2014年08月28日

抽象画は見る目が必要(秋の色(2))



抽象画は見る目が必要(秋の色(2))

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冬の海

抽象画は一見みて何かわからない、一体これは何を現しているんだろうと必ずなる。
それで必ずやはり何かこの世にある自然界のものをイメージするのである。
花であれ山であれ石であれ海であれ川であれ水であれ土であれイメージする

そもそも抽象画の基本は色なのである。色からイメージされるからそこに具象画の形としてなくてもイメージされる。茶色だと岩だとか土をイメージする。
青だと主に水になり空などにもなる。赤だと太陽だとか火だとかイメージする。
つまり抽象画が形ではなく色からイメージされるのだからただ一つの色だけをぬって
それが抽象画だとしているのもあるのはそのためである。

だから抽象画は見る眼が必要になってくる。その人がどういうふうに見るかが鑑賞力が具象画より必要になるのだ。要するにそそも芸術は見ること自体が評価すること自体むずかしいものだった。それはその人の感性によるからである。
特に抽象画がその人の見る眼が試される、何も感じないものは全く評価できないだろう。これ何なの?ただ絵の具をぬりたくっただけじゃないかとなる。
こんなこと子供にでもできるじゃないかとなる

秋の色と題をつけたとき、ここから秋を感じるセンスがないと何も感じないだろう。
だから抽象画は日本では俳句の季語を感じるのとも通じている。
つまり日本的な抽象画があるのかもしれない、外国の抽象画とはまた違ったものが生れる日本人の感性がやはり抽象画にも反映されるかもしれない。

いづれにしろ抽象画が具象画と違い一つの作品が必ず変化させて延々と作られてゆく、
一つの作品は一つの過程として提示されているのが具象画とは違っている。
それは完成品ではないのだ。抽象画A⇒抽象画B⇒抽象画C⇒・・・・となって無限に変化してゆくのが抽象画である。
でも元の抽象画とはわからなくなるから著作権違反にならないともなる。
ただ変化させたものから原画が推測できるようだと違反になるだろう。
ソフトで変化させたとき元の絵はわからなくなる。
抽象画がそういうアート(技術)、パソコンの技術から生れた芸術だからそうなる。


一つの例として前にだした「無題」を説明するとこれが冬の海とした。
紺青は深い海の色であり冬の海である。
白は雪なのである。なぜなら自分はいつも太平洋を見ていて雪景色になったときの太平洋を見ているからである。
そういう感覚はやはり日頃日常的に自然に接しているとつちかえる。
都会ではいつも高層ビルばかり見ていたらそういう自然の感覚は養えない
だからこの抽象画を見ても何も感じないとなるのだ。


タグ:秋の色

初秋故郷をめぐる語(川子の森から草原へ) (故郷と年とともに一体化してゆく人間ー老人は長く生きた土地を離れにくい)  


初秋故郷をめぐる語(川子の森から草原へ)


(故郷と年とともに一体化してゆく人間ー老人は長く生きた土地を離れにくい)

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故郷の奥を訪ねて秋の蝉
白髪も濃くもなりなむ芒生ゆ
四十雀鳴く声ひびき糸薄
草原や数羽休みぬ秋の蝶

菊畑白と黄色に映えにつつ塀長き家のありしも夕ぐれぬかも
故郷に老いゆくもののあわれかなともにしあれやまた秋の来ぬ
故郷に秋雨しととふりにけり何を語るや盆の後かな
四十雀群れて鳴きつつ飛び移る薄の生えこの森親し
川子なる八竜神社の古きかな秋の蝉の音夕べひびきぬ
白々と今日も木槿の咲きにけり素朴なる女なお田舎に住む
心よす一つの石に樹年古りて深く思ふやあわれ深まる

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今年は秋が早いのだろう。曇りの日がつづく、天候不順で農家の人は困るという、
日が照らないと野菜も育たないからである。
ただ野菜を買う人は高くなったと文句を言うだけである。
涼しくなったから過ごしやすいと言うとやはり日も照ってもらわないと暑くならないと困るという感覚は実際野菜を作っている人の感覚なのである。
それは風流とはまた違っている。

最近故郷が何かとかこの辺で問われる。故郷に住めないのだから当然である。故郷がなくなるなど思った人は一人もいないだろう。だから原発事故は想像を絶するものだったのである。特に都会の方に避難した人は特に感じているだろう。
回りに田んぼとか畑とか自然があればそれほど故郷を思わないかもしれない。
啄木の悲劇は東京に住んで死んだからである。

いづれにしろ自分もだんだん年とり白髪も増えてきた。もう結構な年なのである。
昔だったら十分に老人である。ただ今の時代は何か高齢化社会で年をとらないという感覚になっているから違うのである。まず体力がそれほど衰えないと老化をまだそんなに感じない。ところが病気になったらそれせ重い病気になったら塗炭に急激に老けることがある老いはそういとき急激にやってくる。
こんなに動乱を経験するとまた急激に老いたり病気になったり自殺したりとその衝撃が大きいから老いる、老人は変化に弱いのである。

人間はある一定の場所でなじんで老いてゆくのが普通である。旅人なら違うが普通は故郷とは長く住んだ場所である。だから十年とか二十年とか住むとそこが故郷になる。
別に生れたところが故郷ではないのだ。
その回りの人とか自然とかになじんだところが故郷なのである。

