2014年04月03日

所を得ることが高齢者の価値観になる (高齢者の価値観は変わる)


所を得ることが高齢者の価値観になる

(高齢者の価値観は変わる)



彼はここに来てから所を得たように元気になった
Since he came here he has come to life, like a man who has 「found his niche [come into his element].

家具はどれもこれも所を得ていなかった
None of the furniture was suitable for the room.




ところを得るというときその人にあった場所なのである。
だからそれが一見不自由に思えてもその人にとってところを得れば幸福だとなる
幸福だってその人によって違ってくる
別に食べ物に贅沢しなくてもそれなりでも田舎の静かな所に住みたいという人もいる


found his niche [come into his element


つまりこれからはniche(ニッチ)なものが好まれる。人に好き好きがありその人のもっている性格も感覚も違っている。
だから最近良くニッチなものが売れるというのはそのことである。
みんなが同じようなももの好んだり買ったりすることは物が豊富だとなくなる
ニッチなものを探すことになる。

自分の住んでいる所は一万の町だけど別にここが悪いともならない
病気になったときは困るけどその他は別になくてもいい
老人になると何かあまりいろいろなものがない方がいいということもある

人間の価値観はともかく常に変わっているのだ
物が売れないというとき、価値観が変わってしまったからである。

ラオスではテレビが欲しくて自分の年若い娘を売春させるために都会に出していた
これほどテレビが価値があった時代がある
テレビがでたとき、この辺でもそうだったのだ。
テレビの前に山のように人が群がったのである。
その時のテレビの価値はそれほど高かった
今はテレビなんか見ないよ,新聞も見ない、インターネットでまにあうよとかなる
テレビの価値はそれだけ低くなったのである。

現代は老人が金をもっているというとき老人が何が欲しいかというとこれも物ではない
例えば介護時代になったとき、老人が欲しているのはいい介護環境であり
特に人がやさしくしてくれるもの人の心使いがうれしいとなる
物を与えても老人は何もいらないとなっているからだ。
老人になると食欲もなくなり食べたくなるからである。
すると何がほしいかとなるとやさしく接してくれる人がいいとなる
自分の母親は老人保健施設の個室にショートスティしたらここはいいからもっといたと言っていた。
ここの人はやさしいと言っていた。
病院と老人保健施設でも老人ホームでも対応するのは看護師ではない
介護士でありその人たちは病気をみているのではない
老人の介護をしているのであり世話をするからそうなる
病院とは態度が全然違っていたのである。

個室であるということは物理的な物質的なものがあった
でもやはり老人に接することがなれていてやさしいから全く違っていたのである。

要するにそうしたものは物ではない、目に見えないものでありそういう物にならない、
目に見えないようなものが価値が出でてくる。
高齢化社会の価値観はかなり違ってくるのだ。

どんなに金があっても住んでみてもそこが自分にとって所を得なければ幸福感にはつながらない、
それはおそらく何億とか金を払って老人ホームに入ってもそうである
そして老人になるとそんなにいろんなものがいらなくなる
かえって物が邪魔になってくるのだ
欲望はあるにしてもそれも若いときとは違う。

別に一万の町でも物がなくても満足できる人はできるのである
だからこれからの高齢化の価値観は所を得るということである。
そこがどこかはその人によって違っているのだ。

その所を得る場所はその土地もあり人も大きな要素になり便利なものがあることも要素になるのが
それでも物がなくてもここにはいい人達がいるからと満足する人もいるだろう
何でもあれもこれもと若いときのように欲しないのである。

「50万の地方都市」が老後を過ごすのには適地だというのもわかる。
それにしてもそんな都市は東北にはない、仙台だけである。
それもまた所を得るとはならないこともある。
なぜなら一万とか4万くらいの市でも住んでいる人は大きすぎるともなるからだ
それより不便でもいいから自分の価値観で満足するところに住みたいという人もいる
不便に耐えることにも面白さを感じる人もいるかもしれない
貧乏暮らしもいいとかそんな人もいる

今は高度成長の時代のように一つの価値観に生きる必要はないのである
だからみんな何がなんでも強制的に働かねばならないという時代でもない
これはこの辺では問題にしても全体的にはそうである

会社というのは必要でないものを大量に作って売ろうとしていることもある
過剰な宣伝で買わせるということも豊かな時代には普通にある
資本主義の問題はそこにあった。

その実際は必要でないものを作るために過剰に労働力が浪費されていることもあるのだ
異論があるにしろこんなにいろんなものを人間が食べる時代はない
そんなに何でも食べていいのかという疑問がある
でも何でも食べてください食べて下さいと強制さえされている感じになる

牛肉でもそんなに食べる必要があるのだろうかと思う
でも牛肉が売れないと困る農家は日本でも外国でもあるから言えないのである

ただこの辺は飯館牛などは有名だった。
それも放射能汚染で飼うことができなくなった。
それはマイナスでもまたプラスに転じるものがあるかもしれない

つまり価値観を変えるのである
牛の村ではない、何か別な村とする
花は放射能汚染と関係ないから花の村とかするのもいい
大内村ではそういうことを計画していた
他でも何か価値観を変えることがプラスなものに転化できる
津波の被害でも今は無理にしても将来的にはプラスになるものが生まれている

高齢化社会になると欲しいものが極めて少なくなるし
一番大事なことは所を得る場の確保なのである
だからなれ親しんだ故郷に住めなくなった人達は相当な痛手である
若い人はまた別な土地で住むことができるから別なのである。

