2014年04月01日

南相馬市の大原から八木沢峠へ (バラ坂の地名由来の考察)


南相馬市の大原から八木沢峠へ

(バラ坂の地名由来の考察)


茨城の語源についてもやはり「常陸風土記」に見ることができます。「香島郡(かしまのこおり)に岩窟を掘って住み猟のようにすばしっこい、一般人とは全く違った生活をする一族佐伯がいた。これを大和朝廷軍の黒坂命が住居穴を茨(うばら)をもって塞いだので彼等は穴に入れず討ち取られた

友部町小原の名前の由来は茨(うばら)が小原に変化したものと地元では伝えられています
 
からたちと茨刈り除け倉建てむ屎遠くまれ櫛造る刀自(万葉集)

枳の茨の原を刈り除いて倉を建てるから尿は遠くでしてくれ櫛を造るおかみさん方よ


「茨(うばら)」=まんだ【茨田】大阪府(河内国)の旧郡名



地名は明らかに原初の状態をさして名付けられた。田んぼでもそこが田にする前の原初の状態で名付けたものが多い。
菖蒲田とあれば菖蒲が繁っている湿地帯であり日本に湿地帯が多いからその名がつく。
葦田となれば葦が一面に繁っていたとかなる。蟹田や蛇田はそこに蟹が多く蛇も多かったからなづけた。
だから地名を考察する時はそこが原初の状態がどのうよであったかを想像するとわかりやすいのである。
吉原が葦(よし)の繁っている所だったいうとき何か華やかな花街を想像するのとばまるで違ったものとなる。
そして原初の状態からあまりにも変わってしまった時、都会化した場所は東京などになると
原初の自然状態は想像すらできなくなってしまったのである。
だから最近地震などで地盤が悪いところは沼だったとか湿地帯だったとか指摘されて液状化するから危険だとされた。
そういう原初の状態を知るということをが意外と大事だった。
津波でもなぜ海岸に接して人か住んだのかと指摘された。

原初の状態からみると茨は邪魔者でありカラタチも刺があるから同じである。
そういうことを日本全国で最初に住み着く人が難儀したから地名となった。
だから一つの地名には日本全国で普遍性がある。
湿地帯が多いのもそうであり茨が多いのもそうである。
薔薇は原野の茨であり花としてより刺のある邪魔物として認識されていたのである。
人間が住み着く時、自然は美しいというより障害物として認識された。
人間が開墾して住み着く時、道具もないとき、機械もないとき、障害物になる。
一本の木を取り除くとき大変な労力が必要になる。それは北海道開拓でも経験している。
人力だったら根っこを取り除くのもブルドザーでするのとは違っているから大変になる。

だから八木沢峠の麓の大原から坂を上ったバラ坂は茨から来た地名であることはほぼまちがいないだろう。
ただ最初バラ坂というのは普通の薔薇をイメージしていた何なのかわからなかった。
それはどこでも原初の状態から離れて生活しているからそうなった。
あの辺は秘境だと書いたがそこは頻繁に車が通るから繁華な所と勘違いしていたと同じである。
あそこに羚羊が出てきたのには驚いた。もともと羚羊が住み着くような場所だったのである。

地名というのはそれだけその土地に根ざして名付けられているのである。
ただ都会化すると全く原初の状態がイメージできなくなる。

その土地を認識する最初が地形とか地勢とか地名になる。
それが歴史を解く鍵にもなる。日本は山が多いからヤマト(大和)になり湿地帯が多いから葦原瑞穂の国になった。
そして地名もまたそうした原初の状態から名付けられるのが多いのである。

だから地名は郷土史の基本となりやすい、そして地名学はあらゆるものの基本にもなりやすい。
なぜならそれは深く日本の国土とつ結びついて名付けられたものだからである。
そこに日本の原始があり歴史の興亡さえ読み解くことができるからだ。
一つの地名から歴史を掘り起こすことができる。


南相馬市の大原はまさにやはり大きな原であった。平凡な地名でも明らかに地名そのものであった。
そこから坂を上ってバラ坂とか大葦から八木沢峠に行くがその途中に遠田とあるのも
大原を中心として遠くに田を作ったということが地名から納得する。
前田という地名もまさにそこが開拓の拠点になった家があり地点だったのである。