秋の蝉というのがまた故郷にふさわしい。しんみりと朝に夕に秋の蝉の声を聞いている。この時、騒音があるとその声も聞こえなくなる。静けさや岩にしみいる蝉の声ー芭蕉である。これは夏だが秋の蝉は何か田舎に合っている。しんみりとひびくからである。

菊畑が竹がありあの家の塀は長いなと感じる。田舎ではあのように広い庭をもっている家がある。家の中に畑がある家もある。その長い塀が何か悠長なものを感じる。
そういう広い家に住めるのが田舎だったのである。
だから避難区域となりそういう家に住んでいた人は失ったものが大きいとなる。
一方で転勤で二三年とか借家住まいだったら補償金をもらった人はかなり得したことになる。だから避難した人でもそこに住んでいる人の感じ方はいろいろなのである。

川子の高台の森の道は気持ちいい、あそこは廃棄物の埋め立て地であり鉄道も下を通っているから森としても深い森ではない、でも何か森を感じるから親しいものとなった。
電動自転車だとあの坂を上れるから通っている。前は通っていなかったのである。
あそこの八竜神社は新しいと思った。なぜなら地域の消防の屯所になっていたからであるあの神社は慶長津波の前からあったのだ。慶長津波の前からあった神社は多い。
だから神社が意外古いから何かを伝えていた。
古いものは何かを謂われがあり後世に伝えるものがあり残っている。

ただそれが現代になるとそれが何を意味しているのかわからなくなった。
ただ今回の津波でなぜ津波からまねがれた神社が多いのかということで話題になったのである。それは古いから津波の来ない場所に建っていたためである。
烏崎村の八竜神社は津波からすれすれで残ったことは奇跡的だったろう。
あの神社は川子のよりは新しい、そういうふうには見えなかった。
神社は別に信仰の場所ではなく何か過去を伝えるものとしてある。
地名でも広島の蛇落地悪谷が話題になったようにである。
そこの伝説で竜の首を武士が切ったというのは土砂崩れを防ぐことに由来している。
竜は暴れる、蛇もそうである。そうした災いをもたらすものとして伝説化したのである。
六号線の塩崎にゆくところの草原化した所に蝶がとまっていた。これはうまく写真がとれた。鳥でも蝶でも動いているのをとるのはむずかしい。
森でとったのは四十雀である。これも動いているからとるのはむずかしかった。
蝶も草原化しているから前とは違っている。蝶は草原に向いている。
そもそも草原に向いている生物も昆虫もいるだろう。ネズミなどはモンゴルで増えて困るように原野化すると住みやすくなり増えるのである。

ともかく人間は歳月と共に老いてその土地と一体化してついにその土地の老木のようになり故郷の土に還るのが生物であるから自然だとなる。
その土地が奪われて住めなくなったことは辛いと思う。
百才まで生きるとなるとそうなるだろう。
ただ百才まで生きて別にその土地の自然を意識しないで死んでゆくものもある。
農家の人は否応なく自然を風流はなくても意識させられる
でも田舎でもみんな今は農家ではない、会社員だからそういう感覚もない人も住んでいるそれが多数だともなる。
だから別に原野化して田んぼがなくても生活できている不思議なのである。
外からいくらでも入ってくるから社会だからではあるがそれよりも農業でみんな生活していたわけではないからそうなっている。
ただ故郷という時どうしても自然と一体となって暮らす農家の人が感じるものかもしれない。
先祖代々の土地があり家があるから故郷に帰りたいと老人が言っているからだ。
マンションとか土地をもたない都会の人との感覚とはそこが相当に違っている。
都会の人はやはり異常な感覚であり田舎の人の感覚は自然に則した本来あるべき感覚である。
高層ビルになじみそこに土になるといっても土すらないのが都会だからである。  

2014年08月29日

少子高齢化で津波原発被災地は小高などでも復興は困難 (日本の人口は歴史的に増えすぎていた)



少子高齢化で津波原発被災地は小高などでも復興は困難

 
(日本の人口は歴史的に増えすぎていた)


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常磐線は小高に通じていない(すでに3年過ぎた)

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プレバブとホテルが増えた
ここには2、3百人くらいいるのか?

●老人と若い人の考え方は違いすぎる

バスの運転手が事故を起こすのは競争が激しくなり勤務時間が長くなり過労のためだった若い人が入らず補充できないので五〇代以上の人が過労になった。その人たちは病気持ちであっても無理していた。
つまり若い人が少なくなり需要があっても補充できない状態がいたるところに起きているのが日本である。
津波とか原発被災地では特に顕著なのである。

郵便局で小高の年配の女性が話ししていたけどなんか家をリホームしたいが若い人が帰らないでしないという、三百万とかかかるしもう年寄りは先がないから家のことに金かけたくないと言っていた。壊すのにも金がかかるからそのままにしておくとか言っていた。
つまり若い人と老人の考え方は相当と違うものになるのだ。
小高でも若い人が帰らないということは家をリホームしてもあとどのくらい住むからわからないから無駄だと思う。
自分でも風呂場は壊れたし台所は旧式で食事する場が離れているから不便なのである。
でもリホームしてもあとどれくらい生きるのかと計算するのが老人である。
実家のたたみかたとか放送していたけどどうしら終わるのかとか考える老人ばかり
帰っても街は復興しない。
街自体が老人ホームになってしまうだろう。
その老人ホームだって誰かが若い人がいなければ成り立たないのである。

