2014年04月07日

海老村に残った二本の松の根 (津波の時以来そのままの海老村に土筆が生える)


海老村に残った二本の松の根

(津波の時以来そのままの海老村に土筆が生える)

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家消えて津浪の跡に土筆かな

津浪跡根のみそ残り松二本海老村消ゆも土筆生えにき
凄まじき津浪を語る松二本根のみ残りて春北風(はるきた)唸る

場所替えて海老村の人のこの町になお根づきつつ生きるものかな

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山の激流を感じる庭である
この庭は見物である
ここからは海も一望できる


壊滅した海老村は三年過ぎても何も変わらない、その時のままである。
ただ春になり土筆が生えていた。
なんか今回の津浪や原発事故周辺の不思議はかえって
自然の方が復興していることなのだ。
津浪の跡にも土筆が生えタンポポも咲いていた。
土筆が生えたということは自然は復興しても人間の方は復興したとはならない

原発事故で人が住まなくなった飯館村行く山の道には羚羊がでてきた
人間世界の不思議はもし人が住まなくなったらどうなるのか?
それは元の自然が回復してゆく不思議である。

人の世界は消えても自然は元あった自然に回復する
それは東京のような大都会でも未曾有の災害が起こり巨大な街が消失しても
その跡にはやはり自然が回復してゆく
野が森が海が回復してゆくことは美しい自然がまたもどってくるということなのだ
この辺は別に美しい自然はあった。ただそこにさらに元の自然にもどってゆく


いづれにしろ海老村の跡は津浪の起きた時と同じであり何も変わっていない
だからよそからきた人はこれを見れば津浪のすさまじさを一目見てわかる。
この二本の松の根は残された。
海老村は墓地を残して消えた。でもその住民はこの土地にまだ住んでいる
三陸の方では住まない人も多くなっている。
こうしていつまでも荒れ果てた状態になっているのか?

復興とは何なのかこの辺では三年過ぎても同じである

変わったのは富士旅館である。
その庭か芸術品なのである。
激流か流れてその上に石の橋がかかっている
石がごつごつした山の磐の道が作られている
ここは旅館なのだろうか
まだ人は泊まったり使ったりしてはいない
ただ前に家がなくなり海が一望できるしこの石の庭は圧巻である
春北風(はるきた)がまだ唸っていた

 
posted by 老鶯 at 21:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係

南相馬市に増えたものホテルと簡易宿泊所 (鹿島区内にレオパレスとプレハブ簡易宿泊所が建った)


南相馬市に増えたものホテルと簡易宿泊所

(鹿島区内にレオパレスとプレハブ簡易宿泊所が建った)

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南相馬市で増えたのは宿泊所である。
小池にも最新式の設備があるホテルができた。
レオバレスはこれから建つ、でも工事関係者か来なくなったら
利用する人もいなくなるように思う。


それでも建てているのはやはり除染とか原発関係の仕事が長くつづくからだろう、
廃炉に三十年とかなればその先は普通の建築の仕事とは違う。
ここからも原発に通っている人はいる
浪江ではその工事関係者の宿泊する場として街を残そうとしている
それだけの需要が先が長くみこめるのだろう
確かに津浪関係の仕事などは終わるが原発は終わらない
いつ終わることのない作業がつづけられる
それは何か徒労にさえ思われる
延々と非生産的な作業をつづけねばならない
それは一つの罰ゲームのようにも思える


フレハブは建築会社で一時的に建てたものだから取り壊される。
それにしても南海老から北右田辺りに新しく建っていた
プレハブの簡易宿泊所の駐車場には
全国の車のナンバーがあったのに驚く。北海道から京都まである。
全国から労務者を集めているのだろう
あそこはもとは電子部品を作っていた工場跡地だったみたいだ
その工場もやめてその敷地を貸した

これだけ外部の人かまだ来ているのだから原町の湯は外部の人の専用の湯にもなる
そこにどういう人が入ろうと疲れをいやす場も必要だから断るわけにはいかない
「入れ墨お断り」と書いてあるのはそういう人達か入ってきている場なのである


