとなる。

結局この辺は三年半すぎて何ら復興していない、また無情の秋風が吹いてくるだけである。
そもそも津波の跡にはもう家は建たない、原野化したままだから余計そうなる。
何か秋風が一層かえって身にしむような感覚になる。
松原があり実りの風景があったらそんなに感じない、荒涼とした原野なのだから秋風が一層身にしみるものとなる。
ただ津波の跡はいくら三年半すぎてもまだまだその跡は生々しく忘れられるものではない、
それだけ津波の被害は深い傷痕を人間に残したのである。

二万人近く死んだということは簡単に忘れられることではないのだ。
津波の被害の特徴は神戸とか戦争で死んだとかとも違っている。
死んだ場所が自然に帰り荒野化したということが違ってる。
神戸などはすでに震災の面影もなくなっているだろう。
津波の跡は原野化したのだけど何かそこには死んだ人の霊魂彷徨っている感じになるのだ。

だから3キロ離れて被害にあった人も海の方が怖いと言っている。
いったん津波の被害を経験すると海が近いなと離れていた人も思うのである。
もうその感覚からは生きている限りぬけられないだろう。
時分住んでいる場所でも一キロも離れていない場所に津波がきたことは本当に海が近いということを感じた、そもそも不思議なのはそうした津波の記憶がある人は海のあるところを干拓してまた田を作ったりはしない、でも伊達藩では慶長津波がきた場所を広く開拓したのである。これは今の感覚とは違っていたからそうなった。
どうしても米を作らねばならない事情があったのである。

小高駅電車は来じや我が町と住み人あれや秋の日暮れぬ

小高では理髪店が開業していて人が住んでいるみたいだ。
役所も開いているし何か飯館村とも違っている。
浪江には道路は通れても人が住んでいない
やはり人が住んだところには少数でも誰か済まないと
前にも書いたけど廃村となった集落のうように
そこには幽鬼がさまようような異様な空間になってしまうだろう。
少数でも人が住んでいればそこに明かりが灯れば
そこに人間的あたたかみが生まれる
ゴーストタウンやゴーストビレッジは不気味である。
それはまるで映画のようなのである。
コンパクトシティでもシルバータウンでもやはり人が住めば違ったものとなる。
 何かそこで救われた感じにもなるのだ。


タグ:秋風

2014年09月26日

母が国から百歳になる賞状と記念品もらう



母が国から百歳になる賞状と記念品もらう  

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この賞状は国から贈呈された。百歳になると市と県から10万もらえる。
でも来年2月が誕生日だからそこまで生きたらもらえる。
それまで死ぬということもありうる。
今のところトイレにも行っているしわずかでも自力で食べている。
だからぎりぎりで生きるのかもしれない
つくづく人間の寿命は99歳になってもいつまで生きるかわからない
つまり人間の寿命は神が決めているという感じにもなっているのだ
東大を出て柔道何段とか特別優秀な医者も40代で死んだとか
そういうことになぜなるのかわからない
人の寿命は本当にわからないのである。

時分の母親は細身であり体が弱かった。ただ学校を一日も休まなかったとか
製糸工場で十年働いた。真面目で働きづめの生涯だった。
どうして長生きしたのか?
食べ方を見ていると食べ物をゆっくり良くかんで食べている。
真面目に食べ物もよくかんで食べている。
趣味はなにもない、働くだけだった。
だから庭はいらないとか花にも何にも興味がない
ただ金をかせぐために働いた無味乾燥な一生だった。
そういう人生を歩んだ人が大正生まれとか戦前は多い。

結局母は不運だった。前の夫は事故で死んだのもそうだし嫁いできてもそこでいい待遇はなかった。子供のときは継母に育てられひどいめにあった。
いいときは幼い時は裕福でありその時だけだった。
大正生まれはそういう人が多い
苦労の連続であり楽しみがなかったのである。

