2014年05月01日

同情には優越感と蔑視が同時に生れれる人間の複雑な心理 (絶対的強者はいずみんないづれは弱者化する)


同情には優越感と蔑視が同時に生れれる人間の複雑な心理

(絶対的強者はいずみんないづれは弱者化する)

人が他者を哀れんだり同情したりする時、そこには必ずと言っていいほど優越感や蔑視が介在する。


この言葉はプラトンが言ったのかどうか一般的に言われていることだろう。
まず人間の心理ほど複雑なものはない
同情するとかあわれむとかは別に悪い感情ではない
でもそのあわれなやつだというときそれは自分より力が下になったということである
病気になったときそれが明確に現れる
病気になるということは弱者になることなのである。
だから病気になるとかわいそうだと言ってもあんたは俺より弱い人だとみる
強い人にあわれんだり同情したりはしない
強い人には恐怖感があり低姿勢になる


ではなぜ医者とか看護師や介護士とか弱者を相手にするものが
性格が歪んでいるとされるのか?
それは常に弱者を相手にしているからである。
常に優位に立っているのが医者であり看護師である
病気になっているのだからどうしても医者に頼らざるをえないからそうなる
ところが一般社会では強者がいくらでもいる
だから日常的な仕事でもいつも頭を下げて低姿勢で商売している人が多い
医者とか看護師は患者にありがとうなどと言う必要はない
いつもありがとうと言われる方なのである。
それが当たり前の世界であり低姿勢になることはない
すると謙虚な心は養えない、相手は常に弱者だからである。
医者とか看護師が患者に頭を下げることなどありえない
あなたをお世話させていただきありがとうなどと言う人はいないのである。


つまり同情心があっても必要でもそこには必ず優越感と蔑視があるという
人間の複雑な心理がある。
実際正直に言えば同級生で猫こせがひどくなり奇形のようになった人がいた。
あんな格好では外も出歩けないなと見た時、優越感を覚えた
あいつもあわれだなと思うがやはりそこには優越感とか蔑視の感情が生まれる
もちろんそのことは自分が病気になり弱者になった時はそれどころではなかった
あからさまに弱者をいいことに火事場泥棒にあい大金を失った。
もう一人は借金をしていてその弱みにつけこんで請求してきた
これも苦しいことだった、弱者になると逆らえないから恐怖なのである。
簡単に奴隷にもできるしその人が性格が悪いとあからさまにその悪が横暴にでてくる

ただ一方で自分が弱者になった時、この際と責めてきた人も
実は弱者だったということがあった
それは共に金に追われていた。金がないということで弱者だったのである。
借金もしていきた人があり追い詰められていたのである。
だから金が欲しくて自分が病気になったとき責めてきた。
まさにこの世は人間は弱肉強食の世界だった。

人間は金においつめられると犯罪者になる
それは善人とか悪人とか関係ない
そういう状況になると誰でも犯罪者になる
借金した人は別に悪い人ではない
若い時は頭が良くていい人だったという
それが変わったのは事業に失敗して借金してからだった
だからそうした何か人生での失敗から追い詰められて犯罪者にもなる
その人は別にもともと悪い人ではなかったのである。


このことは老人に対しても一番言えるのだ
老人に若者でも肉体的にも劣ってくるからあわれだなとか同情するが
やはり優越感と蔑視の感情があからさまにでてくる
子供で親が老いているのを見た時、今までは怖かったが今やあわれみの対象となる
その時、必ず優越感と蔑視の感情が生まれる
こんな親はもう怖くない、俺はもう親より強い、親は弱者になった
だから親は自分の言うことを聞くべきだとかなる
現実に親子の関係はみんなそうなってゆくのである。


結局人間は弱者に対して謙虚に接する人はいない
なぜなら必ずそこには優越感と蔑視の感情が同時に起きる
だから同情は偽善だとかなる
それで同情自体を否定するニーチェの超人思想が生まれたのである。
ところがニーチェ自体も狂気なにり弱者化したのである
奇妙なことは自分の姉も看護婦であり何度も言っているけど
肉体的にも心身ともに優秀な人だった
だからいつも自分は優秀だと言っていた。
その優秀だということに最後までこだわっていた
認知症になったら明らかに痴呆症になったのがら馬鹿になったのである。
それでも手術した時も、死にそうになったときもかすかな声で「俺は優秀だった」と
言い続けたことも異常だった。
そんなに優秀なことにこだわるものかと自分にはその心理がわからなかったのである。
自分は心身ともにまず優秀な所がないからそんなこと思ったこともない
体力的にもだめだし頭脳もだめである。
文学的才能にしても本当にわずかな芽があっただけであった。
だから子供のように俳句にしても短歌にしても言葉を並べただけだったのである。
だからそんなに優秀だとこだわることが理解できないことだった


ただこれニーチェも「俺は勝者だ、超人だ」と狂気になっても思っていたということは
姉とにていたのである。すでに狂気になり病気になってもそう思っていたのである。
人間は強いとか優秀だとかとどこまでも主張するときそれも狂気になってゆく
別に弱者がいいというのではない、健康であるべきだし弱者の歪んだ思想もまた異常なのである。
だから現代が弱者であることが障害者とか病人とか老人がその弱さを楯にして
社会に保護しろとか税金をもっと弱者のために使いとか強者になるのもおかしいのてある。
弱者であることが特権化しているのである。
「弱者をいたわらないやつは人間じゃねえ、社会的に糾弾してやる」とか恐喝にまでなるだから
障害者をもった母親が弱者に同情しないというのは障害者をもった母親にしかわからない複雑な心境がある。
生活保護も必要にするにしても当然の権利であるとしている。
権利だから当然であり誰かに感謝することなどないのである。
社会にも感謝などしない、だから一般的に生活保護者は何か心が歪んでいる、
でも全部ではない、生活保護がどういものかを知ってわきまえている人もいる。
ただ現代は何でも権利化して権利として主張しているのである。


いづれにしろ強者と弱者の問題は人間にとって常に変わらぬテーマとなる。
歴史もまた強者とならんがための争いの歴史だったともなる。
強者が弱者を征服してゆく歴史である。そのことが戦争に負ければ奴隷にされたということが一番わかりやすい。
その歴史は今も継続しているのだ。
ただ国単位でもいつまでも強者になる国はない、いづれは弱者化してゆく
アメリカだっていつまでも強者ではありえない
貧富の差が極端化して富裕層の市が独立して貧者を排斥して内部分裂して弱体化する
そういうことも現実に起きているのだ。


強者の問題は必ず体力でも才能でも様々な能力があっても奢りになる。
その奢りが神の怒りをかう、だから高いものが必ず卑(ひ)くされる
卑いものが高くされると神が言うのは人間は全能でもないからそうなる。
ある時は強者でもいづれは弱者になる運命にある。
「奢れるもの久しからず」というのが歴史でも同じであり個人でも同じである。
個人的にでも優秀な人は奢りやすいのである。
だから弱者は弱者でいいというものでもない
聖書のテーマが弱いものが強いものに勝つということでもあった。
ゴリアテのように強いものも弱者と見えたダビデの一撃でもろくも崩れ去る。
それはどんなに強い人でも病気になるともろくも崩れさることをみている。
文明も人間が神のように優秀だと奢るとき今回の原発事故のようにもろくも崩れさる
全能の力をもっているのは神しかないからそうなっているのだ。

 
 
 
posted by 老鶯 at 11:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 福祉医療-老人問題

八重桜は母の愛 (故郷とは母の愛・・・)


八重桜は母の愛

(故郷とは母の愛・・・)

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春日さし赤みを帯びた大き石

雨しとと誰か思ふや余花を見る
一時に六輪開く牡丹かな
誰がとがむ牡丹開きて雷鳴りぬ
故郷の狭きを行き交い夕燕


ふるさとやほのぼのとして母の愛八重桜の下我は歩みぬ

八重桜夕べ散りにき雨のあと湿りし道を我は歩みぬ
ほのぼのと八重桜咲きこの夕べ蛙の鳴くや故郷の道


故郷とは何なのだろうか?これを訳すのに苦労していた通訳の女性がいた。
ふるさとというのは英語でなかなか訳せないだろう。
だから浪江とかで故郷を失ったことで世界の人に訴える時、
どう訳していいのかわからないというのも理解できる。

そもそも故郷といってもみんな違ったものとして故郷がある。
故郷に最も愛着しているのが誰かと問うことにもなった。

近くの人は若い時から苦労して土地を買い家を建てた
だから家に愛着があり離れたくないと言っていた。

これは自分のように何の苦労もしないで家を引き継いだものとは違うなと思った。
なんか自分の場合,家はただ間借りしていたという感じなのである。
そんなふうにして住んでいれば家にそんなに愛着があるとも言えない
故郷に愛着があるのはそうしてこの土地に密着して働いた人だろう
だからそうして共に苦労して働いて家を建てた老夫婦は故郷に愛着をもつ
代々住んでいる農家の人なども愛着をもつ


ところが会社員になるとまた別である。
車の部品を製造している人はどこにいってもやはり同じ仕事で変わりないのである。
その土地に根付いたものではないからだ。
そういう人たちも増えている現代は故郷に愛着をもつ人が減少してしまったのかもしれない
昔の村とは違ってコミニュティが解体しやすくなっている

浪江町として一体感を忘れないで欲しいいうけど
その一体感をもつものは何なのかわかりにくいだろう。
まず故郷は何かなどと問うことなどありえなかったのである。
故郷とは当たり前にいつでもあるものだったからである。


八重桜の季節になったけどこの八重桜には何かいつもほのぼのとしたものを感じる
これは母の愛に通じているかもしれない
自分の家に毎日来る年取った60代の女性は未だに40才とかの障害者と結婚していない
息子がいて絶えず行き来しては弁当とか食事の用意をしているから大変である
だから嫌にもなっている
実際に自分も家事をやっていて嫌になる、めんどうになるのだ。
でもそこには母の愛がまだある

自分にはすでにそんな愛はもつ人はない、死んでしまったからだ。
母が死んだ時、息子は母の愛が何であったか痛切に感じる時来るだろう。

つまり故郷とはその景色もあるが家や土地や生業もあるが
母の愛のあるところかもしれない、故郷は母がいて母の愛があって故郷なのかもしれないだから
自然に恵まれていても一茶のように継母に育てられたら故郷は寄るも触るも茨かなとかなってしまう。
故郷はまた全部いいものではないしそういう人もずいぶんいる
自分も故郷が嫌な面は多々あり旅ばかりしていたのである。
自分の場合は異常でも過剰な愛があったから故郷をすべて拒否するということはなかった

ある家の庭の石に興味をもった。この石には女性を感じたのである。
赤み帯びているからそうなった。石は普通は男性的である。
でもこの石は女性的なのである。
それも土着的な農民的な女性的石なのである。
それは最近つきあった野暮ったい苦労した女性をイメージしたのである。

人間は必ず自然のものでも石でも人間をイメージしているのだ。
人間が投影されて自然が人間化されるのである。
この石は普通の石とは違って女性的なる故にひかれるのである。
男性的なものと女性的なものとして世界を分けて言葉まで作ったこともわかる

人間は男性的ななるものと女性的なるものがあって陰と陽があって豊かな世界観を作れる
だから結婚しない人は人格的に何か欠けているというのは確かである。
女性的なものが投影されないから欠けたものとなっいいるのだ
女性でも結婚したり子供をもたないと女性としての人格の完成はないだろう。

だから母の愛という時、それが故郷の象徴ともなるのである。
つまり故郷には母が欠かせないものとてしあるともなる


牡丹も開いて今日は雷も鳴った。
これは春の雷だけど実際は5月で夏なのかしれない
八重桜はまだ春であること言えるが夏になっている
花が今は一時に咲く季節である

 

2014年05月03日

野蒜海岸や東松島の牛綱や浜市の津浪の跡をたずねる(1) (奥松島⇒野蒜海岸⇒鳴瀬町⇒石巻(自転車の旅-夏)


野蒜海岸や東松島の牛綱や浜市の津浪の跡をたずねる(1)


(奥松島⇒野蒜海岸⇒鳴瀬町⇒石巻(自転車の旅-夏)
http://musubu2.sblo.jp/article/29414836.html

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東松島(牛綱、浜市、白萩)

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前の写真と重ねると確かにこの松である

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ここにあった家はほとんど流された

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社があった


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自分のプログのこのページが長い間一定の人が見ていたことが不思議だった。
というのは写真にしてもたいしたこともないし紀行文としてもたいしたものではない
ではなぜ見られていたのか?
それが今回同じように野蒜から鳴瀬街から石巻と訪ねてみてわかった。
特に松の写真をとった場所がなんにもなくなっていたのである。

つまり野蒜から東松島市になった鳴瀬町とかは1000人が死んだとか被害が大きかったのである。

まず野蒜は未だにその被害が大きいことが感じられた。
かなりの家が破壊されたし駅も復興していない。更地が多く松も残っていても痛々しい、ただ結構松は残っている。
その理由が防潮堤にあった。幅が広く分厚いために津浪でも破壊されなかったのである。
低い防潮堤だったが全く壊れていない
これだけ厚ければ津浪でも壊れないことがわかった。
ただ低いから軽くその上を越えて津浪がおしよせた。
でも結構松が残っているのは津浪の勢いがこの防潮堤でそがれたためなのである。
だから防潮堤が無駄だとは言えない
ただこの防潮堤にしてもその上を津浪が押し寄せたのだから被害が大きかった。
ここは前に島もないのでもろに津浪に襲われた。
電車も津浪におそわれて曲げられらた映像が写された。


