2014年04月21日

韓国フェリー沈没事故はなぜ? (緊急時には津波でんでこが助かりやすい)

 

韓国フェリー沈没事故はなぜ?

(緊急時には津波でんでこが助かりやすい)


今回の韓国のフェリーの事故でも真っ先に船長が脱出したのもそうだった。
何かその時恐怖心にかられて冷静な判断ができなくなっていた。
そんなときはまず自分の命が大事だとなり乗客のことは関係ないと逃げた。
そして乗客にしてもただ待機していろと言われてその命令に従っていたのである。
このことが命取りになっていた。
ただいち早く船から脱出して海に飛び込んだから3時間で冷体温になり死亡するというから
すべて脱出して海に飛びこむことが助かることではなかった。
でも逆に助かるためにそうする人もでてきたかもしれない。

船長自体が判断できない状態になっていたのだから船長の命令に従うことが最高に危険なことでもあった。

危急の際は船長でも信用できなくなる。船長自体が自分の命の方を大事にするからだ。
だから韓国ではこのフェリー事故のように指導者が真っ先に危急の際は
戦争でも逃げ出すとネットウヨからこんなことがあり言われる。
そういう国民的体質があるからだと盛んに言われる。
それも一理あるのかもしれない、韓国人の体質的なものとして国民性として培われたものがあるかもしれない。

ただ日本だって批判できないところがある。

現実に原発事故では原発が爆発した時ど、とっさにいち早く逃げたのが東電社員がいたという噂がたった。
一方で必死の覚悟で原発に残った人たちがいて称賛された。
そしてその時、政府の指導者も東電の幹部も住民には何の指示もしなかった。
スピーディは明らかに動作していてどこが危険かわかっていた。
でも浪江町の人たちは一番放射能が高い津島に町民が集団で避難したのである。
それは町長の指示であった。町長は別に政府や東電から指示されたわけではなかった。
結局誰も適格に避難指示を出してくれる人がいなかったのである。
だから緊急時には今回の船長のように指導する人自体が真っ先に逃げるということが起こりうるのだ。
何が起きたか指導者も判断できなくなっているからだ。
だから緊急時には船長の言うことを「待機して動かないで下さい」ということで待っていたら
全員死んで船長だけが逃げて助かったとかなりうる。
船長が万死に値すると今では言うが船長もそうした緊急時に自分の命が大事になるから
そうなったのでありそれは他のことでもありうるのだ。


津波でんでこ・・の教えは緊急の時は自分だけが助かるために相手のことをかまわず逃げろと教えた。
緊急だからもう自分が助からないからそうなった。
一見非情のように見えても老人の家を回って若い人が逃げるのが遅れて死んだということが結構あった。
それは普通だったら人道的にも称賛される行為なのである。
でもそんなことしてでは称賛されるかというとそうでもなかった。
なぜなら若い人の命の方が老人の命より社会にとっては大事だとなるからだ。


そして突然不意に起きることは予備知識もなにもないから判断できない。
その船では避難訓練もしていなかったことも致命的だった。
避難訓練してもそうした緊急事態に的確に行動することは至難である。
だから津波で助かった人は津波が来るのを見て必死で逃げて裏山にでも駆け上って助かった人がかなりいた。
テレビでも津波が足元に迫ってきていて必死に逃げる映像が見ていた。
あれでも逃げれば助かるということであった。
八沢浦でも一キロくらい離れている家の人が裏山の崖に上って助かったという。
それは津波を見てから逃げて助かったのかはわからない
しかし危機一髪で助かったことは確かである。
そこには裏山があったことで助かった。


他でも離れた場所では津波を見てからトラックで必死に逃げたとかして助かった人たちがいる。
海の人だと津波が来るというとき海が近いのだから海の方を見ていただろう。
でも海岸に接していたら津波か来たのが見えないから助からなかった。
大川小学校の悲劇は川から津波がさかのぼってきたのだけどそれか見えない死角の場所にあったからである。
川をさかのぼってくる津波を見たら逃げていたかもしれないのである。
そして今回のフェリー事故と同じように先生の誤った指示に従わされたことにあった。
だから先生の指示に従わない自力で裏山に逃げた生徒は助かったのである。


これらのことから導き出される教訓は何なのか?
緊急の際は船長であれ先生であれ政府の指導者であれ何であれ誤った判断するということである。
人間はいろいろ知識があろうが万能ではない、そこでいろんな判断の過ちが起きる。
例えは新米の医者になった人たちがどんな判断を下すか怖いだろう。
医療ミスが実際には日常的に起きているのは結局名医になるにしろ様々な失敗してしかなれない、
だから医者は何人か殺して一人前になるというのも現実なのである。
人間は万能ではないから常にミスを犯すし事故も起きるのが当然なのである。

だから原発事故だって起きることは予想できていたけど権力でもって隠していたのである。

一面人間は師弟不二とかカルト教団とか団体組織に属して命令にしたがっていることにならされている
人はそもそもが救いなど絶対にない、それらは船長か真っ先に脱出したように
会長なんか会員のこと乗客のことなどあとにして真っ先に自分が脱出する。
何百万の会員などもともと自分たちが権力をとるための駒にすぎないから当然なのである。
そんな所で命令に従うだけの人間はその船もろとも地獄に沈んでゆく。
戦争中もそういうことは起きていて日本人の上官は威張っているだけだったという反省があった。
そもそもそんな戦争に従順に従った国民も悪いと批判される。


いづれにしろ人生には緊急なことが突然起こる。するとそれに対応できずに判断を誤る。
一つの教訓としては船長であれ、先生であれ、政府の指導者であれ、・・・・
緊急の時はその人たちもその緊急事態に的確に対処できないのである。
だからそういう上に立つ人の命令にしたがっていたら命を落とすことになる。
でも社会はカルト教団なら教祖を絶対視しているし上の命令が絶対になる。
会社でも上の命令は上司の命令には逆らえないとう学校だったら
先生の命令には従いとかそういうことで日常を暮らしているから習慣化することが怖いのである。


津波でんでこ」とは別に津波だけではない、緊急の時は自主的判断の方が助かる率が高い。
もちろんそれでも助からないことはあるが率が高くなるということであるからそれに賭けるのが判断としてはいいとなる。
専門家の判断に従うのがすべて悪いともならない、自分は医者にみてもらわずに病気を悪化させたことでもわかる。
こうして自分で判断することも致命傷になることもある。
だからこれがいいという一つの判断や指示はない、緊急の時はみんなそうなるのだ。
ただ習慣的に船長は船のことを一番知っているからと命令にしたがっていればいいとかなると判断を誤るということである。
そういう緊急の時はそもそも船長すら判断できなくなっているのだ。
真っ先に乗客のことなどあとにして逃げたことでもわかるのだ。
そういうことを考慮しないと命は助からないのである。

 
 
posted by 老鶯 at 20:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層