2014年07月17日

飯館村は放射線量が高いから住めるのだろうか? (放射線量で虫食いのようにされた市町村はばらばらになる)


 
飯館村は放射線量が高いから住めるのだろうか?


(放射線量で虫食いのようにされた市町村はばらばらになる)



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飯館村は佐須の牧草地で5マイクロも二カ月前頃計ってあった。
だからあそこが警戒区域解除地域になれるものかと思う。
今では5マイクロだとずいぶん高いなと思う。
草野地域では7マイクロあった。ただその辺は半分に減った。
ただ佐須の牧草地で5マイクロあったのだから高いと思った。
佐須は最初ホットスポットがあり25くらいになったのには驚いた
田んぼの畦の道の泥がたまったところだった。

確かに牧草地ではない道の方だと半分以下にはなっている。
でも牧草地がそれだけ高いとなると牛は飼えないだろう。
そもそも飯館村はいくら除染したって回りが70パーセントが森林なのだから
放射線量が下がらないと言われる
その森も一部だけ除染したがほんの一部しかできないから結果的には効果がない
つまり飯館村は除染しても住めるような放射線量にできるのだろうかという疑問である。なぜそのことを考えたかというと住めるとしているのが
南相馬市では一マイクロシーベルトでもむずかしいとか子供がいる家庭では住めないとか流出しているからである。

石神では一マイクロだったがそれでも除染していて高いんだよと言っていた。
一マイクロで高いとするとそれと比べると飯館村は実際は3倍とか5倍とかになる。
そもそも飯館村は放射線量を見ると住めるように思えないのである。
専門家はいろいろ言うけど自分は素人でわからないにしても
ただなぜ南相馬市では一マイクロでも住めないとか騒いでいることからすると
飯館村はとても住めるような放射線量ではないと思うのである。
一部分除染したところで放射線量は一部で減っても全体では減らない
だから飯館村の人自体が除染が無駄だから村外で暮らす補償金をくれと言っている。
それは一億円とか言っている
その人は村外で牛を飼いたいと言っているからだ。

この点小高などは一マイクロにもならない、0・2と0・3とかだろう。
南相馬市でも山側をのぞいて0・2くらいである。
ただ放射線量というのは変わらないものがある。
自分の家の室内でもまだ0・2だったりする。
前からも0・2くらいだったがそれ以後は減っていないのも不思議である。
つまりそういうレベルで放射線量を考えているとき、なぜ飯館村では
佐須などは牧草地で5マイクロもあるのに警戒区域解除指示地域とかなっているのが理解できない

そもそも飯館村でもそうだが村全体を町全体を放射線量で分けてここは住めるとか住めないとか東電や政府から指示されるのか納得いかないだろう。
だって地面はつながっているし水だって流れてくるし地面が区切られない
放射線量だって虫食いのように区切ってここはいくらだから住める住めないという議論が納得いかないのである。
それは補償金でもそうだった。東電で放射線量で計り地域を分断した。
隣が補償金をもらって道へだてた隣がもらえないというので怒るのも当然である。
村全体、町全体、市全体を維持されなければ住めないなのである。
市町村でここは住めるここは住めないここは立ち入り禁止だとなったから市町村に住む気になれないだろう。そもそも地面がつながっているのたから放射線の影響が受ける。
空だって区切ることはできないのである。
補償金を与える方ではどこかで区切らなければ無際限に出すわけにいかないからという。でも市町村が行政でも何でも生活するとしたらそんなふうに虫食いのような状態では行政もままならないし住民だってそんな所に住めないのである。

例えば飯館村が南相馬市と関係ないかというと関係ある。地面がつながっていて水が流れてくる、その水は飯館村の山林から流れてくるのだからなんらか放射性物質も流れてくるだから飯館村を放射性廃棄物の処理場にして補償金を一億円くれという個人としての意見もわかるがそうして飯館村の土地が政府やその他の団体に勝手に売られたらどうなるのか?放射性物質の廃棄物処理場にされて南相馬市もそこから流れてくる水で汚染されことにもなる。
だから一地域だけのエゴや一個人のエゴだけでこの問題は解決しない。

そもそも原発事故はあまりにも狭い範囲しか考慮しないで作ったことに問題があったのだ地元の地権者とか漁業権者とかあとは回りの村や町に金をばらまいて作れるとかなっていた。それが飯館村や福島市や郡山市などまで事故の影響があったのだ。
それは南相馬市などより放射線量が高いが国では補償しないので不満がある。
南相馬市の問題も南相馬市が一つになり合併したのに三つの区域に分かて補償されたことが問題だった。それなら南相馬市として合併した意義もなにもないことになる。
いくら放射線量の影響があってもそこに住むとなれば虫食いのような状態の中で住めるわけがないのだ。そこは塀をめぐらした一区画に強制的にとじこめられる牢獄みたいなものになる。そんなところに誰も住みたくないだろう。

ともかく放射線量にふりまわされて市町村が分断さればらばらにされた。
飯館村は本当に住める状態にそもそもあるのだろうか?
不思議なのは菊地製作所や一部工場が飯館村ではつづけられている。
そこでは若い人も通い働いている。福島市などから通っているのだ
今回の原発事故では第一次産業は影響が大きかったが工場などは放射能汚染とはあまり関係なかった。

そして飯館村は意外と工場が多い地域だったというのも外からわかりにくかった。
田舎に農村地帯に住んでいるといくら今は第一次産業のしめる割合が一割にみたないと言ってもその土地利用はやはり広いからそうは見ないのである。
田畑のある田園風景が心をなごませて魅力あるものにしてきたのである。
ただ現代は工場の方が会社の方が重要でありそこが復興の要になっている。
復興というとき、農業や林業や漁業はなかなかむずかしい、工業の方が放射能汚染からの復興はしやすいとなる。

でもそういう世界は何か田舎のように見えなくなるのかもしれない
浜通りでは大地に米の実りがあり松原があり海では漁船が出て魚がとれる海の幸が得られるそういう風景になじんできたからソーラバネルとか風力発電の風景にはなじめないのである。小高の人は自分の土地が許可なくソーラパネルにされていたと怒っていたのもわかる。農地はソーラパネルの風景になったらそこは田舎なのだろうかとなる。

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飯館村は田畑の面積が意外と広い地域だった

この松は前らか切られてなくなっていた。

ここも今は草ぼうぼうである。
posted by 老鶯 at 19:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連