2014年05月16日

夏の日(津波の跡の右田の一本松)


夏の日(津波の跡の右田の一本松)

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こっちは低い一本松
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健やかに一本松の立ちぬらむ夏の旭に輝き映えて

朝風のそよぎて砂地広がりてハマエンドウや波のひびきぬ
誰が置く津浪の跡の松の根に壊れし位牌無残なるかな
朝の波光りてよせぬ津浪跡砂地の熱く夏の日さしぬ
海広く津波の跡の草原の朝や雲雀の声のびびきぬ
海よりし鳥の飛びきて草原に朝風わたる津波の跡かな

この家の津波に流され残る石ツツジの赤く燃えにけるかな

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右田の一本松はテレビでも報道しているから結構有名になっているのだろう。
確かに高い松であるが最初はあれとちがう低い松の方を自分は注目していた。
それは凄まじい津波に耐えた姿だった。枝は折れてまるで百人の敵とも
戦い屈しなかったような松の姿だったのである。

このすらりとした松は高いのだがそういうものはあまり感じないのだ
ただ高いということで目立っている

ハマエンドウが砂地化した原野に咲いていた。それは福島民報の写真でも出していた。
地元の人でも見ていない人が結構多い。写真の撮り方もうまかった
でもハマエンドウの写真しかでていない
回りの風景は写していていない、目立ったものを一枚だすだけだから情報が不足している
地元の人の強みは今ならインターネットで何枚もだせることなのである。

それよりその場のことはそこに現場にたたない限り本当はわからないのだ。
だから津波を知りたかったらその現場に立ってみることである。
津波は特に地形が関係していたから現場に立たないとわからないのである。

いづれにしろ原野化すると野生の植物でも生物でも鳥でもかえって住みやすくなるのだ。
これまた被害者には叱られるかもしれないが松原は第二の自然であっても砂浜は消えて
景観としては青松はあっても砂原はなくなっていたのである。
砂も自然であるからあれば美しいとなる。海辺らしい風景にもどったのである。


右田の浜から野球場があった手前の消防の分署があったところの前の家の庭の石は残っていた。
石が好きなので石を見るがあの石もまた個性がありいい石だと思った。
うねったようになっているからだ。
あそこは花も植えたり小屋が建っているからまた家を建てるのか?
あの辺は新しい家が何軒か建っている
庭があってツツジが燃えるように咲くことはそれは人間がまたここに住みたいということなのか、
赤いツツジは人間の情熱を感じる

あの辺まではまだ人が住める地域なのかもしれない
あそこの庭があることは知っていたが中から見ていないからどういう庭か知らなかった
今津波の跡で無断で入って見たのだがある程度原型が残っている庭だった。
距離的に遠いことで庭の石も残ったのである。