ともかくどうしてあんな不便な地に人は分け入り住むようになったのか?
そのことが今になるとわかりにくい、でも一反の田でも作れば米がとれるし炭焼きでも生計が成り立ったのか、
そういう場所は別にあそこだけではなく日本には多いのである。
どんな奥地にも田があり狭い地域を利用して住んだのが日本だったのである。
五反田とか地名が多いし一反田もありそこでも米がとれれば最低限生活できたとなる。
小さな畑でも結構いろいろなものがとれることを知ってそんなことでも一家が暮らすくらいの食料はまかなえるものかとも思った。
羚羊などは行動範囲が広いと思ったが一キロ四方が縄張りで生活圏だということは
そんな狭い場所に養える食料があるというのも不思議である。
春になれば蕗の薹とか野草とかいろいろ食べれるものが増えるが冬は厳しいと思うからだ。
あの辺はもう人が住まず田んぼだった所に蕗の薹やキクザキイチゲが咲いていた。
それも不思議な光景だったのである。

 
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2014年04月02日

今日の予定 (母のショートスティ、仙台から松島へ、津波の被害を見る)

 

今日の予定

(母のショートスティ、仙台から松島へ、津波の被害を見る)


母のショートスティ 2日間泊まる

自分は仙台から松島に行き一泊の予定
途中野蒜などの被害地を見る
それから石巻から女川の被害地をみる
泊まりは一日だけ


ショートスティがとれたので一泊して野蒜などの被害地を見てくる
どういうわけかあの辺を旅行した写真入の記事が常時アクセスあることが謎である
あの辺は結構家が密集しているから被害が大きかったのだろう

まだどうしても津波の被害か関心になる。この辺では旅行を観光を楽しむということにはなっていない、

だから実際に女川辺りの街全体が被害にあったところはまた違っている。
この津波の被害も実際に見てみないと実感できない、テレビだけではわからないことがある。

すぐ近くの津波の被害にあった人の家に行った。その話を聞くと水害の被害とは津波の被害は違う。
床下から水があがって床上になり家を壊す他ないと言われたという。
海岸から3,4キロ離れていたした被害がないと思っていたがそうではなかった。
その人はそこに住めなくなり避難した。
そししてボランティアなどがきて泥さらいや瓦礫の処理をしてくれて助かったという。
ボランティアは一生懸命やっていたという。
近くの親戚などは見ているだけで手伝ってくれなかったとか言っていた。

津波の被害は実際にあった人でないとわからない
近くでもたいしたことがないと見ていたのである。
まず自分は二週間は自分のことで追われていて津波の被害者のことを見ていない
みんな放射能騒ぎもあり自分のことで精一杯だったと思う。
だからその時、知り合いの人に助けられたことにその人は恩義を感じていた。

いづれにしろ津波原発事故の後遺症は長くつづく、何があったのか近くでもわからないことが多いのである。
今になって冷静に語る人がでてきているのだ。


昨日も今日も忙しい、まだ常に何かちに追われている状態がつづいている。

posted by 老鶯 at 07:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

仙台から松島行きは天候不順で中止 (南相馬市鹿島区厚寿苑はホテルのようー福島県内の介護士などが世話)


仙台から松島行きは天候不順で中止

(南相馬市鹿島区厚寿苑はホテルのようー福島県内の介護士などが世話)

福島県厚生農業協同組合連合会鹿島厚生病院併設介護老人保健施設厚寿苑のサービス概要

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個室にはトイレがついているから便利

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今日は天候不順になってきたので仙台方面へ行くのを中止した。
母の二日のショートスティであずけた厚寿苑は新しいのでホテルのうよだった。
個室に入りそこにはトイレもついているから楽だ。
介護では家でもトイレが部屋の中にあると便利なのだ。
介護で難儀するのは意外とトイレなのである。
大便はボータブルトイレだと嫌がる
すぐに流せないのも問題である。


ここは老人保健施設となっているからまた特養とかとも違っている。
もちろん病院とも違っている。
病院機能と老人ホーム機能が一緒になっている。
病気の治療よりは介護中心なのでかえって老人にはいい
顔をふいてくれたり風呂に入れてくれたりいろいろ介護中心なのである
病院だと待遇も病人をみるようになりそっけない
ここでは老人に対応するようにできている
病院より居心地がいいようだ
梅干しが好きなのでもってきたいというといいですよと言われた

