2014年04月16日

桜の季節 (めまぐるしく変わる近辺の様子ー変わる価値観)


桜の季節

(めまぐるしく変わる近辺の様子ー変わる価値観)

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南相馬市鹿島区の駅前通りの花屋

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川子の森の芽吹き

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駅前の通りの花屋や春の花
新来の人と出会うや燕来る
丘の上の桜やかなた海望む
春の日や津波に残る命かな
津波にも残る命や花見かな
復興や蛙の鳴きて増えむかな
津波跡海を離れて花に月
観音に春の月影祈るかな


山雀のさえづりひびきわたりとぶ新たな命の芽吹く森かな

人住みし跡は沼なり八沢浦春の月影さして静まる

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海老の富士旅館の庭のイルミネーション
(海をイメージささる)



毎日なんか忙しい。また一日介護保険更新でショートスティで新しくできた施設に泊まった。
あそこの施設で働く人はほとんど外部から来た福島県内の人である。
ここでは常に書類を何枚か書きハンコもいくつか押す、そうした書類の事務作業も結構あるからそれもめんどうなのである。
東電の賠償金の事務作業もまだあった。

家事も料理から掃除からいろいろある。これもまた一仕事なのである。買い物もまたなぜこれほどあのかと思う。
今日は夏の下着二枚近くの店で買った。一軒衣服売る店あるけど前に一回だけ下着買ったけど買っていない、
通販でスポーツウェアの下着を買った。そういうものはこの辺では売っていないから便利である。
それから花屋でまた3000円くらい花を買った。
花屋もこの町では一軒しかない。
すぐ近くだから便利だけど高いし花の種類が少ない、相馬市の花屋のように仙台に買いに行っていないからである。
あこでは種類が多かった。

ただなんか本当に年取ると近くが大事になるなと思った。

それは例えば津波で近くに被害にあった人が助けられたのは近くの他人だった。
親戚がいても助けてくれなかったという。また一人暮らしで助け合うとしても近くでないとうまくいかないのだ。
原町や相馬市が近いと思っても車で来るにしても遠くなるのである。
「遠くの親戚より近くの他人」になる。

何か老人の価値観は変わる。実際は価値観は年齢によっても時代によってもまた今回の災害でも変わる。
だからこれまで価値があったものも価値がたちまちなくなる。
津波で家も流され家族が死んだ人は貯金をしないとか今生きているのがもうけものだとか
先をかんがえなくなったというのも大きな価値観の変化なのである。

人への価値観も常に変わっているのだ。ある女性はなにか見栄えが良くない、
太っていて不細工すぎるのである。でも老人になると違うそうした外見より
中味で性格がいいとか料理がうまいとかの価値が大きくなるのだ。
それは若い時もそうなのだがそういう価値が見えないから結婚に失敗する人が多いのかもしれない。

人間関係も身内の一人が死んでから目まぐるしく変わった。
人間関係も死ぬまで一定ではない、絶えず変わっているのだ。
だから二代も関係がつづくのはよほどのいい関係である。
なぜならそうしたい関係を保つのには双方の努力が必要になってくるからだ。
そうしないとたちまち人間関係ももろく崩れてしまうのだ。
ここて七年間ほど激変したことはなかった。
一身上でも回りでもそうだったのである。


とにかく自分は毎日こんなに今になり忙しくなるとは思っていなかった。
なんか毎日暇で暇でしょうがなかった。暇をつぶすのに苦労していた。
それで旅行などばかりしていた。
今やその暇がない、それが一番良くわかるのが語学を勉強したいと思うがその番組を見る時間がないのである。
英語でもドイツ語でもやりたいと思っているのだができない。
結局語学というのは一番時間がかかるから忙しくなるとできなくなる。
だから暇な時もっと勉強していれば良かったとなる。
老人になると時間もなくなるが根気もなくなる。
何かに集中できる気力もなくなるのである。
だから若い時もっと何をしていれば良かったとかみんな後悔している。
そして若い時も時間もそれだたけいくら金があってもとりもどせないのである。


価値観が変わるというとき、高齢化社会でも変わる。老人向きの社会というのはまだ用意されていないのだ。
近くが大事になるということは昔の小さな商店も見直されるということがでてくるかもしれない。
スーパーに何かモノを買うというだけで買い物する付加価値がない。
小さな商店だったら多少会話があったり気づかったりしてくれるから違っているし老人にはやさしいとかなる。

そういう高齢化社会になると例えば北海老のニコニコ堂のことを書いたがあそこは隠された癒しのスポットだと書いた。
山陰の回りが畑で元は納屋を改造して作ったものだった。喫茶店があんなところにあるのは不思議だった。
車もほとんど通らないから静かである。
でも問題はレシピが都会的なものであり若者向きなのである。
もっと前の畑でとれたものを料理するとか何か田舎的なもの老人向きだったりしたら時代にあうかもしれない
その場がもとは農家でありそういう場所なのである。
だからその場所を活かすものが必要になる。
老人や地元の人が入りにくいとなると時代にあわないということもあるかもしれない。
つまり都会的価値観と田舎的価値観の融合が必要だとなる。
それがあそこではできる環境があるから言える。

いづれにしろ津波というのがどれだけ価値観を変えたか?
やはり海の方が怖いという人が被害者はもちろん言うし海を恐怖する人が増えた。
しかしこの辺は海があることで良い面があった。
だから海を活かす町作りが志向された。
復興というとき昨夜は満月であり八沢浦の方を回った。
蛙が少ないが鳴いていた。
これも増えれば復興になる。田んぼも作る人も今年は増えるみたいだ。


桜はまだ盛りだが散ってしまったのもある。
川子の高台から見る眺めはいい、海が見えて桜が満開であった。
あそこの森も近くにあるから規模は小さくても憩いになる。
海が見えるとき松原があるときはあんなふうに海が広々とどこも見えなかった。
だから浜吉田まで津波がきたと言う時驚いた。
あそこがあんなに海が近いのかと思った。
常磐線でも海が見えるところは限られていた。
それも今回の津波で景色まで変わってしまった驚きなのである。


ともかく人間の世界は本当に変化であり無常である。
こんなに何でも変わってゆくことについていけない人もいるだろう。
自分の墓地の前にあんな復興住宅の団地ができるのも想像もつかなかった。
まるで街中が都会化してしまったのである。