ここは今は高台に住宅地を移すために大工事が行われている。
高台の山の土を削りそれを機械で運び野蒜駅前には高い大きな山を作っているから驚く
その山の高さが高いのである。まるで人工の山である。
あんなに高くしたら景観的には海辺の街という感覚はなくなる。
野蒜の海は変わらず砂浜が広がりきれいだった


そこから陸前小野まで代行バスで行き前通った白萩地区の町の方に向かった。
浜市小学校などがありここも大被害だった。ここは廃校になった。
かなり海が近い場所であり被害が大きかった。
鉄道まで津浪をかぶった。
鳴瀬川の堤防も越え津浪の水が流れてきたので堤防を高くする工事をしていた。
津浪はまず川をさかのぼってくるから川が意外と危険なのである。
大川小学校の悲劇は北上川を津浪がさかのぼってきたことにあった。

白萩地区というのは地名の考察では真っ白に土がばきとられるという意味だとかなるとまさにそうなっていた。
萩がはぎ取る意味だというのも謎である。

ここは牛綱村とか浜市にしても江戸時代の文書が残っているように古い村だった。
家が密集して狭い道があり写真のように松が道を覆っていた。
そこで思ったことはこの道はトラックなどが通れない道だと思った。
だからこの松が印象として残っていたのである。
何か隠された車も通りにくい場所とかイメージした。
実際はここは東松島の自衛隊の基地がありジェット機が飛ぶ所で有名だった。
その騒音で早い時期から移転問題すらあったのだ。
そういうことを知らないから隠された村のように錯覚していたのである。


いづれにしろここは自転車で一回だけ通っただけである。
それでもここがそこに住む人にとっても自分にとっても忘れられない場所になったのは
一回だけ通ったにしろその村すらほとんど消失してしまったことなのである。
津浪はこうして村ごと町ごと消滅させるから怖いのである。
ただ自分がとった松の写真の一本は確かに残っていた。
だから確かにあの道を通ったことは確かである。
それもなんともいえず不思議な光景としかいいようがない。
近くに津龍院という寺があるのも不思議である。津浪と関係あるのかとも思う。


帰りに陸前小野駅の鉄道線路の前で畑を耕す女性に聞いた。

「どの辺まで津浪が来ましたか」
「鉄道の線路を越えましたよ」
「ええ、あの線路も越えたのですか」
「今は移転している家が多いですがもっと家があったんです」
「確かに家があったようですね」
「松もありましたが塩水をかぶり枯れたして残っていない、塩分に強いのは欅です」
「ここも津浪をかぶっていますが大丈夫ですか」
「塩分に強い野菜をつくっています」
「そうですか、自分の近くにも津浪が来ましたが、津浪は低くても被害が大きい、いろんなものが流れてきますから」
「この辺もそうですよ,だから家を壊したのが多いんですよ」


塩分に強いというとき、松は弱いらしい、松は津浪には弱い、
ただ原始状態の混生林だと竹でも他の樹でも根を深く張るから津浪の衝撃に耐えやすくなるとか書いている人がいた。
松林は防潮林でも津浪を防ぐものではなく塩害を防ぐものとして作られていたのである。
津浪には竹藪のようなものがかえっていい、現実に相馬市の新田では竹藪があり津浪の勢いがそがれたとか聞いた。

今回の津浪ではいろんなことが問題になったのである。
それはあまりにも多岐にわたるものであり日本の国土を見直すきっかけとなった。

いづれにしろ自分にとってそこを通ったのは一回だげであり
それが今回の津浪でその通った場所が村が消えてしまうというのが信じられないことだったのである。

ともかく津浪はなかなか映像だけからでもわからない、現場に立たないと実感しえない。
あの野蒜の土を運び山を作っているのもその高さが実感しにくい、こんな高くしてどうするのだという感じになる。
そのことがいかに今回の津浪が高いものだったかを逆に証明しているのである。

 
 
posted by 老鶯 at 11:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係

2014年05月04日

春から夏(松島俳句十句)


春から夏(松島俳句十句)

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この上の二つはクリック拡大

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落椿散りて一つに赤きかな

椿散り赤き誠にスミレ咲く
初夏や金華山望み鴎飛ぶ
鴎飛ぶ夏の日ざしに白しかな
レストラン活魚の泳ぎ夏の海
島に眠る鴎あまたや夏の夕
幻の島も浮きなむ夏の海
五大堂陽翳り涼し夕べかな
夏の陽の海面に写り五大堂
政宗の京の行き来や夏つばめ
春日さしアベック行くや赤き橋


初夏や松の緑も麗しく金華山見え鴎飛び交ふ
赤き橋渡り飛びかふ鴎かな夏の日ざしにまばゆく映えぬ

波光り松風鳴りて椿咲き南し思ふその赤さかな
人入らめぬ島の渚やまばゆくも波の光りて鴎飛ぶかも
残る花延齢草の葉に散りて名残りを留む小径行くかな

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この上の三つはクリック拡大

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ここはクリック拡大すると大画面になり鴎が生き生きと見える
 
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松島の松が津浪でも残ったので観光には影響がなかったのは救われた。
他のように松がなぎたおされたら松島の景観も喪失したからあまりにも衝撃的だったろう。
松島では島にさえぎられて水が徐々に高さを増しただけだったという。
だから波の衝撃がないから松も倒れなかったのである。
高さも低いし写真にとった島の上までは波は来なかった。


松島は前は椿に雪が残っていてきれいだった。
今回は季節が進んで初夏になっていた。
椿はもともと南国産であり沖縄のような南国にふさわしい花である。
今回は椿がいたるところで散っていた。
椿は一つ一つ が咲いているときと散った時は落椿となり
一つになった感じになる。一つの赤さに染められる。
赤はやはり誠を示しているのである。


鴎が夏の日ざしを受けて奔放に飛んでいた。
その光を受けて白さを増していた。
そして島にあれほど鴎が集まって寝床にしているのははじめて見た。
いかにも夏らしい風景だった


福浦橋からは必ず金華山見える。
あの赤い橋は印象的である。
アベックが多かったからあの橋も一段と赤いともなる

夏には前にも書いたけど松島は島が多いから
幻の島でも浮かんでいるような錯覚に陥る。
蜃気楼のようにありもしない島まで浮かんでいる錯覚である。
それだけ島が多いということである。
その島は奥松島まで広がっているのだ。


伊達政宗は京都の秀吉の伏見城にいることが多かった。
当時では江戸であったからそこから日本や世界を見ていたのだ。
だからグローバルな視野をもちえたのである。
その妻の愛姫もし伏見にいて伏見で死んだ。


レストランで貝の料理食べたけど貝がわずかでこまかくした氷の上にのっていたのだけど
それでその氷を食べるのかと思うほど貝が少なかったのである。
一興と思って入ったけど期待外れだった
そもそも貝とか高いし津浪のあとで魚介類はそんなにとれていないだろう
どうも牡蠣にしても小さく今までとは違っている
一般的には観光地の料理は高いだけで中味がないのが普通である
仙台の方がうまいものが食べられる


松島には快速で行くと近いなと思った。
直通になるから近くに感じる
松島は相馬からでも一番行きやすいのである
ただバスになったから出るには億劫になったのだ
それから介護しているから余裕がないのだ
それでも4、5月は一番旅にも外出にも向いている。
この月を逃すとあとは梅雨になのから出かけられない
だから無理をしても出かけたいのである

どうしても今は津浪の被害にあったところに足がむく

福島県の浜通りから宮城県の沿岸部は津浪の被害地域であり
連続したものとして見るようになったのである。
だから次は陸前小野駅から石巻から女川の方に行ってみたい
陸前小野駅までは電車が通っていた。
あれも常磐線と同じで途中が途絶えているから不思議になる

やはり観光として景観としては松島から奥松島から鳴瀬川から
石巻から牡鹿半島から気仙沼は魅力があるところなのだ。

次は奥松島の短歌などを出す・・・
 

2014年05月05日

奥松島から鳴瀬川、浜市、牛綱村(春から夏の短歌十首)


奥松島から鳴瀬川、浜市、牛綱村(春から夏の短歌十首)

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この線路はなくなる

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線路があった所から写す

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線路はかなた高くなる


風そよぎ海に面して山桜ゆれつつ散らむ朝に映えにき

夏の日や奥松島の島影の変わらず見ゆやここに住みなむ
奥松島その静けさや島一つ心に残る夏の夕暮
奥松島菜の花映えて島影や津浪の跡をバスに行くかな
夏の日に牡鹿半島望みつつ野蒜の沖に船を行くを見ゆ
鳴瀬川河口に浪の打ち寄せぬ夏の日明るく鴎飛び来ぬ
津浪跡耕す女や牛綱村浜市の名夏の日さしぬ
津浪跡形見と残る社なれ古木の一つに我はよりにき
白萩の通りの消えて松一つ形見と残りあわれなるかな

菜の花や陸前小野駅終点に電車とまり津浪の後かな

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鳴瀬川の河口

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残った社の古木

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一本だけ残った松


松島を旅行する時、松島だけを見ると印象が薄いものになる。
松島という領域は実際は相当に広いのである。
塩釜から松島に行っただけではわからない
これは一般的にどこの観光地でも言えることなのだ
点だけではなく線としての旅こそ旅になる。
今は交通が便利だから途中を飛ばしてしまうから名所がつまらないとなる
芭蕉の旅もみちのくの未知への長い旅の行程の中で生れたのである。
もし今のように新幹線で東京から二時間で来たら「奥の細道」は生れなかったのである。

仙石線で印象に残る場所が東名駅とかある海沿いをすれすれに走る線路であった。
その車窓がいつも見えるのがあの島だったのである。
あの線路はなくなり高い所に線路が作られる。
だからこういう低い所から写真はとることはできなくなる。
それでこの写真も貴重なものとなっているのかもしれない。


とにかくあの島はいつも見えるから印象に残る。
つまり樹でも石でも人間が長く見ているものは人間化するのである
あの島は何か母とか姉とかでも人間的になるのだ。
名前がつけること自体人間化している。
ペットに名前で呼ぶのは人間と同じになっているからだ。


菜の花が咲いていたのも何か奥松島らしい。津浪の跡に菜の花畑にしたのだろう。
桜もまだ咲いていてそれは山桜だった。
海に面して咲く桜だから山桜でも違った感じになる。

そしてし野蒜から鳴瀬川に出る。

あの鳴瀬川はまさに鳴る瀬であ名前がいい、あの河口に注いでゆくときが何とも気持ちがいい

東松島の白萩の通りだったのか、浜市だったのかわかりにくいがあそこに一本の松が残っていた。
あれだけが形見のように残っていたし社にも古木が一本残っていた。
牛綱村とか浜市とかの名前も良かったし白萩文書とか天保時代のものが残っているから
古い場所なのである。野蒜村というのも江戸時代にあった。
一般的に伊達藩は相馬藩より古いものが残っているのだ。


ただ仙石線は仙台からの延長であり通勤圏であり漁業とか農業で暮らしているという感じはないから
何か外から見て新しい町に見えてしまうのである。
ただ今は別に漁業とか農業で暮らしているいるわけでいなから仕事を失っているわけではないないから
津浪の被害から立ち直りやすいということがあるかもしれない。
それは相馬などでもみんな農業でも漁業でも一部が専業なのであり
ほとんどが会社員になっているから昔とは事情が違っているのだ。


松島海岸や高城から陸前小野駅までは代行バスがでている。
ただ陸前小野駅からは電車が通じていたのである。
あれは相馬市から原町駅まで通じている線とにていた。
短い距離になるからにていたのである。

次はあそこから石巻から女川を見てみたい、石巻はすでにみている。
津浪の被害はやはり宮城県が一番大きかった。
だから津浪が何かを知るには宮城県を見ないとわからないのだ。


2014年05月06日

妻なくした淋しい老人の一人暮らし (大きな石の庭のある家)


妻なくした淋しい老人の一人暮らし

(大きな石の庭のある家)

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その家は近くにあった。その家はその人が働いて若い時に土地を買って建てたから愛着があるという。
妻もその時は喜んだろう。その奥さんを7年前に亡くした。
そのショックは相当に大きかった。それ以来その大きな家で一人暮らしになり家事もできずに泣いたという。
特に料理は糖尿病の予防のためにどうしても自分でしなければならないからめんどうになる。
その人は75才だから結構な歳である。だから若い時、苦労して買った土地と家には愛着がある。
200坪あえ100坪の土地をもっている。
電気関係の仕事で請け負いをして稼いだという。
家を建てることは当時でも大事業でもあった。その家の壁は土壁だった。
土壁は自分の家も職人がいなくなり最後になっていた。
その人がなぜその家に愛着があるかというとそうして自分で苦労して建てたからである。
その人の茶箪笥が一時自分の家に不思議なの縁で置かれた。
それもその当時ではしゃれた作りのものだったのである。
だからそこに思い出がある。その人は一代でそれだけの財を築いた。


自分はただ家でも金でも働くこともなく譲り受けただけだから家や土地に関する愛着度が違っている。
何か自分は間借りしている感じだったのである。
土地とか家に愛着をもっているのは人によっても違っているのである。
その人の家の庭も立派である。大きな石で組まれていて池もあった。
その石を見ているとまるで登山道があり高山植物が隠れて咲くような趣になっている。
自分は石に興味があり石の庭が見たいということで見せてもらったのである。
その家は海から3キロ以上も離れているけど床上まで津浪が押し寄せた。
それで一時仙台の親戚の方まで避難した。仙台でも物資が不足して並んでいたというのは意外だった。
それだけ広範囲の被害があったのである。
その時、助けた女性がいて今も親しくつきあっている。
近くの親戚は見ているだけで助けもしなかったという。
ボランティアも泥さらいなどをしてくれて助かったという。
あの辺は家がそっくり残っていたし被害がそれほどでもないと思っていたが結構被害があった。
3キロ4キロとか離れても床上まで津浪が来ていたのである。
つまり津浪は広い範囲で被害がある。低いと思ってもそんなに遠くまで被害があった。
もともとその家の前には家は少なかったが家はぱらぱらでもあったが今は全くなくなり
海の方は原野になっている。夜になるとなんか怖いという。