若い人が帰らないということはやはり致命的になるだろう。
後がない実家のたたみかたとか墓をどうするかとかそんなことばかり考える老人と
これから子供をもって暮らそうとする若い人の考え方は根本的に違う。
特に原発事故の避難区域は放射能汚染を恐れる若い人が多い。
内部被爆で例え二〇年後であれ影響があれば怖いから住まないとなる。
ところが老人は放射能に関してはあまり気にしない、地元の野菜でも果物でも食べている、自分も食べている。二〇年後はどっちにしろ病気になりやすいのである。
ガンになったとしても放射能汚染の食物を食べても食べなくてもなりやすいのである。

今のところはこの辺は外部から人がまだ多く入っている。
この辺ではまずプレバブの宿泊所と新しいホテルが鹿島でも原町でも建った。
原町の高見町にも新しいホテルが建っていた。
それだけ外部から入る人が多いのである。
ただこれも三年後五年後とかなるとどうなるかわからない。
外部の人が去ると相当にさびれるかもしれない。
地元の若い人は流出して老人ばかり増えるとその負担も大きくなる。
つまりバスの運転手のように年配の人にそのしわよせがきて過労で事故につながる。
原発事故周辺では外部からの人で経済がかなり回っていることは確かである。
それがいなくなってゆくとき衰退している市を目の当たりにするかもしれない。

未来を描くとなると老人では無理である。老人はこの世を去ろうとしている人である。
そういう人たちの関心は苦労はしない、のんびり楽したいということしかないのである。もちろん肉体労働だってできなくなっている。
だから農業でも職人でも重労働はしたくないなとなりやはり人手不足なにるのである。
これは全国的問題でありただの辺が顕著になっている。

まず家一軒でも庭でも一人で維持管理することが苦労になる。
津波で被害があった近くの人は床上浸水でも家は残った。農協の保険では五〇〇万もらったという。ずいぶん多いなと思った。
自分も農協で一年五万払っても三〇万ほどしかもらえなかった。
実際は屋根のグシを直したので七〇万とられた。
三〇万は安かったと思うが一方で津波で被害で家は全部残っているのに五〇〇万もらったのは多いと思った。ただその被害は目に見えて違っている。
保険は一五〇〇万のにかければそれしかもらえないとなると津波で流され全壊した家でも保険料は少ないとなるだろう。でも保険はこういう時かなり助かる。
結局保険は自分は被害が少ない分被害の大きい所に金が回っていたことになる。
相互扶助が保険の役割だったのである。
こうして家にはいろいろと金がかかるから本当にある程度資産がないと維持できない。
だからかえって家はめんどうだなと先がない老人は考えるのである。
風呂だって一人で入るとかえって損だし他でも食事でも一人分だと野菜を買っても半分が早い新鮮なうち食べないから腐っていたとかなる。

ともかく少子高齢化で小高などでも確かに放射線量は低いにしても復興は困難になる。
若い人が流出しているし帰らないとなると老人だけが残される
老人は先が短いとめんどうなことに苦労することにかかわりたくないということがある。先をみこしてやるということもできなくなる。
実家のたたみかたとか故郷のたたみかたとなってしまうだろう。
墓すらすでに避難した人たちは新しい生活の場に移すということも起きているだろう。
だから津波原発事故周辺地区は復興することは困難になっているのだ。

●老人すら三〇年後には極端に減る

不思議なのは戦後の焼け野原になったとき、自分などをふくめ団塊の世代が生れた。
その時子供が雨後の竹の子のように生れた。
だから焼け野原になっても何も食べるものすらないのになぜそんなに子供を生んだのが不思議である。
今なら食べ物などいくらでもあるし便利なものもいくらでもある。
だから子供を生んでもいくらでも食べさせることはできるのである。
でも子供はどんどん減ってゆき日本は滅亡するとまでいわれる。
その原因は何なのかというとわかりにくいのだ。
あらゆるところで人手不足になり仕事も維持できなくなり限界集落で祭りも維持できなくなり跡継ぎのいない家が全国で放置される、空家が八〇〇万軒があることは異常である。だからこういう社会の変化に即応した対応が望まれているのだかそれがわからない。
特に津波原発事故周辺はその少子高齢化が極端な形で現れている。

老人が増えてこまるというけど三〇年後くらいになるとその老人すらいなくなり人口が極端に減ってくる。そうすると介護でも病院でも成り立たなくなる。
病院も今や老人ホーム化しているからである。ほとんど高齢者しかいないのである。
だからそういう高齢者もいなくなるとのきなみ病院もつぶれてゆく。
医者も過剰になり看護師不足もなくなるのである。
それがいいことであるがまた地方にとっては働く場所もなくなるということになる。
少子高齢化は三〇年後とかなると高齢者も極端に減って日本の人口がもう半分くらいになるという縮小してゆくのでしなる。
例え六千万になってもそれは一九二五年代くらいにもどるだけなのである。
それほど明治以降人口が増えたのだからその反動が出てきたのは人口動態から見れば正常だともなる。
日本人の人口はピークになったからそこからまた下がるというのは自然の理だともなる。ただ一億二千万の経済規模と六千万の経済規模が全く違ったものとなる。
その衝撃は余りにも大きいものとなるのだ。
人口が増える時は経済でも活発化するがこれだけ減るとその衰退は極端になる。
すでに駅前のシャッター通りとか町の半分がゴーストタウンになる衝撃がある。
だから小高などでも復興自体がもともとの経済状態の悪化で困難になっているのである。

