2014年05月06日

コメントについて

 

コメントについて

コメントはまれにしかないので見ていないことがあった
コメントされればみんな一応反応として出している
ただ答えるとは限りません


忙しいのでコメントに答えることがめんどうになるからです
通りすがりの・・・とか言われても答えようがないです

自分のプログはそうした今までの文字の会話の場とも違っています

ただ反応があればうれしいのでコメントはなくても
こんな反応があったとかとして出しています

だからコメントは見ずに遅れることがあります


ともかく自分はプログは書き続けています
書くことがここに書いているだけではなく他にもあります
プログはその時々の情報を自ら書いて発信して情報を蓄積するのにいい
だからコメントがなくても書き続けている
あとで役にたつこともある

つまり日にちが記されるのであの時点でこんなことを書いていたのかと
自分で参考にもなるから書いている

ともかく人間は忘れやすいからこうして日記で何でも書いておくのがいい
だから東松島の鳴瀬川の土手を下りた白萩や浜市などの写真が貴重なものとなった
なぜなら津浪で家も通りも松も流されてしまったからである。
ただ一本だけ松が残っていた、その写真が一致したのでわかった。
こうして記録として大事になることがある

要するに現代は写真でも膨大な記録が残され集積されていく時代なのである。
 
posted by 老鶯 at 14:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

妻なくした淋しい老人の一人暮らし (大きな石の庭のある家)


妻なくした淋しい老人の一人暮らし

(大きな石の庭のある家)

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その家は近くにあった。その家はその人が働いて若い時に土地を買って建てたから愛着があるという。
妻もその時は喜んだろう。その奥さんを7年前に亡くした。
そのショックは相当に大きかった。それ以来その大きな家で一人暮らしになり家事もできずに泣いたという。
特に料理は糖尿病の予防のためにどうしても自分でしなければならないからめんどうになる。
その人は75才だから結構な歳である。だから若い時、苦労して買った土地と家には愛着がある。
200坪あえ100坪の土地をもっている。
電気関係の仕事で請け負いをして稼いだという。
家を建てることは当時でも大事業でもあった。その家の壁は土壁だった。
土壁は自分の家も職人がいなくなり最後になっていた。
その人がなぜその家に愛着があるかというとそうして自分で苦労して建てたからである。
その人の茶箪笥が一時自分の家に不思議なの縁で置かれた。
それもその当時ではしゃれた作りのものだったのである。
だからそこに思い出がある。その人は一代でそれだけの財を築いた。


自分はただ家でも金でも働くこともなく譲り受けただけだから家や土地に関する愛着度が違っている。
何か自分は間借りしている感じだったのである。
土地とか家に愛着をもっているのは人によっても違っているのである。
その人の家の庭も立派である。大きな石で組まれていて池もあった。
その石を見ているとまるで登山道があり高山植物が隠れて咲くような趣になっている。
自分は石に興味があり石の庭が見たいということで見せてもらったのである。
その家は海から3キロ以上も離れているけど床上まで津浪が押し寄せた。
それで一時仙台の親戚の方まで避難した。仙台でも物資が不足して並んでいたというのは意外だった。
それだけ広範囲の被害があったのである。
その時、助けた女性がいて今も親しくつきあっている。
近くの親戚は見ているだけで助けもしなかったという。
ボランティアも泥さらいなどをしてくれて助かったという。
あの辺は家がそっくり残っていたし被害がそれほどでもないと思っていたが結構被害があった。
3キロ4キロとか離れても床上まで津浪が来ていたのである。
つまり津浪は広い範囲で被害がある。低いと思ってもそんなに遠くまで被害があった。
もともとその家の前には家は少なかったが家はぱらぱらでもあったが今は全くなくなり
海の方は原野になっている。夜になるとなんか怖いという。


その人がしきりに言うのはネズミがでてきて困るといってネズミとりを仕掛けたとか言う。
カヤネズミはか小さなネズミが原野化してふえたのである。
それで餌とするノスリも来るようになった。それからなぜ池に水を入れないのかと聞くと蛇が出るからだという。
確かに自分の家もに屋根から子供の蛇が落ちてきたときは驚いた。
屋根に蛇の巣があったのである。回りがまだ畑などがあった時である。
それから区画整理して住宅地になったとき蛇はいなくなったのである。
そこはは回りは田んぼであり農家である。だから街内とはまた違った環境になっている。
特に回りはがうるさくて見張られているという。だから女性は家には入れない。
回りを異常に恐れているのだ。これが田舎の恐ろしい所である。
これは実際はヘビより恐ろしいと思った。
田舎の人間関係は狭隘なものとなり閉鎖的なものとなりそこから逃れられないから
その閉塞感から逃れようとして殺人事件まで起きたことが理解できるのだ。
田舎に移住するなら何か共同するものが仕事でも必要になる。
ただ町内と一キロ離れた田んぼが広がる農家地帯とはこれも相当違っているのだ。