その人がしきりに言うのはネズミがでてきて困るといってネズミとりを仕掛けたとか言う。
カヤネズミはか小さなネズミが原野化してふえたのである。
それで餌とするノスリも来るようになった。それからなぜ池に水を入れないのかと聞くと蛇が出るからだという。
確かに自分の家もに屋根から子供の蛇が落ちてきたときは驚いた。
屋根に蛇の巣があったのである。回りがまだ畑などがあった時である。
それから区画整理して住宅地になったとき蛇はいなくなったのである。
そこはは回りは田んぼであり農家である。だから街内とはまた違った環境になっている。
特に回りはがうるさくて見張られているという。だから女性は家には入れない。
回りを異常に恐れているのだ。これが田舎の恐ろしい所である。
これは実際はヘビより恐ろしいと思った。
田舎の人間関係は狭隘なものとなり閉鎖的なものとなりそこから逃れられないから
その閉塞感から逃れようとして殺人事件まで起きたことが理解できるのだ。
田舎に移住するなら何か共同するものが仕事でも必要になる。
ただ町内と一キロ離れた田んぼが広がる農家地帯とはこれも相当違っているのだ。

その家の中に入ってみて感じたことは何か確かに淋しいのである。
二階もあるがそこは使ったことがないという。それから前に二階建ての小屋があり広さは200坪だから広い。
町内の家とは違っている。見晴らしも実にいい。ただ一人だから淋しさは感じるだろう。
そのことをしきり言っていたからそれがわかる。
家が広いと余計に感じるのである。奥座敷に仏壇がありそこで妻の供養をしている。
その老人には娘がいて一週間に二回料理をしてくれる。孫も時々来ると言っていたが
もう成人しているのでなかなか来ないというもいう。その子供の時の孫の写真が飾ってあった。
こういう人は別に今の時代、普通にいるだろう。ただ奥さんを早くなくしたということで違っていたのである。


自分がその家で感じたことは何か確かに淋しいということである。
その人には何か趣味らしいものもない、庭は立派でも花がきれいになっていない
ぼつんぼつんと忘れられたように手入れもされず草が繁っている。
何か庭まで淋しい感じになっているのだ。
自分の庭は花を一杯にしているからそんな感じがしないのである。
ただあとで聞いたのではもともとツツジなどが一杯に咲いていたという。
ところが津浪でそうした花などもなくなった。
その後手入れができず今のような淋しい状態になった。
そこには低い杉の木が手入れもされずその葉がだらりと下がって幽霊の木のように見えたのである。
塀も地震で壊れていたから余計にその辺が淋しく見えた。

人間はやはりその家に入ればその家から何らかの気が発してくる。
その家はきれいにかたづけられているけど何か確かに淋しいのである。
その家の雰囲気はその家に住む人がまた作り出しているのだ。
特に奥さんがなくしたり男やもめなるとどうしても家は荒れて淋しいものとなる
それが高じるとゴミ屋敷になってしまうのである。
自分の家も全部家事をしているからもともと雑なのでいつまでたってもかたづかないのである。
ただ自分は花が好きだからフラワーアレンジメントする場を作っている。


一人暮らしの人はこれから増えてくる。近くでも組で三軒も空家がある。
近くで昨日一人また死んだからその人も一人暮らしになるのだろう。
一人の女性は息子にひきとられてイワキの方の老人ホームに入ったという。
近くの人に助けられて一人で暮らしていたができなくなりそうなった。
そこも空家となった。だから空家も東京のような都会でも増えてくるのだ。
空家をどう利用するかも少子高齢化で問題になっている。
この辺では土地を欲しい人は増えた、だから土地ごと家を買いたい人はいるが
空家を貸すようなことは都会のようにはできない、土地の方が価値があるのだ。


いづれにしろこういう老人の一人暮らしの人はめずらしくなく全国的に増えているだろう
自分もにたような状況にあり地震手風呂が使いなくなり近くの福祉の湯に行くようになった。
300円であり近くだから便利だった。一人だと風呂に入るのにも水を使うし
ガスでも電気でも一人分でも同じように費用がかかる。
一人暮らしは経済的にも損だし何か共同的なものにすると節約になる。
野菜でも買っても必ず一人分だと損する。あまして古くなり食べられなくなる。
一人暮らしには一人分でも二人分でも三人分でも同じように費用がかかる場合がある。
だから一人暮らしは何か共同的な暮らしが必要になっている。
そして夫婦でもいづれはこの人のようにどちらかが死ぬと一人暮らしになる。
そういうリスクはかかえているのが老人なのである。
近くの人は夫が死んだから一人暮らしになるかもしれない。
つまりどうしても少子高齢化社会では一人暮らしが増えてくるのである。

ともかく大きな家だと何か淋しさが違う。がらんとして一人でいることは嫌になるだろう。
だから猫でもいる方がいいとなる。その人はしきりにあなたはまだ介護している
母がいるからいいというのもどうかと思った。
母は耳が聞こえず頭も悪くなっているので会話ないしただいるというだけであり
世話しなければならなないので大変である。
でもその人にとっては家にまだ家族がいるからいいと思っているのだ。
それだけその人は淋しいからそう思うようになったのである。
妻を介護せずになくしたから介護の苦労はわかっていないのである。

高齢化社会は老後をどう過ごすかいろいろ問題になるがその明確な解答は
個々人によっても事情が違うから同じように対応はできない、その人が施設などに入りたくない、
この家で暮らしたいという、その人はわがままだと知り合っている女性が言う。
自分も施設には入りたくないけど最後は人の助けなしでは生きられなくなったらどうにもならないのである。
だから健康である限りは一人で自由に暮らしたいというのが本音になる。
老人とつきあって興味深いのはその人の一生が何だったんだろうと考えることである。
それは郷土史にも通じているのだ。一軒一軒の家を知ればそういう人が故郷に
こんなふうにして生きてきたのかと具体的に知ることができるからである。

その人は体が頑丈で堅実に生きてきた。だから孫は銀行員になっている。
それは別に関係ないにしろ堅実な人だったのだろう。石のように硬い人だったのかもしれない。
趣味などはあまりなかった。趣味をもつことは実際は時間がかかるから簡単にはできないのであてる。

とにかくあの石の庭は見物である。家は旧式のもので今の人には利用しにくいだろう。
個室としての利用がむずかしいのだ。襖でさえぎられていてつづきの家になっているからだ。
ただ欄間だとか建具職人がいて凝って作っていたのは自分の家と同じだった。
今は建具職人などいなくなっているだろう。今風の建売住宅は外から見た時みんな違っていて個性的に見える。
それは個室が多いからそうなっているのだろう。
大家族の家というより個室の家になっている。そしてみんな設計が違っていて家の形も違っているのだ。
だからあとから直しにくいということはある。
だから家はそれほど価値がなくても土地には価値がある。
何トンもの石を運んだ庭には価値があるからそれを継続して利用する人がいたらいいとは言っていた。
庭の面白さはみんな個性的で違っている。小さな庭でもその家の個性があるから面白いのである。
ただあれだけの石の庭を造るのはなかなかできない、
やはり石が大きいから迫力がある。本当の山のように見えるのである。


この辺では故郷に住めなくなった人たちが多数出た。故郷自体がなくなることにもなった。その時、
若者がいいが老人が移住するのが辛いというのはそもそも老人はこれまでしてきたことが誇りでありそれが支えてなっている。
だからその人は若い時苦労して土地を買いこの家を建てたんだよと何度も言う時、何にも苦労しないで譲り受けた人とは違う。
自分の家も自分が苦労してた建てたのではないから家や土地にしても愛着度が違う。
だから常に家のものが自分が家を建てたんだよと自慢していたことがわかる
苦労しないで得たものは失いやすいのである。

ただ二代目でもそれを維持するのには今度は苦労するのである。
受け継いでもまた維持して発展すんせさることはまたむずかしいのである。

人は家でも物でも何か物語がつきまとっている。それを知らないとそれはただのモノになってしまうが
もの語りとして見る時、ただの石でも違って見える。
そこには別な価値が付加されているのだ。だから物語がそもそも歴史なのである。
その物語を故郷を失うと失われる。他に移住した人は若ければまた物語が作られる。
自分は原発事故で避難して苦労してここで住むようになったとか語られることになるが
老人はにはすでにしてきたことを誇るのだからそれができなくなるから辛いのである。


大石に北風唸り大男家を支えて老いにけるかも



大きな石の庭に棲む老人

何トンもの石で組まれた庭
その石が重厚に迫ってくる
今回の地震で多少ゆらいだが
崩れることはなかった
妻を亡くした老人が一人で住んでいる家
登山道のように細い道を上ると
そのどっしりとした岩の陰に
スミレがそっと隠されるように咲いているよう
妻をなくした老人はしきりに言う
自分は若い時苦労してこの家を建てた
だからこの家を離れたくないと
ただ淋しいと言うのがわかる
その人の体は岩のようにがっしりしている
でも妻に早く死なれ老いて気弱になっている
そのそそり立つ岩は雨風をここで受けて立っていた
今回の地震にも津浪にも残った石の庭と家
それで愛着がまた深まったのかもしれない
人間はいつまでも岩のようにはいられない
それが人間の弱さと哀しさである

posted by 老鶯 at 14:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 福祉医療-老人問題

コメントについて

 

コメントについて

コメントはまれにしかないので見ていないことがあった
コメントされればみんな一応反応として出している
ただ答えるとは限りません


忙しいのでコメントに答えることがめんどうになるからです
通りすがりの・・・とか言われても答えようがないです

自分のプログはそうした今までの文字の会話の場とも違っています

ただ反応があればうれしいのでコメントはなくても
こんな反応があったとかとして出しています

だからコメントは見ずに遅れることがあります


ともかく自分はプログは書き続けています
書くことがここに書いているだけではなく他にもあります
プログはその時々の情報を自ら書いて発信して情報を蓄積するのにいい
だからコメントがなくても書き続けている
あとで役にたつこともある

つまり日にちが記されるのであの時点でこんなことを書いていたのかと
自分で参考にもなるから書いている

ともかく人間は忘れやすいからこうして日記で何でも書いておくのがいい
だから東松島の鳴瀬川の土手を下りた白萩や浜市などの写真が貴重なものとなった
なぜなら津浪で家も通りも松も流されてしまったからである。
ただ一本だけ松が残っていた、その写真が一致したのでわかった。
こうして記録として大事になることがある

要するに現代は写真でも膨大な記録が残され集積されていく時代なのである。
 
posted by 老鶯 at 14:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年05月07日

牡丹俳句十句(牡丹は家の栄の華)



牡丹俳句十句(牡丹は家の栄の華)

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一時に六輪開く牡丹かな

平穏に栄のあれや牡丹咲く
昨日今日牡丹の咲きし富貴の家
まぶしさや朝の光に牡丹散る
惜しみなく牡丹にそそぐ光かな
牡丹咲き咎める人もなかるべし
夕風に牡丹の散るや富貴の家
三輪の真紅の牡丹の炎かな
色違う家々の牡丹に栄かな
広き庭牡丹三輪に光かな

・・・・・・・・・・・

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加工すると違ったように見えるから不思議である



牡丹はやはり花の王者である。ただ咲いている時が短い
今年は自分の庭には六輪咲いた。でももう散っている。
最後の一輪が惜しみ咲いている。


牡丹は富貴の家にふさわしい。
人間はやはり家とかある程度金をもって余裕がないと
人間らしくなれない
特に今の時代はそうなってしまったのである。
一万借りてどうだとか底辺でやりとりしているのは悲しい
日々の生活に事欠いている人もいる格差社会である。
そうなるとどうしても人間がせこくなるのだ。
考え方までスケールが小さくなる


自分が言っているのは大金持ちのことではない
中堅クラスの生活である。
土地があり家があり金でもある程度余裕がある
大金ではない、毎日食うために追われていたら余裕がないのだ

別に自分の生活はぜいたくではない、毎日家事に追われ介護して
手伝いさんと同じような生活である。
ただその暇をみて花などを見ている
その花さえ見る余裕がなかったら生きがいもなくなる

別に花を見るのには金はいらない
実際に町中の家に広い庭がありそこにとりどりの花を植えている家がある
あれは相当に贅沢だと見ている。
いつも通る道だし塀がないから丸見えになっているから植物園のようにも見える。
そこにも真紅の牡丹が咲いていたし他の庭にも咲いている
他人の庭でも見るのは無料なのである。


ただ花というのも一日の中で朝から昼から夕方と見ていると花も違って見える。
庭に咲く花はそういうふうに時間の経過でみているから一時的に見るのとは違っている。
いづれにしろ牡丹は家の栄を象徴しているような花である。
家の栄はどこにでもある。家というのはやはりそれぞれに栄があり衰退があり滅びがある
それは国の興亡と同じなのである。長く栄える家はそもそもないのである。
自分の家は今一番栄えているのかもしれない、あとはつづかず終わりになる