ただ人間のわからないのは皮肉なの80までも仕事をしていたし90までも家事をしていたのでそれかボケにならない理由だったと思う。今はボケている。
93さいころまでは銀行のこともいろいろわかっていて普通だったのである。
趣味がなくてもボケないということがある。
仕事をもっていることそれか家事でもしているとボケる割合は少なくなる
そこで自分の家でも役割があり生きがいにもなるからだ。
家族の一人は退職して何もせずにいたらボケたのである。
だから人間はそんなに働かせられて不幸だということもあるがそうして90まで家事でもしていたからボケなかったというのもつくづく人間は何が幸不幸を決めるのかわからないということなのだ。
金が有り余ってもそれで強盗に入られて殺された人もいるし金持ちがみんな幸福ともならない。優秀な人間が幸福ともならない、優秀であっても事業に手を出して失敗した人もいる。

ただ言えることは人間はある程度忍耐を強いられる、犠牲を強いられる人がいる。
それに不満だからみんな今は耐えることがない、すぐに離婚して母子家庭になり貧困家庭になり子供に迷惑をかける。
大正生まれだとか戦前だと嫌でも忍耐したし強いられたのである。
現代はともかく格差社会ではあるが他人をうらやむことが多く平等を求める。
貧困になる原因が離婚にあるのは明確である。
なぜなら10万を二人でかせいでいれば20万になるが一人だと10万になるからやっていけないとなる。
知っている人は離婚してすぐに生活保護になりすでに十数年生活保護でありそれでもいつも文句を言っている。
その人は金がいくらあってもやりくりができない、だからその人に貧困になる原因もあった。
要するに人間の事情は様々であり生活保護でもみんなそうである。
だからすべてを一がいに同情はできない、ただ子供がかわいそうだとは言えるから援助している。

百歳もこれから増える一方である。ただこれがいいのかどうかもわからない
むしろ生まれた人に一人百万くらいやれば少子化対策になる。
だから百歳だったら昔はもうありえないという年齢だから奇跡的だったともなる
今はその価値か下落しているのてある。
ただ百歳を生きる社会というのがどうなるのか?
個々人でももし普通に百歳を生きるボケないで生きることの意味はどうなるのか?
高齢化社会とは今でありえないことを経験する時代でもある。
とにかくこれから百歳もめずらしくならない時代に突入していることは確かなのである。

タグ:百歳

2014年09月27日

神戸の長田は地震で大火事、南相馬市は津波 (神戸の小1殺人事件、南相馬市は小学五年の自殺) そういう危険を自ら体験したしもはや田舎も都会も差がない時代だとつくづく思った。


神戸の長田は地震で大火事、南相馬市は津波

(神戸の小1殺人事件、南相馬市は小学五年の自殺)


先ず、袋小路は、静かで住環境は良いですね。又我が家の住人以外自宅の前を通る人はいません。知らない人が入って来たら怪しいと思います。

一方、通りに面しているところは足音や、車の往来の騒音が気になりました。人通りもあるので、どのような素性の人が歩いているのか判りません。防犯面は袋小路の方が有利だと思います。


神戸の長田地区の事件の起こった写真見たら家がこみあって袋小路になっていた。あういう風景は別に田舎ではめずらしくないだろう。神戸は平坦な土地が少ないから家で混み合っている。急な坂道もあった。あの風景を見ただけでなんか窮屈な感じになった。
日本は土地が狭いから袋小路が多い、通りより袋小路が安全だというのは外から来るものに対してはそうである。
ただ人間は一番怖いものは内部に地域でもそこに住むようになる人が実は一番怖いのである。家庭に入ってくる人もまた一番怖い。