いづれにしろ何でも食べることがいいというのではなく
何か無駄な消費をおさえる、何かないことで欲しいということで騒ぐのではなく
そのくらいなくても別にそれほど苦しいこともないとか
あまりにも欲しいものを追求しない社会もいいものかもしれないのだ。
ここでは物はないが金もとれないが人はいいし不足はあってもがまんできる
そんなふうになればそれはそれで所を得る生活になるのである。

山笑ふ俳句十句 (人の苦しみや悲しみは言葉だけでは同情にならない)


山笑ふ俳句十句

(人の苦しみや悲しみは言葉だけでは同情にならない)

mountainlaugh1.jpg


『広辞苑』には、「山笑う」の解説に、
 山笑う  [画品、郭煕四時山「春山淡冶にして笑うが如く、夏山蒼翠
    として滴(した)たるが如し、秋山明浄にして粧うが如く、冬山
    惨淡として睡(ねむ)るが如し」] 春の芽吹きはじめた華やかな
    山の形容。冬季の山の淋しさに対していう。笑う山。<季・春>。
とあります。ここでは、出典を『画品』として挙げているわけです。


余裕あり耐えてこそあれ山笑ふ
追われざる心にあれや山笑ふ
病癒えなお生きなむや山笑ふ
健やかな日のもどらむや山笑ふ
大らかな姉の笑いや山笑ふ
悠々とありて動かず山笑ふ
我が里に動かず幸い山笑ふ
所得てここに動かず山笑ふ
立ち直る人の心や山笑ふ

百才もなお健やかに山笑ふ



山笑ふという表現がどうして生まれたか不思議である。この由来は中国である。
まず春の山をみて山笑ふとはならない,あとは漢詩の表現は日本でもなじむし理解できる。
山笑ふいうのは春の山を見て思わない、それは何か人間の内面的な表現である。
厳しい冬をこして人間の心も笑うから山も笑うということになる。
人間の内面的表現が山笑ふになったのである。
だから春の山の実景から作られた漢詩ではない、人間の心の表象として春の山を例えにして山笑ふとなった。
あとの表現は心の表象というよりは写生でありそれぞれその通りだからである。

自分の心の状態も今年は山笑ふという心境になった。
これまでは苦しみの連続でありそういう気分とは遠かった。
震災や原発事故などでもこの辺は山笑ふなどと俳句を出すと不謹慎だとなるかもしれないし
そう津波の被害で家族を失った人達からみればなる。
ただ人間の苦しみは別に津波という災害だけではない、常に個々の人生で家族でも起きてくる。
それはさけられず起きるものでありカルト宗教団体が言うような罰とかとは何の関係もない、
現実にカルト宗教団体の人でも家族でもそういう苦しいことは常に起きている。
みんな知っているように悲惨な死に方をしている人などカルト宗教団体の方が多いのである。


とにかくカルト宗教団体では人が不孝になるとあいつは罰が当たったとか喜ぶ傾向がある。
でもカルト宗教団体の方が調べればわかるが不孝な死に方をしている人も多いのである。
いづれにしろ人間は苦しみとか不孝をまねがれることたができないようになっている。
どんな宗教団体に入ろうがそうである。病気にならない人がいないと同じである。
もし病気にもならない、不孝にもならないとなれば全員入っているからである。

震災や原発事故では全国から同情されたことがあった。

自分は全く誰からも同情されなかった。むしろ病気の時も金のことで脅迫されたし
病気をいいことに火事場泥棒にもあっ大金を失った。
そういう人間の無慈悲を味わったのが自分だった。
震災では家を失い家族も失ったが全国からは同情されたから自分から見ればそのことは良かったと思う。
これも一方的な見方で勝手だともなるが結局人間は相手のことを理解できない
相手の身になれないことを書いたが震災でも津波の被害でも近くで被害があっても苦しんでいた人のことを知らなかった。
最近あんな近くに津波の被害の人がいて苦しんでいたことを知ったのである。

津波の被害にあった人はその人しかしりえないのである。
「家をなくして悲しいですね、最愛の家族をなくして悲しいですね、同情します」とか言われても何も反応しないかもしれない
「俺たちの悲しみをどうしてわかるのだ、苦しみをどうしてわかるのだ、それならお前の財産の半分をくれ、
家をもっているなら家をくれ・・・そうしたら多少同情していることを認めるよ・・・」
とかなるだろう。だから人間は言葉で同情してもそのまま認められないのである。

言葉などいくらでも言うことができるからである。
「お前のこと同情しているんだよ」と口ではいくらでも言うことができるからである。

結局その人の苦しみや悲しみはその人がになっていて肩代わりできない、津波震災でも同じである。
個々に苦しみや悲しみは違っている場合があるからだ。
だから人の苦しみとか悲しみはなかなか慰められないところがあるのだ。
金を与えても家を与えてもそれはとりもどせる。
しかし家族を失ったらもうその命はとりもどせないからである。
そこが一番深刻なのである。

ともかく山笑うは写生にはならない、心境的なものが反映されているからだ。
ここでも移動させられ人が多いから動かないということが幸いとなり山笑ふとなってしまった。
また自分の姉は太った人で笑い方も豪快だった。人の笑いもまた性格などで違っている。
あまりにも苦しんだ人は何か心から笑いなくなっているのかもしれない
捨てられた猫もそうだった。何か未だに人になれない、人に不信感をもっている。
犬が吠えるように攻撃的になり人を警戒しているのである。
人間はあまりにも虐げられたり苦労するとそうなってしまうのである。
去年まではこんな心境の俳句を作ることができなかった。
今年はできたからかなり心に余裕をもてるようになったのである。