病院では拒否されたしもの言いが命令調なのである
病院にはやさしさがないのだ

歳が歳だけに個室になったのだろう。
個室は料金も高くなる
本当は行きたくないと言っていたが
今回無理して連れて行ったのである。
99となるとディサービスなんか無理である。
ただあういう所は前も見たが
みんな死人のようにうなだれていているから嫌である
最後の行き着く場所があういう所になると嫌である


ここはただ老人保健施設であり老人ホームとも違う
だからここでリハビリなどして機能回復させて
自宅に帰すこともを目的にしている
だからリハビリ室は大きくて立派である

施設はすでにかなりの人が働いていた。
福島県内の介護士などであり会津の人とか塙の人とか
福島県内の人の応援を頼んでやっている

やはり今回の原発事故などでは福島県内ということで協力しあうようになった
二本松であり会津であれイワキであれそこに原発事故地域の人たちが避難して
仮設などに住んでその場所で生活するようになったからだ
それは福島県として協力しあうということになった
ただそこでも地元の人と避難者は軋轢を生んでいる
南相馬市内で小高の人達が避難者となり補償金問題とかで軋轢を生んだ
ただ福島県内から南相馬市に来て協力してくれているということで
福島県内はやはり一つの自治体なのだと自覚した。
会津でも関係ないようでもやはり原発があって予算が回っていたからである

普通福島県として何か一体感をもつということを具体的に感じない
今回は軋轢があっても感じたということは確かである。

まあ、あそこでは病院じゃないからボランティアなどはやりやすいかもしれない
そういう人も入っていて欲しいということもある
でもなかなか人間関係がどこでもむずかしいからすんなりとはいかないだろう。
事故が起きた場合は保健に入っているから安心にはなる
そういう体制はできているので働くのにも安心なのである

ただボランティアは何か老人の相手をするものがあるだろう。
ただあんまりあういう所では働きたくないということがあるかもしれない
子供が相手の方がいいとかなるだろう
でも顔をふいてくれたり爪を切ってくれり家族のようなことをして
くれる
だから病院とここは違っていて人間的な温かみを感じた


あそこがホテルのようだとするとき、近くで出入りも自由だとなると
一時的にあづかってとめてもらうのにはいい施設である
とにかく高齢者になると近くが大事になる
買い物だって車がなければ近くでないとだめなのである
近くに助ける人がいると楽になる。
だから知り合いの人は娘が相馬市から一週間に一回来るが
それでは何かあった場合まにあわないという
その人は毎日のように電話をかけているからである


つまり原町市でも相馬市でも遠くなるのが介護の問題なのである。
近くだったらすぐに歩いてでも来れるからいいのである
車でいちいち来るだけでもめんどうになるのだ。
だから今になると近くが大事だなとつくづく思った
その近くに協力する人がいると楽なのである。
遠くの親戚など何も役に立たない
もちろん近くの親戚でも役にたたないこともある
何かそうした新しい協力関係を作ることが高齢者に必要になっているのだ。

ともかくなかなか遠くには行けなくなったのが自分である
この次はなんとか遠くに行ってみたい

 
posted by 老鶯 at 14:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 福祉医療-老人問題

人は人を理解できない (相手の身になることができないから)


人は人を理解できない
(相手の身になることができないから)



人は人を理解できない
男は女を理解できない
女は男を理解できない
大人は子供理解できない
子供は大人を理解できない
若い者は老人を理解できない
老人は若い者を理解できない
性格が違うと人は理解できない
理系は文系を理解できない
文系は理系を理解できない
職業が違うと理解できない
無数の職業があり理解できない
医者は看護師の気持が理解できない
看護師は医者の気持を理解できない
親は子の気持を理解できない
子は親の気持を理解できない
与えられているばかりの人は
与える人の気持が理解できない
人に与えてみてその気持が理解できる
野菜を苦労して作る農家の人を消費者は理解できない
立場が違うと理解できない
住む場所が違うと理解できない
千円二千円を大きな金としている
貧乏人を金持ちは理解できない
一万円くらいを借り貸ししている
貧乏人を金持ちは理解できない
毎日その日暮らしの人を理解できない
なぜそんな小さな物に金にこだわるのか?
その人にとってみればその日の金に事欠いているから
一方で十万もはした金になっている人もいる
一万を貸し借りしてもめている貧乏人のことは理解できない
貸している人は借りている人の気持を理解できない
借りている人は貸している人のことを理解できない
人を雇い働かせている事業主は
働いている人のことが理解できない
働いている人は経営者のことが理解できない
外国人になるとさらに理解できない
言葉が理解できない
習慣が理解できない
宗教が理解できない
理解できない、理解できない、
互いにその人の立場になることができない
互いに理解できないことが分裂を産む



