2014年06月22日

なぜ南相馬市では小高だけが特別批判されるのか? (南相馬市は賠償金で分断され、避難区域も金でコミニュティも解体された)

 

なぜ南相馬市では小高だけが特別批判されるのか?

(南相馬市は賠償金で分断され、避難区域も金でコミニュティも解体された)


南相馬市全体からみると賠償金問題でこれほどもめたのか?
それは小高と原町と鹿島でその額に大きな差があったからである。
小高は避難区域になったからその額が大きい。一年で一千万とかもらっている人もいるだろう。一人十万だけではない、家とと土地ももっていれば賠償対象になる。
一時的に避難区域に帰るだけでも4,5万もらいたいというからいたりつくせりなのである
そしてなぜ小高が他の避難区域より浪江町などより批判されるのか?

それは南相馬市内だけど特別扱いになったからである。
もちろん避難区域になり住めないから特別にそうなったことはわかる。
しかし浪江町や飯館村とは違って住めないというものでもないし
放射線量は鹿島とか原町とかとさほど変わらないし相馬市とも変わらない
むしろ放射線量は福島市などの方が高いのである。
小高区は帰れる状態にあるけど帰らないというのは帰ると賠償金がもらえなくなる。
また働くとその分引かれるから働かないとかなっている。
それもおかしなことである、そうさせられているということもある。

ただ南相馬市の問題は小高、原町、鹿島と合併する前の地域にその特有の問題が生れたのである。

それでも原町と鹿島でどうして賠償金に差があるのかというのも納得いかない人たちはいる。確かに避難区域になって避難した人が多いが鹿島区でも半分は避難したのである。
そのことは同じなのである。でも二年分が賠償の対象になり鹿島区は7カ月分だけである。これも内訳はまた実際に避難した人は高いとか原町区でも地域によって別れている。
だから原町の人がどれだけもちらっているかは実際のところはわからない。
賠償金を聞いてもいくらもらっているか言わないからだ。
自分は二人で140万だったということは嘘ではない、あとはもらえない。


だからおかしなのは最初に市長が鹿島区も避難区域にならない屋内退避地域だから市の財政から一所帯百万を出すことに決めた。そのことについて原町区の人が激しい不満をもった人たちがいた。市の財政から出す必要がないと主張したのである。
これも何か鹿島区の人から見れば納得がかいない、現実に今になると賠償金は東電から政府から原町区の人には一人十万で二年分とか手厚いのである。
この詳細は確かにまちまちでありわからないしにても鹿島区よりは倍以上は手厚い補償金がでている。
だから鹿島区の人からみれば今になるとそんなことを主張していた人たちがいたことが納得がいかない。
その時から南相馬市の一体感はなくなっていたのである。

原町区と鹿島区では別に放射線量でも避難したことでもさほど変わらない被害だった。
それが原町区と鹿島区では差別が生じたのである。

だから南相馬市では鹿島区の人が一番不満をもっている。
その不満が仮設に住んでいる小高区の人に向けられているのだ。
同じ地域に住んでいて賠償金に差がありすぎるからだ。

最初は小高の知っている人が十万で手伝いさんに雇ってくれないかと来た人がいた。
今は小高のが鹿島の人をそれくらいの金で雇っている。
その人は足が悪いとかなっているので頼むようになった。
小高の人はそれだけ金があるということである。
小高の人に雇われるのが鹿島の人だということになる。
ただそのことは悪いことではない、金が鹿島の人にも回っているからだ。
それでも小高の人は働かず働かせられるのは地元でも賠償金がもらえない人たちだとなり不満になる。

そして小高の人たちが特別批判されるのはまず南相馬市だったら同じ南相馬市の市民ではないかと合併後はなっている。それぞれの区域分けができたとしても事情が違っていても同じ南相馬市民ではないかとういことがある。
そこで区域分けして差別することで分断されたのである。

ともかく南相馬市で一体感を保つための方策、政策が必要だったが市長も行政でもできなかったのである。

金というのは必ず欲が生れるからそこでいがみあうことになる。遺産でも兄弟がいがみあいばらばらになる。それと同じことがここでも起きたのである。
相馬市でも避難している飯館村やその他浪江の人たちでも良く思っていない
常に金をもらっているのには相馬市の場合は何にももらっていないから余計にそうなる。ただ小高の人たちが南相馬市内で批判されるのは浪江町とか飯館村のように放射線量が特別高くないのになぜそんなに賠償金がもらえるのかということがあった。
それは警戒区域に指定されたから小高の人がしたのではないから小高の人の責任ではないというのもそうである。

でも実際金がからむとそう見ないのである。

だから南相馬市でも市長でも行政でも何らかの対策を打つ必要があった。
それが全く無策でありそれで分断されたままなってしまったのである。確かに小高はもらいすぎているのだからその分を鹿島に分けるとかが必要であった。
そうはいっても小高には小高の人の言い分があり欲があるからそんなことにはならない。浪江とか飯館村だともう一億円もらっても当然だというのはある程度わかる。
まず浪江とか飯館村は住めるような状態ではないからである。
そしたらこれかからの生活派とをなるのだということで一億円必要だとなる。
実際に飯館村では除染費用に一見5千万をかかるという。
そんな金を使っても山林が全体の70パーセントの飯館村で除染しても無駄だから
一億円配って他で生活させるべきだというのもわかる。