人集めにはぼ関係の人が集めているのもあるだろう
そういうことはうるさいといっても人手かたりないとなるとそうはいかない
そういうふうにして集められて廃炉作業で死んだ人たちがいるだろう
そういう人は身寄りがないとかかもしれない
身寄りがないということは厳しいことになる
死んでも訴える人がいないから闇にほうむることができる
病院だと実験台にされかとは解剖用として使われる
身寄りがないということは無宿者扱いにされる
それは現代でも同じだったから恐怖なのだ

原町でも相馬でもレオパレスはあった。
でも鹿島にできると何か都会化したのかとも思う
田んぼの中にできるから奇妙な感じになる
あれはアパートとも違った感じになるからだ

posted by 老鶯 at 18:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

人間は実際に現実に直面しない限り実感しない (廃炉作業や外部から働く人達と地元の人の問題)

 

人間は実際に現実に直面しない限り実感しない

(廃炉作業や外部から働く人達と地元の人の問題)

前に書いたことあった。仮設の食堂でボランティアが地元の人がなぜ働かないんだと
喧嘩になったとそのことが現場にいないからよくわからなかった
前よりは外部の工事関係者は減っている、でも実際はその仕事にかかわらないとわからない、
そこで外部から来て働いている人はどう思っているのかわからない

湯であった人は別に入れ墨もしていないけどちょっとした失敗でその人が大きな声でどやすのでわかった。
親分肌の人だったみたいだ。
ただその人のことはほとんどわからない、年は結構とっている、50はすぎているだろう。
歳の人も結構きている。あの人は現場で肉体労働だろう。
13時間働いているいうことは底辺の労働者であり断れないのだろう

この辺は何かあっち系統の人たちが目立つということがあるかもしれない
地元でもそういう人がいたけどその人にはそういうものは感じなかった
あの人とは一瞬目があって殺気を感じた
そこにいた時間はこくわずかだったがその人が13時間働いているということは何だったのか、
それ以上のことは全くわからない。
話しもほとんど聞いていないからだ


ただ南相馬市でも現場ではそうして誰であれ過酷に働いている人たちがいる。
それが自分でもそうだが補償金で働かない人はわからない
ただボランティアの人達と地元の人達が喧嘩になったのはそういう背景があったのだろう
それはずっと自分も書いてきたけどそれも自分の身にふりからないから自分も同じであった。
お前も廃炉作業で働けよと言われたらできない

でも実際に廃炉作業で死んでいる人は9人とかすでにいる
そのことはかなり重い事実なのである。
もっと死んでいるかもしれない
その死に対して地元の人達も無関心だろう
現実に毎日パチンコとかで遊んでいることも確かにある
別に補償金でそんな危険な作業をしてくてもいいからだ

ただ考えてみると今回の原発事故の原因は地元の人達にもあった。
だから責任の一端はある
もちろん故郷に住めないとか責任をとらされたから被害者だという意識が強い
でも加害者だったという面も原発周辺にはあった

だから聞いた話では建築関係の仕事をしている人は
車に仙台のナンバーをつけているという
南相馬市に住んでそんなことできるのかと思ったができるらしい
というのは税金は福島県に払うからである

つまり外部の人はあんなに補償金をもらっている人達に反感を抱いているからそうなる
だから南相馬市で原町に住んでいるということがわかり
福島市で車を傷つけられたというのは本当のことかもしれない
福島市は放射線量が南相馬市などより高いのにもらえないからうらやましがっている
相馬市も同じであり補償金で贅沢して働かない人達を非難していた

この辺は何かそうした内部の人たちと外部の人たちとの軋轢がある
イワキではそれでいだずらされたり被害もでていた

南相馬市内部でも複雑に補償金が配布されていて対立しあう。
鹿島区でももらっている人はもらっているという
18カ月分もらっている人はいるらしい
寺内では一軒はもらっているとかまた塩崎とか烏崎でももらっている人と
もらっていない人がいるとか本当のことは誰も言わないのでわからない

原町でも全部がもらっているわけではなく六号線沿いなどはそんなにもらっていないらしい
石神辺りでも隣がもらっているのにもらえないともめたりしている
都路では人家が多い方がもらって人家が少ない方がもらっていない
これは放射線量と何の関係もない
東電では人が多く住んでいるとその人たちに抗議されると困るから補償金をはらった


