2014年04月22日

グローバル化時代には世界が他山の石となる (なぜ日本ではスマトラの大津波のことをもっと検証しなかったのだろうか?)


グローバル化時代には世界が他山の石となる

(なぜ日本ではスマトラの大津波のことをもっと検証しなかったのだろうか?)




他山の石(たざんのいし)の意味
他の人のつまらないおこないであっても、それを参考にすれば自分を成長させる役に立つこと。

「他山」…他人
「他山の石」…他の人のつまらないおこない

「友人の失敗を他山の石とする」

これは中国的大陸的発想なのだろう。中国は広いから他山の石とかは普通にある。
他山の石となると関係ないように見えても中国という広い国でも関係しているということが成り立つ。
日本人的島国的発想は他山の石をそもそも認めにくいのである。
村という小さな単位が生活の基本にあったから遠い国の価値もない石などに価値を認めない、何の関係もないと関心をもたない。
それが日本人の島国的偏狭性を作り出した。

ただ世界がグローバル化したとき、世界があらゆることで他山の石となってしまった。

毎日のように世界の出来事がニュースで流されるから他人事ではなくなる。
それでも日本人はそういうことを他山の石として価値あるものとして自分たちの生活に影響するものとしてとらえていないのだ。
それは島国的閉鎖的環境で培われた国民性である。

日本から離れた国で何が起ころうとそれが自分たちに何の関係があるのだと思ってしまう国民性である。
大陸は陸続きだから隣の国に異変があれば必ず影響する。
その危機感覚は相当に違っているのだ。だから外国の情報に対しては敏感になる。

日本は海に囲まれていたから海が障壁となっていて守られているという感覚になっていた
しかし日本は海についても他山の石だったのである。

なぜスマトラのあの大地震震度9があり大津波があったとき、それを他山の石としなかったのだろうか?
そのことが今になると不思議なのである。
絶えず報道していたのは津波に対する警戒態勢がなかったとか日本ではありえないことだったということばかりだったのである。
日本ではみんな逃げていたからあんなに死者は出なかったろうとという報道が体制だった
スマトラでは津浪に無警戒だったとか日本ではありえないとか思っていたのである。
津浪国でありながら他国の津浪を他山の石としなかったのである。


それは原発事故でもそうだった。チェルノブエリの事故も他山の石にすることはなかった。
日本の技術は優秀だという先入観があり安全神話が官民一体となり作られていた。
日本の技術が優秀だという時、すべての技術が優秀ではなかった。
それをとりちがいていたのである。カメラでは優秀でも原発という総合技術になると優秀ではなかったのである。
総合的な面ではアメリカの方が優れていたのである。


現代ではあらゆることで他山の石が要求される時代である。世界中のことに関心をもつことが要求される。
グローバル化がいい悪いということがあっても現実に世界が狭くなり結びついているから無関心ではいられないのである。
だから何が他山の石になるかわからないのだ。
一見つまらない世界の事件が他山の石となり日本にも参考になるし影響してくる。
そういう時代に否応なくさはんせられているのが現実なのである。


だからなぜスマトラであれだけ巨大地震があり大津波があったのにそのことについて日本でも恐怖しなかったのか?
いろいろな面から探求していないのか不思議だった。
日本ではそんなことが起こらない、警戒態勢があるから起こらない、人はそんなに死なないと思っていたのである。
あれだけの津浪が起こったのだから日本でももっと警戒すべきだった。
日本では津浪国でありあんなに人が死ぬことなどありえないと思っていたのである。
つまり他国の友人の失敗を他山の石とする とすることができなかったのである。

現代は世界中で起きることが他山の石とすべき時代となっている。
「あんなこと外国で起きているけど日本じゃありえないよな・・・・」
そういうふうに見ている人が多いのである。
でも世界に起きることが即日本にも起きるし影響するのがグローバル化の時代なのである。
グローバル化がいい悪いという面があっても世界が一体化することはさけられないのである。

それは自然現象でもそうなった。スマトラは日本との地震の関連性はプレートは違うし関係ないよと専門家さえそう見ていた。
でもあれだけの津浪の被害を見たら日本は震度9の地震が近くで起きたらどうなるだろうと真剣に検証してもいいはずだったのである。
日本人は海のことにもっと関心をもっていいはずだがなかったというのも不思議なのである。
スマトラも海に囲まれていたし日本も同じだった。

いづれにしろ日本人の島国的発想はグローバル化時代では危険である。
日本人は卑下することもないけど何か日本人は優秀なんだとか特別なんだという意識が
醸成されやすいのが日本の島国的環境なのである。
そういう面はあってもまた反面大陸的発想がないが故に他山の石的発想がない故に
日本は世界から孤立したり自画自賛になりやすい国柄なのである。
日本のいい面はいい面として認めることは否定しない。
でもあらゆることで日本が優秀だとはならないのである。


スマトラのように津浪であんなに死んだようなことは日本では起こらないよな
チェルノブエリの事故のようなことは日本では起こらないよな
日本は津浪国だし日本の技術は優秀だからな・・・・


こういう発想が日本人にあったからこそ津浪と原発事故が起きたともいえるのだ。
だから中国とかインドとか大文明を作り出した国に学ぶべきものはかなりある。
ところが現代だと中国でもインドでも何か後進国として見ている。
何も学ぶべきものがないとなってしまっている。
欧米から学ぶべきものはあっても中国とインドにはないと思っているのだ。
それは技術的な面ではそうでも文明は技術だけではない総体的なものだから
大文明を作り出した国に学ぶべきものはやはりあるのである。

ともかく諺など日本でもいろいろあってもそんなもの哲学とか宗教からすると低いものだと思っていた。
でも最近、いろいろ自分の一身上で深刻な経験を積んで諺(ことわざ)がいかに
人間の普遍的経験から生み出したものであり今も通用しているか身にしみてわかった。
「金の切れ目が縁の切れ目」というとき、これも全くそうだった。
金だけのつながりは必ず切れる。親戚でもそうだしそうういことは時代が変わっても変わらなかったのである。
むしろ現代では金がすべてになるときその言葉が最も適用されている時代になっていたのである。
他山の石もむしろグローバル化した現代にこそ最も普遍的なものとして通用するものとなっていたのである。

posted by 老鶯 at 09:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係

2014年04月23日

飯館村の大倉から佐須村へ (放射線量は高い所で5だったーなぜ帰りたくないのか?))


飯館村の大倉から佐須村へ

(放射線量は高い所で5だったーなぜ帰りたくないのか?)