今の時代は商工業の時代だとすると代々栄える家は少ないように思う

とにかく避難した人たちは小高でも農家がそれなりに多いから
大きな家と庭や農地をもっていたから仮設では窮屈でありそこに栄はない
だから余裕もないし豊かさも感じられない
仮設で盆栽を作っている人がいるが盆栽はそもそも見ただけで故意にねじまげていて自然とはまるで違っている。
それは長屋のような狭い空間を活かすための日本人の知恵であり文化だった
茶室もそうである。日本には広い空間がないから広さを活かすものはない
空まで狭く感じられるのである。

だから日本には牡丹の花はあわないともなる。
中国の国花だからあれだけ広いと王朝の栄華を究めると牡丹がふさわしいとなる
女性で言えば楊貴妃ようなのが牡丹なのだろう。
ただ牡丹は早く散り安いのである。すでに自分の家の牡丹は散った。
ただ他の家の庭には咲いているから見ているのだ。

2014年05月08日

石と菖蒲の写真を絵に加工

 

石と菖蒲の写真を絵に加工

石により白と紫の菖蒲かな

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stoneayameeee1_FotoSketcher5.jpg


stoneayameeee1_FotoSketcher.jpg




stoneayameeee1_FotoSketcher4.jpg

すべてクリック拡大

fotosketcherで加工したがそれぞれに違ったものとなっている。
かえって写真より芸術性がでている。
これもパソコンの不思議だった。
すべてが加工していいとはならない
この写真は成功している

結局現代の特徴はデジカメで写真の時代になった
写真は絵になりやすいのである。
今の時期は次から次と花の咲く時期だから写真をとるにはいい
カメラはやはりいいものであればいい
6万代のソニーのRX100m2はやはり写りがいい。
カメラによって写真も相当違ったものになることがわかった

機械でもできない田の縁(へり)を人が田植えしていた (機械化で人手が必要なくなり格差社会が生れた)

 

機械でもできない田の縁(へり)を人が田植えしていた

(機械化で人手が必要なくなり格差社会が生れた)

tanohhheri.jpg

田の縁(へり)を人で補う田植えかな


時々田植えしている人をみかけるけどあれは機械で田植えできない
縁(へり)を人手で補っている
つまりほとんどは機械で田植えしているのであり手ではしていない
だから今の農家は重労働ではない
でも小さな畑で野菜を作っている人は年取っているので
うなうことが辛いから男の人にしてもらっている
金を出して頼むかとも言っている
それなりに今でも農作業は力仕事がある
その女性は骨太で腕も太く農家の人にふさわしい女性に見える
土木関係の仕事もしていたから力仕事ができる


一方で若い女性は華奢でありまるでモデルのようにすらっとしている
だからその女性がとても農家の人とは思えなかった
それでも田植えをしたことがあるという。
その田植えとは今は機械でしているのだが田のへりが機械でできないから
補うためにしていたのである。それなら重労働ではない

人間の労働は機械化すると人手がいらなくなる
その極端な例が中国で麦を刈るのにコンバインだと人間がやるより
百倍もの差がでるだろう。
ただそのコンバインを借りてやるのに金がかかる
今までは出稼ぎ労働者が麦刈りに動員されていた
それでも需要がなくなったわけではなく
機械ではやれない場所がありそこで出稼ぎ労働者が利用されている
これは田の縁を田植えしているのと同じだった
でもその労働は微々たるものとなってしまったのである。


現代は人手不足が言われるけど一方で人手が必要としているのは
機械化するとその頭脳にあたるものが人手不足になる
なぜならそれは高度な技術が必要であり知識が必要であり
誰でも簡単にできないからそうなる
だからITでも科学の研究でも技術の開発でも頭脳部分の人手は不足する
そういう場では高給取りになる
だから会社でも人手を省くために事務でもコンピューター化して
事務職はいらないとなると今度はその人たちが失業する

格差社会の原因はそういう社会の構造の変化にもあったのだ。
もちろん官僚が天下りとかで得するとかはある

でも全体の社会から見ると労働力を省く機械化がすすむと
一部の頭脳の技術者だけ会社では採用すればいいとなる

そして底辺労働しか残らなくなる
コンビニとか配達とか介護とかしか雇用がなくなる
つまりそれが格差社会の根本的原因だともなる
要するに機械で田植えしてどうしてもできない労働を人間が補う
機械が主役であり人間は脇役になっているのだ。


ただ医療とか介護とか人間的サービスとなるものは機械化できない
機械化できない労働は必ずある
労働の価値も常に変わっているのだ
機械でやれることは価値がなくなる
機械でできないことが価値がでてくる
だから介護なんか最底辺の仕事だと言うが
極めて人間的サービスであり機械にはできない
特に認知症の介護となると最高にむずかしい
そういうものにはかえって価値がでてくることにもなるはずである
常に価値は変動しているからそうなる
機械でやれるものは価値がなくなり
機械でどうしてもやれないものが介護など無駄といっても価値がでてくる


機械化されると多くの労働が底辺化して格差社会になった
そうしして機械化されると農業でも昔のように村人総出で田植えとか
稲刈りとかもなくなるからと共同性も失われる
労働歌の民謡とか踊りとかも農村の文化も失われたのである。
なぜならトラクターであれ田植機でしていればそこには人間がいないからである
それでも田植えでも稲刈りでも無料でしていたのではない
手間賃が払われていた。子供の頃、そのもらった金が大きかったという
江戸時代辺りになると共同で無料でやっていたかもしれない


人間は重労働から解放されたくて機械を発明した
毎日重労働に負わされるので辛いから機械を発明した。
昔は土を固めるにも人力だったとするとその手間と労力は莫大なものとなっていた
機械化した結果そういう辛い労働から解放されたのである。

でも結果的に人間はみんな頭脳が優秀ではなく
ITとか設計とか技術職につけるわけではない
活字文化や本でもインターネットで機械化されるとそこでも労働力はいらなくなる
紙の節約にもなり森林資源の保存になる
でもそこでいらなくなった労働者はどこにいけばいいのかとなる
そういうことは機械化がすすむといたるところで起きている
その象徴が田植えをしていたがそれは機械でできない縁(へり)をしていたのと同じなのである

 
posted by 老鶯 at 11:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

機械に代われないものに価値がでてくる時代 (モノ余り、豊かな社会の価値観は変わるー人間にしかできなものが常に残る)


機械に代われないものに価値がでてくる時代

(モノ余り、豊かな社会の価値観は変わるー人間にしかできなものが常に残る)


しかしロボット開発はそう簡単ではない。少なくとも基礎としては、工学の世界で4力と呼ばれる「材料力学」「機械力学」「熱力学」「流体力学」が最低限必要だし、これだけでは足りず、「電気回路・電子回路」の知識も必要だ。
さらにこれらを知っているためには、物理学の「力学」「電磁気学」「解析力学」「統計力学」ぐらいは必要な知識だ

http://mathcut.seesaa.net/article/385235486.html

こんな頭のいい人がロボットを生産して働かせる。人間の代わりにロボットが働いてくれる。
すると人間はロボットに代わられた所では失業する
ロボットを作り出した頭のいい人は特別の高給取りになり
他の人は働く場すら奪われる、そして最底辺から生活保護にもなる
ここはネズミの実験用のロボット化なのか何かわからないがロボットが屋ことによって
人力がその研究分野で省かれたのである

これはあらゆる分野で起きている。

機械化とはロボット化でありロボットが高度に発達すれば知能部分も機械化される
コンピューター化して事務部門の労働が省かれたのと同じである
家事でも前にも書いたが機械化しているから主婦がかかりきりで家事をやっていた時代とは違う。
男一人でも家事はできる。自分は介護士ながらやっている。
機械がある程度してくれるということはロボットがしているのである
主婦がかかりきりで家事をする必要がないからパートにでて現金収入を得る
主婦という家事が機械化されて専門の専業主婦がなくなったのである。


ロボットは歴史的には昔なら奴隷である。
ギリシャでもソクラテスなど知識人が輩出したのは日常の家事など
または生産をしていたので知識や哲学の探求ができた。
「スコーレ」暇がありスクールができた。
学校の起源が暇にあったということは重要である。
暇を作り出さなければ知識の探求や哲学など生れないのである。
なぜなら毎日労役に費やされるからである。
自分だって家事と介護に追われているがそれでも知識の探求ができるのは
家事も機械化していてそこで暇がなんとか作り出されているからである。


マルクスの理論では労働力だげが資産で労働しか売ることができないものは
資本主義では搾取されると見た、そういう無産階級は土地ももたないから余計にそうなった。
でも現代で格差社会、階級社会になるのは土地とか資産もっているとか
そういうものではない、地主とか小作の関係でもない
そこに機械化された知能までコンピューター化された労働がロボットに代行される
それが大規模に起きたためである。




産業革命では繊維工業で機械が発明され,それによって手工業職人たちは失業と賃金が安くなるかもしれないという不安に襲われました。
さらに食料価格が非常に高くなり,経済不況も加わって機械破壊運動が爆発的に発生したわけです。
この運動の最初の犠牲になったのは,1779年当時イギリス最大の紡績工場であったアークライトのランカシャー工場でした。そこから始まり1810年代に入って運動はもっとも激しくなりました。1811年にはノッティンガムシャーで熟練手工業職人が,靴下やレースを編む織物機械を破壊しました。翌年1812年にはランカシャー,チェシャー,ウェスト=ライディングなど北部で,新しい紡績機や織布機の打ちこわしが続発しました。

この運動の被害者の多くは新しい機械の発明者たちでした。ケイやハーグリーヴズ,アークライト,カートライトなどは工場や住宅を破壊されました。



こういうことが過去にあった。機械というのはそれだけ社会を変えてしまうものなのである。
格差社会という時常に公務員が得しているとかある特権化した人間にその恨みを妬みを向けているけど
機械にその恨みを向ける労働運動は日本では起きていない
機械は自然と同じように人間ではないから天災のように恨みを受けない
具体的に恨みや妬み受けるのは人間である

だから現代では本当の特権階級とか金持ちが見えないということもある
では頭脳労働者が高給取りでもなかなかそういう人たちは社会では表立って見えないのである。
そもそもIT長者といっても田舎などではそういう人たちのことを理解できないだろう。
山持ちとか地主とか何か具体的になものがあればわかりやすいが
現代の金持ちは見えにくいのである。
だから公務員とか官僚とかそうしたものは巨額の税金を扱い国民から奪い楽していると常に怨嗟の目で見られるのである。


文明は結局機械化で起きている問題が特段に顕著になった時代である。
あらゆるものが機械化してその機械によって人間が動かされている
だからついにはコンピューターが世界を支配するというSF映画があったことでもわかる
原発事故にしたってこうした一連の文明の進展のなかで起きた事故である。
機械化して機械が故障して破壊されて大事故になり悲惨な結果をもたらしたのである。
戦争すら現実にロボットが無人兵器がすでに実用にされて殺傷までして問題になっている
人間の戦争ではなく機械と機械の戦争になる、ロボットとロボットの戦争になる
それは鉄腕アトムのテーマでもあった。
それは未来を先取りしていたから漫画でも歴史に残るものとなった。


これだけ機械力が巨大になると自然破壊も巨大化する
原発事故はその機械化によりこの辺が大被害になった
機械というのは確かに苦役から人間を解放した
一方で人間から人間的なものを奪ったのも機械であった。
だから鉄道でも最初はソローのように自然を破壊するものとして驚異だったのである
車社会だってそれも大規模な自然破壊でもあった
便利になったが商店街やら他にも失われたものはある


機械化をおしすすめたのはエジソンなどが生れたアメリカである。
アメリカはあれだけ巨大な国だから国土だから機械化に向いていたのである。
広大な土地をトラクターで耕すことが向いていた。
機械化文明はまさにアメリカ文明だったのである。
不思議なのはホイットマンが生れたアメリカの開拓時代は日本の江戸時代とにていたのである。
ホイットマンが賛美したのは農民であり牧畜民であり手仕事をもった職人であり
そうした巨大機械化しない人間そのものが働いていた時代なのである
それは江戸時代とにている。個々の職人がその技を競い農民でも人力社会である
だからそこには機械より人間中心の人間を賛美するものが生れる

牛と馬とかも機械の代わりに利用されているがそれは機械ではない
生物であるから人間扱いされて馬が人間と結婚する、動物と結婚するという
民話が生れる動物は人間と同じ生物であり機械とは違う
やはり命をもったものであり人間化する
機械は生物ではないから人間化しない、ロボットもいくら知能化しても人間にはなれない
ロボットはペットにはなれないし介護も精神的な面ではできないのである。
物を運ぶくらいはできるが精神的交流はできないのである
そこに機械とロボットの限界があるのだ。

americaland.jpg
マークス「楽園と機械文明」ーテクノロジーと田園の理想

この本は面白い本だから何回も読み直している。アメリカの理想はその広大な土地を利用した農業にあり機械を利用した製造業に開拓時代はなかったのである。
その製造業はイギリスのヨーロッバにさせて田園の農本主義が理想だった。
そこには大規模な自然破壊は起きない社会であった。
農本主義になると江戸時代までの日本とにているのである。

なぜ現代は三分の一も働かないで暮らしていけるのか?
それは労働が機械化されているからでありそれだけの余剰が機械を生み出しているからである。
でも実際に労働するとなると機械の方が安上がりで人間は高くつく
手伝いさんでも家の中では働いてもらうとなるとその労力が大変なものになる
犯罪にあったように気を許すことができないからええって疲れる
炊飯器や洗濯機のように人間は使いないからである
人間はそもそもそんな機械の部品のように使えるものではないし
機械より能力がないものとして扱われること自体異常だったのである