これも都会だから地域に素性の知らない人が入ってきた。何か日頃から異様な行動をしていた。それで警察まで来ていた。しかしいったん住むようになったらその地域から追放することはできない。その人は知的障害者だというとき、かえって差別だとか今は異常にうるさい、障害者はある面特権階級にすらなっている。
その人はまず都会だから地域になじんでいない、知的障害者でも親がいてその地域になじんで暮らしている人はいる。田舎ではそういう人が多い。
神戸のような大都会だとそういう障害者も移動していることが多いからある地域になじむことができないのかもしれない、そういう人を受け入れるにも人間は必ず時間が必要になる。何でもすぐに人は親しくもなれないし関係を深めることはできない。

ただ現代は都会と田舎の差がなくなっている。東京で小学生が5年生だったか二人自殺した。そのすぐあとに南相馬市で小学5年生の女の子が自殺した。これも驚いた。
まず小学生が自殺することはほとんど聞かなかった。最近は起きているのも社会が相当に
劣化しているのだろう。
田舎でも本当に都会と変わりない、田舎は素朴で人のつながりがありあたたかいというのは昔のことである。
今は広域社会になったとき、金に頼る生活であり近隣とのつながりも希薄になっている。
毎日なぜこんなに買わなければ暮らせないのかと自分でも思う。
それだけ贅沢しなくても買う生活になると金が必要になり金に頼る生活になる。
金に頼る生活はかえって人と人は協力しなくなる。金さえあればいいとなる。
だからこの辺では仮設に暮らす人と補償金でもめて何ら協力しないし敵対さえしている。

最近の事件でもここでとりあげたのでも会津でも信じられない凄惨な事件が起きた。
母親を惨殺するとか起きた。会津というと何かまだ素朴な感じをしていたがそうではない、
それから会津では外部から入ってきた人によるこれまた凄惨な殺人が起きた。
それは神戸とはまた違っていて田舎の地域社会に受け入れられないことから起きたようだ。
金を貸せと入ってきた家で起きた。金に窮している人も怖い。それはどこにでもある。
金に窮すれば誰でも犯罪者になりうる。悪人も善人もない、金に窮して明日食べるものがないとなれば追い詰められるからそうなる。
そういう立場に追い詰められたらだれでもなる。
だから借金している人は追い詰められるから犯罪者になりすい。
相手のことを考慮する余裕などない、ただ金になればいいとだけなってしまう。
会津の美里夫婦強殺事件も金に追い詰められていたのである。
田舎に素性の知らないものが入り事件が起きた。
ただ田舎にそうした人を拒否するから簡単には入れない
そのことでかえって恨まれて殺人事件になった。

金を借りに来る人間もまた怖い、貸さないからと殺人になることもある。
その人は金がなくて追い詰められているから殺人にもなる。
こいつは何で金あるのに金を貸さないのだとなる。
他でも金貸せと言ってきた人に貸さないことで殺された人がいる。
だからこういう人とかかわるときは慎重になる必要がある
10万貸せとと言ったら一万やるとかなんか非情にだけすると危険になる。
特に田舎の人間関係では金もっているだけで金を分けろと平気でなっているのだ。
田舎では金持ちは金持ちでいられない、都会だったらとんでもない金持ちも住めるが田舎では住めない、金もっていれば分けろとなるのだ。
田舎ではうまく生活するのにはどうしても平等性が追求されるからその点を考慮しないといけない。


この二つの事件は何か共通性がある。会津の美里の殺人事件は外部から入ってきた人が地域に拒否されて事件が起きた。神戸の事件は簡単に移り住んだ人が事件を起こした。
一方は拒否して一方は簡単に移ってきても受け入れるから拒否できないから起きた。
田舎と都会の差があったのだか別に幼児殺害は田舎でも起きていた。
それは都会だけの問題ではなく広域社会でもどこでも起こりうるようになった。
田舎と都会の差がなくなっているのが現実なのである。
南相馬市の小学生の自殺も原因はわからないがやはり田舎ではむごいいじめなどないとなるが今やどこでもいじめは全国共通なのである。
それだけ大人社会がいじめを生む要因を作っている。地域でもつながりが薄くなっている。
丸森出身の女性の殺人事件もこれも凶悪だったが丸森は相当な田舎なのである。
だから凶悪犯も田舎からでる時代なのである。
田舎も凶悪犯罪は常に起きている、起きやすくなっているのだ。
金の社会になれば金にからむことがら事件が起きやすいのである。