●日本の人口を歴史からふりかえる

奈良期で200〜250万人。
平安期で250〜400万人ほど(期間が400年間)
鎌倉期で500万人。

室町時代〜戦国時代(安土桃山期を含む)は270年間ですが、1600年の時点で人口は約1500万人と云われています。
この270年間で水田の規模も整備されて、国土の人口扶養力が約3倍となった時期です。
江戸期も265年間続きましたが、江戸期前期が1500〜1600万人であり、新田開発で人口扶養力は幕末時点では約3,300万人です。
(正確な人口は明治政府が発表した明治5年での人口3,480万6千人があります。
明治10年で3,587万人の人口となっているので、5年間の増加を100万人として、幕末を3,300万人としました)
明治期は、5年度が3,480万6千人であり、明治45年が5,057万7千人となっています。
(45年間に1,600万人の増加です)
ちなみに、大正末期で5,973万7千人。
人口が1億を越えたのが、昭和42年(1967)の1億19万6千人です。

大正時代で六千万だったつまり今の人口が半減するとき、大正時代にもどるのであり
江戸時代にもどるわけではない、例えば現代から六千万の人口だとどんな状態だったか想像もできなくなっている。大正はすでに百年前にもなる。
六千万だとずいぶん人間も少ないからゆったりしていだろうとかなる。
空間だったそれだけ広くとれるからである。
それから信じられないの奈良時代が二百万とかなるとこれは想像を絶する世界である。
人が本当に住んでいたのかとなる。
でも不思議なのは奈良の大仏とかいろいろな大きな寺院などがありそんなふうにはまるで見えないのである。
繁華に人がいてあういう神社仏閣もありうると思うからである。
過去は常にこうした大きな錯覚を生んでいるのである。

文化というのは二百万人規模でも一億二千万の現代より豊かにありうるということもある大仏にしてもあの当時この人口の規模であれだけのものを作ったということは逆に民の負担も大きかったなと想像する。
それでも文化的に日本人は豊かだったなと万葉集などを残しているのでイメージする。
人口がこんなに少なくても文化的に残すものは大きなものがあった不思議がある。
鎌倉時代でも五〇〇万だからその少なさは意外である。
だからこそ鎌倉時代辺りまで広い牧が日本全国にあったことが当たり前だとなる。
原野が広々としてあって自由に使えていたからいたるところで馬が放牧されていたのである。

結局人口が減っても日本だったら六千万規模でも十分に豊かに文化的にも何か作り残すことができる。そのくらいの規模が狭い日本では暮らしやすいとなる。
だからそう悲観することはないのかもしれない。
文化的な面から見れは人口の減少はあまり影響しないということにもなる。
むしろ日本は明治以降人口がふえすぎたからその反動でゆりもどしがきているのだという考え方もできるのである。


タグ:小子高齢化
posted by 老鶯 at 15:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2014年08月30日

windows 8が最新のアップディトすると画面が真っ暗になり起動できない


windows 8が最新のアップディトすると画面が真っ暗になり起動できない

 
windows 8が最新のアップディトすると画面が真っ暗になって画面が出なくなった。
ただハードディスクは壊れていない、ファイルも消えていない
ワードで呼び出すことができた

不具合がありアップディトはしないとマイクロソフトで報告していた。
どういう具合でこうなったのかわからない

パソコンは一端不具合があるとめんどうになる。
だから前は嫌になっていた。
ただインターネットは普通に使いている

この修復はプロに頼むほかない、電話で解決できればいいが
ともかく復元ポイントに戻すのもリスクがあるとかパソコンはまだ危険なものである。
問題はファイルがワードのソウトから呼び出せる
富士通のパソコンでは画面が出なくてもメニューボタンからソフトが機能している。

こうしてプログにもアップできているから直せるのだろう。
でもこうなると結構めんどうである。
他でも報告してあるから被害にあった人はいる

約一年使ってまたパソコンのトラブルである。
もう一台あるけど通信にはさしつかえない
だから基本的な所は壊れていないみたいだ

ただ修復するのがインターネットに出ていたが簡単にはできないのが困る
明日電話で富士通に聞いてみよう






タグ:Windows8

夏の暮 (津波原発地域はまだまだ変わりようが激しいー写真でその変化を見る)



夏の暮

(津波原発地域はまだまだ変わりようが激しいー写真でその変化を見る)


