2014年05月19日

夏菊、夕鷺、蛙鳴く田 (復興はやはり元の暮らしがもどること)


夏菊、夕鷺、蛙鳴く田

(復興はやはり元の暮らしがもどること)

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夕鷺のそろい歩むや前田かな

老鶯や夕日のさして藤垂れぬ

主なき庭に牡丹の散りにけり主は我や我に映え散る
千輪の夏菊ゆれて白さます浜街道を走り来れり

水張りし田や蛙の集まりて復興なれや夕べ鳴くかな

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隣の家も空家になった。その家は庭を塀で囲んでいないかさ丸見えである。
組で三軒空家になっている。空家の数700万軒とか膨大なものとなっている
空家をどうするか大問題となってしまった。
思うにそうして空家となっているのは売られずに利用されるないのは
地主が耕作しないで権利を失ったと同じように権利を喪失させることが必要かもしれない
誰も住まないのにいつまでも空家にして利用されないのはすでに権利を放棄したともなる
ただ財産保全のように空家にしておくことは市長村にとって迷惑であり
市の活性化になもならない、


空家となり牡丹が庭に咲いて散ったけど主はもういないのだからその花を見ていない
そしたらその花は誰に向かって咲いたのかとなる
家に向かって咲いたのかとなる
しかしその家には主はいないてのである。
だから隣なのでその牡丹を見て写真に撮ったりした。
その花は自分に向かって咲いて映えて散ったのである。
主のいない人間のいない家に向かって咲いても映えないのである。

猫は家につくというけど家が空家だったら家についても餌をくれる人間もいないのだから何にもならない、
やはり人につき人が餌がくれるから猫も活きてくる
確かに猫は何か家に収まる、猫が今家にいて番していて待っているというのも不思議である。

人間は自分で利用できなくなったものは土地であれ家であれ庭であれ権利を失うのである
花を結構買って置いたが枯れたりしたので家に来る女性がそういう方面の仕事をしていたのでくれと言うのでくれた。
そしたら生き返ったという。
植物も花も水やりとか絶えずしていなとならないから管理がめんどうなのである。
自分はいろいろ仕事があるから手がまわらないのだ。
この辺でも津波で家を流されて困っている人がいるから空家の利用も考える必要がある


夏菊の季節になった。あそこの夏菊は日立木の畑だった。
風にそよぎゆれたとき生き生きとしている。
浜街道というとき浜とついているから海をイメージする
だから夏菊にもあっているかもしれない、
浜街道は確かに海に面して海に近いのだが実際は海が見えるところはほんのごく一部だった。
ただ海が近いことは確かだからどこでも3キロくらい行けば海には出ていたのである
今回の津波で松原などがなくなりかなり遠くから海が見えるようになった。


相馬市は今までと何ら変わりない風景であり田んぼに白鷺がいる。
その風景は南相馬市ではないからなんとも白鷺のいる風景がなにか昔に還ったような不思議を感じる。
別に今までは田んぼあり白鷺は普通に見ていたのだがそれがなくなると何か新鮮なものになる。
そういうことは原発避難者が故郷を失って経験していることだろう。
前田というのはまさに家の前の田でありそこを夕べ白鷺が歩いていた。

白鷺は夏の季語である。夏菊も白いのが夏らしい

南相馬市でも鹿島区でも今年は田植えをところどころではじめた。
そこに夕べ蛙の声がひびいた。それも一匹とかではない、前のように
蛙の合唱が聞こえた。
そこに水があるので蛙が集まったのだろう
蛙がそういうふうにして増えると今度は白鷺が餌になるから白鷺が飛んでくる。
それは今までの風景でありそれが復興したということかもしれない
ただ放射能汚染米とされて売れないとなるとまた復興とは言えない
三年過ぎて田植えもところどころはじまったり畑も耕されたりしてくると
何か復興してきたのかなと見える。

畑で栃木県の土をもってきてやっているという人がいたがそれは嘘らしい
なぜならそんなに遠くから土をもってくるのは大変だからである。

まあ、浪江でも田植えしたと放送されていたがその顔が輝いていた。
やはり農民は田植えして稲刈りする、その時労働が辛くても喜びがある。
それは漁業関係者も漁師にも言えることである。
確かに補償金はもらっていても一体なぜ自分は魚もとらないのに
海辺に住んでいるのかと言っていた。
魚をとらないとしたらその存在は何なのだろうとなるのはわかる
農民は田植えして畑を耕作して稲刈りして農民であり
漁師は魚などをとっているからこそ漁師なのである。
だから仕事の価値が再認識されたことは確かである