2014年06月04日

マスコミの報道の違和感 (避難民はそんなに暮らしに困っているの、その逆じゃないの)


マスコミの報道の違和感

(避難民はそんなに暮らしに困っているの、その逆じゃないの)


 
一家の大黒柱として、避難先での暮らしを守らなければならない。生活費をどうやりくりするか、悩ましかった。看護師の栄子さんは避難に伴い、浪江町のクリニックを4月末で退職扱いになった。毎月の収入がなくなり、預金を切り崩すしかなかった。住宅ローンも800万円近く残っていて、金利は増えるが返済を5年延期してもらった。喜一さんはため息をついて元の暮らしをうらやんだ。「浪江に帰りてぇな」
http://blogs.yahoo.co.jp/sasaootako/62979544.html
2014年6月4日 (水) 福島民報


この記事なんかも本当なのとなる。浪江町では一人十万からさらに五万追加されとか交渉でなるようだ。
どうしてこの人がこんなに困るのだろうか?
ローンさえ払えて得した人もかなりいるのではないか?
一人十万もらえればそれで五人いれば50万とかなる。
そんな収入をこの辺では得られない

だからNHKでも福島県のメデアでも何か本当のことは放送されない

ただ浪江の有名な人が仕事を斡旋してもらえいたけど
「あんたたちは多額の補償金もらっているから仕事しなくてもいいだろう」
そう言われたというのはなるほどそれは真実だと思った。
工場経営した人となると億の金は入ってくるから別に仕事探しに汲々する必要ないのだ。

小高でも一軒はじめている理髪店のことを放送したけど
もう一人の人が言っていたけど
なんか自分の家が一時泊まる宿のようになってしまっているんだよ
だから仮設のホテルが自分の本来の棲家のようになってもいる
人間も三年間も家を離れるとそんなふうになるかものなのだろうか?
自分のように旅ばかりしていたら家すら一時の仮の宿のようになっ
遊牧民だったらそういう感覚になる


つまり避難民は三年も他所で過ごしていると遊牧民的感覚になっているのかもしれない
仮設とは仮の宿でありまた自分が長年住んだ家も仮に泊まる宿のようになっている
そしてその人がかえって仮設の仮の宿の方がなんかいいような気分になっているとまで
言っていた。
それはなぜなのか?
つまり補償金で遊んで暮らしていいけるということがそんな気分にさせているのだろう。
もし家にも住めなくなり暮らしもままにならないとしたらそんな気分にはなれないだろう
だから仮設暮らしがいいという人まででてきているのだ

一方で孤独死とか負の側面も報道されている

だから新聞であれテレビであれメデアの放送にはなかなか本音が言われない
ただすべてがそうではなく、ちょっとした独り言のようにもらした言葉を深く考えると
そういうことなのかと地元で納得することがある
だからこの辺のことを全国に放送して見ているのと
地元で見ているのとはかなり違っているのだ


「失業補償金」や「田んぼや畑の補償金」 「家と土地の補償金」は別に東電使って税金から支払われていて、 さらに「家賃タダ!」「税金タダ!」「医療費タダ!」 服や靴・なんでも「支援物資でタダ!」ですからね〜。 さらに浪江町の連中は、おこづかいである精神的補償金を「1人毎月@35万円に増やせ!!」と言ってブチ切れてますから 1人600万円じゃ足りなくて、 さらに「1人1500万円」 4人家族ならもう「6000万円のこづかいよこせ!!」と言ってます。


一人十万だけじゃない、例えば小高でもただ一時宿泊に行くだけでも何らかの支援金が支払われたりしているとか
何かというと補償金がでているのである。

ではなぜ福島民報とかNHKでもそういう問題点を放送しないのか?

それは取材される人が注文している、困っているように報道してくれるなら
実名でも報道していいとなるからその報道する人のいいように報道することで取材できているのだ。
それは誰でも自分に不利になることは報道されたくないなのである
それは個々人でもそうであり町自体でもそうである
イメージを悪くすることは報道するなとなるから実情がわからなくなるのだ


ただ国民はただそうした原発の補償金にたかる人たちをいい目では見ていない
するとそういう方面の放送や報道もしていいのだがまずテレビではしない
事前に了解をとるものしかしていないのである

自分が原町区の石神の人に何度もいくらもらったのかと聞いても教えない
それは鹿島区などより多額の金をもらっているからそうなる
特に石神地域は原町区でも放射線量が高いからもらっているはずなのだ