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茅葺きの家はこの線路脇にあるのも変な風景である

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蝉はまだ津波に残った樹に鳴いている

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これは作業船である

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この風景は不思議である。

ここに川口神社があった、祭ってある

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広い沼にあめんぼうが泳ぎ、いくつも波紋がたつ

何か水の中をすばやく動くものがある

生き物が沼には増えてくる

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鷺が増えたのは蛙など湿地に食べるものがあるからである

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ここの庭は石の庭だった

全部は紹介できない

石に興味あるからこの石は筋が入っていていい石だと思う

ここには他にも大きないい石があり石の庭だったのである。

外から見ても中から見ないと庭はわからないのである。

ともかくこうしたて写真をみればいかに変わって風景になったかわかるだろう。

ありのままがあまりにも変わった風景になってしまったのである。



ゆうゆうと芙蓉やこの道また帰る

昔より蔵ある家や芙蓉かな

この道やでで虫一つ散歩かな

茅葺きの昔の家や木槿かな

津波跡残る樹にひびく蝉の声

あめんぼう新たな沼に生き生きと

新たなる沼に波紋や夏の暮

真野川や釣り人一人初秋かな


根っこ一つここに残りて波よせて社の跡や夏のくれかな

川岸に葦の繁りて松はなしなお生々し家の跡かな

秋日さし幹の太しも松ありて我がふれしも今はなしかも

津波跡この家に残る庭の石しげしげと見ゆ夏のくれかな

夏草に埋もる線路や小高へと電車は行かじ三年過ぎぬ

退職しスーパーに勤め草をとるその人見つつ買い物するかな



この辺の変化は未だに凄まじいものとしてある。右田浜の川口神社には大きな木の根っこが残り波がよせて川口神社を祭っている。あれも完全に流され消えた。
それほど大きな社ではなかった。烏崎村の津神社は結構大きかった。
右田浜はここは松原がありキャンプ場になっていた。
いい松がここにあり神幹が太くそこにより川岸のコンクリートの道を歩むのが気持よかった。それが今こんなふうになっているのが信じられないとなる。
その変わりようがあまりにも激しすぎたのである。
ここはもともと松はなかったのだかからこういう葦の繁った状態が太古の状態だった。
太古の状態は防波堤もなく波が直接打ち寄せ北海道のように湿地帯になっていたのだ。
ただ最近鷺もみかける。今日はアオサギも二羽いたし白鷺は七羽くらいみかけたから
蛙などが増えてきたのである。水生生物も増えてきた。
だから新しく沼となったところに何かいるのか水の波紋がしきりにたっていた。
あめんぼうもきもちよくすいすいと水の上をすべっていた。
海辺は北海道のように湿地帯化してゆく、一面広々として気持いいとなるが
実際はまだ津波の後遺症は残る。家の跡が残っていて無惨である。
家の土台が葦などに隠されて見えなくなったりしたら年月が経てば忘れられるのかもしれない。それまでは相当に時間がかかる。

それにしても以前としてこの辺の状態は不思議としかいいようがない。
常磐線の小高への線路は閉ざされている。草に埋もれて三年もすぎたのである。
もう電車はイワキまで通じることはないのかもしれない。
そういう計画もないからである。仙台まではあと六年だとか計画しているのとは違うのである。イワキの方はこの辺ではつながりが薄い、仙台方面がつながりが深い。
六号線は今まで同じように車が多いし変わっていないから何かさびれたという感じがしない。

退職した男性が三時間くらいスーパーで働いている。遊んでいるのもまずいからと働いた一度話ししたから草をむしって働いているなと見る。
今まではそんなことを注意していなかった。
この辺は津波原発事故以降にいろいろな見方が変わってしまったのである。
仮設などで大勢が補償金もらって働かないから批判される。
一見働かないくてもいいんだからいいように見えても回りは人手不足で困っているから
今はそう見ない。
何か働いている人が何であれ貴重なものに見えるのである。
今までだったらそういうことに注意していなかったのである。
ともかく毎日パチンコ屋通いの人が多いとなると対象的にそうして草むしりでも働いている人は貴重に見えるし遊んでいるやつはなんなのだとなってしまう。
今までは別に働かなくても少数者なら見逃していただろう。
それが今はかえって働かなくてもいい補償金をもらっていてもそれが大勢だから目立つのである。

芙蓉は花が大きくおおらかでゆったりとしていて好きである。
自分は神経質で気が小さいところがあるからこうしてゆうゆうとしておおらかな花が好きである。
それは女性でも太った女性はなにかそうした感じを受けるから男性に好まれるということもある。
やせた人間には何かそうしたあったかさおおらかさを感じないのである。
だから太っている女性をそう思う男性がいる時、やせようとしているのも問題である。
がりがりにやせた人間は心までやせいるように見えてしまうのである。

昔から蔵があって広い庭があり田畑があると何か落ち着く、そこには恒産がある。
金をもっていても金は紙であり金は今や数字だというのもわかる。
いくら大きな金、数字でもそれがいつかはゼロになる恐怖があるのだ。
だから土地や家や金の延べ棒でもゼロにはならないからそっちの方が貯えるにはいいともなる。
貯金もない人は何かあったとき困るで、でも今は貯金もない人すらいる。
だから何かあったとき借金を頼んでくる。そういう余裕のない生活は嫌である。
多くの金はいらない、でもある程度の蓄えがないと落ち着かないとなる。田舎は家とか土地とかある程度資産がないと住みにくいだろう。
中産階級が没落しているのは本当だろう。
だから貧富の差も目立つようになったのである。それはアメリカでも同じである。
日本でも中産階級が没落して金持ちと貧乏人に別れてきた。
その間の中産階級が没落しているから問題なのである。

