2014年08月27日

広島で土砂崩れが起きた場所、昔は蛇落地悪谷 (地名は先人が残したメッセージー原発事故とも同じ原因が)


広島で土砂崩れが起きた場所、昔は蛇落地悪谷


(地名は先人が残したメッセージー原発事故とも同じ原因が)


●地名の解釈は誤解が多い
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一帯は「蛇落地悪谷」(じゃらくじあしだに)とよばれていたという。
平野孝太郎さん(71)は「昔は蛇が降るような水害が多かったので、悪い谷・悪谷と名がついたそうです。八木蛇落地悪谷が八木上楽地芦谷と改名され、さらにいまは八木だけが残ったようです」という。名前が変わるうちに「土砂崩れ」の教訓も忘れ去られたらしい。
130年つづく浄楽寺の住職によると、竜がいて、その首をはねたところから「蛇落地」とついたという。「竜は水の神で、水害を収めたということかもしれません。記録にはないが、語り継がれてきました」

昔、阿武山の中腹に何千年も生きている大蛇が住んでいて、人里におりてきては人々に害を与えていました。
八木城主香川光景が大蛇退治を呼びかけたところ、香川八将の中で最年少の香川勝雄が志願しました。
天文元年(1532年)2月27 日、一人で馬に乗り阿武山の中迫というところまで登ると、
びょうぶを立てたような岩があり、大木に頭をのせていた大蛇がいました。
大蛇が勝雄を飲み込もうと飛びかかってきたとき、勝雄の抜いた太刀が大蛇の首をはねました。
切られた大蛇の首が落ち、流れ出た血が川のようで、ついには沼ができて深く沈んでいったということです。
ここが蛇王池と呼ばれ、供養塔が建てられたという言い伝えがあります。
http://www.city.hiroshima.lg.jp/www/contents/0000000000000/1210835372358/

八木は本当は八岐だったのでは?
本来は
八岐蛇落地悪谷?
八岐大蛇 = ヤマタノオロチ
ヤマタノオロチは川の氾濫を表しているという説がある

 蛇抜(じゃぬけ)の地名は、長野、岐阜、富山、長崎など各地にあり、水害の歴史と深く結びついています。笹本正治(ささもとしょうじ、歴史学者、信州大副学長、1951〜)によると、かって蛇抜で多くの犠牲者が出た与川のある木曽地域では、花こう岩の白い地質があり、川を曲がりくねりながら抜けていく土砂は、白い大蛇に見えてもおかしくなく、ここから土石流を蛇抜と呼ぶようになったと推測されます。


青森県東津軽郡平内町松野木蛇喰
# 青森県上北郡七戸町蛇喰
# 秋田県南秋田郡五城目町馬場目字蛇喰
# 秋田県由利本荘市松本字蛇喰
# 秋田県雄勝郡羽後町蛇喰
# 山形県鶴岡市越沢字蛇喰
# 福島県大沼郡会津美里町蛇喰川向
# 福島県双葉郡双葉町松倉蛇喰
# 新潟県岩船郡関川村大字蛇喰
# 富山県南砺市蛇喰
# 京都府相楽郡精華町乾谷蛇喰

福島県 喜多方市  蛇崩山  じゃくずれやま


今年の干支は巳。市内で「蛇」のつく地名の由来を調べた。
 現在の北矢名の一部に、「蛇久保」という字名(あざめい)が残っている。確認できた最古の記録では1835年の北矢名周辺の地図に「蛇クボ」という表記がある。
 地名の由来は、「砂利窪(じゃりくぼ)」が変化したとの説もあるが、「ヘビのように曲がりくねった窪地の地形を表したものが有力」と市史資料室の担当者は説明する。
http://www.townnews.co.jp/0610/i/2013/01/01/171476.html

地名に「沢・川・池・谷……」が付く土地は買ってはいけない?

戦後に日本中の山が杉林だらけにされたせいだろ
杉は成長が早く、戦後の復興による木材不足解消にもってこいだったが
ブナやナラなどの広葉樹と違って土壌保持力が低いから土砂災害が置きやすくなる
最近は林業が廃れた影響で山林の管理もされなくなって荒れ放題だから
さらに災害が置きやすくなってるんじゃないの

●地名はたいがい漢字の当て字である

「蛇落地悪谷」(じゃらくじあしだに)というときこの蛇がヘビと関係あるかどうかわかりにくい。(じゃらくじあしだに)と呼ばれていたのに漢字をあてた。
ではジャに蛇をあてたがそのジャが蛇なのかどうかわかりにくい。
喜多方に蛇崩山(じゃくずれ)とあってもその蛇は蛇ではなく、ジャは砂利(じゃり)のジャかもしれない、だから地名はいろいろ解釈され誤解が大きくなる。
北海道の地名はアイヌの音の地名に漢字をあてたからあのようにおかしな地名が続出したそして人間は漢字の訴えるものが視覚的であり絵画的であるから漢字を絵としてみるから漢字のイメージとして地名をみる。蛇とでていれば蛇しかイメージできなくなる。
そのために地名には誤解が多くなる。地名伝説にしても実はその漢字を当てたことによりその漢字から伝説を作り出しているのであり伝説がもともとあったのではない、地名にあわせて伝説を作っているのも多いのである。


この辺の新地の鹿狼山(がろう)があるがこれも漢字をあてたのである。
ガロウとは音が大事であり石がゴロゴロしているとか鹿とか狼は何の関係もないのであるだからはたしてこの蛇が蛇かどうかわからない、ただ砂利が落ちてくる地で悪(あし)は葦である。砂利が落ちてくるということは崩壊地名なのである。
蛇喰(じゃばみ)も蛇と関係なくジャはジャリなのだろう。何かに食われたようになっているジャリをとった土地なのか崩壊地名なのだろう。そういう地肌がむきだしになっているような山がそちこちにある。
蛇抜けとなるとこれは蛇が関係している。土砂が流れたような地形は蛇がぬけるような地形になっている。

