2014年08月28日

初秋故郷をめぐる語(川子の森から草原へ) (故郷と年とともに一体化してゆく人間ー老人は長く生きた土地を離れにくい)  


初秋故郷をめぐる語(川子の森から草原へ)


(故郷と年とともに一体化してゆく人間ー老人は長く生きた土地を離れにくい)

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故郷の奥を訪ねて秋の蝉
白髪も濃くもなりなむ芒生ゆ
四十雀鳴く声ひびき糸薄
草原や数羽休みぬ秋の蝶

菊畑白と黄色に映えにつつ塀長き家のありしも夕ぐれぬかも
故郷に老いゆくもののあわれかなともにしあれやまた秋の来ぬ
故郷に秋雨しととふりにけり何を語るや盆の後かな
四十雀群れて鳴きつつ飛び移る薄の生えこの森親し
川子なる八竜神社の古きかな秋の蝉の音夕べひびきぬ
白々と今日も木槿の咲きにけり素朴なる女なお田舎に住む
心よす一つの石に樹年古りて深く思ふやあわれ深まる

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今年は秋が早いのだろう。曇りの日がつづく、天候不順で農家の人は困るという、
日が照らないと野菜も育たないからである。
ただ野菜を買う人は高くなったと文句を言うだけである。
涼しくなったから過ごしやすいと言うとやはり日も照ってもらわないと暑くならないと困るという感覚は実際野菜を作っている人の感覚なのである。
それは風流とはまた違っている。

最近故郷が何かとかこの辺で問われる。故郷に住めないのだから当然である。故郷がなくなるなど思った人は一人もいないだろう。だから原発事故は想像を絶するものだったのである。特に都会の方に避難した人は特に感じているだろう。
回りに田んぼとか畑とか自然があればそれほど故郷を思わないかもしれない。
啄木の悲劇は東京に住んで死んだからである。

いづれにしろ自分もだんだん年とり白髪も増えてきた。もう結構な年なのである。
昔だったら十分に老人である。ただ今の時代は何か高齢化社会で年をとらないという感覚になっているから違うのである。まず体力がそれほど衰えないと老化をまだそんなに感じない。ところが病気になったらそれせ重い病気になったら塗炭に急激に老けることがある老いはそういとき急激にやってくる。
こんなに動乱を経験するとまた急激に老いたり病気になったり自殺したりとその衝撃が大きいから老いる、老人は変化に弱いのである。

人間はある一定の場所でなじんで老いてゆくのが普通である。旅人なら違うが普通は故郷とは長く住んだ場所である。だから十年とか二十年とか住むとそこが故郷になる。
別に生れたところが故郷ではないのだ。
その回りの人とか自然とかになじんだところが故郷なのである。

秋の蝉というのがまた故郷にふさわしい。しんみりと朝に夕に秋の蝉の声を聞いている。この時、騒音があるとその声も聞こえなくなる。静けさや岩にしみいる蝉の声ー芭蕉である。これは夏だが秋の蝉は何か田舎に合っている。しんみりとひびくからである。

菊畑が竹がありあの家の塀は長いなと感じる。田舎ではあのように広い庭をもっている家がある。家の中に畑がある家もある。その長い塀が何か悠長なものを感じる。
そういう広い家に住めるのが田舎だったのである。
だから避難区域となりそういう家に住んでいた人は失ったものが大きいとなる。
一方で転勤で二三年とか借家住まいだったら補償金をもらった人はかなり得したことになる。だから避難した人でもそこに住んでいる人の感じ方はいろいろなのである。

川子の高台の森の道は気持ちいい、あそこは廃棄物の埋め立て地であり鉄道も下を通っているから森としても深い森ではない、でも何か森を感じるから親しいものとなった。
電動自転車だとあの坂を上れるから通っている。前は通っていなかったのである。
あそこの八竜神社は新しいと思った。なぜなら地域の消防の屯所になっていたからであるあの神社は慶長津波の前からあったのだ。慶長津波の前からあった神社は多い。
だから神社が意外古いから何かを伝えていた。
古いものは何かを謂われがあり後世に伝えるものがあり残っている。