パソコンは富士通で聞いて復旧した。あと一〇日で一年の保証期間が切れるところだった富士通はサポートがいい、出張してもみてもらえる。
ただパソコンはたいがい不具合になると初期化とか初めからやり直すとかになるから怖い記録したものが一挙消えることが一番怖い。
プログだってサーバーで消えたところがあるから保存していないとまずい。
そういうことがおこたりがちだからあるとき突然クラッシュしてパアになる恐怖がある。でも本当はサーバーの方がプロが管理しているのだから個人のパソコンより安全である。だから記録でもクラウドなどがかえって記録しておくにはいいとなる。
個人ではパソコンが壊れたら終わりになってしまうからである。

タグ:津波の跡

2014年08月31日

抽象画(abustract) (陸と海の地球ー何でも視点を変えると別なのも見える)


抽象画(abustract)

(陸と海の地球ー何でも視点を変えると別なのも見える)


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一億年前の地球

ヨーロッパ大陸のようなものが現れている

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陸と海の地球

海から見ればアジアの中心は日本である

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こういうふに中国大陸とか東南アジアから日本を見ると実は日本が海からみればアジアの中心にも見える。
日本の国の成立がもともとは様々な国からの移民が最初にあった。
それは回りが大陸に囲まれていて海の中にあったからだ。
日本は海からみればアジアの中心だったのである。
だから太平洋戦争は海をめぐる覇権争いでありその争いに日本は敗れた。
海を制したアメリカの支配下に入った。
戦艦大和が沈没したのが象徴的だった。

今また尖閣をめぐり今度は中国が海の覇権争いにでてきた
それは海を支配下に入れれば日本もまた支配下に入るからである。
日本という国の不思議は大陸ではない、海の中にーありそこでかえってアジアの中心にこの地図からは見えたのである。
イギリスが七つの海を支配した結果、大英帝国になったように海を支配しないとアメリカでも大国にはなりえないのである。
だから中国は海軍に力を入れるようになったのである。

この絵の作り方は一定のソフトの過程で作られる。
操作している内に会得した。
パソコンはいかにソフトを使いこなせるかが今や大事である。
いづれにしろ人間はつくづくその土地にしばられ固定した見方しかできない
アジアの大陸方面から日本をみれないのである。
視点を変えるとまるで違ったものとして世界は見えるのである。
世界というのは世界旅行したからと言ってわかるものではなかった。
あまりにも広いから一回くらい行っても何かわかりにくかったのである。

ともかく人間の視点は視界はその住んでる場所にありそこから世界をみている。
だからそこに偏見が生れてくるのである。
場所を変えると全く世界は違ってみえる。
地図でも同じ型にはまったものばかり見ていると固定観念化してしまうのである。
抽象画はそういう点自在に変化させられるからそこが強みである。
具象だったら山は山、家は家、机は机とかその具象化から逃れられないからである。
だから抽象画は自由の度合いが大きいのである。
視点を変えるというときデジカメでもそうであり視点変えると景色でも花でも違った様相を呈するのである。
そういう点で写真は絵と違っていくらでも視点を変えられるから今は写真の時代になったのである。
タグ:地球

虫の音(介護の俳句)


虫の音(介護の俳句)


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家の中に虫の鳴きにつ介護かな

街離れ墓地にひびけり秋の蝉

今日も聞く我が家に一つ秋の蝉

木槿咲く白と紫や田舎かな

ノウゼンの一輪散りぬ玄関に夏の名残や街に住むかな

高齢化というのは様々な場問題を生む、それは人類が今だ経験していないことだからである。高齢化というとき昔でも高齢な人はいたけどそういう人は優れている人であり特別な人だったからかえって尊ばれたということがある。
今はその数が多いから問題なのである。

ただ百才まで生きるということは普通は信じられないことだろう。
大正生まれはすでに一世紀を生きたのである。
明治にしても一四〇年前とかなる、この歳月は相当に長い。
ただ人工的に見ると大正時代に六千万だったというのは意外だった
そういう人口規模で工業もあまり発達していないと風景としては農村風景が多く
何か今とは違って風景的には落ち着くものがあったろう。
東京だって今とはまるで違ったものとなっていたろう。

田舎だと静かだから我が家にいて秋の蝉の声を聞いている。
これが騒音が激しい都会だったら秋の蝉の声がかきけされし聞こえないだろう。
田舎の風景は今でもやはり落ち着くのである。
木槿が咲いている風景もそうである。
木槿はやはり田舎的な花なのである。

介護というと実際は家で介護するのはかなりの負担になる。
病人でもそうだが家でかかえると病人に圧迫されるし何か重しのように
負担になる。
だから介護してから七年くらいたつ。介護していたりすると家が病院か施設のうよになるだから正常な家族の営みができなくなる
そして今は家族が少ないから特に負担になる
そして介護は長いのである。食べるものは極端に少ないから栄養不足になりもうだめなのかと思っているが生きている。
そんなに栄養とらなくて人間は生きていけるのかと思う。
もともと味噌汁とかご飯と梅干しとかたくわんとかしか大正生まれだと食べていない
だから介護でもそんなもの食べて生きていけるのかと思う。