00007.jpg

この下の土はとっているからみんな低いのである。
これを大成建設の社員がしていたと飯館村の人が見ていたのである。


1.25.jpg

このすぐ近くではこれだけあった
たいがい放射線を計るモニタリングボストは低い値にある

ただ大倉村は低い 、ダム周辺の一部は高い

5.10.jpg

5.09.jpg

佐須村の牧草地ではこれだけあった



2011/08/17
21:40

福島原発事故後、大量のネプツニウム239が飛散し、総量は76兆ベクレルとIEAEに報告された。
このネプツニウム239が原発敷地の正門付近と飯館村と差がないくらいの値が観察されたという記事を英語で読んだ。

ネプツニウム239は極めて短命(半減期が2.4日)でβ崩壊して半減期2.4万年のプルトニウム239になるので、今はほぼ全量がプルトニウム239になっている。
http://sakuradorf.blog.fc2.com/blog-entry-136.html

放射線量というのも実際は計られないものもあり自分にはわからない。
計っているのは主にセシウムなのだろう。プルトニウムのようなものは計られていないからどう判断していいかわからない、
原発敷地の正門付近と変わりないものが値が観察されたということは恐ろしいことである。
飯館村はそれだけ被害が大きかった。
ただ前にも計った時は草野辺りでは半分に減っていた。
それはあくまでも主にセシウムなのである。他は計られていないのだ。


真野ダムでも泥の所は5マイクロシーベルトだった。前は7くらいだった。
泥の所はそんなに減っていないのだろう。
放射線量はバラつきがかなりある。
佐須へ入ると泥の所で5あり放牧場の草地で5あった。
これは高いのだろうか?
今になると5という数字は高く感じる
住める所は南相馬市では0・1とか0・2だからである。
その数字から比べると1でも高い数字に感じる。
一時は佐須でホットスポットがあり20近くあったので驚いた。
そういうところがあったが今回はわからない。
ただ5があるところがあるのだからやはり高いしそこでは牛は飼いないだろう。
また田畑も耕作できないだろうとなる。


木材を前に計った時は3だった。今回は1・7だったから半分近くには減っていた。
これだって薪にしたりするとまた放射能が出るから困るのである。
林業も痛手であり飯館村はやはり深刻である。

真野ダムの水を南相馬市の鹿島区と相馬市で飲んでいる。これも不安に思っている人がかなりいる。
あそこの泥にはセシウムがかなた堆積しているだろう。
セシウムは泥から離れない、固着しているという。
だから5から下がるのは時間がかかるのかもしれない
泥となり流れればいいのだがそれにも限度があるのかもしれない。


いづれにしろ人が住まない飯館村の大倉から佐須を通ると何か不思議である。
要するに前にも書いたけど人が住まなくなると自然が活気を帯びてくるのも不思議である
何かポッポッポッと鳴いていたのは何の鳥なのだろう。
あれは山鳩の鳴き声ではない、あんな鳴き声聞いたことがない
人が住まないということは自然に生きる野生生物を動物でも脅かすものがいないから
住みやすくなるのだ。
それであんなに車が通る原町から飯館村の八木沢峠へ行く道に羚羊がのそっと顔を出したのには驚いた。
あそこも人が住んでいないから人が脅かされないから出てきたのである。
猿でも逃げるのは逃げてもこちらを見て吠えてにらんでいた。
人間が邪魔なんだよな、ここを通るなと威嚇しているようである。


人間がいなくなると野生の動物が元気になる。
いたるところに穴がほられているのはイノシシがしているのだろう。
なぜなら田畑も原野化しているからイノシシにとっては好都合なのである。
カヤネズミとかこの辺で増えているのもそのためである。
ネズミの繁殖力は凄まじいから減ることがないという。
原野化するとそうなってしまうのである。
ネズミの天敵もまた増えてくるのである。それがノスリだった。


飯館村ではまだ人が出入りしている。洗濯物干していたり車もある
だから完全に無人の村とは違っている。
ただなぜ飯館村の人が帰らないという人が多いのか?
原発避難者の村では浪江町とかでもそうなるのか?
それは原発の放射能汚染問題だけではない
現代の社会構造そのものの問題があったのである。


つまり限界集落とにているのだ。
昔だったら自給自足であり村の単位も5人組とか10軒20軒単位の村さえあった。
なぜそんな小さな単位で生活できたのかという疑問がある。
それは自給自足の村だったからである。
別に機械も使わない、田植えでも稲刈りでも村の人たち総出でやった。
茅葺きの家を作るのにもそうである。
村の人力で自給自足でまかなっていたから小さな単位でも生活できた。
そして医者もいなくても他の便利なものがなくてもそれが普通だったのである。


今はあまりにも便利な社会になりそのインフラを整えるだけで莫大な費用がかかる。
だから限界集落となるとインフラの整備に電気でもなんでも180倍かかるから
そんな村に税金をかけないほうがいいと都会の人たちが言うのである。
なぜなら炭焼きや薪を燃料としてガソリンにも電気にも頼らないなら
自給自足なら税金もかからないから都会の人たちは何も言わないだろう。
それがあまりにも違う社会だからそうなった。

そしてそこに住む人もスーパーがないから医者がいないから住めないとか
いろいろ現代の便利なインフラを最低限求める
そうするとあのように村に人が住まないとますます人が住まない

昔の自給自足なら10軒20軒単位でも住めた。
みんな自給自足だからそれで住めたのである。
現代は小さな単位では人口では住めなくなっていたのである。
だから町とか村とか全体が崩壊すると住めなくなってしまった。
葛尾村(かつろう)村は1800人とか少ない、
でもそれでもなんとか村を維持できる人口だったのだろう。それもぎりぎりだった。
それは原発事故周辺でなくても津浪の被害地域は村ごと町ごと壊滅的になったのだから
やはりインフラの整備をするにも莫大な金がかかるし住めないとなった。

漁村でも昔だったら山村と同じなのである。
自給自足的生活でありそんなに便利なものを求めないからそこに住めたのである。
津浪の被害があってもまた住んだということは危険でもそこで生活できるから住んだのである。
今はあれだけ町や村自体が壊滅するとそこには住めないとなる。

人間は贅沢になれると元の質素な生活にもどれないことも原因しているのだ。
食べ物だってそうである。

それで霊山の近くのソフト屋はうまいから今も繁盛している。
あういううまいもの一度食べるとまた食べたくなるのだ。
それがなくなると住むのも嫌だなとなる。
だから川内村から郡山市に避難して補償金で生活している人が帰りたくなくなったのである。
自然があるから住みやすいとか考える人は外部の人はそうでも
内部ではそうではない、厳しい生活だからかえって楽な方を選ぶということもあるのだ。