その家の中に入ってみて感じたことは何か確かに淋しいのである。
二階もあるがそこは使ったことがないという。それから前に二階建ての小屋があり広さは200坪だから広い。
町内の家とは違っている。見晴らしも実にいい。ただ一人だから淋しさは感じるだろう。
そのことをしきり言っていたからそれがわかる。
家が広いと余計に感じるのである。奥座敷に仏壇がありそこで妻の供養をしている。
その老人には娘がいて一週間に二回料理をしてくれる。孫も時々来ると言っていたが
もう成人しているのでなかなか来ないというもいう。その子供の時の孫の写真が飾ってあった。
こういう人は別に今の時代、普通にいるだろう。ただ奥さんを早くなくしたということで違っていたのである。


自分がその家で感じたことは何か確かに淋しいということである。
その人には何か趣味らしいものもない、庭は立派でも花がきれいになっていない
ぼつんぼつんと忘れられたように手入れもされず草が繁っている。
何か庭まで淋しい感じになっているのだ。
自分の庭は花を一杯にしているからそんな感じがしないのである。
ただあとで聞いたのではもともとツツジなどが一杯に咲いていたという。
ところが津浪でそうした花などもなくなった。
その後手入れができず今のような淋しい状態になった。
そこには低い杉の木が手入れもされずその葉がだらりと下がって幽霊の木のように見えたのである。
塀も地震で壊れていたから余計にその辺が淋しく見えた。

人間はやはりその家に入ればその家から何らかの気が発してくる。
その家はきれいにかたづけられているけど何か確かに淋しいのである。
その家の雰囲気はその家に住む人がまた作り出しているのだ。
特に奥さんがなくしたり男やもめなるとどうしても家は荒れて淋しいものとなる
それが高じるとゴミ屋敷になってしまうのである。
自分の家も全部家事をしているからもともと雑なのでいつまでたってもかたづかないのである。
ただ自分は花が好きだからフラワーアレンジメントする場を作っている。


一人暮らしの人はこれから増えてくる。近くでも組で三軒も空家がある。
近くで昨日一人また死んだからその人も一人暮らしになるのだろう。
一人の女性は息子にひきとられてイワキの方の老人ホームに入ったという。
近くの人に助けられて一人で暮らしていたができなくなりそうなった。
そこも空家となった。だから空家も東京のような都会でも増えてくるのだ。
空家をどう利用するかも少子高齢化で問題になっている。
この辺では土地を欲しい人は増えた、だから土地ごと家を買いたい人はいるが
空家を貸すようなことは都会のようにはできない、土地の方が価値があるのだ。


いづれにしろこういう老人の一人暮らしの人はめずらしくなく全国的に増えているだろう
自分もにたような状況にあり地震手風呂が使いなくなり近くの福祉の湯に行くようになった。
300円であり近くだから便利だった。一人だと風呂に入るのにも水を使うし
ガスでも電気でも一人分でも同じように費用がかかる。
一人暮らしは経済的にも損だし何か共同的なものにすると節約になる。
野菜でも買っても必ず一人分だと損する。あまして古くなり食べられなくなる。
一人暮らしには一人分でも二人分でも三人分でも同じように費用がかかる場合がある。
だから一人暮らしは何か共同的な暮らしが必要になっている。
そして夫婦でもいづれはこの人のようにどちらかが死ぬと一人暮らしになる。
そういうリスクはかかえているのが老人なのである。
近くの人は夫が死んだから一人暮らしになるかもしれない。
つまりどうしても少子高齢化社会では一人暮らしが増えてくるのである。