ともかく家の中に虫が鳴いているというのはまさに介護の俳句である。
介護している人は本当に多いこれからも増える一方である。
ただ介護職というのは何か仕事としては不毛かもしれない
若い力あるとき介護して何か残るものがあるのかとなる。
若い人のエネルギーが老人に費やされるというのは
生物としてありえなことだろう。

これからもしかしたら一〇人に一人くらい百才まで生きるかもしれない
反面団塊の世代などは糖尿病などが増えて早死にかもしれない
先はわからないにしてもやはり高齢化になることは確かである。
ただ人類にとって未経験なことだから様々にいわれることになるのである。
自分にしても長く生きると金銭的にいろいろな問題が起きてくる。
まず国民年金では暮らせない、それも問題であるかほかにもいろいろな問題が起きてくるそれでもあと十年で死ぬとなれば意外と計算は楽になるのだ
そのくらいならなんとかもつなとかイメージできる。

でも二〇年だったらもうイメージできない、貯金も底をつきやっと食べるだけになっているから辛いし生きたくないとなる。
老人はある一面終わりから考えるから意外気分的には楽になっているのだ
どうせ終わりだとなると楽なのである。
若い人は先が長いからすぐに死ぬわけにもいかないから負担が大きく見えるのである。
どうせまもなく死ぬんだ終わりなんだとなると人間は楽になる。
その先延々と苦しい生活がつづくなとなると苦しさが倍増するのである。

今日は日立木に行ってきたがカメラをもっていかないので失敗した
相馬市の実りの季節であり何か南相馬市は原野化しているからその実りの風景が新鮮になっているのだ。
だから明日でも写真をとりにまたでかける。
日立木の道の駅までは近いから行けるのである。



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背後にアメリカが圧力をかけ軍事のために推進される (原発事故⇒辺野古の米軍基地計画⇒リニア新幹線は一つにつながる)


背後にアメリカが圧力をかけ軍事のために推進される

 
 原発事故⇒辺野古の米軍基地計画⇒リニア新幹線は一つにつながる


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日刊現代8月30日


記事は(1)空母から艦載機を60秒間に1機という“高速発艦”が可能となる新技術「電磁カタパルト」
 (2)従来の火薬銃弾の発射速度の2.5〜3.5倍、秒速約5000〜7000メートルという
遠距離に弾丸を撃ち出す電磁銃「レールガン」――への軍事転用の可能性を指摘。

武器輸出三原則は、憲法と並んで平和国家日本の象徴です。これを緩和して日本製の武器が戦場で使われたら、日本は死の商人だと言われかねません。そうなれば戦後、長年かけて築き上げてきた平和国家という、日本のイメージが崩れ去る可能性があるため、見直すべきではないという根強い意見があります。
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/300/181993.html

農薬散布や空撮などに使われる無人ヘリは、軍事転用が
容易である。また、偵察飛行に利用されたり、テロリスト
の手に渡る危険も高い。
http://blogs.yahoo.co.jp/karyudo111/45105827.html

日本を支配する米国覇権主義者(=D系戦争屋)は、日本が勝手に原子力プラント技術を核兵器開発に転用しないように、非核三原則で縛るのと引き換えに、日本全国に原子力プラントが分散立地するのを黙認したのではないでしょうか。もし、日本が米国に逆らったら、即、全滅させられるわけです。そのためか、日米安保と称して、日本全国に常時スクランブル(緊急発進)可能な米空軍基地が配備されています。なるほど、日本の原子力プラント建設黙認と在日米軍基地はペアになっているわけです
http://blogs.yahoo.co.jp/hisa_yamamot/11583912.html



「日刊現代」の記事にリニア新幹線が実は軍事のために使われるから膨大な予算をかけて作られるという。技術は常に軍事転用される危険性があり現実に核の技術は核兵器となり日本で現実化したのである。
リニア新幹線は膨大な金がかかる、でも最近ではリニア新幹線が必要なのかどうかと疑問を呈する人がでてきている。それはそんなに膨大な金を使って本当に必要なのかどうか、採算がとれるのかどうかという疑問があるからだ。
そんな国家的な無駄なことをしてなになるのだという疑問がある。
でも技術は常に軍事転用されるから軍事の面からは無駄なものはないのである。
宇宙開発でもその技術は軍事転用されるからアメリカでは膨大な金をかけたのである。
技術や科学にうとければリニアが軍事に使えるなど思えないのである。
でもほとんどの技術は軍事にも使えるのである。
鉄道だってトラックだって軍事にロジステックとして使える。
戦争になればあらゆる技術は戦争のために使われたと同じである。
だからなぜリニアのような無駄なものを膨大な国家予算なみの金を使って作るのかという疑問もそれは軍事用にもなるしアメリカでも必要としているからだとなる。