ただ南相馬市とか相馬市と比べると川内村とか飯館村には歯医者すらないのだから
相当不便な地域だったのである。
だからそういうことが起きたし飯館村でも帰りたくないというのはそういう理由もあるだろう。
それでも今は車があるから一応それなりの現代的生活はできていたのである。
ただもう便利な生活になれた贅沢になれた現代人は限界集落的になると
もう住みたくないとなってしまうことがわかる。
そのことが三陸とか津浪の被害地でも同じことが起きているのである。
そこには小さな漁村が点々とあり山村と同じくもともと自給自足的な生活をしていたのである。
だから東北が復興できないという時、神戸は復興しても東北はできないというとき
そうした事情があり神戸とは違ってるからなのである。

posted by 老鶯 at 23:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2014年04月24日

原発事故と酷似していた韓国フェリーの沈没事故 (事故が起きる原因には共通性があるのか?)


原発事故と酷似していた韓国フェリーの沈没事故

(事故が起きる原因には共通性があるのか?)




今回事故起こした海運会社の安全教育費は年5万円
宣伝広告費には年1200万かけてたらしい

「電源喪失」が転覆の原因になったのではなかろうか?


50センチ以上重心位置の上昇したケンチャナヨ改造の船、
3倍以上の過積載、バラスト水を減らして海流の複雑な海域を
遅れを取り戻そうと高速航行・・・


そんな事故ってあたりまえの状況下で、日本の造船技術で装備した
フィンスタビライザーが必死にバランスを保っていのだけれど、
超汚染塵のケンチャナヨ整備で装置の電源喪失が起きたら?

http://ai.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1398264738/


合計173隻のうち、セウォル号のように日本で造られた旅客船は17隻だが、
海洋水産部はこれら17隻が全て中古船であることを把握している。

船が古いほど内部の操縦装置が腐食しており、故障を起こして事故原因となる可能性が高くなる。

古い船が増えた決定的な理由は、政府が1990年代以降、船齢制限を緩和し続けてきたことだ。
1984年から91年までは沿岸旅客船の船齢は20年に制限されていた。

http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1398042935/l50


 旅客船「セウォル号」の沈没で、韓国の検察は、船を保有する
清海鎮海運の株式の約40%を保有する実質オーナー、
兪炳彦(ユ・ビョンオン)氏の関連企業など関係先約10カ所の家宅捜索に着手。
系列会社13カ所の役員約30人を出国禁止処分とした。



沈没した主な原因


●老朽化して機械が故障しやすくなる

●外国製だとその技術を導入しても使いこなせない
●安全よりコスト重視になる
●社長や幹部が巨大権力(政府など)と結託する
●カルト宗教団体などかからむ

今回の事故の原因が原発事故と酷似していることに驚いた。
まるでその原因が数式のように化学反応のように一致している不思議である。
マーク1の原子炉はアメリカから導入した古い型のものであり危険だと言われていた。
それでもあえて導入した。
そしてすでに40年とかたち古くなっていたのである。
何でも機械は古くなると事故が起きやすい、原子炉だけではない配管なども古くなり
そこから放射能がもれるとかの事故になりやすいのだ

今回の韓国船は日本製だったけど日本には問題はなかった。
でも改造したりしたことが事故につながった。

安全を計る時は自前の国産でないとできない。
外国では環境も歴史も風土も違うからそれに合わせることが外国製だどできないのであ
日本の鉄道は国土が狭いから線路の幅が狭くなる。それは大陸のように広い土地でないからそうなる。
風土の制約を必ず技術でも受けるのである。
するとその国に見合った技術を養成するのはその国の技術者だとなる。
外国人にはできないのである。


「安全よりコストが重視になる」というときこれも東電と全く同じだった。


今回事故起こした海運会社の安全教育費は年5万円
宣伝広告費には年1200万かけてたらしい


東電は千億くらいの宣伝費を惜しみなく使っていた。それだけの財源があった。
つまりそれだけの経済的権力をもつことが安全をないがしろにする。
コスト重視とするには安全をないがしろにしても宣伝費でごまかすことができる
だからマスコミの宣伝費用に湯水のように金が使われた。
中国に幹部かマスコミの要人を招待していた時、原発事故になったのも何かの因縁だったのである。


そして東電は政府権力と完全に結託していた。
韓国でもこの船会社のオーナーから献金を受けていたとかが問題視される
それは東電でもまるで政府を金で買い取ったように
検察から警察からあらゆる官僚の天下り先になっていたことでもわかる
これも原発事故の原因と酷似しているのだ。


さらに不可解なのはキリスト教系のカルト教団とも関係していたということである。
これも加わるとオウムのように創価のように奇々怪々になる。
背後にカルト教団が介在していたということもやはり現代では権力操作で不可欠になっている
なぜ高校生が船長の命令で船内にとどまっていたのか?
その肝心の船長は脱出していたのである。
その高校生もカルト宗教団体の生徒だったのか?
だから命令に忠実で船内に待機するように言われて待機していた。
それよりも高校生だから先生でも何でも命令に従順だからそうなったととれる。

このカルト教団は企業化して社長が巨額の資産家となっていた。
これもカルト教団に共通していることである。

そんな危険なことが許されていたのは政府へに献金をしてワイロを送り権力を操作できたからだとなる。
そもそもカルト教団などは権力をもち権力を操作して富を社会の地位を得たいというのが動機である。
そのためには企業化するということがある。
政治経済の実験をにぎることは権力を操作することができるからである。


不思議なのは


「電源喪失」が転覆の原因になったのではなかろうか?