八木というのも八木沢峠があるようにあそこも急峻な峠だから崖崩れが起きるような地形でにている。ともかく「蛇落地悪谷」(じゃらくじあしだに)と先人が漢字でもあてたのはよほどそこを忌み嫌うものがあった。住みたくない所だったことは確かである。
それがいつしか忘れられてしまった。
地名を変えることはその土地の成り立ちなどが不明になる。
石巻線で欠山(かけやま)が佳山となったのもそうである。欠けた山があったのだが縁起が悪いとかなり名前を変えた。ここも名前を変えて前の土地の状態がわからなくなった。
昔からあったものを変えることはその土地の成り立ちが不明にする。
原発事故で原発のある所の地名が古代から標葉(しねは)郷となっていてそれが禁断の地だったということも言われた。だから何か地名に先人からのメッセージがこめられている。それは危険情報でもあ場合がある。

ただ地名の解釈は後世の人にも勝手に解釈されてきたのである。
小名浜(おなはま)や女川のオナが男浪(おなみ)であると学者が言っても小名浜はオナハといわれていた。それは相馬藩の文禄の文献に出ていた。
小名浜(おなはま)のもともとの地名はオナハではありナハがもともとの地名である。なぜなら沖縄に那覇(なは)があり小那覇(おなは)という地名があるだ。
オ・ナハでありオは(小)であり接頭語がなのである。
だから男波(おなみ)に由来していないのである。
ただ津波があったので押しつけたのである。津波に由来する地名は本当にあるのかどうかまれである。

●津波や原発事故と同じ構図が広島の土砂災害にもあった

広島の土砂災害がなぜ起きたのか?それはこの辺で起きた津波原発事故とその原因が通じるものがあった。
無理な宅地造成が行われた。それは行政にとっても市にとっても金になるし市の発展として推進された。不動産でも高く売るためにその危険性が隠されたのである。
市議会でもそうした危険を言うことはない、なぜなら議員にも資金が援助されたりする場合があるし利益になることが多いからそうなる。
つまり危険だと指摘しても誰も得しないのである。
誰も得しないことは誰も味方にならないということである。
その人は回りから排除されて何もいいことはないとなる。
原発でもそうだった、反対する人はその土地に住むことすらできないようになっていた。それは仙台の海の方に宅地造成した不動産屋が津波のことを警告したら土地の価値が下がるから言うなと脅迫されたのとにているのである。
利益第一主義になり必ずそこに危険は無視される。
東電の清水社長はコストカッターとしてのしあがった。だから本当は土盛ってわざわざ高くして建てる予定だったのに不便だからと削りとったのである。
それが大事故につながっていたのである。

なぜ様々な危険が無視されてゆくのか?そこにはやはり利益が利権がからんでくるためだろう。必ず何か問題が起きるとそこには大きな利権利益がありそれで危険は無視される。原発でも何度も危険は指摘されたが権力側では利益にならないから隠したり無視することができた。地元の人でも利益があるから推進させる。
広島でもその土地を高く買って価値があると思ったから住んだ。危険を知らされていないということもあったが自ら調べることもしなかったろう。
常に安全より利益利権が第一になって危険は無視される構図は同じである。
韓国のフェリー沈没事故もそうだった。荷物を過重にのせていたり無理な改造をして危険になっていても利益のために無視された。その利益は政治家とかまで回っていたとかなる危険が無視されるのはそうした同じ構図があって起きる。

相馬藩でなぜ四〇〇年前の慶長津波のことが七〇〇人溺死と一行しか記されていないのかも同じ構図だったかもしれない、為政者側でその被害を隠したいためだっかもしれない、津波の被害を公にすることは為政者にとって都合が悪いことが戦国時代でありあったのかもしれない、弱体とみられと攻撃されることもある時代だったからである。
政治には為政者にとって都合が悪いことは隠したりしていたのは常にあったことである。そのことが後の大きな被害を生んだり今でもその危険はある。
人間はどうしても目前の利益が第一になり危険は見逃されるのである。

これは人災だというとき自然災害はある程度は人間側で注意すれば防げるから人災だとなる。まず危険な場所には住むなというのが鉄則である。
でも日本は土地が狭いから海側を米を作るために干拓した。でもそこはもともと海であったから危険な場所だったのである。また海岸に接して集落化したのも背後の土地を広くとって田んぼとすることにもあった。
日本の土地の不足が無理して危険な土地を開拓したり住んだことが大災害になった。
それはまさにくりかえされた日本の国土のカルマだったのである。

津波でわかったことは松原というのは津波に弱かったのである。松は根を強く張らない、自然林、混合林だと津波にも強かったのである。
竹林が津波に強いことがわかった。竹は強く根を張るからである。前に竹林があり津波の勢いがそがれて助かったということを何人からか聞いたからである。川の土手に竹を植えるのは水害を防ぐためでもあった。
山も杉林になったとき土砂崩れとかが起きやすくなった。それは十津川の災害でも言われた。
ブナの木は根を強く張り水分を吸収するから土砂災害も起こりにくくなる。
でもあそこの土はそもそも土砂災害を起こしやすい土地だったのである。
そういうことも科学的にかわっていたのだけど利益第一になるから隠されて見逃された構図は同じだったのである。

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posted by 老鶯 at 15:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層