なぜ離婚がこんなに多いかのか?それはそもそも男女が根本的に理解しにくいことが根底にある。男性でも女性でも互いにかみ合わないものを根本的にもっているから理解できずに離婚が多くなる。人の性格もまちまちでありそれは男女関係なく大きな障害となっている。人間関係ほどむずかしいものはない、理解できないものの方が無数にあり理解し合うものは少ない、社会がこれだけ複雑化するとさらに理解できない、隣が何をしているのかもわからない、だからまず理解できないものとしてこの世はありいかにして理解するようにするか?それが問題なのである。

人は人を理解できないのは立場が違うと考え方違ってくるからだ。金を貸す者と借りる者は立場が違っていて理解しあわない。貸す方にすればなぜ貸したのに返さないのかと思うのは当然であるが借りた方にすると何かもらったような気分になっているのだ。
だから一旦借りたものは自分のように思っているのだ。だかさ返せと言われると理不尽にさえ思っているのである。だから人は金を貸すことはしたくない、借りた方がそういう気持になっているのが人間の心理だからである。貸した方が馬鹿みたいな感じになるのだ。だから金は貸すな貸すならくれろとなる。


貧乏人の気持も今はわからない、なぜその人千円とか二千円にこだわっているのか?
わずかのモノにこだわっているのか、昔ならもったいないというのは自然でありわかる。
でもその人は貧乏暮らしが長いからそうなっている。
毎日の暮らしに事欠いているからそうなっているのは自然なのである。
普通に今の標準で暮らしていればそういうことはない
それでもそうした貧乏な人はこの豊かな社会にもいる
なんでそんなにせこいのだ、考え方もせこいと嫌悪感を感じるがその人にとっては違う
その人は日銭が欲しいというのもそのためである。
それほど困っているのだが雇う人はそのことを見ていない
そうして働いたのに金をもらえなかったのに憤っているのもわかる
ただ外から見るとなんかせこいというかいつまでもそんなことにこだわっているのかとみるが
その人にとっては日々の生活費がなくなるから深刻なのである。


人間はこうして無数に理解できないものを互いにもっている。
その理解できないものがあるということをまず理解する。
知らないいうことが無数にあることを理解することから理解がはじまる
何でも知っている自分は正しいと思っていると理解できない
相手の言うことが何でそんなに責めるのだともなる
そこには性格の相違も大きく作用してくる。

こんなにしつこいのが女性にもいるのかとなる
女性は従順なのがかわいいとかなる
でもその女性にしたらそれでは生活ができないとなりしつこくなる
一片のパンにさえこだわっているのである。
今の時代にずいぶんせこいなと思うが本人にすればそうは思わない
日々の生活費に事欠いているから小さい金にうるさくなっているだけなのである


人間はまず自分だけを理解されたいと思っている
不遇の人でも貧乏の人でも自分のことを延々と語る
でも理解されたい相手もまた自分のことを理解されたいと思っているのだ。
病気の時、苦しい時、なぜその苦しさを理解するのではない
自分たちの苦しいことを借金を要求してくるのか
または自分が苦しんでいる時、相手はその苦しみをともにしようとはしない
ただその人から利益を楽を得ようとしている

それはいいとして苦しんでいる期間は相手を思う余裕さらないのだ

相手を理解するには本当に余裕がないとできない
余裕があればじっくりと聞くこともできる
ゆったりと反応することもできる
自分が病人でさらに介護までしているとき他人の困った相談にはのれない
しかし切羽詰まっているからそんなことおかまいなしになる
それがエスカレートすると一種の身勝手な強盗や殺人にもなる
実際そういう目にあってきたのが自分だったのである


2014年04月03日

山笑ふ俳句十句 (人の苦しみや悲しみは言葉だけでは同情にならない)


山笑ふ俳句十句

(人の苦しみや悲しみは言葉だけでは同情にならない)