原発事故でも何度も全電源喪失、電源喪失と叫ばれた。
ここも同じだったのである。今の機械は電源が喪失すればもう終わりである。
手のほどこしようがなくなということである。
電源喪失とエネルギーがなくなるということである。
世界も文明も電源喪失で終わりになるということである


この世で重大な事故が起きることは世界的に共通しているかもしれない
戦争などが起きるのもこうした仕組みのなかで行われる。
支配者は権力を操作して大衆を動かすことを考えるからである。
だから天皇が実はカルト宗教団体の教祖であったという昭和天皇批判も今はなされている
日本国民がカルト宗教団体化していたという見方も成されている。
教祖のために死ぬというのはオウムでも他でもあるだろう。
実は船長がいち早く信者かもしれない人たちを見捨てたように
日本でも指導者は国のためになど死なない

だから戦犯でも生き残り戦後も権力を得た政治家がいる
岸信介とか松力正太郎などがそうであり中曽根首相もそうだった。
そういう人たちが原発を導入したのである。

だから世界的にみても権力を操作したいということで国はゆがめられる。
共産主義とか大儀名文を言っても現実は権力を得たい求めることがあるからそうなる

それは何も幹部だけではない、底辺層でも同じである。
なぜこんなに貧乏なのだとかなぜ損ばかりしているのだとか
なぜ低賃金で使われるだけなのかとか大衆の底辺層には不満がくすぶっているからだ。
そういう人たちの不満をテコにして権力を奪おうというのか世界でも常に起きているのだ

「社会主義は魅力ある目標ではあるが、権力の集中は、資本の集中と同じ程度に危険である」。


権力を集中させないために三権分立が生まれた。富の集中でも権力の集中でもそこに腐敗が生まれる。
絶対的権力は絶対的に腐敗するというのも真理である。
カルト宗教団体でも巨万の富と財力が集中させて何をするのだろという疑問をもつべきなのである。
宗教にそもそもそんな巨大な権力が必要なのかという素朴なの疑問である。

結局権力を求めない人が欲のない人が権力のある地位につけばそうはならない
だからみどりこに治めさせよと聖書には書いてある。
みどりごは欲がないから権力で悪さをしないからそうなるのである。
猫や犬にでも治めさせろともなる、なぜなら猫や犬も欲がないからいいのである。
人間の欲望は限りなく権力をもてばまた権力を自分の欲望のために使うだけになる。
そういうことは人間の業として繰り返してきたのである。
でも人間の欲望は消えることがないからやはり同じことが繰り返される。

宗教せあぜこれほど権力の道具のうよにされるのか?
拝めばなんでもかなえてやれる、女も金も地位も何でも手に入る、それが大衆カルト宗教になっているのだからどうにもならない
そうだからこそあれだけの数が集まり権力化してゆくのである。
それが原発事故や今回の韓国のフェリーの沈没事故にもつながっているのである。
人間は欲で滅びるという時、今回の津浪でも原発事故でも韓国船のの沈没事故でもそうであり
巨大な文明的災厄が起きて滅びる運命にあるのだ。

posted by 老鶯 at 17:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2014年04月25日

タンポポの原になった海老の浜の朝


タンポポの原になった海老の浜の朝

tanpopopo1.jpg


tanpopopo222.jpg


タンポポの明るさ満ちて朝の海

タンポポの野に満ちわたり朝雲雀

コチドリやタンポポに映え朝の海

kochidoriiii11.jpg


すべてクリック拡大


海老村の津浪の跡にはタンポポに埋めつくされていた。
これもまた不思議な光景である。
これも批判があるかもしれないが海老村は何か海としての魅力が欠けていた。
右田浜は松原があり魅力があった。
海老村は前は漁港とか船が出入りして海と関係していた。
その後は海が見えても海の生業はなかった。
だから海老となっていると何か海と関係しているようでもなかった。
砂浜もなかったから余計にそうだったのである。

だから津浪で全部家が流された時、元の原野に還ったら
そこから海が全面的に見えるようになった。
家があるときは海は家にさえぎられて見えなかった。
松原があるときも海は見えなかったのである。

海老村は海岸に接した方ではない方がもともと広かった。
そこには高台もあり今は家が次々に建っている。

海岸に接して家が密集したので被害が大きかった。
なぜ海岸に接して住んだかとなれば
やはり海の生業があり便利だったからである
それは烏崎村でも同じだった。
八沢村でも海岸に接して30軒もあったのだから
もともとあそこには港とあるから海の生業があった
それらが根こそぎ津浪で消えた


コチドリがあんなふうにしてまじかで見たことかない
そもそも砂浜が消失していたから海の鳥が観察しにくかったのである。
津浪の跡が原野化して海の鳥が飛んできてコチドリとわかった。

千鳥は有名だけどこれは万葉集でも鳴く声に注目されていたのである。
でも現代では千鳥の鳴く声を聞くということは自分にはなかった。
そういう静寂の風景が失われていた。
また砂浜などがないから余計に千鳥が見えなくなっていた。

だから津浪の跡が元の自然に帰るというのも不思議な光景なのである。
こんなことを書くとここで死んだ人をどう思うのかとかなるが
一面にタンボボ咲いているとやはり気持いいとなる。
そこで家族を失った人はまた違った感想になる。


海老村の不思議は高台に墓地だけが津浪からまねがれ残っていたことなのだ。
この逆だったら良かったのである。
墓地が残っても肝心の生きている人間の棲家が失われてはなにもならなかったのである。
津浪は海老は高い所にあってもあそこは津浪が高く襲ってきたという。
だから被害も大きかったのか、今でも無残ななぎ倒された松の跡が残っている。


とにかく春も終わり夏めいてきた。
霊山にも上ったから今は結構健康を感じる
この世で健康ほどありがたいものはない
特に60以降は本当に健康が一番大事である。
金があっても健康なくなると悲惨なことになる
なんかまだ自転車旅行でもできる感じだ。
電動自転車だと楽だからできるかもしれない
体が痛くなることはあるができないことはないかもしれない
やはり海の見える所は朝が気持いいのである。

2014年04月26日

芽吹き(六号線を朝走る)


芽吹き(六号線を朝走る)

rokugousen.jpg

六号線朝に走りて芽吹きかな
六号線軽快に飛ばし朝桜
六号線真っ直ぐに走る朝燕


六号線を相馬市まで朝に自転車で飛ばして走った。
軽トラックもっている人にコメリに苗木があるからと行った。
軽トラックには二人しか乗れない。
三人で行ったので自分は自転車で往復した。
かなり飛ばしたのであとで体が痛くなった。


ただ自転車でも早く走ると爽快になる。
電動自転車は坂でも軽く走れるしスピードもでる
すると見える景色も違ってくる。
芽吹きの樹々や桜がまだ映えている。
それらが視界に入ってきては遠くを目指して走る
相馬市までは原町の倍はあるので遠い

人間の感覚では道とかスピードで見えるものが違って見える。

六号線は何かゆっくり見て歩く道ではない
車の道だから飛ばす道である。
そこから見える景色は違ったものとなる。
走る速さとともに景色が移り見ているのだ。
ただ車ではそうした景色を見る人は少ない
なかなか危険だから景色を見ていられないのである
だから自分は景色を見たいから車には乗らない

車に乗っている人は電車に何十年と乗っていないという
乗り方すらわからなくなっているというからそうなのかと思う
一旦車を乗ったらそれだけもう電車は不便なものとなっていたのである。
車については自分はほとんどわからないのである


