2014年04月25日

タンポポの原になった海老の浜の朝


タンポポの原になった海老の浜の朝

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タンポポの明るさ満ちて朝の海

タンポポの野に満ちわたり朝雲雀

コチドリやタンポポに映え朝の海

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海老村の津浪の跡にはタンポポに埋めつくされていた。
これもまた不思議な光景である。
これも批判があるかもしれないが海老村は何か海としての魅力が欠けていた。
右田浜は松原があり魅力があった。
海老村は前は漁港とか船が出入りして海と関係していた。
その後は海が見えても海の生業はなかった。
だから海老となっていると何か海と関係しているようでもなかった。
砂浜もなかったから余計にそうだったのである。

だから津浪で全部家が流された時、元の原野に還ったら
そこから海が全面的に見えるようになった。
家があるときは海は家にさえぎられて見えなかった。
松原があるときも海は見えなかったのである。

海老村は海岸に接した方ではない方がもともと広かった。
そこには高台もあり今は家が次々に建っている。

海岸に接して家が密集したので被害が大きかった。
なぜ海岸に接して住んだかとなれば
やはり海の生業があり便利だったからである
それは烏崎村でも同じだった。
八沢村でも海岸に接して30軒もあったのだから
もともとあそこには港とあるから海の生業があった
それらが根こそぎ津浪で消えた


コチドリがあんなふうにしてまじかで見たことかない
そもそも砂浜が消失していたから海の鳥が観察しにくかったのである。
津浪の跡が原野化して海の鳥が飛んできてコチドリとわかった。

千鳥は有名だけどこれは万葉集でも鳴く声に注目されていたのである。
でも現代では千鳥の鳴く声を聞くということは自分にはなかった。
そういう静寂の風景が失われていた。
また砂浜などがないから余計に千鳥が見えなくなっていた。

だから津浪の跡が元の自然に帰るというのも不思議な光景なのである。
こんなことを書くとここで死んだ人をどう思うのかとかなるが
一面にタンボボ咲いているとやはり気持いいとなる。
そこで家族を失った人はまた違った感想になる。


海老村の不思議は高台に墓地だけが津浪からまねがれ残っていたことなのだ。
この逆だったら良かったのである。
墓地が残っても肝心の生きている人間の棲家が失われてはなにもならなかったのである。
津浪は海老は高い所にあってもあそこは津浪が高く襲ってきたという。
だから被害も大きかったのか、今でも無残ななぎ倒された松の跡が残っている。


とにかく春も終わり夏めいてきた。
霊山にも上ったから今は結構健康を感じる
この世で健康ほどありがたいものはない
特に60以降は本当に健康が一番大事である。
金があっても健康なくなると悲惨なことになる
なんかまだ自転車旅行でもできる感じだ。
電動自転車だと楽だからできるかもしれない
体が痛くなることはあるができないことはないかもしれない
やはり海の見える所は朝が気持いいのである。