補償金で福島県内でももめているし南相馬市とかの内部でも分断されてもめている。
外部から働きくる人たちはまた内部の人に不満があるのかもしれない
俺たちは誰のために働いているんだとかあるかもしれない
もちろんそういう底辺層で働く人たちはただ金になればどこでも働く他ないという事情がある
そういう事情をなぜかかえたかはわからない

ただ自分でも8人が廃炉作業で死んだとプログに書いたとしても何か深刻さが全然ないのである。
ちょうと自分とは無関係のニュースの事件やドラマを見ているのと同じである
何か当事者という感覚がないなのである。
補償金で暮らしている人も仮設は窮屈でも廃炉作業して死んでいる人かそれだけいるということを深刻に思わないだろう。

もちろん自分は津波で家族を失っていないからそういう人たちのことも深刻に考えない
ただ近くで知り合った人があの辺は被害もないと思っていたが意外と深刻な被害があったんだと知った

近くでも災害でも当事者にならないと実感しないのが人間である
八沢浦が美しく蘇ったとというとき、ここて子供まで死んで泥から探し出したのに
何なのだというと言われたときもそうだった
その当事者にすれば生きるか死ぬかの経験だったのである。

人の出会いでもインターネットだけではわからないだろう
湯であった人から何か殺気のようなものを感じた
人間は何かの気を発している、それか文字だけだとわからないのだ
人間の出会いはちょっとしたことだけでも火花を散らすことがある
だから道ですれちがって当たっただけで因縁つけられて殺人事件まで起きる
だからちょっとした人の出会いでも危険が人間にはつきまとっているのだ


なぜ当事者としての感覚をもてないかというとやはり現場にいないということがある
もし一緒に働いていて死んだ現場に立ちあいば衝撃を受ける
でもその現場にいなければそういう衝撃はないのである。
だから気楽にニュースでも娯楽のように見ているのだ
津波のあれだけ悲惨なニュースでもそうなる場合がある

自分も近くでもそうだった
家族が死んだ人がいるのに感じなかったのである
自分が感じたのは津波とか原発のことより自分自身の一身上のことだった
だから人間はそうした現場で苦労していないと危険を感じないと実感しない

ただあういう人と一緒にいるのは正直嫌である
建築現場は別に原発の廃炉作業でなくても過酷である
歳とったらそんな肉体労働はしたくないだろう
だから怖いと見えたその人も死にたいという言っているのは嫌になっているのだろう
その人のことは実際は二三言話したの聞いただけであり全くわからない


いづれにしろ原発事故周辺でも廃炉作業とかしているのはほとんど外部の人たちである
内部の人たちはそれなりに責任あったのに働かないことに対して
外部の人たちはどう思うのか
そういうことは何かかかわらないからわからないのだ

ただ正直今の時期は桜が咲くから桜を見ていたいとなる
そんな過酷な現場では強制されない限り働きたくないとなる

でもこの辺では復興というとき、やはり地元の人たちが働かないで外部まかせではまずい
「なんか、外部の人たちが入ってきて治安が悪くなって困るな」
「なにを、お前たちかそんなことが言えるのか遊んでいるくせに」
「俺は毎日13時間働かせられいるんだよ、その苦労がわかるか」
そんなふうに大声でどつかれたら多少はこの辺どういう状態にあるのか実感するだろう
わずかの時間でありほとんど話を聞かなかったけど自分のちょっとしたミスから感じた

貧乏でギリギリの生活をしている女性もそうだがまた過酷な労働を強いられている人も現実にいる。

外部から来た人たちのなかには強制されたように奴隷のうよに働かせられている人たちもいるかもしれない、その事情はわからない。
建築工事関係の人たちが除染もそうなのか何か雰囲気が荒っぽくなってしまうだろう
ただかかわらなければ別に感じないのである

除染というと相馬市の今田でもしているという、相馬市でもしているのかと意外だった。
山の方だから放射線量が高くしているのだろう。
この辺はこうしてまだまだいろいろな問題の地域でありいつまでつづくのかと思う
だから避難区域の人たちは何かいろいろ問題がありすぎて帰りたくないという気持もわかるのでてある。
でも実際小高の人たちも原町でも鹿島でも留まるということはまたむずかしいのである


ともかく今は桜の時期だから桜を楽しみたいというのが偽らぬ自分なのである

 
 
posted by 老鶯 at 01:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連