生産性とか効率性とか合理性を追求すれば機械がいいしロボットの方がいい
人間の効用は機械にやれないことにこそある
それはこれだけ機械化してもそうである
機械にできない、人間にしかやれないことはいつまでも残る
それは別に高度な知能とか技術だけではない
介護なんかはまさにそうした人間でなければできない
ただその価値がまだ認められていないのである。
必ずしもこの世の中価値があってもその代価が払われないことがある
そういう価値の不公平の故に格差社会になっているということもあるのだ


要するには人間の社会の価値は実はあまりにも多様なのである。
だからボランニィーの人間の経済学がある。
何が価値になるのかその土地により国により時代により違ってくる
それは食料の心配がなくなると贅沢品を求めるから
あらゆるものが価値となってくる
珍しい石でも庭に置きたいとか高い価値が出てくるのである。

結局価値を決めるのはその人の価値観にもなる
一億円あったら家とかは別にしてその人の価値観で金を使う
自分の場合は庭を作ってみたいとか
家事を手伝ってくれるひんいい人があれば高い金でも払うとか
その人の価値観で金を使うのである


だから老人はあまりモノがいらなくなるから
かえって個人的に人間的サービスをしてくれるのがいい
宅配の弁当でもそこで老人の話しを聞いてくれるとかがいいとなる
しかしそれは若い者にはなかなかできないかもしれない
なぜならただモノを配達すればいいというのが仕事になるからだ

そういう老人と話をできるのはかえって経験の積んだ老人が向いている
これも誰でもできるというのではない、一つの能力なのである。
女性でも話しがうまい人と下手な人とがいるのと同じなのである
いづれにしろそういうものは機械ではできない価値があるし
その価値に金が加算して支払われる時代にもなっている。
モノに付加された価値の方が高くなるということも豊かになればある時代になる
ペットブームが象徴しているのは犬は番犬でもない、猫はネズミ取りでもない
そうした実用的なものでなくで何かかわいいから癒されるとか
別な価値観でペットブームになっているのとにているのである

posted by 老鶯 at 17:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2014年05月09日

飲食店で働き給料が支払われなかった女性 (飲食業や外食産業がブラックが多いのはなぜーこの世がそもそもブラックだから)

 

飲食店で働き給料が支払われなかった女性

(飲食業や外食産業がブラックが多いのはなぜーこの世がそもそもブラックだから)

●ブラックがはこびる原因



モンテローザ、ワタミ、ゼンショー、大庄、くらコーポレーションなど……。インターネット上で公開されている「ブラック企業ランキング」の上位には、飲食業が軒並みランクインしている。デフレ下において、安価でレベルの高いサービスを提供するため、低賃金・長時間労働やサービス残業が常態化。なぜ外食産業にはブラック企業が多いのだろうか。結局のところ、新規参入が容易だというのが一番の理由だろうと思う。カネもコネも学歴もないけれどやる気だけは人一倍あるという若者が起業を決意した場合、いきなり精密機器製造会社や法律事務所や出版社を作るのは難しい。


誰でも雇うので勤務する人もあまりモラルの高い人はこない。スネに傷がある人や前職に問題がある方でも誰でも入社可能。そういった方が半年で店長にも成れてしまうので店自体のモラルも低下してしまう。ろくな社会人も経験していないため人の育てかたもわからない方が非常に多い。


これは飲食店というか、あっち系の人達だよね。
 裏の社会系というか、ヤクザだよ。
 有名な話。セクシー居酒屋系なんてヤクザ系列ですよ。
そこの話を普通の飲食店と同列に話されても・・・


たしかに、「ほかの業界でダメだったから飲食に来ました・・・」という人はいる。
 沢山いるし、増えている。高年齢化も進んでいる。
いい意味では雇用の受け皿だけど、悪く言えば吹き溜まりですわな




その女性は様々な問題をかかえていた。飲食店で働いて半年分の給料がもらえないと何度も訴えていた。
でも普通なら半年も給料をもらわないなら働かないだろう
その辺が理解できなん点だった。
雇われたのはただ顔見知りで近くの人だったというだけだった。
この辺の仮設が増えた原発事故関係で外部からの人が増えたとかで増えた飲食店だった

ここで引用したのがみんなあてはまっている。

飲食業にはブラック的なものがもともとあった
ただこじんまりした家族で経営しているような所には普通はない
チェーン店に多かったのだろう
牛丼店では本当に息もつけないほど忙しい時がある
原町に行った時入るがそれだけ酷使されていることがわかる
この辺ではだから今はそうしたチェーン店では働かない
自給1200円で募集しても働く人がいない
それは避難民がいたとしてもそういう人は原発の補償金でうるおっている
だからそんな厳しい場所では働かないのである
もともとそういう場所だったら人は働かない
働いている人は外部の人ということもある


給料をもらえなかった女性は労働基準局に訴えるとか未だに給料をもらおうとしている
自分もそんなことにかかわりたくないしあきらめろと言ったがしつこい人だからあきらめない
ブラックな所はそもそも賃金未払いのリスクをかかえている
自分もアルバイトかでそういう経験がありその時は怒りを覚えた経験がある
だからそうなることはわからないではない
でもそもそも給料がもらえないのに半年も働いていたということが理解できないのである
何かしら無料でもいいということを雇用主に認めさせたということにもなる

●ブラックなものはブラックなものが支える


ブラックになりやすいものとして飲食業もそうだが建築現場なで働く人もそうだろう。
そこでも経歴など問わず暴力団などが人集めしている
だからそういうところではかなり危険な人が集まっている
どういうわけか知的障害者などもまぎれこんでゆく
それは結局相手が誰か問わないからである。
人間を雇う時そういうことは雇われる人でも雇う人でも危険になる

なぜこれほど保証人が就職するにしても必要なのか?
それはその本人を保証してくれる人がいないと危険だからである。
そういうことを自分も雇って大損害になったから痛切にわかった。
会社などで金を扱ったりすることもあり損害が大きくなるからそうなる
だからまず銀行に就職したら身元調査は相当に厳しくなる
親戚も調べられるから簡単に就職できないとなる


ただこうして人を雇うことを厳しくすると人手不足は加速する
介護でも資格が必要だ、何でも保証人が必要だとなると
結局ブラックしか就職する所がないという人が多いから
そんなところでも働く人はいたのである。
ただ時給が高くなっているから雇う方も考えるようになった
人手不足はそういうブラック関係でも大きな問題となってきた
前のように奴隷のように働かすことはもはやできなくなる
それが正常な状態であり人手不足はいいことなのである


外食の問題は塩分が多いことと野菜などが不足することである
ラーメンだってうまいにしろそこにいろいろな野菜をあげると
おいしくなりうまくなるがそれができない
トマトでもホウレンソウでもアスパラガスでもあげれば野菜を補える
これはカレーライスでもそうである。
だからどうしても野菜不足になるから自分で料理するほかないのである
自分の町では牛丼屋はないから利用していない


ともかく自分の家に来た女性はあらゆる問題をかかえた女性だった
ただいろいろ話しをする人であり知っている人であるから
その話を聞いて面白いと思った。
その女性のかかえている問題がすべて社会問題になっていたのである。
その女性は学はないのだけど何かいろいろな問題追求者にもなっいたのである。
田舎でそういう人間はめずらしいと思った。
ただ素朴な女性だったことも今どきはめずらしいと思った。


いづれにし飲食業がブラックが多いという時、そもそも他はそうではないのか?
この社会自体ブラックなのである。
政府すら官僚すらブラックそのものなのである。
週刊誌に天下りした官僚の一覧がでていたけどこんなにうまい労せずに金を得られるのか
官僚はとなる庶民は怒りを覚えるが自分もその甘い汁を吸いたいとなる
それでカルト宗教団体ではお前らも甘い汁を吸いるようになれぞと現世利益から
そのノウハウは具体的になる、つまり政権をとればお前らも甘い汁が吸えると
政治活動に熱心になる。創価ではまさにそれしかない団体である。
宗教が目指したものとは正反対でありブラックそのものなのである。


●ブラックなのは社会の上層部自体もそうであった

東電でも政府でもこうした指導者自体がブラックだということは
社会そのものが世の中そのものがブラックなのである。
上が正さなければ下も正されないだろう
ただ今は上も下もない、上だってその下から選ばれたものだからである
だから上も下も何もモラルなどない、得すればいいとしかないのである。
この世の中を支配しているのは闇ぬ主ーサタンだというとき
まさにこの世がブラックそのものであるからだ
警察だってブラックだし検察もそうだし政治家そのものがブラックでないと勤まらないとなる
それらは必ず利権とかかわるからり裁判だって公平とはならない
巨悪そもそも罰することもできない
大企業でも東電のようにブラックなところがあり政府もブラックであり
検察もそうであるなぜ検察官僚が大企業や東電とかに天下りできるのかというのも利権のためである。

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週間ボスト5・9号に出ていた官僚の天下りスト


検察警察関係の天下りは問題ないのか、こうして利権を得れば法を公正に運用できるのかとなる、
だから検察も警察も上部構造を補完する権力の主体だと批判される。
ただ自分にしても正直に言えば家族が公務員だったので公務員は何かと得になる。
それは額として少額でもこの利権構造とにていたのである。

この世の中得する人はさらに得する、特権階級になると濡れ手で粟になる。
中国の共産党でも同じだった。権力構造の上部に入れば労せずして金が入り得になる。
だから共産革命でカルト宗教革命でも創価でも政治活動になれば権力を奪い得の階級に属したいとなるのだ。
だからたいがい検察でも時の権力側につくのである。

原発事故でも東電の幹部が罰せられないのはなぜなのか?
それは検察からも東電に天下りしていることもあるのだ。
利権によって結託しているからそうなる。そこで甘い汁を吸うことができるからそうなる。
そもそも人あ裁くなというとき、人を検察でも警察でも裁けないからそういえる。
人を裁けるのは神しかいないからそうなる。

いづれにしろこの世の中ブラックな会社や企業でもなくなることはないだろう。
そうしたブラックなものが生れのはなぜなのか?
そうした素地となるものが消えない限りブラックなものはこの世にありつづけるからだ。
そもそも検察だって正さなければならないものである。
でもそれをできる体制があるのか?三権分立がそうなのだがそれもむずかしいとなる
結果的にはそれを罰するのは神であり天しかないとなる
だから東電の原発事故でも今回の韓国のフェリー沈没事故でもそうした闇が明るみにだされる。
それは津浪によって東電の事故で明るみにだされた闇の世界があったと同じなのである。

神によって天災によってでも高いものが低くされない限りいつまでも闇は闇になる
正直ものは損する社会であり続ける。
貧しいものの見方だった共産主義も結局堕落したから同じだった
なぜそうなるのか?人間の欲がなくならないからである
欲に歯止めするものがないのである。

posted by 老鶯 at 11:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

夏の花々(増える花)


夏の花々(増える花)

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菜の花や里に餌あれ雀かな

貸家の狭き庭にも春の花
夏の日や三つの花の調和かな
夕風に藤そよぎゆれ蝶眠る
葉桜や今日もこの道仕事かな
我が庭の石の涼しく眠る母


夏になると花が増える、花屋にゆくと品種改良した花も多くなっているからさらにふえる
菜の花はまだ咲いているから春でもある。
雀は何を食べているのか虫も食べているということは鳥の餌は虫が多い。
虫はそれだけいるということなのか?
菜の花と雀はあっている。ただこの辺は田植えなど

生活が消失しているから里という感じがない。相馬市は普通の状態である。
藤も咲きはじめた。葉桜にもなっている。桜の花は散って葉桜になる。

葉桜は日常の生活なのだろう。その日常の生活をまだこの辺はとりもどしていない。
菜の花にしても何か農業がないと映えない、
菜の花だったら田舎の風景でありそこに素朴な暮らしがある
素朴な人たちがいるとなればいいが今はそうならない

なぜなら田舎だって専業農家はわずかでありあとはみんな会社員になる。
会社員だということは商業工業の従事者になるから
回りは田んぼでも昔の田舎とは違うのである

だから昔のように貧しくても素朴な人たちがいるとはならない
やはり金中心の社会になっているのだ。

ともかく消費社会だというとき、なぜ毎日こんなに買い物があるのか
自分で家事をやってみればわかる。買い物が次々にあるのだ
買うことが暮らしになっているのも変なのかもしれない
昔は農家で納豆まで作っていたというから買うことはまれだった。
そうした時代から比べると10倍とか買い物をしているだろう
結果的にどうしても金が必要になり金が欲しいとなり金にふりまわされる社会になる
そういうことも原発事故の原因になっていたのである。

猫でも今はカンズメでもうまいものを売っている。
余った魚やサシミまで一切れとかタイまで食べさせた
やはりそういうものはうまいとわかる
普通の猫の餌は食べるがそういうものと比べるとそれほどうまくないのかもしれない
だから体をすりよせてきてねだるのは一度覚えた魚などがほしいとなる
そういうふうに猫もぜいたくになると普通の餌では物足りなくなる
ただ野良猫が多いから野良猫と比べると餌は必ずあるのだから恵まれている
飼い猫と野良猫の差は大きいなと見ている
でも猫も人間と同じである
いったん贅沢を覚えたらやめられない、うまいものは食べたいとなってしまう。
その味が脳に記憶されるからそうなるのだ


今年は心にも余裕ができて花々が一段と美しく映える。花は個性があり争うことがない
調和して映えるだけである。人間社会にそれがないのが悲しい。

2014年05月10日

原発事故と酷似していた韓国のフェリー沈没事故(2) (巨悪は罰することはできないから国民に甚大な被害を与える)


原発事故と酷似していた韓国のフェリー沈没事故(2)

(巨悪は罰することはできないから国民に甚大な被害を与える)