一人暮らしの老人が三人集まったのは境遇が似た状態になったからである
みんな一人暮らしでありそれぞれに困っていた。
男二人は家事や料理で困っていたから女性の人に教えられたりして役立つ
その女性は話を合わせるのがうまい
いろいろ惣菜を作ってくれるので今は買っている
75才の老人は車を二台もっている
だから軽トラックがあり荷物を積むのに便利である。
何かしら補い合うものがあり集まった


ところが人間はそうして何か困ることがない人や補いあうものがない人
そういう人は人が困っていても無関心なのである。
だから夫婦である人は一人暮らしとか独身とかのことに無関心である
そういう人は何ら協力しようとはしない
食事でも家事でも困らないからである。
ただ一旦妻が死んで家事に困ったりすると違ってくる
なんとか助けが欲しいとなるが
そういう人にふさわしていのは夫婦ではない
一人暮らしの女性がふさわしいのである


自分は自然と深く交流したいとなるとき、庭作りをしたかった。
ただ庭は狭いのでここではたいしたことはできない
狭い庭でも結構な労力が必要になってくる
水をいちいちやるのも手間になる。
それは家事全般を一人でやっているからである
一人は介護だからなおさら忙しくなる
介護はショートスティで休めるかと思ったら休めない
なんらかの連絡が必ずくるのである
近くだからこそ対応できて自転車で行けるからいい
遠いとまためんどうになる


六号線は実際は東京まで通じて活きたものとなる
だから本当は前とは違っている。
長距離トラックは走っていない
でも車の数が減っているようにも見えないのである
こんなに近くでも車を使っていたのかとわかる
それだけ車社会なのである
ただ車をもたないものは車について理解できなものがあるのだ
だから実際の生活では取り残されているという面がある

車がないと現代では弱者であり貧乏人になる
とういうわけかだから車がない自転車の人と親しくなる
普通は貧乏人と貧乏人が親しくなるのとにている

ともかく天気がいいから外出して遠出に向いている季節である
自分の場合はやはり自転車で走っている時は一番気持いいとなる

慶長津浪で相馬藩政記に700溺死、伊達藩で5000人死亡 (この事実の重みを知っていたのか)


慶長津浪で相馬藩政記に700溺死、伊達藩で5000人死亡

(この事実の重みを知っていたのか)


慶長16年 1611年(11月13日)慶長三陸津波 相馬藩700人溺死、伊達藩5000人死亡とも

今回の津浪の被害で盛んになぜあんな危険な海岸に接して人が住んでいたのだろうと何度も言われる。
今になるとそれは当然である。
ただ浜通りなどではほんとんど津浪のことが語られないのだ。
確かに伝説のようなものが二三残っていた。
それについても知っている人は極まれだったろう。
でも相馬藩政記に700人溺死と記されていたことは今になると重大である。


相馬藩で700人、伊達藩で5000人死亡


この事実は今回の津浪と同規模だったのである。
この事実に一番驚愕しなけれはならなかったのは誰か?
それは今回津浪の被害にあった海岸に接して住んでいた人たちだった

津浪は毎日海を見ている人にとっては本当と一番怖いものである。

相馬藩でも宮城県でも海に面していても例えば自分の南相馬市でも
海岸に接している住んでいる人たちとそうでない人たちがいた。
海をじかに見て毎日暮らしている人たちとそうでない人たちがいた
今では松原などがあり海はさえぎられて見えない
海が見えないということは海を毎日意識することはない

ところが海に直接面して日々海を見て暮らしている人たちがいる。
この辺の浪は荒いからその浪の音を毎日聞いて寝る人たちもいた
その人たちにとって海は怖くないかと感じていた。

ただ自分もよく小学校前までゆくとそこからは人家が少なく
田んぼが海まで広がっているのでその小学校前まで浪にのまれる夢を見ていた。
今から思うとそれが津浪だったのである。
自分の住んでいる街は海からは相当離れていると思っていた。
だから海に対する意識は海に接して海を毎日見て生活している人たちと
海が近くても海が見えない浪の音も聞こえない
地域に住んでいる人たちの意識は相当に違っている。


相馬藩で700人、伊達藩で5000人死亡


慶長津浪でこれだけ死んだという事実を知っていれば恐怖感は違っていた。
それが毎日海を見て荒い浪の音を聞いて眠っている人たちが
この事実を知っている人はいたのか?
郷土史を研究している学者でも自分でも知らなかった。
この一行が注目されたのは今回の津浪か起きてからだったのである。


ただ時事問題の深層で相馬市の奥まで津浪が来ていてその砂が
ボーリンク調査で発見されたということを興味本位で自分も書いていた。
そんなところまで津浪が来ていたのということはあったが真剣に考えなかった。
それは貞観津浪の砂だったのであり400年前の慶長津浪ではなかった
もし400年前の砂だったら歴史的記載の事実と一致するから危機感をもったかもしれない。
貞観津浪のことは国史にも記されて京都の人たちにも知らされていた。
だからそのことは全国的に知られていたのである。
だから東電に警告したのは貞観津浪のことであった。
慶長津浪のことではないし相馬藩政記に700人溺死と記されたことを例にしていない


結局歴史の重大な事実でもそれが注目されていなかった
相馬藩政記にはことこまかに跡継ぎ問題や戦争のことは記されている。
でも700人溺死という事実は注目されなかったのである。
そのことに一番恐怖すべきは海岸に接して住んでいる人たちだった。
松川浦であれ海老村であれ烏崎村であれ萱浜であれ・・・
その海岸に接している人たちはその事実を知っていれば恐怖しただろう
それは宮城県地域ではさらにそうだった。


結局本当に当事者になるのは同じ地域でも地域によって違っている。
原発でも毎日原発の煙突を見て暮らしている人とそうでない人たちは危機感が自ずと違っていた。
南相馬市でも30キロ離れていたから自分では危機感をそれほどもたなかった。
となると危機感をもつべきだったのは津浪でも原発事故でもすぐ近くに住んでいた人たちとなる。
ただ飯館村などはそうした危機感とは遠い所にあった。
それは原発というものがどういうものかわからないことにあった。

津浪の後には被害者は海が怖くて近づけないとか津浪がトラウマになって
精神障害に陥っている人たちが紹介された。
それはこの辺でも3キロ離れたところで津浪の被害にあった人は海が怖くて近づけないという
何か幽霊でもさまよっているようで夜が怖いとか言う