原発にしても危険でも日本でも作られたのはアメリカの後押しがあったからである。
原発も核兵器になるのである。技術にはそうした善にも悪にも使用方法によってはなる。アメリカではなぜ戦争するのかというと武器を売るためだとか言われた。
アメリカは最大の武器生産国であり輸出国になる。武器は戦争がない限り売れないから
戦争を作り出しているのだということも言われた。
日本も経済が停滞すると企業は死活問題になり武器を作り売る他ないとまでなる。
そういう危険水域にも入っている。
平和憲法があり平和の国のイメージがそがれるとういのもわかる。
右から軍事無しで国を守ろうとするのは現実を知らないものだというのもわかる。
平和憲法を念仏や題目を唱えていても守れるのかとなる。
創価などはしきりに人間革命で「死の商人」のことを問題にしていた。
でも公明党は集団的自衛権に一時反対したが自民党に押し切られた。
その原因がアメリカからカルト認定させると自民党に脅された結果だった。
そもそも創価はただ利権団体だから得にならないことはしない。
「平和」「平和」と唱える団体はまた太平洋戦争のように戦争に転換する。
だから右も左も信用できないとなる。

ともかく日本はアメリカに占領された結果、アメリカの意向にそうように政治もなっている。アメリカ様には逆らえないということかある。だからユダヤ陰謀論もでてくる。
日本のような地震国になぜ原発が50数基も作られたのかというのも今からすると疑問があったがやはりアメリカの圧力もあってそうなった。
一見電力の需要が増えたからと見えるのだが原発には軍事用にもありまた技術先進国として世界で主導権をとるためにもある。だから原発の輸出をするためには原発をやめるわけにいかないのである。
ただ原発は戦争になったら最大の危険にさらされることになるのも確かである。
原発を攻撃されたら一貫の終わりである。
だから原発は軍事的にも危険なものともなっている。

いづれにしろリニアでもそうだが辺野古のアメリカ軍の基地移転もそうであった。
て七割りは反対しているというが実際はその辺の事情は報道されていない。
ただ一億円は軽くもらえるだろうということは報道されている。
それは原発の補償金とにていたのである。
基地を作る変わりに自分たちの故郷も自然も売り渡すことになる。
一回だけ山原を自転車で回って辺野古に基地のできる所にテントを張ってとまったのである。
あそこはジュゴンが発見されたとか山原は広大な自然が保存されている貴重な場所であるそこに基地ができるとそうした自然は破壊される、騒音も激しく静かな町はなくなる。
山原にもヘリコプターなどが飛んでいるのだ。
それにしてもそこはあまりにも辺鄙な町であるから福島よりも金でとりこむのは簡単だとなる。
原発事故周辺は常磐線が通っていたし六号線もあったしそんな辺鄙な場所とも違っていたのである。
むしろ東京に近いから工場を誘致するのにはいい場所だったのである。
そういう距離にあるから東電が原発を作ったともなる。

何か原発事故以降は周辺は沖縄とにていきたのである。補償金が最大の問題なのもにている。沖縄では絶えずアメリカの基地をおしつけられたことで補償金が注入されてきた。
それで一番金をもっているのが基地の地権者でありその人は東京で豊かな暮らしをしているというのもひっそりと書いている人もいる。
この辺では漁業権で原発御殿が建ったとかいうのも同じである。
今度は一億もらえるとか騒いでいるのもにているのである。
でもその代償は故郷に住めなくなったことである。
辺野古でももう一億円もらったら那覇のような都会に出てくる人が増えるだろう。
あそこは相当に辺鄙な場所だったからである。
福島県の浜通りは辺鄙な場所ではない、交通もそれなりに充実していたのである。

原発周辺でもそうだが辺野古のような辺鄙な場所ではまず金がばらまかれる。
反対してもその金の魔力に屈する。反対しているものも圧力がかかり賛成する。
そして故郷も自然も売り渡してそこは住んでいる人も去ってゆくとなる。
その町自体が米軍や国に買われてしまうのである。
この辺も実際は東電と国に買われていたのである。
だからついには放射性物質の核の廃棄場にされることになった。
その分また金は支払われることになったのである。
この問題は辺野古だけではない、沖縄全体の問題であるし日本全体の問題でもある。
でも権力者は政府側は辺野古のような極狭い一部の問題として処理することに危険があった。原発も地権者とか漁業権者だけを相手にしてあとはしない。
その狭い範囲で交渉で汚染水の海への流出も決められてしまう。
他の人はかかわることもできない、漁業権者が賛成すれば実行できるのもおかしいのである。
海は誰のものかというと漁業権者のものでもないのである。
汚染水は日本全国に世界的にも影響するのである。
魚には領海もないのだから自由に泳ぎ往き来するからそうなる。

ニュースを読む時、それぞれが別な問題としてみるとわかりづらくなる。
それぞれが別個だとなるとそれぞれの理由がありとか問題の所在がわかりにくくなるのだこれらの一連の問題は密接に関連していたのである。
関連していることがわかることで何がそのニュースの要点なのかわかるのである。
これは今やマスメデアからではわかりにくいのである。
そもそも取材では真実は探り得ない、なぜならテレビで漁業権者を取材していたけど
取材が許可するのは漁業権者の言い分を報道してくれることが条件になる。
それでないと取材は断れ拒否されるからそこからは真実はでてこない。
漁業権者が補償金が特別多額にもらっていることは報道されないのである。
そんなことを報道しないで漁業権者がいかにも東電の被害者だということを報道してくれるから取材を許しているのである。
それはNHKが中国を詳しく取材できるのは中国の政府の許可を得られるからでありでないと報道するできないんとにているのだ。だから中国の暗部はあまり報道しないのである。だからそもそも誰でも公平な報道はできないのである。




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posted by 老鶯 at 22:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層