2014年05月10日

人生は時間を何に費やしたかで決まる (人間の脳は日々の経験努力が刻印されて後天的に作られたもの)


  人生は時間を何に費やしたかで決まる

(人間の脳は日々の経験努力が刻印されて後天的に作られたもの)

●語学の習得は脳に記憶を刻印させること


人生というのはどんな平凡な人でも才能がなくても最後に60代にその一生が自ずと明らかになる。
つまり人間は決して60代になる人生の最終章になることをリアルにイメージできない、
その歳になるとどういうことになるのかイメージできない。
みんな時間など無限にあると思っていたし時間をつぶすのに苦労していた。
時間なくなることが一番イメージできないのである。

金がなくなるきことは若い時でも俺はフリーターだからニートだから老後は金がないから悲惨だろうなとか、
親の資産があるから俺は大丈夫だろうとか予想している。
金は具体的だから予想しやすいのである。
時間は具体的にもっているものではない、土地がある家がある金があるとか何か具体性に欠けている。
だから金だったら節約もするが時間を節約するということは具体的でないからできない。
そこで時間は常に知らずに失われているのだ。


何に時間を費やすかで人生が決まるというとき、わかりやすいのは語学の修得である。
これは天才は別にして語学の修得には非常に時間がかかる。
英語を日本人は中高校大学で学んでも習得できないことでもわかる。
それはまず学び方が悪いということもある。英語に日常的に触れられないということもある。
そういう悪条件があるのだがやはり語学の修得には時間がかかるということである。
一般的に学問自体が時間がかかるものなのである。
「それで少年老いやすく学なりがたし」となっている
語学はやはり嫌でも暗記だったり苦しくても無理して読んだり書いたりと訓練する度合いが強い。
もちろん他の学問もそうなのだが語学が一番努力を要するものなのである。
だから二カ国語の外国語をものにできる人は極めてまれになる。
一カ国語すら無理なのだからそうなる。

そしてわかったことは記憶は脳は日々の生活の学びの中で作られてゆく度合いが大きいのである。
天才は生まれつき体力的にも能力的にも恵まれているからそういう人は例にできない。
一般的に脳は日頃の訓練で作られてゆくのである。
脳の記録の回路も何も作られていないが時間を重ねて作られてゆく。
だからその人が記憶されることも作られていたのである。


個々人の脳は努力の結果記憶が刻印されたものである


記憶すら長年の積み重ねで作られたものだった。それが語学の場合顕著に現れる。
語学だとどうしても単語を覚えねばならない、母国語のように自然には頭に入らない。
つまり恣意的に意志でもって無理にしてもでも脳に記憶を刻印させねばならなかった。
そういう努力を常にしていなければならないのが語学の習得には必要である。
だから語学の修得には時間がかかる。語学は何か数学などと違い特別な才能というより
時間をかければ習得できるという感覚をもつ、でもその時間は膨大になってしまうのである。
だからとても普通の人は一生かかっても一つの外国語も修得できないのである。


●人間の脳は日々の生活の努力で刻印されたもの


ともかく語学で例えると時間がいかに大事かわかる。今になると時間がないから
語学にさく時間がないからもう英語すら自分は学べないしもうかえって忘れてゆくから語学能力は減退してゆく。
ただそれでも脳に記憶されたものがあるからまだ全然わからないということではないのだ。


人生とは数式化すると

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まず時間を何費やすかがある。abcdef・・・と費やすべき時間がある。
でもaに時間をかけたら時間は100とか一定だからbcdefには時間をかけられない。
aに50をかけたらbcdefで50を割らねばならなくなる。
人間は与えられた時間が限定されているからあらゆることに均等に時間をかけることはできない。
普通語学ばかりに時間をかけることはできないから英語でもものにしている人は少なくなる。

そしてもう一つは金を何にかけるかが問題になる。費やす金によっても人生は決まってくる。
現代は特に金が大事になるのは時間を金で買うことや金で効率的に暮らせるということである。
金があればもし語学でも専任の講師を雇えばいいとなる。そういことを大金持ちはできる。
すると語学修得の時間の節約にはなる。