「Facebookやツイッターなどでは、韓国政府、マスコミ、官僚、公務員、政府が槍玉にあげられています。


沈没した主な原因


●老朽化して機械が故障しやすくなる
●安全よりコスト重視になるー過重積載
●マスコミに多額の宣伝費を使う
●社長や幹部が巨大権力(政府など)と結託する
●カルト宗教団体などかからむ
●潮流が原因していた
http://musubu2.sblo.jp/article/93898119.html


前にも書いたけど今回の韓国のフェリー沈没事故の原因が原発事故の原因と酷似していたことである。

船自体が日本製だったということが今回は原因にはなっていないだろう。
でもその船を改築して乗客室を増やしたことも事故の原因になった。
船が沈んでから救助が遅れたのは潮流のためだった。
それも原発事故後に風が影響して飯館村が住めなくなった。

そしてこの会社の最大の問題が無理して過重積載してそれをつづけていた。
それが危険なのに見逃されていた
その見逃されていたのは政府や官僚やマスコミが一体となり見逃していた

なぜか?
そこに金がやはり回っていたからである。


今回事故起こした海運会社の安全教育費は年5万円
 宣伝広告費には年1200万かけてたらしい


それは原発事故と同じ構図が浮かび上がってきた
それにさらにその会社がキリスト教系のカルト団体により運営されていた
生徒たちはその信者であり船長の指示に従い船内に留まった。
その肝心の船長がいち早く脱出していた

これも放射線量を計るスピーディで浪江の津島が危険なことはわかっていたのに
政府からの連絡もなく浪江町民は津島に逃げで被爆した。
飯館村も被爆していたが一カ月とか避難しなかった。

政府まで批判されるのはなぜそうした危険なことが許可され見逃されていたかなのである。

それは東電でも高い場所に原発を建てるはずだったのにコスト重視でわざわざその土を削り低い場所に建てた。
それがなぜできたのかは政府の保安院が許可したからであり何ら安全の監視役にはなっていなかった。
カルト宗教団体も巨大化するとそれが政治への圧力となり創価のように利権団体として動く、
カルト宗教団体はモラルを追求する宗教とは何の関係もない
巨大な利権団体であり圧力団体である。

つまり原発事故と同じようにそうした政治から官僚からマスコミからカルト宗教団体までが一体となり過重積載が見逃されていた。
何よりもコストをかからないようにして利益を得ていたのである。
その利益がまたマスコミやカルト宗教団体や官僚にも政治家にも回っていたのではないかと追求されている。

これは本当に原発事故の原因と酷似しているのだ。

つまり事故の原因とそうした複合的な権力構造かち起きてくる。
それが巨悪になったとき、誰ももはや制御できないものとなる

結果として巨悪は誰も罰することができない
それが天災や大事故を呼び起こす

天災も津浪でもやはり人間の巨悪への罰とういうこともあった
なぜなら巨悪はもう誰も罰することができない
個々人の犯罪は罰することができるが
検察すら東電の天下り先であり罰することがてきない

結果的に津浪などの天災によって罰せられた
その他巨悪は罰せられないから最後に結果として大事故や戦争になって罰せられる
戦争でもそれはもう巨悪が罰せられないから戦争という結果を産む


そして巨悪なるものはカルト宗教団体でも誰も批判できない
巨大な圧力団体と化して社会を支配するともう社会がカルト団体に支配される
巨悪はそうして戦争まで導き国民は戦争という代価で300万人死んだとか
その代価を必ず払わされる
今回の代価は300人の高校生などの死だったのである

だからこうした大事故や戦争が起きるのはそうした権力構造の中で必然的に起きてくるのだ。
そんな巨悪がどうしようもない、そんな巨大な圧力団体を批判できないから従うほうかない、
放置しておきふれないことだとなるがそれが大事故や戦争へと導かれ今度は国民全体が大被害をあうことになる

オウムもそうだったようにカルト宗教団体は宗教などと何の関係もない
巨大な利権団体であり圧力団体なのである。
そういうものを放置していると後の災いになるし必ずそれは国民に被害を与える
一旦巨大権力化したらもう国民が支配されるのであり犠牲者とされるのである。
そういうことを国民は見逃しすぎるのである。
そして後で後悔しても遅いのである。その時は甚大な被害となりとりかえしつかないものとなっているのだ。た

巨悪がどうして生れるのか今回の韓国のフェリー沈没事故は
やはり原発事故と同じように事故によって暴かれたのである。
巨悪というのはそもそも悪としてなど見えない、善として見えるのである。
その複雑な構造も見えない、闇でありまさに闇の主は誰なのかとなり社長がどうのこうの
カルト宗教団体の会長がかかわっていたとか問題になる。
ついにはユダヤ陰謀論とかがでてくるのは巨悪は見えないからそうなる

ただ今回も原発事故と同じように被害が大きいから巨悪が暴かれることになる
現実に巨悪が罰せられないというとき未だに東電の幹部は検察によって罰せられないことでもわかる
結局支配層は巨悪を成す仲間だから罰せられないのである。
そうして事前に罰せられないから巨悪はさらに巨悪化して大事故や戦争にまでなる
むしろ巨悪を追求すると社会から抹殺されるのが現実である。
巨悪はそうしてますます成長して最後に必ず大事故や戦争や大きな災いをもたらして
国民が犠牲になる。そうなるのもまた国民が悪いのだとなり巨悪の主は罰せられることはない
かえって戦犯が戦後も主導的な役をになった。
読売の正力松太郎などはGHQと結び原発推進者となったことでもわかる
原発は韓国の船より莫大な利権を産むからそうなったのである
その利権は地元にも回っていたから地元にも責任があるとされた。
利権によって巨悪にのみこまれのが現実なのである。

 
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人生は時間を何に費やしたかで決まる (人間の脳は日々の経験努力が刻印されて後天的に作られたもの)


  人生は時間を何に費やしたかで決まる

(人間の脳は日々の経験努力が刻印されて後天的に作られたもの)

●語学の習得は脳に記憶を刻印させること


人生というのはどんな平凡な人でも才能がなくても最後に60代にその一生が自ずと明らかになる。
つまり人間は決して60代になる人生の最終章になることをリアルにイメージできない、
その歳になるとどういうことになるのかイメージできない。
みんな時間など無限にあると思っていたし時間をつぶすのに苦労していた。
時間なくなることが一番イメージできないのである。

金がなくなるきことは若い時でも俺はフリーターだからニートだから老後は金がないから悲惨だろうなとか、
親の資産があるから俺は大丈夫だろうとか予想している。
金は具体的だから予想しやすいのである。
時間は具体的にもっているものではない、土地がある家がある金があるとか何か具体性に欠けている。
だから金だったら節約もするが時間を節約するということは具体的でないからできない。
そこで時間は常に知らずに失われているのだ。


何に時間を費やすかで人生が決まるというとき、わかりやすいのは語学の修得である。
これは天才は別にして語学の修得には非常に時間がかかる。
英語を日本人は中高校大学で学んでも習得できないことでもわかる。
それはまず学び方が悪いということもある。英語に日常的に触れられないということもある。
そういう悪条件があるのだがやはり語学の修得には時間がかかるということである。
一般的に学問自体が時間がかかるものなのである。
「それで少年老いやすく学なりがたし」となっている
語学はやはり嫌でも暗記だったり苦しくても無理して読んだり書いたりと訓練する度合いが強い。
もちろん他の学問もそうなのだが語学が一番努力を要するものなのである。
だから二カ国語の外国語をものにできる人は極めてまれになる。
一カ国語すら無理なのだからそうなる。

そしてわかったことは記憶は脳は日々の生活の学びの中で作られてゆく度合いが大きいのである。
天才は生まれつき体力的にも能力的にも恵まれているからそういう人は例にできない。
一般的に脳は日頃の訓練で作られてゆくのである。
脳の記録の回路も何も作られていないが時間を重ねて作られてゆく。
だからその人が記憶されることも作られていたのである。


個々人の脳は努力の結果記憶が刻印されたものである


記憶すら長年の積み重ねで作られたものだった。それが語学の場合顕著に現れる。
語学だとどうしても単語を覚えねばならない、母国語のように自然には頭に入らない。
つまり恣意的に意志でもって無理にしてもでも脳に記憶を刻印させねばならなかった。
そういう努力を常にしていなければならないのが語学の習得には必要である。
だから語学の修得には時間がかかる。語学は何か数学などと違い特別な才能というより
時間をかければ習得できるという感覚をもつ、でもその時間は膨大になってしまうのである。
だからとても普通の人は一生かかっても一つの外国語も修得できないのである。


●人間の脳は日々の生活の努力で刻印されたもの


ともかく語学で例えると時間がいかに大事かわかる。今になると時間がないから
語学にさく時間がないからもう英語すら自分は学べないしもうかえって忘れてゆくから語学能力は減退してゆく。
ただそれでも脳に記憶されたものがあるからまだ全然わからないということではないのだ。


人生とは数式化すると

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まず時間を何費やすかがある。abcdef・・・と費やすべき時間がある。
でもaに時間をかけたら時間は100とか一定だからbcdefには時間をかけられない。
aに50をかけたらbcdefで50を割らねばならなくなる。
人間は与えられた時間が限定されているからあらゆることに均等に時間をかけることはできない。
普通語学ばかりに時間をかけることはできないから英語でもものにしている人は少なくなる。

そしてもう一つは金を何にかけるかが問題になる。費やす金によっても人生は決まってくる。
現代は特に金が大事になるのは時間を金で買うことや金で効率的に暮らせるということである。
金があればもし語学でも専任の講師を雇えばいいとなる。そういことを大金持ちはできる。
すると語学修得の時間の節約にはなる。

それにしてもやはり語学修得には努力が必要であり時間がかかりすぎるのである。
金があっても時間は限られているから金がなくてもその人なり価値あるものに時間を費やせば
人生の最後に収穫、実りをかりとることができる。

その例として本でも若いときはいくらでも読めると思っている。
ところが本はむずかしいのになると若いとき理解するのがむずかしい。
それでもむずかしくてもなんとか理解しようとして読むことが必要になってくる。それは語学の修得とにている。
なぜなら老人になると読む時間とエネルギーもなくなってくるからだ。
そして実際に読んだ本はわずかでありその読んだ本にしても理解できたのはわずかだったとなる。
でも読まないよりは良かったとなる。
そしてくだらない本を読んで時間を費やして失敗したとなる。なぜなら有益な本は読めなくなっているからだ。
本というのは厚いし何度も読まないとわからないことがある。
何度も読んでいる本はいい本なのである。そういう本にしてもなんか何十冊くらいしか残らないだろう。
それほど本も読めなかったのである。

結局自分の場合、青春はカルト宗教団体に浪費された。ただこれもすべてが無駄だとはいえない。
なぜならどんな無駄なことでもそれは経験になっているからだ。
何かをどんなことでも経験することがついには老人になるとできなくなる。
だから馬鹿げたことでも経験することは限られているから貴重だったとなる。
だから自分はカルト宗教団体については内部にいたから批判できる。
つまり内部告発できるのはあることに詳しくなれるのは内部で経験を積んだ人なのである。
官僚だって内部で時間をついやした人が詳しくなれる。
でも一人の人間の経験はわずかだからあらゆることに詳しくはなれないのである。


いづれにしろ青春でもあっというまに終わってしまう。ただではすべて消えてしまったかというと消えていない、
心に脳に記憶された刻印されたものが残りつづけるのである。
だから60過ぎると過去が生々しく甦ってくることが実際になる。
それは青春時代がそうなりやすい、だから自分の姉は死ぬときまで戦争のことを語り死んでいった。
四年間従軍看護婦で働いたからそのことが忘れられないのである。
それも青春時代だったから忘れられない、だから今も生き残っている戦争経験者は90になっても忘れられないのである。
それが生々しく甦ってくることがあるからだ。
戦友の顔だって生々しくよみがえってくることがあるだろう。
もちろん青春時代に悪いことしたことも刻印されて消えないのも怖いことである。

老人になると何でも結果として現れてくる。
それは一人一人違っているにしてもそうである。

自分は旅に費やした時間が100の内、60くらいになっていたかもしれない。だから今になると全く旅ができない、
するとただ思い出す旅になる。その旅も忘れいるのが多いのだが時々よみがえる。
何十年前でもよみがえることがある。何でも時間がたったからといって消えるわけではない、
経験したものがよみがえってくることがあるのだ。

花を覚えるにしても名前を覚えるだけで大変であり季節的にいつ咲くとか名前だけではない
その花がどんなものかイメージする必要がある。
花の名前だけでも百くらい覚えるとなると大変になる。
それが俳句を作る基本にもなる
その花をしるのも毎年毎年花を見ている必要があるのだ
毎年毎年見ていても花は新鮮に見えるし新たな花も知る
花の種類だけでも外国産もあるし品種改良したものもあるしと
花の世界も広大なのである
だからくだらないものに時間を費やしていると花の世界もしりえない
時間がまたたくまにすぎてしまうからである


●石の貨幣の価値を決めるのはその経歴だった


面白いのは石の貨幣の話である。


個々の石貨には価値が厳密に設定されているわけではない。石貨の価値を決めるのは個々の石貨の来歴であり、それを所有している者とそれを譲られる者の話し合いによって譲渡の条件が決定される
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A4%E3%83%83%E3%83%97%E5%B3%B6