ただそれが現代になるとそれが何を意味しているのかわからなくなった。
ただ今回の津波でなぜ津波からまねがれた神社が多いのかということで話題になったのである。それは古いから津波の来ない場所に建っていたためである。
烏崎村の八竜神社は津波からすれすれで残ったことは奇跡的だったろう。
あの神社は川子のよりは新しい、そういうふうには見えなかった。
神社は別に信仰の場所ではなく何か過去を伝えるものとしてある。
地名でも広島の蛇落地悪谷が話題になったようにである。
そこの伝説で竜の首を武士が切ったというのは土砂崩れを防ぐことに由来している。
竜は暴れる、蛇もそうである。そうした災いをもたらすものとして伝説化したのである。
六号線の塩崎にゆくところの草原化した所に蝶がとまっていた。これはうまく写真がとれた。鳥でも蝶でも動いているのをとるのはむずかしい。
森でとったのは四十雀である。これも動いているからとるのはむずかしかった。
蝶も草原化しているから前とは違っている。蝶は草原に向いている。
そもそも草原に向いている生物も昆虫もいるだろう。ネズミなどはモンゴルで増えて困るように原野化すると住みやすくなり増えるのである。

ともかく人間は歳月と共に老いてその土地と一体化してついにその土地の老木のようになり故郷の土に還るのが生物であるから自然だとなる。
その土地が奪われて住めなくなったことは辛いと思う。
百才まで生きるとなるとそうなるだろう。
ただ百才まで生きて別にその土地の自然を意識しないで死んでゆくものもある。
農家の人は否応なく自然を風流はなくても意識させられる
でも田舎でもみんな今は農家ではない、会社員だからそういう感覚もない人も住んでいるそれが多数だともなる。
だから別に原野化して田んぼがなくても生活できている不思議なのである。
外からいくらでも入ってくるから社会だからではあるがそれよりも農業でみんな生活していたわけではないからそうなっている。
ただ故郷という時どうしても自然と一体となって暮らす農家の人が感じるものかもしれない。
先祖代々の土地があり家があるから故郷に帰りたいと老人が言っているからだ。
マンションとか土地をもたない都会の人との感覚とはそこが相当に違っている。
都会の人はやはり異常な感覚であり田舎の人の感覚は自然に則した本来あるべき感覚である。
高層ビルになじみそこに土になるといっても土すらないのが都会だからである。  

抽象画は見る目が必要(秋の色(2))



抽象画は見る目が必要(秋の色(2))

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冬の海

抽象画は一見みて何かわからない、一体これは何を現しているんだろうと必ずなる。
それで必ずやはり何かこの世にある自然界のものをイメージするのである。
花であれ山であれ石であれ海であれ川であれ水であれ土であれイメージする

そもそも抽象画の基本は色なのである。色からイメージされるからそこに具象画の形としてなくてもイメージされる。茶色だと岩だとか土をイメージする。
青だと主に水になり空などにもなる。赤だと太陽だとか火だとかイメージする。
つまり抽象画が形ではなく色からイメージされるのだからただ一つの色だけをぬって
それが抽象画だとしているのもあるのはそのためである。

だから抽象画は見る眼が必要になってくる。その人がどういうふうに見るかが鑑賞力が具象画より必要になるのだ。要するにそそも芸術は見ること自体が評価すること自体むずかしいものだった。それはその人の感性によるからである。
特に抽象画がその人の見る眼が試される、何も感じないものは全く評価できないだろう。これ何なの?ただ絵の具をぬりたくっただけじゃないかとなる。
こんなこと子供にでもできるじゃないかとなる

秋の色と題をつけたとき、ここから秋を感じるセンスがないと何も感じないだろう。
だから抽象画は日本では俳句の季語を感じるのとも通じている。
つまり日本的な抽象画があるのかもしれない、外国の抽象画とはまた違ったものが生れる日本人の感性がやはり抽象画にも反映されるかもしれない。

いづれにしろ抽象画が具象画と違い一つの作品が必ず変化させて延々と作られてゆく、
一つの作品は一つの過程として提示されているのが具象画とは違っている。
それは完成品ではないのだ。抽象画A⇒抽象画B⇒抽象画C⇒・・・・となって無限に変化してゆくのが抽象画である。
でも元の抽象画とはわからなくなるから著作権違反にならないともなる。
ただ変化させたものから原画が推測できるようだと違反になるだろう。
ソフトで変化させたとき元の絵はわからなくなる。
抽象画がそういうアート(技術)、パソコンの技術から生れた芸術だからそうなる。


一つの例として前にだした「無題」を説明するとこれが冬の海とした。
紺青は深い海の色であり冬の海である。
白は雪なのである。なぜなら自分はいつも太平洋を見ていて雪景色になったときの太平洋を見ているからである。
そういう感覚はやはり日頃日常的に自然に接しているとつちかえる。
都会ではいつも高層ビルばかり見ていたらそういう自然の感覚は養えない
だからこの抽象画を見ても何も感じないとなるのだ。


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