結局報道というのは何か一面だけをきりとり取り上げるから誤解が多いのである
それは全国放送でもそうでありその土地の事情がわからないからそんなものかと
放送された画面から頭にすりこまれてしまうのである。
そしてテレビは映像中心でありなんてひどいことをとか感情的にする

飯館村の人が相馬市の農家にあんたちは雇わない、津波被災者の方を優先すると
不満を言っていたがこれも地元から見たら当然なのである。
飯館村の人も事情は違っていても補償金はかなりもらっているからだ。
一方相馬市では南相馬市に比べたら原発の補償金は全然もらっていない
だからそうした避難民が贅沢していると不満が多いのである


「浪江に帰りてえな」気持としてはわかるが本音はもっと一億でも補償金をもらって
新しい生活を別なところではじめたい、そうすればローンも簡単に返せるしとかということもあるかもしれない、
そもそも浪江に帰ること小高に帰ることすら何か大きな壁ができている。町自体が前とは違っていて崩壊している
そんなところで金をもらっても金を有効に活用できないのである。
だから飯館村の人が除染などに金を使わないでその金を補償金でもらって
別なの所で牛を飼いたいという人がいて反発されたみたいだ。

飯館村でもあんなに草茫々になったらもう住めないとあきらめる人が出るのも当然だと思ったからだ。

こんなことを震災のすぐあとに一カ月後くらいに盛んにネットで原発乞食だとか言っていた人たちがかなりいた
でもそれは一カ月後では混乱しているのだかその時はそんなに言うのもどうかと思った。
しかしもう三年も過ぎたらかわいそうな人たちとはもうならないだろう。
かえって補償金で恵まれていると見る人も国民には増えるし地元でも増えているのだ
だからこうした記事には何か違和感を感じたのである。

posted by 老鶯 at 21:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

嫌な予感ほどよくあたる (原発のような不安なもの不吉なものは置くな!)


嫌な予感ほどよくあたる

(原発のような不安なもの不吉なものは置くな!)


危険察知という生物に備わった機能のおかげで事前に知らされているのに無視しているだけなのですから。
無視とまではいかなくても社会生活では避けて通れない事も多々ありますね。
そんな時も否応なく嫌な予感が当たってしまう事が多々あるかと思います。

やっぱり解雇されるかなと思った会社は、解雇された。


その後塾へ行き、塾の帰りにパトカーがある場所を取り囲んでいて、警察が
そのおばあさんの遺体に毛布を掛けていました。自殺だったそう。

二回目は社会人になってすぐ。友人とあるシティーホテルに泊まりに行った時。

チェックインをするためにフロントで待っていて、他の女性のお客さんを見て
すぐに「この人自殺する」とまた感じました。


慶長2年(1597)、義胤は居城を牛越城に移した。小高の地に築いた村上城が移転直前に火災で焼失し、
そのため不吉として牛越城を修築して入城したためである。

これも単なる不吉だけではかたづけられない理由があった。
もしあそこに城下町が形成されていたらどうなったか
慶長津波(1611)が来て全滅になっていた。

不吉な予感には何か全く漠然としたものではなく合理的な背景、原因があってなるのも多い、
だからこそ嫌な予感ほどよくあたる・・・というときそれなりの理由があってそうなる。

自分の経験でも交通事故で実の兄弟ではないにしろ死んだ時、その保険金でもめた。
雇主までかかわってきてその保険金を奪おうとした。
静岡とか離れていたのでそこに行くだけで大変であった。
ただ死んだのだから行かざるをえなかったが金でもめたので嫌なので自分はすぐに帰って家族と親戚にまかせた。
その時金のことでもめたので嫌だなと予感した、それは先のことになるが何か自分にも災いが後に起きてくるのではないかと不安だった。
それにかかわった人は死んで自分がその後任者になった。

でもすでに20数年前のことだから法律的には保険金のことは関係ないが以前として金のことをひきづっていたのである。
だからその子供が裁判にかけるとか法律を知らないから責めてきた。
自分は何かそういうことをあとで嫌なことになるからかかわりたくないと予感したのである。それが現実化したのである。
その悪い予感はその時は何もないかもしれない、10年後20年後に実際に現実化して害を及ぼすことが多々ある
この予感は的中していてその通りになった。


