2014年07月08日

木陰(相馬市の諏訪神社を訪ねる)


木陰(相馬市の諏訪神社を訪ねる)


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これは天明ではなく天保なのだろう 保の古い字なのだろう
わかりにくいがもう一度確かめる必要がある。

諏訪神社大杉古りて木陰かな

樹々古りて諏訪神社の木下闇
夏鶯夕月いでで草青し
夕雲の紅さ残りて夏野かな
夕蝉や帰りを急ぐ介護かな


宇多川の川べり映えぬ紫陽花や城下町ゆく色も染みなむ

古りにける諏訪の社の大杉に欅や影なし夏の日さしぬ

大野村畑耕すや天保の供養の碑あり夏の日さしぬ

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宇多の尾浜


相馬市
 

 相馬市黒木の諏訪神社の社頭の松は「桃井の松」と呼ばれる。諏訪神社は、もと宇多郡尾浜村(相馬市の松川浦北部)にあり、天文七年(1538)に西方の黒木に遷座になったといひ、当時の歌が伝はる。桃井とは神官の名前らしい。(諏訪神社由緒)


  ○陸奥の宇多の尾浜の浪風の音だに声こい(恋)の百永ももえい(桃井)の松  古歌


  宇多の尾浜を詠んだ古歌。


  ○陸奥の宇多の小浜のかたせ貝、あはせても見む。伊勢のつまじろ



諏訪神社の由来も不思議である。ここに船が流れ来て木にとまったという伝説が伝えられているという、その伝説はもともと尾浜にこの社があってそこで伝えられた伝説なのだろう。あそこまで津波が来るとは考えられないからだ。
そもそも神社の由来がはっきりしないものが多い、ここには由来は記されている。


ここでは短歌をとりあげる。
諏訪神社はやはり五百年くらい寿命があるという欅とか杉の木がいい、姥杉は別なところにあり見なかった。道沿いの木を見ても確かに古い。
この道は細く丸森につづいている。丸森から自転車で帰る時、この道を通り諏訪神社を記録していた。
道が細いことは何か通って見るものを記憶に残す、奥の細道は細い道を歩むから見るものが記憶に残ったのである。昔の街道は細いから道沿いのものも親しく記憶に残る。
六号線とかになると広いしただ車が行き過ぎるだけになってしまう。
それでも生きている道だからやはり現代の道なのである。
だから浜街道と六号線は対象的な道である。
この二つの道をいつも行き来しているのだ。


今日は大野村の方に行って多分天保の碑だろう。字がわかりにくい。念仏供養の碑だからあれは明らかに飢饉で死んだ人たちの供養である。そこの畑で耕している女の人にここはどこの村かと聞いたら大野村だと言っていた。
こういう古い碑が何を意味しているのか?
そこで天保にも飢饉がありその供養のために建てられた。そういう歴史がここにあるということを知る。そしてそこに生き続ける人たちがいる。
だからその碑が大事なのである。それがなくなると昔を偲ぶことがむずかしくなる。
浪江町などでも歴史があったがあそこは古い碑を見ていない、そういう歴史の継続が失われると人間の生も先人の苦労など知らないものとなってしまう。


相馬市でも松川浦でもその歴史が自分にはわかっていない、この歌を見ればこれはいつの時代なのか?奈良なのか平安なのか古いのである。
すると松川浦も奈良や平安から知られていた古い地なのかとなる。


今回は短歌のことであり歴史的なことはまた調べて次に書いてみよう
岩崎氏の短歌の碑があったが時雨の歌だったがあまりいいとは思えない
ただあそこの位置と古い樹が印象に残る場所なのである。
あそこの道が丸森に通じているというのも何回も丸森に自転車で行き来していたからそう見るのである。
あの辺は黒木であり黒木氏は伊達藩について鹿島の田中城で相馬氏と戦った。
黒木といえば黒木氏なのである。
でも黒木というと広いから旧大野村ということを聞いてあの天明の碑があったのは大野村である。
実際は自分は相馬市や原町についてはなかなかわからない、特に松川浦はやはりもっと調べて知る必要がある。それは津波のことをもっと知りたいからである。
それが最近は郷土史を調べる動機になっているのだ。


ともかく介護になってからはせいぜい原町ー相馬市までくらいしか行けない、なぜなら食事の用意をしなければならないからゆっくりしていらなれないのである。
今は日が長いからいい、介護になるとまず拘束されて自由が奪われてしまうのである。

 



 

抽象画(山の百態) abstract( the shifting scene of mountains)


抽象画(山の百態)

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バソコンは一つの絵でも加工して変化させて楽しむことができる。
この山の絵を作るのは一つのパソコンの機械的作業の順序でできる。
それは企業秘密になる。
パソコンはまずソフトを使いこなすことがむずかしい
今やハードの面ではなくソフトの面で使いこなすことがむずかしい。
でもソフトを教える人は最近出てきたそうだが少ない
絵を加工するにしても自分で試して発見するほかない
何回もやっている内にこの山の百態を作る手法を発見した
それは想像ではなくまずソフトの使い方を知ることだった。

ソフトは2000円のでも使いこなすことがむずかしい
必ず使っていない機能がありそれを発見するのも何度もためしているうちわかる
だからこれは科学の実験作業とにているなと思った。

これはだから新しい絵の楽しみ方なのである。
想像というよりは絵の楽しみ方の発見なのである。
これがこんなふうに変化したとか楽しめる
山の絵でも百にも変化して楽しむことができる。

こういう楽しみ方は今までなかったのである。
なんでも楽しみながらやれれば人間はそこにエネルギーを費やす
例え金にならなくても利益にならなくてもやりつづける

それは何かを創造しているという充実感をともなうからである。
それが第三芸術でもそうなるのである。
ただ見ているだけではつまらない
芸術は鑑賞して楽しむということもあるがもう一つやはりそれに自分も参加できる
なにかしら創造作業に加わるということがないとつまらなくなるのだ