それにしてもやはり語学修得には努力が必要であり時間がかかりすぎるのである。
金があっても時間は限られているから金がなくてもその人なり価値あるものに時間を費やせば
人生の最後に収穫、実りをかりとることができる。

その例として本でも若いときはいくらでも読めると思っている。
ところが本はむずかしいのになると若いとき理解するのがむずかしい。
それでもむずかしくてもなんとか理解しようとして読むことが必要になってくる。それは語学の修得とにている。
なぜなら老人になると読む時間とエネルギーもなくなってくるからだ。
そして実際に読んだ本はわずかでありその読んだ本にしても理解できたのはわずかだったとなる。
でも読まないよりは良かったとなる。
そしてくだらない本を読んで時間を費やして失敗したとなる。なぜなら有益な本は読めなくなっているからだ。
本というのは厚いし何度も読まないとわからないことがある。
何度も読んでいる本はいい本なのである。そういう本にしてもなんか何十冊くらいしか残らないだろう。
それほど本も読めなかったのである。

結局自分の場合、青春はカルト宗教団体に浪費された。ただこれもすべてが無駄だとはいえない。
なぜならどんな無駄なことでもそれは経験になっているからだ。
何かをどんなことでも経験することがついには老人になるとできなくなる。
だから馬鹿げたことでも経験することは限られているから貴重だったとなる。
だから自分はカルト宗教団体については内部にいたから批判できる。
つまり内部告発できるのはあることに詳しくなれるのは内部で経験を積んだ人なのである。
官僚だって内部で時間をついやした人が詳しくなれる。
でも一人の人間の経験はわずかだからあらゆることに詳しくはなれないのである。


いづれにしろ青春でもあっというまに終わってしまう。ただではすべて消えてしまったかというと消えていない、
心に脳に記憶された刻印されたものが残りつづけるのである。
だから60過ぎると過去が生々しく甦ってくることが実際になる。
それは青春時代がそうなりやすい、だから自分の姉は死ぬときまで戦争のことを語り死んでいった。
四年間従軍看護婦で働いたからそのことが忘れられないのである。
それも青春時代だったから忘れられない、だから今も生き残っている戦争経験者は90になっても忘れられないのである。
それが生々しく甦ってくることがあるからだ。
戦友の顔だって生々しくよみがえってくることがあるだろう。
もちろん青春時代に悪いことしたことも刻印されて消えないのも怖いことである。

老人になると何でも結果として現れてくる。
それは一人一人違っているにしてもそうである。

自分は旅に費やした時間が100の内、60くらいになっていたかもしれない。だから今になると全く旅ができない、
するとただ思い出す旅になる。その旅も忘れいるのが多いのだが時々よみがえる。
何十年前でもよみがえることがある。何でも時間がたったからといって消えるわけではない、
経験したものがよみがえってくることがあるのだ。

花を覚えるにしても名前を覚えるだけで大変であり季節的にいつ咲くとか名前だけではない
その花がどんなものかイメージする必要がある。
花の名前だけでも百くらい覚えるとなると大変になる。
それが俳句を作る基本にもなる
その花をしるのも毎年毎年花を見ている必要があるのだ
毎年毎年見ていても花は新鮮に見えるし新たな花も知る
花の種類だけでも外国産もあるし品種改良したものもあるしと
花の世界も広大なのである
だからくだらないものに時間を費やしていると花の世界もしりえない
時間がまたたくまにすぎてしまうからである


●石の貨幣の価値を決めるのはその経歴だった


面白いのは石の貨幣の話である。


個々の石貨には価値が厳密に設定されているわけではない。石貨の価値を決めるのは個々の石貨の来歴であり、それを所有している者とそれを譲られる者の話し合いによって譲渡の条件が決定される
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A4%E3%83%83%E3%83%97%E5%B3%B6