もう一つはプログに書いてきたけど自分の家族のことだった。
これも複雑であったけど自分にとっては恵まれたものとなっていた。
でもいづれは何か自分にとって辛いことが起きてくる予感はしていた。
そんなにいつまでも恵まれていることがありえないと思っていた。
ただ恵まれていれば楽だと楽な方に人間は流されるのである。
そこに人間の弱さがある。
親が援助していてもいづれはいなくなる。
そのことはみんな目に見えているしわかるからこそ不安になるのだ。
あんまり幸せな人もこんな幸せな日がつづくのだろうかという不安があり
それが現実化して突然の不孝に見舞われることがある


この物は落ちそうだと余会する時、それはただ何の根拠もなくてそう見るのではない
何か不安定であり何かの調子に落ちるような所に置いてあるからそう感じるのである。
もちろん全く不吉な予感を感じないこともある
こんな人と接すると害が及ばされるなとか感じないで受け入れて大損害になった。
その人に対してそういう予感がしなかったのである。
悪い予感がするとき、それは何か理由があり後ろめたいものがあったりするとなる
こんなに金が入っていて強盗でも入ってくるんじゃないかと思った時
本当に入ってきて殺されたりすることもある
お手伝いさん二人も雇っていて不動産屋なのか金持ちが東京で強盗に殺された
お手伝いさん二人は別に何の被害もなかったのである。


悪い予感がするとき、病気でもそうである。
何か兆候があり悪い病気になるんじゃないかと思うとなったりする
そもそも悪い予感が全く根拠のないものではないから当たりやすいのである。
人間は必ず病気になるし病気になる不安がありやっぱり病気になる
金をもっている人もこんなに金をもっていると金をねらわれるという不安になる
それが極端な形で現実化するのが強盗とかに入られて殺されるとまでなる
まず金のない人はそんな不安をもたないだろう。
不安にはそれなりの理由があり何の理由もない所に不安は起こらない
大金持ちもいるけどそういう人も不安をもっている
大不況が来て金も紙切れになるんじゃないかという不安がある
そういうことが過去にもあったからいくら金をもっていても不安になる


だから不思議なのはなぜ海岸沿いに住んでいる人たちが津波に対して予感をもたなかったのか?
海に面していても3キロとか離れていればまた違っている、それでも津波来て被害があった
絶えず福島県の浜通りとかなると荒い波が打ちつけていてその波音を毎日聞いているだけでも怖いと感じないかと思っていた。
つまりなぜ津波に対する不安がなかったのか予感がなかったのか解せないのである。
それは別に海岸沿いに住んでいる人たちだけではない、危険な場所に住んでいる人たちは今は文明が発達して膨大になっている

例えば東京のような高層ビルが倒れないと保証できるのか?
何かこのビルはいくら倒れないと設計され作られているとしても
どんなことが起きるかわからない、すると倒れるということもありうる
高層ビルにはそういう不安がつきまとっている
だからそういうところに良く住めるなと他からは見るのである
だからSF映画でなくても高層ビルが倒れることがありうる
そういう予感が現実化することがありうる
するとなぜそんな危険な所に住んでいたのかとまた問われるのである。


そして原発は一番実際は不吉なものだった
そういう悪い予感をもたらすものだった
安全、安全としつこく安全神話を形成したのはかえってその不安を打ち消すために
政府も東電もマスコミも必死だったのである。
ただ地元に住んでいれば近いのだから近ければ近いほどやはり不安があり不吉なものがあり嫌な予感をしていた人たちはいたろう
ただ金をもらえるから黙認していた。


嫌な予感がするもの不吉なものは置くな!


原発はトロイの木馬でもあった、なにかわからないものだったが不吉なものだった
だからそんなものを城内に引き入れるべきではなかった
田舎でも会津での凶悪な強盗殺人事件があったけどこれも何か不吉な人が来たと予感すべきだった
田舎でも今はそういう人が入り安くなっているからだ
誰かわからない人は簡単に家でも村でも危険なことになることがある


ともかく原発はそもそも不吉な嫌な予感がするものでありその根拠もあった
核の廃棄物でもそうでありそういうものが将来どうなるのか不安になる
そしてその不安が的中して大被害を将来に及ぼすことになる
それが千年後一万年後にすら現実化する

もちろん原発だって科学が発達して核の廃棄物処理ができる技術が生れれば
合理的に見ても安全だとなることはありうる。
それができなければ以前として不安があり不吉なものとしてある


不安となるもの不吉なものは引き入れるな、置くな!

だから日本という地震国に50数基も原発があること自体日本の不安になる
世界でもそうである、核自体が原発でも不安な未来を不吉なものをもたらすものである
そういうものは作らず置かない方がいいとなる
それが必ず災いをもたらすからそうなる


posted by 老鶯 at 18:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連