ともかく大きな家だと何か淋しさが違う。がらんとして一人でいることは嫌になるだろう。
だから猫でもいる方がいいとなる。その人はしきりにあなたはまだ介護している
母がいるからいいというのもどうかと思った。
母は耳が聞こえず頭も悪くなっているので会話ないしただいるというだけであり
世話しなければならなないので大変である。
でもその人にとっては家にまだ家族がいるからいいと思っているのだ。
それだけその人は淋しいからそう思うようになったのである。
妻を介護せずになくしたから介護の苦労はわかっていないのである。

高齢化社会は老後をどう過ごすかいろいろ問題になるがその明確な解答は
個々人によっても事情が違うから同じように対応はできない、その人が施設などに入りたくない、
この家で暮らしたいという、その人はわがままだと知り合っている女性が言う。
自分も施設には入りたくないけど最後は人の助けなしでは生きられなくなったらどうにもならないのである。
だから健康である限りは一人で自由に暮らしたいというのが本音になる。
老人とつきあって興味深いのはその人の一生が何だったんだろうと考えることである。
それは郷土史にも通じているのだ。一軒一軒の家を知ればそういう人が故郷に
こんなふうにして生きてきたのかと具体的に知ることができるからである。

その人は体が頑丈で堅実に生きてきた。だから孫は銀行員になっている。
それは別に関係ないにしろ堅実な人だったのだろう。石のように硬い人だったのかもしれない。
趣味などはあまりなかった。趣味をもつことは実際は時間がかかるから簡単にはできないのであてる。

とにかくあの石の庭は見物である。家は旧式のもので今の人には利用しにくいだろう。
個室としての利用がむずかしいのだ。襖でさえぎられていてつづきの家になっているからだ。
ただ欄間だとか建具職人がいて凝って作っていたのは自分の家と同じだった。
今は建具職人などいなくなっているだろう。今風の建売住宅は外から見た時みんな違っていて個性的に見える。
それは個室が多いからそうなっているのだろう。
大家族の家というより個室の家になっている。そしてみんな設計が違っていて家の形も違っているのだ。
だからあとから直しにくいということはある。
だから家はそれほど価値がなくても土地には価値がある。
何トンもの石を運んだ庭には価値があるからそれを継続して利用する人がいたらいいとは言っていた。
庭の面白さはみんな個性的で違っている。小さな庭でもその家の個性があるから面白いのである。
ただあれだけの石の庭を造るのはなかなかできない、
やはり石が大きいから迫力がある。本当の山のように見えるのである。


この辺では故郷に住めなくなった人たちが多数出た。故郷自体がなくなることにもなった。その時、
若者がいいが老人が移住するのが辛いというのはそもそも老人はこれまでしてきたことが誇りでありそれが支えてなっている。
だからその人は若い時苦労して土地を買いこの家を建てたんだよと何度も言う時、何にも苦労しないで譲り受けた人とは違う。
自分の家も自分が苦労してた建てたのではないから家や土地にしても愛着度が違う。
だから常に家のものが自分が家を建てたんだよと自慢していたことがわかる
苦労しないで得たものは失いやすいのである。

ただ二代目でもそれを維持するのには今度は苦労するのである。
受け継いでもまた維持して発展すんせさることはまたむずかしいのである。

人は家でも物でも何か物語がつきまとっている。それを知らないとそれはただのモノになってしまうが
もの語りとして見る時、ただの石でも違って見える。
そこには別な価値が付加されているのだ。だから物語がそもそも歴史なのである。
その物語を故郷を失うと失われる。他に移住した人は若ければまた物語が作られる。
自分は原発事故で避難して苦労してここで住むようになったとか語られることになるが
老人はにはすでにしてきたことを誇るのだからそれができなくなるから辛いのである。


大石に北風唸り大男家を支えて老いにけるかも



大きな石の庭に棲む老人

何トンもの石で組まれた庭
その石が重厚に迫ってくる
今回の地震で多少ゆらいだが
崩れることはなかった
妻を亡くした老人が一人で住んでいる家
登山道のように細い道を上ると
そのどっしりとした岩の陰に
スミレがそっと隠されるように咲いているよう
妻をなくした老人はしきりに言う
自分は若い時苦労してこの家を建てた
だからこの家を離れたくないと
ただ淋しいと言うのがわかる
その人の体は岩のようにがっしりしている
でも妻に早く死なれ老いて気弱になっている
そのそそり立つ岩は雨風をここで受けて立っていた
今回の地震にも津浪にも残った石の庭と家
それで愛着がまた深まったのかもしれない
人間はいつまでも岩のようにはいられない
それが人間の弱さと哀しさである