海中に沈んだ石貨があった。それを取り出して舟でカヌーで運ぶの苦労した。
その苦労を語ることによってその石貨の価値が決められたというのも面白い。
だから一億円の金は同じ価値があるとは限らない、デイトレーダーとかが一日でパソコンを操作してかぜぐことができる。
同じ一億円でも命懸けの仕事で稼いだという人もいるだろう。
その話しを聞く時、命懸けで稼いだ人の話しは価値があり同じ一億円でも中味は全く違っているのである。
要するにその経験の方に価値がある。
俺はあの危険をのりこえて金を残したとか自慢できるのである。
その経験もただ金を残したというだけではない、実際はその人の人生を豊かにして力となっているのであてる。
あんな苦難を乗り越えたということが自信にもなるのである。

電気関係の電設工事の人が財を築いたのは請け負いであり会社員ではなかった。
個人が請け負いもらっていた。だから仕事を増やせば働けば働くほど金になる。
そうして財を築いた。会社員だったら決められているからそんなに財は築けない
ただその時は電設工事でも高度成長時代だからいくらでも仕事があり時代の影響でも
一代で財を残した人が団塊から上の人には多いのである。


ともかく時間がいかに大事かを知らないとあとで後悔してもあとの祭りになってしまう。
インターネットなどでも無料が多い、それはいいことなのである。
なぜなら何であれ時間を費やすものが価値を決めるのである。
本でもインターネットでも金を払うから価値を決めるのではない
そこに貴重な時間を費やすから価値がありうる。
だから無料でもすべて質が悪く読むに値しないということはない
なぜなら無料でもそこに時間が費やされたものに価値があるのだ
もちろんくだらないものに時間を費やせば本でもインターネットでも結果的に何も残らないのは同じなのである。

 

2014年05月11日

六号線の夏(狭い道で自転車に乗りクルマに怒鳴られた)


六号線の夏(狭い道で自転車に乗りクルマに怒鳴られた)


大内や藤に夕日さし蛙鳴く

六号線つつじの咲くや行き来かな
新緑やライダー走り去りにけり

今は藤の花とツツジであり新緑の季節になった。六号線をライダーが走るのを見ていると確かに気持がいい。
あんなふうにしてどこまでも自転車でも走りたいなとなる。
ただライダーと自転車はずいぶん違っている。
自転車旅行してライダーの人とあっても話があわない、あうのは自転車の人なのである。
ライダーは実際は車の方と近いのである。
そのスピードでも変わらないし距離も自転車とは比べにはならない
ただ風を切って走っているところなどにている。

車だと風を遮断するから自然を感じられないからだ。

そして車とライダーと自転車乗りは仲間にはなれない
なぜか?それぞれに経験が違ったものとなるからである
ガソリンでもいくらかかるんだよと言われても車に乗らない人は
その費用についてとかいろいろな車にまつわることを話題にしてもわからない
自転車だと共通だから共感しやすいのだ
だから毎日の日常でも自転車の人とあいやすいし仲間になりやすい
自転車での苦労を語るこはになるし楽しさも語ることになるからだ
だから知っている女性は車をもっている人にいつものせてもらっているが
ガソリン代を気にして払っているとか気を使っている
自分でも車もっている人が多くても頼みにくいのである


雀の子 そこのけそこのけ お馬が通る ・・・・は 小林一茶
雀は春の句だそうだ。。

人間と機械の地位逆転が生じたものであろうか?と
人人人 そこのけそこのけ 車が通る・・・


果たして何時から人間の奴隷化が始まったのであろうか?
明治6年(1873年)7月19日 明治政府 違式?違(カイイ)条例90カ条
今で言えば 軽犯罪取締り法

その中で・・「全て道路は歩行者のもの、車馬による交通妨害は 厳に禁じている・・」ことである。



こういうことを他のブログでも書いている人がいる。普通は車社会を批判しにくい。
ネットではそうした批判が普通に書かれている

なぜそれを今日感じたかというと自転車で頻繁に車が通る所にでてきたとき
突然車のなから怒鳴られたのである。
「遅く走れ、・・・」大きな声が飛んできて走り去った。
あそこは新田川の橋をわたって植松の方にでる道の細いところであり
ぎりぎりに車もすれちがっているところである。
その方向に出ようとしたとき突然怒鳴る声がしてびっくりした
自分は普通に走り横断はしない、すぐに曲がっただけである。
ただ車から見ると横断してくるように見えたのだろう。
早く走っているように見えたのかもしれない

車側から見ると自転車は嫌われている、ふいに横からでてきたりするからである
今回は別に横断はしていないしとまっている
けれども車側からは早く走っていて横切るように見えたのかもしれない
結局現代の車社会はクルマか優先であり自転車は邪魔者になる、歩行者すらそうなる社会である
だからクルマ社会批判もありうる。
この場合、何ら信号を無視したりしてわほたっていないし止まっていてもこういうことがあるのは
そこが道が狭いということもある。だから日本では道が狭いから自転車は邪魔になるのである。


はっきり言って自分はクルマが嫌いである。
今回のようにクルマ社会は非人間的なのである。突然怒鳴りつけて走りさってゆく
運転する側でもぴりぴりしているからそうなる
ちょっと間違えばすぐ事故になるのが車だからである。
そして人間的にも切れやすい人間が作られる
瞬間的にまさにどなりつけて切れて去ってゆく
そこには人間の対話はない、そういうクルマ社会も人間の心に相当影響しているのだ

例えば牛とか馬とか生物と接していれば生物のリズムになる

でも車だとクルマのスピードのリズムになりそれは人間のリズムとは違いすぎるのである
そんなこと言ったってクルマなしで今の社会が成り立つとか恩恵を受けているだろうとかなる
そういうことは言えるからクルマに乗らない人もあまり言えないのである
ただ全面的にクルマをなくすというのではなく自家用車などは一人一台でなくても
へらすことはてきる、そうするともっと余裕ができる

いづれにしろ日本は道が狭いから自転車道路も作れないのである
また坂道が多いというのも自転車に向かいないものにしているのだ。

実際にクルマと自転車は共存しにくくなっている。
そこのけそこのけクルマが通る・・・であり
自転車は邪魔だとか今回のようにあからさまに怒鳴りつける人もでてくるのである。

2014年05月12日

津浪で再現した真野の入江 (大内村は山側に住んでいた人たちは助かった)


津浪で再現した真野の入江

(大内村は山側に住んでいた人たちは助かった)

●津浪が明らかにした真野の入江

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真野の入江ーバノラマ写真

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中世において、川津は長田の名前で呼ばれていました。その長田に「長田市庭」と呼ばれる場所があったことを示す古文書があります。永仁七年(1299)二月十一日付の、長田余一昌重宛て大仏宣時・北条高時連署の関東下知状に「市庭村」という地名が、長田西郷に含まれています
http://blogs.yahoo.co.jp/zett_59_turtlehead/11208687.html


島大通りと、島大向かいの学園二丁目あたりは江戸時代以降の干拓地、すなわち中世は「海」とも呼ばれた広い沼沢だったので


「笠津灘」という小字があります。現在のみしまや楽山店が所在するところです。ここも津という名がついていることからして、河港が存在したことがわかります

八日市庭・三日市庭(下市庭)などの市庭(地名)と魚座・相物座・御器座などの商業座、さらに上座・中座・下座の座地名について
http://www2.ezbbs.net/cgi/bbs?id=mietyusei&dd=40&p=23


地名には何か共通性がある。市庭というとき全国的にある。市庭⇒市場になった。
でもそもそも市庭がいつ頃から生れた地名なのだろうとなる。
一般的には中世で継続して使われていた。でも平安時代から奈良時代にもあったのだろう
座となると明確に中世的地名だが東北地方にはないからそれだけ東北地方には商業は発達していない証明でもある。

ところが市庭というのは南相馬市の塩崎村にありこれはそこが海だった時に名付けられたとすると奈良時代までもさかのぼる。
万葉集時代にもなる。
だからそこが真野の草原(かやはら)であり草原は地名だという根拠にもなる
塩崎には船着という地名もあるから船が来ていたのである。
それを証明したのが今回の津浪だったことに驚いた。
船着辺りまで津浪が来ていた。そして船が実際に流されてきたことにも驚いた。
今回の津浪は明らかに奈良時代辺りの環境を再現したのである。

●大内村の曽我船(そがふね)地名の謎

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島とつく地名も湿地帯がありそういう場所に名付けられている。島通りというのもそういう地帯だった。
小島田も真野川にそってあり湿地帯であり離れた島のようになっていたのだろう。
そののち開拓されて田になって小島田となった。
北右田、南右田とあるが右田も真野川沿いであり湿地帯でありあとから開拓された。
烏崎村に接した真野川沿いに袋村があったが消失したのは真野川の洪水が度々あって
使いなくなったのだろう。明らかに大内村の人が土地を広げて開拓したのである。


慶長津浪から1611年基点にして歴史をみることが普通になった。
その時代前がどういうものだったかその時の村の状態はどうだったのか
実際にあったのかなかったのかというのが郷土史で重要な問題となった。
慶長津浪の前に小島田に八龍神社があり川子のはそれより古い。
すると烏崎村の八竜神社も津浪にすれすれで残ったが津浪の前に建てられたのかもしれない、
なぜなら慶長津浪の後ならもっと高い所に建てる、すれすれには建てないからである
いづれにしろ小島田でも大内でも津浪の被害にあった。それでも被害が少なかったのは
そこが比較的古い村だった。海老村でも海に面した所はやはり新しい村だった。

ただ烏崎村は特殊であり鎌倉時代から人が住んでいた。それは漁労関係の人が小屋を建てて住んでいたのだろう。

地名から考察すると鎌倉がら船で来た岩松氏が烏となづけたのはそこが空の州だったからである。
何もなかったからその名がついた。実際にそうだったのである。
烏から烏崎村に変更されたのは崖の下に村落があるからそこが崎のようになっていたから変更した。
港があった所はもともと牛島とかの地名であり湿地帯だった。


そして大内村が確かに被害があったかなぜ少なくてすんだのか?
それは大内村は道をはさんで山側と元の海側に住んだ人に分かれていたのである。
山側に住んでいる人も多くそこは助かったから烏崎村のような壊滅状態になっていない
そこに不思議なのは曽我船という地名が化石のように残っていることなのだ

そがふねとはそががさかのぼるという意味で船がここからさかのぼるのが見えたから名付けられたという、
この地名はまず不思議である
普通そんな名前つかない、それだけ船が来るのが見えたから名付けられた。


それよりもソガとはソグからきていて何かをソグである。海の波が寄せてきてソグところであり
曽我船はさかのほるの意味ではない、
黄昏る(たそがれるーソガレルであり浸食する意味であり減退してゆくとかの意味になる。)

塩崎村の船着でも市庭でもそうである。それがいつの時代のものかはっきりしないのである。
ただ奈良時代から発しているというのはその時そこが
海だったことは明らかだからであるそれが津浪で証明されたのである。
大内村はもともと海だった海側に家を作った人たちは古い家ではない、
道をはさんで山側に家があった人たちが大内村を作っていた。
だから大内村は被害があっても村としては残っている。烏崎村は壊滅したから悲惨なのである。
津浪は太古の自然の状態とか歴史的村の発展状態とかを明らかにしたのである。


●東松島の元の鳴瀬町の白萩の地名の謎


東松島の被害状況を見ると元の鳴瀬町の白萩とか浜市とかは津浪で被害が大きく壊滅状態になった。
そこは海からかなり近かった。そこに浜市とあるのは江戸時代にあったとして
もその前にさかのぼるかどうかわらない、牛綱村は後方でありそれは古い。
浜市は新しい、白萩という地名はやはりもともとそこは海に近く鳴瀬川にそってあったから
度々洪水の被害を受けていた。だから萩がはぎとられるという地名になったのは信憑性があるのかもしれない
、白い萩が繁っていたという名がつくのは普通ないからである。

でも不思議なのは浜市方面に漁をするための使う綱を運んだからその名がついたというとき
牛綱村の起源が浜市に由来するのも不思議である。
普通は逆でありもともと牛綱村があって浜市に進出したからである。

「白日別」の「白(しら)」は「しらす」、つまり「治める、統治する」の意味である。



接ぎ
はぎ
歯軋り
はぎしり
剥ぎ取る
はぎとる
端切れ
歯切れ
はぎれ
脛を齧る


古事記」上巻


 波の穂より天(あめ)の羅摩(かがみ)の船に乗りて、鵝(ひむし)の皮を内剥(うつはぎ)に剥ぎて、衣服(きもの)と為(し)て、帰(よ)り来る神有り。・・・少名毘古那の神ぞ。

萩(はぎ)は剥ぐから生れた言葉なのだろう。白というのは知らすであり治めるだからはぎ取り治めるなのか?
そこはともかく何かをはぎとり住むようになった。
萩という花とは関係ないだろう。

萩と荻はにている。萩の前は荻だったのかもしれない、萩を区別できなかった。


おそらくヨモギ(くさよもぎ)という意味のことをおっしゃっているのでしょうが、上述のように「萩」の原義にあたります。しかしヨモギは、日本では草餅などに使うことから春の香草として知られ、俳句の季語でも春に分類されます。それだけに字に「秋」が含まれるのはイメージにそぐわず、これを字形の似た「荻」で代用して、「萩」の字は国字としてハギの意味で使われるようになったのでしょう(ハギは日本ではよく自生しますが中国ではマイナーな植物のようで、本来の漢字があるかどうかは不明です
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1422402179


「 荻の葉のそよぐ音こそ秋風の
     人に知らるる はじめなりけり 」 紀貫之 (拾遺集)


荻(おぎ)には「風ききぐさ」という異名があります。
水辺に繁殖するその草は背丈が高く、細長い葉や茎は風に靡いて
さやさやと音を立てます。
http://manyuraku.exblog.jp/10708377