実際に津浪の被害にあった人達とあわない人たちの差も同地域では大きい。

「八沢浦が元の美しい入江にもどった」ということを書いて被害者がここで泥に埋まった
子供の死体を発見されたのだと正気なのかとも批判された。
つまり同じ地域でも津浪の被害にあった人たちとあわない人たちは違っているのだ。

これは別に津浪でなくても日頃でもそうである。
人はいろんな困難に出会うし苦しみがある。
でも自分に関係がなければ無関心なのである。
あそこの家で何かあったのとかなるだけなのである。


だから今回も海老の浜が津浪の跡にタンポポが一面に咲いていて
明るさに満ちていたなどと俳句にした。
以前としてそんなことが言えるのかと被害者の立場にたてばそうなる。
ここで家族や家を失った人たちよすれば何が明るさに満ちているとなる
以前としてそこに長くいられなかったとかなる。
では自分もそういう気分になれというのだろうか
暗く沈んで悲しいふりでもしていろとなるのだろうか?
これもまた疑問なのである。
あえて喜ぶ必要がないけどやはりタンポポか一面に咲いていることは明るく感じたのである。
津浪の被害にあわない人たちは同じ地域でもそうなるからその差が大きいのである。


同じ地域に住んでいてももっと海側に住んでいた人たちは今になると
津浪のことを知って恐怖すべきだったとか言われる。
それは浜通りでも松川浦とか海老村とか烏崎村とかは海に接して家が密集していた。
だからその人たちと海から離れて住んでいた人たちの感覚は違っていたからである。
人間はやはり当事者意識が生まれるのは同じ地域でも違っていた。
犯罪でも近くで凶悪な犯罪が起きればテレビのニュースで遠い所で報道されるのとは
違った危機感をもつのと同じなのである。


歴史とはもともとは事実を基にしている。
その事実が忘れ去れる
何が事実かもわからなくなる
今になれば


相馬藩で700人、伊達藩で5000人死亡


この慶長津浪の事実がいかに重大なことか再び事実でもって証明されたのである。

posted by 老鶯 at 23:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係

2014年04月27日

歴史もカルマだった (個々人にも国にも報いは必ず来る)


歴史もカルマだった

(個々人にも国にも報いは必ず来る)


歴史は繰り返すという時それは個々人のカルマと同じだった。
カルマの法則は厳しいし逃れることができない
カルマを意識しないことが多いがいづれは意識される
相馬藩政記に慶長津浪で相馬藩内で700溺死と一行記されていた。
それが見逃されていたのである。
それが今回カルマとなって同じ被害が生まれた。

しかし400年前の慶長津浪のことを知っている人はまれであり
海岸に接して住んでいた人もほとんど知らないだろう。
でもすでに400年前でも人が住んでいたからそれだけの被害があったのである。
この事実がほとんど看過されていたことの不思議である。
例えカルマは意識されまいが忘れていようが必ず現実化して起こる
カルマはいづれ個々人でも集団でも国単位でも意識される
カルマを逃れることごまかすことができないのである。

700溺死とあるときその頃の相馬藩の状況は戦国時代であり戦争のことや
跡継ぎ問題が主要な政治のテーマだった。
だから誰々が・・戦いで死んだとか跡継ぎの問題はことこまかに記されている。
しかし慶長津浪で死んだ人たちのことはただ700溺死としか記されなかった。
そこに為政者の大きな問題があった。
報道でも報道されないことが多々ありそこにマスメデアの問題が指摘される。
歴史でも常に戦争のことは大きく記されるが日常的な庶民のことは記されない

ドラマでも面白いから戦国時代のことは多く放送される
その他のことは放送されにくい、地方の歴史は全国版ではドラマ化されにくいのである。
今回相馬藩で津浪が起きたことか注目されたのは実際に津浪の被害があったからである。
だから相馬藩内で起きた700溺死という事実は大きな一つのカルマになっていた。
それが今回の津浪で否応なく意識されたのである。


個々人でもいづれはカルマを意識させられる。カルマの特徴は意識されないことなのだ。
自分になぜこんな苦しいことが起きるのだろうというときカルマか関係している。
この7年間の自分の苦しみも自分のカルマを清算させられるために起きたことが意識させられた。
なぜなら自分はそれだけ親に世話になりカルマを積んでいたのである。
なぜこんなに介護で苦しまねばならないのか?
そう問うとき、それは自分のカルマだったのである。
なぜ個々人でもこんな目にあわなければならないのかと問うとカルマだったことがわかる
カルマとは法則であるから原因があれば結果として必ずでてくる。
だからカルマから誰も逃れることができないしカルマの清算を要求される
借金がごまかせないのと同じく厳しくカルマの返還を要求されるのである。


歴史のカルマというと国でも大きいからわかりにくい、でも今回のように災害も単に自然の作用であり
人間にはどうにもならないとういことではなかった。
もし400年前の相馬藩内で700溺死ということを絶えず意識させられていたら
こんな大被害にならなかったかもしれないのである
カルマの特徴は個々人でも国単位でも意識しにくいのである。
わかりやすいのはアメリカが日本に原爆を落としたことは逃れられないカルマなのだ
だからアメリカは日本を恐れている、それはあまりにも歴然としたカルマ立ったからである
そのカルマはいつか返すことを要求される。
アメリカに原爆が落とされてカルマが清算されることになるかもしれない
そういう恐怖をアメリカからぬぐいさることができないのである。


戦争は何なのか未だにわかりにくい、善悪でも判断しにくい、戦争自体が人類のカルマになっているからだ。
だから何度も戦争というカルマをくりかえし人類は滅びるということも予言される。
日本の戦争にしても全部日本の非があるわけではない、
全体の当時の世界の政治関係で起きたことなのである。
だから日本だけを責めるのはかたよっているしアメリカも責められるべきなのである。
喧嘩両成敗なのが歴史でも同じなのである。
一方的に日本だけの非を責めるのは偏ったものとなるのだ。


ともかくカルマは意識されないことが一番の問題なのである。
歴史的に相馬藩内で700人溺死したという事実は大きなカルマだった。
ただそのカルマは400年の間に意識されず忘れていったのである。
当時の相馬藩の指導者も何か後世にとって重大なことかを記さなかった。
ただ跡継ぎ問題や個々の戦争のことばかり記していたのである。
その時700人溺死した民衆の苦しみを何も記さなかった。
それがある意味で怨霊ともなり今回の大被害にもなった。
何らの供養するものもなくただ忘れられ消えてしまった無念があった
だからカルマの報いは必ず来る
意識されなくても忘れてもまた再び歴史は繰り返し事実として起きてくる。



posted by 老鶯 at 12:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係

2014年04月28日

人間は自ら痛みがないと無責任になる (100円でも金を寄付することをしぶる、痛みがでてくるから)