そもそも現代の社会が複雑化して袋小路化している迷路化している。そこで犯罪の温床にもなる。都会では隣に誰が住んでいるかもわからない、田舎でも農家以外は小さな町でもそうなりやすい、人と人の関係が見えずに金さえあれば暮らせるという社会なのである。
だから金がなくなるともう何もできないとまでなる社会である。
おにぎり食べたいと死んだ人がいたけど昔ならそのくらいくれただろう。
今は金がないとそうなってしまうのである。
ともかく都会はもともと犯罪の温床になりやすいけど田舎だって今は広域社会で金中心の社会であり凶悪な事件が起きる。
そして現代に犯罪が増えるのは格差社会も関係している。貧乏の人は極端に貧乏であり金持ちは金持ちだとなると反感が大きくなる。金持ちからは盗んでいいんだという社会になる。それを容認さえされるから怖い。高度成長期のように中産階級が増えた時代はみんなが豊かになるということでそういうことはなかった。子供まで満足に食べられないとなるとその格差が犯罪に結びつきやすいのである。

世界的にもグローバル経済になると貧乏国の不満が大きくなる。
なぜ先進国だけが豊かになり後進国は貧乏なのだと知るからである。
それで豊かな国の欧米に不満が高まりイスラム国のような不満分子がテロになる。
不思議なのは欧米の若者が参加していることである。
それも格差社会で欧米でも貧乏なものは貧乏になり職もないとか国内でも格差社会になっているからである。一種のマルクスの言う世界的新しい階級闘争になっているのかもしれない。
ともかく自分もアメリカに投資していると得している。アメリカにドルが世界の貨幣であるようにアメリカに富が集中するようにグローバル経済はなっている。
まだ中国があれだけ台頭してもまだまだアメリカ中心の世界なのである。
だから貧乏なの国は人はアメリカに反発するのである。
それは別に宗教とは関係ない、宗教は別な次元の問題である。

そしてこういうふうにモラルが荒廃すると何が起きるのか?
神戸の長田では地震で火事があり大被害があった所だった。あの時アナウサーが燃えた熱い骨を手にしていたときはショックだった。そこが長田だったのである。
そして南相馬市でも津波の前にも凶悪な犯罪があり自分も被害者だった。
そのあとにも小学生が自殺した。
だから何か自然もそういう人間のモラルの荒廃に起こり災害が起こしたのだとというのもあながち否定できない、そういう異常な犯罪がモラルの荒廃が今回のような大きな災害をもたらしたのかもしれないともなる。
神戸と南相馬市が何かそういうことで共通しているのかもしれない。
昨日も二回つづけて地震が起きたから何か自然の怒りが治まっていないような恐怖を感じるのである。


福島会津母親殺害事件

福島会津美里夫婦強殺事件

丸森の女性がインタ-ネットで知り合った68才の男性を殺害

南相馬市小学五年生女子自殺

会津美里でも会津の奥であり田舎である。丸森も田舎である。ただ丸森は仙台に通勤している人も多いだろう。でも丸森は森の深い田舎のなのである。
これは高齢者が餌食になったがこうした事件はどこでも増えるだろう。
南相馬市は原町は5万くらいの市であり今は一万くらい減っている。
原因は何なのか不明である。
ただ小学生が田舎で自殺するというのは聞いたことないし異常である。
他でも起きているから田舎と都会の差は犯罪ではないのである。
ともかく田舎でも凶悪の事件が起きている。
そういう危険を自ら体験したしもはや田舎も都会も差がない時代だとつくづく思った。

タグ:神戸殺人
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