オギから沖(オキ)という言葉が生れた。荻が繁っているところは陸地から離れたところでありさらに離れた海かオキなのである。言葉は身近なところから意味が拡大してゆくのである。


●大内村は元の海側の家が被害か多いが山側は残った


大内村は道路を挟んで元の海側と山側で明暗を分けた。山側の家は一部被害があり残らなかったがほとんど残った。
道路をはさんで元の海側は北側は残らなかった。
ただ海老村や烏崎村のように壊滅しなかった。
それでも被害はそれなりに大きかった。あそこてトラックの運転手が津浪を来てから必死で逃げて助かったという、
津浪を見て逃げるだけの距離が大内にはあった。
でも元の海側に面した所では家は一部を残して消失した。
もともと海側に家を建てた人は新しい人たちだったのだろう。

大内村から真野川に沿った地域と海に面した地域に進出した開拓した人たちがいて江戸時代に袋村があったが消えた。
真野川の洪水や湿地帯であり維持できなかった。
まず川にそった地域もいい土地ではない、洪水があるからそうなる。

つまり人間はもともとそうした災害のある所には住まない、縄文人も住んでいなかった。
ただ住む土地を広げるために悪条件の場所に進出したのである。
そこは危険地帯であり開拓するのもむずかしいし危険地帯だった。
だから袋村は江戸時代にあったが消失した。
真野川の洪水などで維持できなくなった。

大内村は今山側に蛙が結構ないていた。蛙まで山側に移った。田んぼには水がないし住めない、
山側には蛙が増えるというのも蛙も津浪の後に住む場所を変えて繁殖しているのだろう。
自然の生物は適応力が人間よりあるから繁殖できるのだろう。

大内村は大内氏がはじまりであり大内という姓の家があった。
その大内氏は鎌倉から烏崎に船で上陸した岩松氏からはじまっている
大内村はだから烏崎村や小島田村より古い。
ただ八竜神社は州てに慶長津浪の前に小島田にも川子にも大内にもあったし
烏崎村の八竜神社は慶長津浪の前に建てられたのだろう。

ともかく慶長津浪でも相馬藩内で700人溺死したとなると今回の死者と同じくらいの被害があった。
でもその時は海老村でも烏崎村でも八沢村はもちろん明治以降だから人か住んでいない、
するとその死者の数がかなり多い、すてにそれだけの津浪の被害を受ける人たちが住んでいたことになる。
すでに海側に住んで漁業する人たちかなりいたともなる。
ただ今のように津浪警報もないから急激に来て死者も多くなったのか?
その死者がどうして生れたのか全く不明なのである。

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烏崎でも海が近くても残った家

真野の入江と八沢浦
http://www.musubu.jp/manoirie.htm

2014年05月13日

牡丹、ツツジの加工写真


牡丹、ツツジの加工写真
(花の命は短い)


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  • ラステーク


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蝦夷紫

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大輪の薔薇十数輪に蕾かな

朝日さし牡丹に映えるツツジかな

蝦夷紫その名の良しや我が庭に

ラステーク内より赤らみ十数輪若き日のごと咲き満つるかな



ラステークという薔薇が一杯咲いているのを買った。
それが一万だったがこれは買った時だけが良く映えていたが
あとは花の重みで垂れ下がり見栄えしなかった


次の蝦夷紫というつつじも5000円で買って庭に植えたがこれもすぐに散った
花は切り花でもそうだかすぐに色あせたり散ってしまう
だから一番いいとき、写真に残すとあとでも鑑賞できる
鉢植えでもすぐにしぼんだり見栄えがするのが短いのがある
生き物だからどうしてもそうなる

花の命は短いというときまさにそうである。

今は花が何か品種改良などして増えている
だから花を鑑賞するのも増えている
外国産も増えている
特に春から夏は一番増える
だから花で一杯にできる


写真に出したものは塀のツツジの写真の他は見栄えするのは短すぎた
それでも一時で見栄えする時写真をとっていたからいいのである
今は写真の時代であることかこれでもわかる
デジカメをいつも持って歩いてその時々の瞬間の映像をとらえる。
それはその時しかとれないということがあるのだ


これはfotoskecherで加工したものである。
加工技術も優れているからさらにいい写真がとれるのである
俳句が写生だというときもはやデジカメなしの俳句は普通になる
写真がないと何でも訴えないのである。



夏の浜街道(サイクリングしている退職した人と出会う)


夏の浜街道(サイクリングしている退職した人と出会う)

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浜街道松影涼し城跡へ

藤垂れて神苑清楚白つつじ
夏の夕草原のかなた海望む

甦る青春の日々夏の月

団塊は解放的や夏の月

故郷をサイクリングにめぐる人夏の日我と出会いけるかな


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サイクリンクしている人と出会った、年齢聞いたら一年しか違っていない
朝4時とかにサイクリングしているという、その人は車ももっているし
溶接の仕事もしてきた、それもアルミニウムとかのでありむずかしいから金なったという、
誰でもやれるのは金にならない、誰でもやれない特殊な技術をもてば金になる

その人の趣味は多彩である。音楽がもともと好きでフォークソングをしていて
インターネットで楽譜を探してギターをひいているというし釣りもやっていたしと趣味が多彩である。
運動不足なるので自転車もやるようになった。

それでも自分と一年しか違わなかったら自転車も肉体的には辛いはずである。
その人は5万くらいのロードにのっていた。高いものではないが目立つ
自転車の人とはこうして話ししたりすることになる

その人と話ししてわかったことは退職した人が増えて暇をもてあます人もますます増えてくる。
だから前に六号線を鹿児島から青森まで歩いて行くという人がいたことには驚いた。
その人も公務員を退職して旅にでた。もう保養ではない、どこまでも自由に行けるところまでゆく、
それが勤めている時はできなかったので退職したとき一気に束縛から解放されて旅に出たのである。
勤め人にはそういう自由な旅に憧れている人がいる。
だから海外旅行でも退職してバックバッカーのようにして旅している人もでている

要するに退職して暇になりその暇をどうしていいかわからないという人が増えているのだ
ただ貧乏な老人も多い、そういう人はいろいろな趣味に金を使えない,
無理して金もないのにそうした金のかかる趣味をもって泥棒まで人がいたし
そういう人の犠牲になったのが自分だった。
小さな畑を作っている女性もそれは商売とかではない、
ただ農家の人だから畑で野菜や花を栽培するのが向いていたからしているだけである。
でも畑をうなうのが辛いとか頼んでいたしもうやめたいといっているから畑も体が弱くなりやりたくない老人はなる。

ただ確かなことは暇な老人が増えていることなのだ。
その象徴的なのが相馬市の道の駅いつも五六人ただ椅子に座りたむろしている老人である。
同じ部落であり仲間なのだけど何するわけでもなく集まっているだけなのである。
こういう人たちは家族で食事を用意してくれるから食事の時間になると帰る
そして何もすることがないからあのように夕方までただたむろしている

ギャンブルやパチンコに明け暮れている人もいる。

自分のように介護してたりして食事の用意をしているとあんなふうにしてはいられないはずである。
自分は自転車で外を走っても帰ってから食事の用意をしなければならないからのんびりしていられないのである
外食すれば楽だが介護している人がいるとそっちの用意も必要なるからのんびりできないのである。
だからいつも家事に追われているし前のように自由がないのである。


いづれにしろ高齢化社会はこれから様々な問題が顕著になってくる。
退職してから暇だというのもそうでありまた妻をなくして一人暮らしなったとか
病気になったとか年金ではたりないとか金銭的問題も深刻である
国民年金は70歳からもらってはじめて10万とかなるがそれまでどうするのとか
支給年齢75歳にしろとか頼りないのである。
老人間の格差も大きくなる。
国民年金だけでは生活できないのである。
今日会った人は生活的は余裕があるのかもしれない
ただそれほどでもないかもしれない


近くの人は大きな家と立派な石の庭があり300坪の土地ももっている。
すると余裕があるようでも金がかかりないという
それでもいい方でありもう8万くらいもらったって本当に今ではぎりぎりである。
自分は本当は70からもらいたい、すると何とか10万になる。
でも今度は介護保険料がひかれるとかたりなすぎるのである。
それを文句言っても今さらどうにもならない、
働かないでも親のおかげでもらえるしまだ余裕はある

ただ自分はこれまでまともに自由に金を使ったことはない
旅をしても食事はきりつめていたから最低しか食べていない
旅館も安い旅館を探すのに苦労してきた
だから旅したといっても時間で贅沢をしていたが金ではしていないのである。


高齢化社会で感じることは一人暮らしが増えることや何か高齢者同士の共同性が求められているのだろう。
高齢者は一人暮らしなったりすると経済的にも負担が大きくなるから
共同の方が楽になるのだ。
そして一人暮らしは不安にもなるから精神的にも共同性が求められる
ただ道の駅でひがなたむろしているだけの老人ではつまらないだろう
自分にしても風呂などは福祉の湯に一週間一回くらい入ればいい、
家だ水道代も馬鹿にならないし一人だと損なことが多くなってくるのだ

 

2014年05月14日

時給化された労働は本来の人間の労働ではない (時給が上がるのは当然だったー時給1500になった原町のすき家)


時給化された労働は本来の人間の労働ではない

(時給が上がるのは当然だったー時給1500になった原町のすき家)

時給が深夜1500円になったのは福島県の「すき家」原町店。原発事故を起こした東京電力福島第一原発からは約25キロメートル。JR常磐線原ノ町駅から約1.5キロメートルの国道沿いにある24時間営業の店だ。

周辺の外食店はどこも深刻な人手不足に悩まされている。放射線の影響を懸念して、主な働き手だった若者や主婦層が市外に流出したうえ、除染作業などの復興事業の本格化が重なったことで、労働力の奪い合いが起こっている。
http://www.j-cast.com/2014/05/12204475.html


あそこは本当に忙しいのがわかる。時々納豆定食を食べていた。
あそだ働いていたら息ぬきもできない、暇なし働かされる。
普通は働きたくないだろう。
この辺では若い人が流出したこともあるし小高などの原発避難者は補償金で遊んでいて働かない
第一そんな忙しい所で働きたくないのが普通である。
この辺の人で不足はそこだけではない、コンビニでもそうだし全般的なのである。
チェーン店はほとんどそうなっている。


ただ時給千円というのは前は地方では結構な値段だった。
でもそもそも人件費が安すぎたのである。
人間を雇うほどめんどうなものはないし金がかかって当然なのである。
あまりにも人間を大事にしなかったのである。

自分は家でちょっと一時間でも家事の手伝いしてもらうのに大変な苦労してわかった。
そもそも一時間など働く人がないから余計そうだった。
それで犯罪の被害者になった。
ただ人間とは機械のように扱いないし奴隷のようにも扱えない
それが時給いくらだとかそんなふうに人間を扱うこと自体、奴隷化されていたのである。
時給いくらだとかいう働かせ方自体間違っていたのである。
働くのには別な価値観が必要である。
時給いくらだとかで計ること自体、人間無視だったのである。


働くことはそんな時給いくらきかで決められないだろう。
なぜなら働くことはその人の人生の問題であり
ただ一時しのぎの稼ぎとは違ったものだろう。


英語で

workは作品である、自分の作品を作るために働くとなるとライフワークになる。


I work for a company
I work at a company


の意味は違っている。

forには全体のためにとか目的のためにとか長い時間の中で働くという意味がある。
電車でも行く先地に行くのはforである。

つまりforは目的地に向かって電車を運転して運んでいるという感覚である。
一方はatは場所とか一部の担当とか部分的なものになる。


I work for the hospital
I work at the hospital


これはforは病院という全体の働いている感覚になる。
atはそうではない、一つの部門とか科で一時的に働いている感覚になる


現代とは働くにも部品化して細分化しているからforの働き方が消失している
for my familyとなれば一人のためではない家族全体のために働いている。
お手伝いさんとかなるとそうではない、ただ賃金をもらって一部の家事をしているのだから
work atになってしまうのである。]それは時給的働き方と同じなのである。

現代は働くこと自体、forという観念はなく時間的にも部分化、部品化されているのだ。

むしろ村だったら村という全体のために働いているという意識が自然と生れていただろう。
自ずと共同意識の中に働いてきた。それは意識しなくても無意識的にそうなっていたのである。
そこではそもそも時給いくらだとかいう感覚はないだろう。
もちろん田植えでも稲刈りでも手間賃をもらうということはあった。
それでも逆にまた自分の家でも田植えや稲刈りで働いてもらうとなると助け合いという意識、
共同性の中で働いていたということもある。

ともかく時給いくらだというのはatの一時的なその場しのぎの働き方なのである。

だから本来は郷土のために働くという時、部品としてではなく郷土全体のために働くということであり土着的な働き方であった。
そういう共同性が喪失した時、時給化された部品化された働き方になったのである。


I work for my homeland

I work at a homeland


この意味は相当に違っている。forは全体であり時間的持続性もあるがatにはないのである。
ともかく現代は全体を共有するとか共同意識が衰退して時間でも空間でも
何でも部分化して細分化して人間自体もそうされているのだ。
アルミニウムの高度な溶接していてもそれが郷土のためだとか意識することはない
でもその人が退職して自転車で郷里を走り回っているとあそこはどうだとか
今なら津浪でどうだとかになり郷里の共有意識で話しているのである。

いづれにしろ現代はwork forという働き方が喪失した時代なのである。

workには機能するとか作用するとかの意味もありそれは自然だったら
自然に機能して作用してゆく働きかただから自然とも深く関係していた働きかたである。
大地に根を張るような働きかたである。
毛細血管のよう細密に土に根を張る植物とにていたのである。

posted by 老鶯 at 10:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題