人間は自ら痛みがないと無責任になる

(100円でも金を寄付することをしぶる、痛みがでてくるから)

津浪で家を流され家族まで失った人たちがこの辺でもかなりいる。
でも不思議なのはそうした同じ小さな町に住んでいても津浪の被害のない人は
その痛みを感じていないことなのだ
だから海老の浜で別荘があり他にも家があって流されたな・・・
あの別荘は一千万で売り出していたけどゼロになったなとか
そこで家族や家を失った人たちの痛みを感じないことなのだ
なぜなら津浪で何の被害もない人は感じないのである。

でももし人間は自分の金を百円でも千円でも盗まれたら頭に来る
それは金持ちだって同じなのである。
それは自分の金だからである。

ところが他人のものになると一千万で売り出された家も津浪で流されたな
もったいなかったなとかは言っても本人は全然痛みを感じないのである
だから被害にあった人からすればずいぶん非情だと思うだろう
現実に村自体消滅したような所でも同じ地域に住んでもそういう面がある
そうしたら他から来る人は興味本位で見に来る人はいくらでもいる
観光気分で来る人はいくらでもいる

それでも千円でも寄付しろとなるとそうはならない
なぜなら自分の出す金だから痛みをともなうからだ
すると千円でも寄付すれば痛みをともなうことになる
そしてその金がどういうふうに使われるか千円寄付した人でも考える
よそ事としてではなく自分の痛みがあるから真剣に考える
その寄付がどこかに寄付を集める人に勝手に使われるとかあると
千円でも寄付した人は怒ったりするのだ
それだけ寄付した人は当事者意識が生まれている。

ともかく何でも自分で金を出さない人は自分に痛みがともなわない
例えばある人は一千万盗まれたとか言っても何の痛みもない
それは他人の金で自分の金ではないからだ
でも盗まれた本人にすれば金持ちでも痛みがともなう
なぜ官僚が莫大な国の税金を無駄使いするかというと
国民の税金であり自分の金ではないからなのだ。
何兆円の金でもそれは自分の金ではない
もし自分の金から出していたら千円でもどう使われるか真剣になる
そういうふうに痛みをともなわない金は無駄に使われやすいのである


なぜ人は他人の苦しみに無関心なのか?
それは自分が何の痛みも感じないからなのだ。
人が殺されても痛みを感じない
でも自分がその被害者になったら死ぬまでも延々と恨みつづけるだろう
ついに復讐して殺すということもまでも毎日思いつめる
でも他人は痛みがないからそんなに恨んでも無駄だとか他人事として言うだけである。

だから同じ地域に住んでも家族が死んで家が流された人たちの痛みを共有していない
それは自ら何ら痛みを感じていないからである。
むしろ家と土地ある人はこの辺は値段が上がって良かったなとかなる
人間はつくづくそうして利己的なものなのである。

他人が一千万盗まれようが殺されてすら無関心なのである
盗まれる方が殺される方が悪いんだとかなり無責任でいられる。
それは自らが何ら痛みを感じないからである。
だから日常的に他人の苦しみには無関心なのである。
津波の被害者もあんな危険な所に住んでいたのがあまりにも無警戒だった
住んでいる人もにも責任があった
原発事故でも周辺地域は責任があり自業自得だとか言われるのである

具体的に金を払うということは金持ちでも痛みをともなっている
ただその金がどういうふうな金なのかでまた相当に違っている
百万円を建築現場で汗水流して危険を犯しても稼いだ金と
遺産のように何の苦労もしないで入って来る金は違っている

だから若い時苦労して土地と家を買った人は
その家に特別愛着があり離れたくないという

ところが遺産として家をゆずり受けた人にはそういう気持にならない
なにか家に住んでいても間借りしていたよう気分なのである。
その家を建てるために何か努力したわけでもなく
痛みが苦労がともなっていないからである。


でも結局、津浪の被害にしても家族や家を流された人たちが
その現場に立ってどういう思いになるのか?
それはその本人しかわからないのは被害のない人には痛みがないからなのだ
故郷を離れて避難した人たちでもあいつらは補償金でぜいたくしている
それらは国民の税金であり、多少でも自分でもその税金を出している
なんであんなに補償金がもらえるんだとかなる
反面避難した人たちもなぜこんな苦しみを受けねばならないのかということがある
その痛みもなかなか他者にはわかりにくいからである

つまり人間は他者に同情するとき、自らも痛みをともなわないとできない
それは一つの犠牲になる。
千円でも寄付すれば痛みがともない犠牲ともなる

つくづく他人の金だと無責任になる痛みをともなわないからそうなる
金は具体的に痛みをともなうものだからわかりやすいのである
どんな金持ちだって勝手に金を出さないのはそれなりに痛みをともなうからである
身銭を切るというのはそれだけ痛みをともなうのである。
それは貧乏人だったら百円の寄付でもすれば痛みがともなう
その差はあるにしても金持ちが全く痛みをともなわないかというとそうではない
その度合いは違っていても痛みがある


人間が他人の苦しみや不孝に無関心なのは痛みをともなわないからである。
少しでも自らが痛みを感じれば無関心ではなくなる
百円でも千円でも寄付すると痛みをともなうから違ってくる。
その時苦しんでいる人と不孝な人と共有するものがでてくる。
ただ口でかわいそうですねとか言ってもそこには痛みがともなわないからだめなのである
現実はその女性は口だけでは盛んに心配しているんだよとか言っているけど
全く愛情もなにもなかった
だから自分たちが借金で追い詰められるようになったとき
入院して苦しんでいる自分に借金を要求してきた。
一種の恐喝だったのである。
それには弱い立場にあったから逆らうこともできないから恐怖だったのである。

痛みをともなわない同情は同情にならない
でも千円だって人間は寄付したなくないのが普通である
自腹を切る、身銭を切ることがいかに少ないかでもわかる
他人の金なら税金なら湯水のように使うが自分の金だったらそんなことできないのだ

だからボランティアなんか無駄だというがそうでもない、
泥を運び津浪の被害の家で手伝ったことはそれなりに労働という痛みをともなっていたからだ。
だから人間は自ら痛みをともなわないと不孝な人たちとかかわれないだろう。
ただ歌を歌ったりしていたのでは痛みがともなわないから同情したとはならない
かわいそうですねとかは誰でも言うことができる、でも痛みをともなうことはできない

百円すら寄付することをしぶるのが人間なのである。
ただ何か痛みを犠牲をともなえば不孝な人たちと深くかかわってくる
それは大きな犠牲ではなくても百円の寄付でもそうだったのである。
百円すら一体どう使われるのだろうかと無責任にはならないのである。
一兆円とかでも自分の出した金でないとなんら関心がないのは自分の金ではないからなのだ。
この世のことを考えるときやはり金というのは具体的わかりやすいから例にされるのである

posted by 老鶯 at 17:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係

2014年04月29日

今回の津浪災害の責任論 (一体この世の問題の責任は誰にあるのか?)