海中に沈んだ石貨があった。それを取り出して舟でカヌーで運ぶの苦労した。
その苦労を語ることによってその石貨の価値が決められたというのも面白い。
だから一億円の金は同じ価値があるとは限らない、デイトレーダーとかが一日でパソコンを操作してかぜぐことができる。
同じ一億円でも命懸けの仕事で稼いだという人もいるだろう。
その話しを聞く時、命懸けで稼いだ人の話しは価値があり同じ一億円でも中味は全く違っているのである。
要するにその経験の方に価値がある。
俺はあの危険をのりこえて金を残したとか自慢できるのである。
その経験もただ金を残したというだけではない、実際はその人の人生を豊かにして力となっているのであてる。
あんな苦難を乗り越えたということが自信にもなるのである。

電気関係の電設工事の人が財を築いたのは請け負いであり会社員ではなかった。
個人が請け負いもらっていた。だから仕事を増やせば働けば働くほど金になる。
そうして財を築いた。会社員だったら決められているからそんなに財は築けない
ただその時は電設工事でも高度成長時代だからいくらでも仕事があり時代の影響でも
一代で財を残した人が団塊から上の人には多いのである。


ともかく時間がいかに大事かを知らないとあとで後悔してもあとの祭りになってしまう。
インターネットなどでも無料が多い、それはいいことなのである。
なぜなら何であれ時間を費やすものが価値を決めるのである。
本でもインターネットでも金を払うから価値を決めるのではない
そこに貴重な時間を費やすから価値がありうる。
だから無料でもすべて質が悪く読むに値しないということはない
なぜなら無料でもそこに時間が費やされたものに価値があるのだ
もちろんくだらないものに時間を費やせば本でもインターネットでも結果的に何も残らないのは同じなのである。

 

原発事故と酷似していた韓国のフェリー沈没事故(2) (巨悪は罰することはできないから国民に甚大な被害を与える)


原発事故と酷似していた韓国のフェリー沈没事故(2)

(巨悪は罰することはできないから国民に甚大な被害を与える)

「Facebookやツイッターなどでは、韓国政府、マスコミ、官僚、公務員、政府が槍玉にあげられています。


沈没した主な原因


●老朽化して機械が故障しやすくなる
●安全よりコスト重視になるー過重積載
●マスコミに多額の宣伝費を使う
●社長や幹部が巨大権力(政府など)と結託する
●カルト宗教団体などかからむ
●潮流が原因していた
http://musubu2.sblo.jp/article/93898119.html


前にも書いたけど今回の韓国のフェリー沈没事故の原因が原発事故の原因と酷似していたことである。

船自体が日本製だったということが今回は原因にはなっていないだろう。
でもその船を改築して乗客室を増やしたことも事故の原因になった。
船が沈んでから救助が遅れたのは潮流のためだった。
それも原発事故後に風が影響して飯館村が住めなくなった。

そしてこの会社の最大の問題が無理して過重積載してそれをつづけていた。
それが危険なのに見逃されていた
その見逃されていたのは政府や官僚やマスコミが一体となり見逃していた

なぜか?
そこに金がやはり回っていたからである。


今回事故起こした海運会社の安全教育費は年5万円
 宣伝広告費には年1200万かけてたらしい


それは原発事故と同じ構図が浮かび上がってきた
それにさらにその会社がキリスト教系のカルト団体により運営されていた
生徒たちはその信者であり船長の指示に従い船内に留まった。
その肝心の船長がいち早く脱出していた

これも放射線量を計るスピーディで浪江の津島が危険なことはわかっていたのに
政府からの連絡もなく浪江町民は津島に逃げで被爆した。
飯館村も被爆していたが一カ月とか避難しなかった。