しかし小高の場合は住める条件が整っているのだからそんなに賠償金が必要なのかということになったのである。

いづれにしろ南相馬市はこうして一体感がなくなった。それこれからも尾を引くから困るのである。浪江町ではお前らは金あるんだから仕事しなくてもいいだろうと仕事を与えてくれといっても会社の人は仕事を与えてくれないと言っていたことでもわかる。
これからも小高の人は金をたんまりもらんたから仕事しないで暮らせるだろうとか言われるかもしれない、南相馬市でそういうふうに一体感、助け合うということがなくなったのである。

だからこれからはそういう南相馬市民のしこりをどうするかも問題になる。

こうした問題は現代特有のものとして起きたのかもしれない、広域社会に金の社会になったとき、地域のつながり自体が薄れ金さえあれば別にどこに住んでもいいという感覚になっていたのかもしれない。
そういう人はもともと故郷であれそこに住んでいる場に愛着がない、だからたまたま住んでいても一億円やるから他に住んでくださいというとき、それは好都合と他で暮らした方がいいとなった。姑と一緒に暮らすのが嫌だからかえって離れて暮らせるからとこの際他に移り暮らしたいと言う人もいる。

つまり何かそこに住まないければならない、そこが他にない価値ある場所とはならない、金さえあればこの際移り住んだ方がいいというのは何かそこに愛着あるものがない。
広域社会になったとき、金さえあれば便利なところに移り住みたいとなるのが当然だとなる。

だから現代の人間のつながりはそもそも広域社会になると薄れていて金の方が大事になる。金をもって他に移った方が便利でいいしサービスもいいとなれば移る。
何かそこで暮らさなければならないという価値観がない社会になっている。
「俺はどうしても野馬追いに出たいからここで暮らす」というのも一つのこの辺の価値観になる。そういうものがない人は簡単に故郷でも長く住んでいても愛着なく捨てる。
知っている人は自分は若いとき苦労して土地を買い家を建てたからここを離れたくないというとき、その愛着はまた違っていた。
でも家も土地もない住宅に住むような人はそんな感覚をもたないだろう。
一億円くれるなら他で住んでかまわないともなる

ただ人と人のつながりがあり家族ありとか友達がありとかはある。
だから小高の人は体が悪くなっても息子のところにはゆきたくないという。
過疎地でも子供のところにゆきたくないと仲間と一緒にいたいと限界集落に住んでいるのと同じである。

ただこの辺で変に思うのは若い人でももう金をもらって外に流出することは故郷の人たちでも仲間でも家族すら捨てることになる。
要するにそんな関係でしかなかったのかということもある。
何か困ったら結束して助け合うとかいうことがそもそもなかったからこういう困難な時にかえって簡単に見捨ててしまうことになったのか?

だから子供を苦労して育てても親なんか簡単に捨てるとなると馬鹿らしいとも思うかもしれない。
また故郷にしてもそこで育てられた人も別に故郷に愛着を長く生活したところに愛着をもたないということはそれなりに尽くした人たちを簡単に見捨てるということにならないか何かその辺が変だなと思った。
例えば相馬市の看護学校は地元の人を育てるために優遇している。
それは地元に看護師となって貢献してくれると思いそうしている
医者でも福島県に勤務してくれるなら学生は無料にするのはここで尽くしてもらいたいからそうなる。
それがそうして世話になったのに福島県外の方に簡単に勤めるとしたらそんな人に援助しても何にもならなかったとなってしまうだろう。


いづれにしろこの辺は土地や家族や仲間のつながりや一体感が何であったのか問われる。様々なことが問われる様々なものがテーマとなる場所になったのである。
宗教的哲学的な場所でもある。
なぜ金があれば故郷とか家族でも友達でも簡単に捨て去り他に行ってしまうのか?
何か金以外の価値があった、それは目に見えないものでもあった。
それが何なのかが明確にならないにしてもそういうものは金では計れないにしてもあったその価値あるものが何であったのか問われるから宗教的哲学的に考えさせられる場所になったのである。


だから女川だったか、ボランティアにここで働くならずっとめんどうみる。
でもここで働き骨を埋めるくらいの覚悟で働いてもらわないと困る。
それができるのかと何度も問うていたことでもわかる。
それだけ女川辺りでもう街自体が崩壊してしまっているから真剣になる。
20パーセントとか流出して住めないと判断されるからそうなる。
そういうところで働くのそれだけの覚悟も必要になるし連帯感をもつことにもなる。
まるで城とともに討ち死にするような状態になる。
それだけの一体感、生死をともにするようなつながりが要求される場所になっている。

そんなことに耐えられないと地元の人すら流出しているからそうなる。
そういうこともこの辺では問われているが結局若い人は住まないというとき、
すでにコミニュティは崩壊している。
めればもともとそれだけの人のつながりも故郷に対する愛着もなかったのだとなる。
金さえあればどこでもいい便利な方がいいという価値観が勝った社会だからこういう状態になったとき、簡単に故郷は捨てるし金が唯一の価値となり分断されてまったともなるのだ。

posted by 老鶯 at 11:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連