今回の津浪災害の責任論

(一体この世の問題の責任は誰にあるのか?)

●責任は個人にとどまらず必ず他人に負わされる

NHKのクローズアップ現代で生前に障害がある子供のことがわかるようになった。
それで中絶する人も多くなったがあえて産む人もいた。
その判断には悩んだというのもわかる。
障害者を産んだら生涯めんどうみなければならないのか社会でどう受け入れられるのかと悩んだ
それはすでに一個人の問題ではない、社会の問題でもあった。
社会で障害者をどう受け入れるのか、そんなやっかいな子供を生んでくれるなという
社会の要請もある。社会での負担も大きいからである。
すると産むか産まないかは個人ですら決められない、
個人ですべて負担しきれないからそうなる。
障害児を産み育てることは他人が無関係ではない他人もかかわる問題だったのである。

だからつくづくあらゆることの責任は誰にあるのかとなる。

離婚にしてもその影響は子供も一番受けるし回りも必ずまきこむのである。
離婚は別に二人だけの問題であり二人が責任をとればいいとはならない
子供も大きな傷を受けるし影響も受ける、回りも大きな影響を及ぼす
必ず離婚でも回りをまきこみ混乱させる。
親戚も混乱するしいがみあいにもなる。
だから離婚も二人だけの問題ではない。
その責任は二人だけではなく他者にも及ぼすのである。
そしてあまりにも無責任な結婚と離婚が多すぎるのである。
その責任は本人は負わない、離婚してすぐ生活保護を受けるとかするものもいる
そうした個々人の無責任な態度が社会の負担となってゆく


これは借金でも同じである。
見栄から借金しているのが実に多い、身の丈にあった生活をしていれば借金する必要はなかった。
でも借金して見栄を張り成功者を装っていた。
その責任は本人がとらない、他者に責任転嫁される。
その被害者が自分でもあった。
病気の時まで相手は借金で追い詰められているから自分を助けるところではない
「金をだせ、金をだせ・・」と請求される
弱者であり前からの関係もあり助けるものと思って頼った。
そしたら軽く一千万の機械を買ってくれとか要求してくる
何か頼めばそれだけの金を要求する
もし車を頼めば一回百万もとられるかもしれないような恐怖だったのである。
相手はそう思っていなくても事業している人の金銭感覚はそうなのである。
だからとても頼めないと思っていたがなりゆき上頼らざるをえなかったのである。
こうして人は自分の責任をとらない、他者にその責任をおしつけるのだ。
自分の弱さにつけこんで火事場泥棒にもあったし
こうして借金の要求をされて苦しめられたのである。
脅迫罪とは実際には害を与えなくても恐怖心を与えたことで罪に問われている。
だからこうして恐怖心を与えたものも罪に問われる
恐怖心を与えたものは何も感じていないのである


●津波災害の責任を誰に問うのか

今回の津浪原発事故の責任も一体誰の責任なのだろうか?
天災となれば責任は人間側にはないからあきらめるほかない
でも簡単にそんなであきらめつかないからいろいろ責任論がでてくる
古代だったら天皇に責任があったとか王様に責任があったとか
王様自体が責任をとらされて殺されたということもあった
それだけ被害が大きいから犠牲が必要になったのである


●津浪は天災だから責任が問いない
●津浪を警戒しなかった住民が責任がある
●津浪を警戒しないで逃げない住民に責任がある
●気象庁やマスメデアがNHKが適切に警告しなかった
●これは無念の死者の怨霊
●人心の乱れによる人間世界に対する罰としての災害
・・・・・・・・・

その責任を問いば一つではない、様々な複合要因でそうなったとなる
死者の怨霊とかは馬鹿げて非科学的だとも現代では批判される
でも相馬藩で700人溺死と一行しか記されないことが
今回の津浪の被害を大きくしたことにも通じていたことは確かである。
その責任は誰にあるのか、為政者にもあったとなる。
400年前の人に責任があるのかとなればそれはもう問うことはできないにしろ
400年前まで責任を問うのが歴史だということも認識されたのである。
その因果が400年前までさかのぼって問われたのである。
歴史の因果とはそうし千年でも二千年でも現代に影響しているということなのだ。


人心の乱れもそんなもの自然が起こすことであり科学的な法則として起こってくる。
プレートは人間の世界とは関係ない地球の規則的運動であり人間の世情とかとは関係ないというのもある。
でも本当にそうなのか?人間界が乱れる時自然も乱れることはありうる。
自分の一身上のことも関係ないのか?
なぜ自分はこんな非情な目にあわねばならなかったのか?
それはお前のカルマであり自業自得だとも言える
でもそうした非情があり呪いつづけたとき津浪原発事故が起きたのである。
他人の一身上のことなど関係ないというが自分にすればそうではなかった
そういう非情な目にあったときやはり自然も非情になり怒ったともとる
だから古代に無念に死んだ人の怨霊を恐れたというのもわかる
その怨霊と自然災害を関連づけたのもわかる。


貞観津浪や慶長津浪といった大津浪が起きた時は日本の歴史では混乱していた時代である
蝦夷征服で大和政権に殺された蝦夷の怨霊が問題になったのもわかる。
慶長津浪では戦国時代でありここでも時代は乱れ混乱していたのである。
その時は人心が乱れ殺された人たちの怨念に満ち満ちていた時代だったのである。
戦国時代から鎖国の300年は貧乏でも人心は安定していたのである
だから大災害も比較的起きていないのである。


明治維新以降は西欧化され日本的なものが否定され日本人の心は乱れた。
三回も大戦争があり犠牲者があった。
太平洋戦争では300万人死んだとか犠牲者があった。
明治以降は人心が歴史上最も乱れた時代なのである。
戦後60年は経済成長の時代であり確かに平和がつづいた。
ただこの高度成長時代は金だけが唯一の価値となり人間は非情化した
だから人心はやはり乱れていた。
そうして60年後に津浪原発事故が起きたのである。

posted by 老鶯 at 11:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係