政府まで批判されるのはなぜそうした危険なことが許可され見逃されていたかなのである。

それは東電でも高い場所に原発を建てるはずだったのにコスト重視でわざわざその土を削り低い場所に建てた。
それがなぜできたのかは政府の保安院が許可したからであり何ら安全の監視役にはなっていなかった。
カルト宗教団体も巨大化するとそれが政治への圧力となり創価のように利権団体として動く、
カルト宗教団体はモラルを追求する宗教とは何の関係もない
巨大な利権団体であり圧力団体である。

つまり原発事故と同じようにそうした政治から官僚からマスコミからカルト宗教団体までが一体となり過重積載が見逃されていた。
何よりもコストをかからないようにして利益を得ていたのである。
その利益がまたマスコミやカルト宗教団体や官僚にも政治家にも回っていたのではないかと追求されている。

これは本当に原発事故の原因と酷似しているのだ。

つまり事故の原因とそうした複合的な権力構造かち起きてくる。
それが巨悪になったとき、誰ももはや制御できないものとなる

結果として巨悪は誰も罰することができない
それが天災や大事故を呼び起こす

天災も津浪でもやはり人間の巨悪への罰とういうこともあった
なぜなら巨悪はもう誰も罰することができない
個々人の犯罪は罰することができるが
検察すら東電の天下り先であり罰することがてきない

結果的に津浪などの天災によって罰せられた
その他巨悪は罰せられないから最後に結果として大事故や戦争になって罰せられる
戦争でもそれはもう巨悪が罰せられないから戦争という結果を産む


そして巨悪なるものはカルト宗教団体でも誰も批判できない
巨大な圧力団体と化して社会を支配するともう社会がカルト団体に支配される
巨悪はそうして戦争まで導き国民は戦争という代価で300万人死んだとか
その代価を必ず払わされる
今回の代価は300人の高校生などの死だったのである

だからこうした大事故や戦争が起きるのはそうした権力構造の中で必然的に起きてくるのだ。
そんな巨悪がどうしようもない、そんな巨大な圧力団体を批判できないから従うほうかない、
放置しておきふれないことだとなるがそれが大事故や戦争へと導かれ今度は国民全体が大被害をあうことになる

オウムもそうだったようにカルト宗教団体は宗教などと何の関係もない
巨大な利権団体であり圧力団体なのである。
そういうものを放置していると後の災いになるし必ずそれは国民に被害を与える
一旦巨大権力化したらもう国民が支配されるのであり犠牲者とされるのである。
そういうことを国民は見逃しすぎるのである。
そして後で後悔しても遅いのである。その時は甚大な被害となりとりかえしつかないものとなっているのだ。た

巨悪がどうして生れるのか今回の韓国のフェリー沈没事故は
やはり原発事故と同じように事故によって暴かれたのである。
巨悪というのはそもそも悪としてなど見えない、善として見えるのである。
その複雑な構造も見えない、闇でありまさに闇の主は誰なのかとなり社長がどうのこうの
カルト宗教団体の会長がかかわっていたとか問題になる。
ついにはユダヤ陰謀論とかがでてくるのは巨悪は見えないからそうなる

ただ今回も原発事故と同じように被害が大きいから巨悪が暴かれることになる
現実に巨悪が罰せられないというとき未だに東電の幹部は検察によって罰せられないことでもわかる
結局支配層は巨悪を成す仲間だから罰せられないのである。
そうして事前に罰せられないから巨悪はさらに巨悪化して大事故や戦争にまでなる
むしろ巨悪を追求すると社会から抹殺されるのが現実である。
巨悪はそうしてますます成長して最後に必ず大事故や戦争や大きな災いをもたらして
国民が犠牲になる。そうなるのもまた国民が悪いのだとなり巨悪の主は罰せられることはない
かえって戦犯が戦後も主導的な役をになった。
読売の正力松太郎などはGHQと結び原発推進者となったことでもわかる
原発は韓国の船より莫大な利権を産むからそうなったのである
その利権は地元にも回っていたから地元にも責任があるとされた。
利権によって巨悪にのみこまれのが現実なのである。

 
posted by 老鶯 at 11:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層