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『広辞苑』には、「山笑う」の解説に、
 山笑う  [画品、郭煕四時山「春山淡冶にして笑うが如く、夏山蒼翠
    として滴(した)たるが如し、秋山明浄にして粧うが如く、冬山
    惨淡として睡(ねむ)るが如し」] 春の芽吹きはじめた華やかな
    山の形容。冬季の山の淋しさに対していう。笑う山。<季・春>。
とあります。ここでは、出典を『画品』として挙げているわけです。


余裕あり耐えてこそあれ山笑ふ
追われざる心にあれや山笑ふ
病癒えなお生きなむや山笑ふ
健やかな日のもどらむや山笑ふ
大らかな姉の笑いや山笑ふ
悠々とありて動かず山笑ふ
我が里に動かず幸い山笑ふ
所得てここに動かず山笑ふ
立ち直る人の心や山笑ふ

百才もなお健やかに山笑ふ



山笑ふという表現がどうして生まれたか不思議である。この由来は中国である。
まず春の山をみて山笑ふとはならない,あとは漢詩の表現は日本でもなじむし理解できる。
山笑ふいうのは春の山を見て思わない、それは何か人間の内面的な表現である。
厳しい冬をこして人間の心も笑うから山も笑うということになる。
人間の内面的表現が山笑ふになったのである。
だから春の山の実景から作られた漢詩ではない、人間の心の表象として春の山を例えにして山笑ふとなった。
あとの表現は心の表象というよりは写生でありそれぞれその通りだからである。

自分の心の状態も今年は山笑ふという心境になった。
これまでは苦しみの連続でありそういう気分とは遠かった。
震災や原発事故などでもこの辺は山笑ふなどと俳句を出すと不謹慎だとなるかもしれないし
そう津波の被害で家族を失った人達からみればなる。
ただ人間の苦しみは別に津波という災害だけではない、常に個々の人生で家族でも起きてくる。
それはさけられず起きるものでありカルト宗教団体が言うような罰とかとは何の関係もない、
現実にカルト宗教団体の人でも家族でもそういう苦しいことは常に起きている。
みんな知っているように悲惨な死に方をしている人などカルト宗教団体の方が多いのである。


とにかくカルト宗教団体では人が不孝になるとあいつは罰が当たったとか喜ぶ傾向がある。
でもカルト宗教団体の方が調べればわかるが不孝な死に方をしている人も多いのである。
いづれにしろ人間は苦しみとか不孝をまねがれることたができないようになっている。
どんな宗教団体に入ろうがそうである。病気にならない人がいないと同じである。
もし病気にもならない、不孝にもならないとなれば全員入っているからである。

震災や原発事故では全国から同情されたことがあった。

自分は全く誰からも同情されなかった。むしろ病気の時も金のことで脅迫されたし
病気をいいことに火事場泥棒にもあっ大金を失った。
そういう人間の無慈悲を味わったのが自分だった。
震災では家を失い家族も失ったが全国からは同情されたから自分から見ればそのことは良かったと思う。
これも一方的な見方で勝手だともなるが結局人間は相手のことを理解できない
相手の身になれないことを書いたが震災でも津波の被害でも近くで被害があっても苦しんでいた人のことを知らなかった。
最近あんな近くに津波の被害の人がいて苦しんでいたことを知ったのである。

津波の被害にあった人はその人しかしりえないのである。
「家をなくして悲しいですね、最愛の家族をなくして悲しいですね、同情します」とか言われても何も反応しないかもしれない
「俺たちの悲しみをどうしてわかるのだ、苦しみをどうしてわかるのだ、それならお前の財産の半分をくれ、
家をもっているなら家をくれ・・・そうしたら多少同情していることを認めるよ・・・」
とかなるだろう。だから人間は言葉で同情してもそのまま認められないのである。

言葉などいくらでも言うことができるからである。
「お前のこと同情しているんだよ」と口ではいくらでも言うことができるからである。

結局その人の苦しみや悲しみはその人がになっていて肩代わりできない、津波震災でも同じである。
個々に苦しみや悲しみは違っている場合があるからだ。
だから人の苦しみとか悲しみはなかなか慰められないところがあるのだ。
金を与えても家を与えてもそれはとりもどせる。
しかし家族を失ったらもうその命はとりもどせないからである。
そこが一番深刻なのである。

ともかく山笑うは写生にはならない、心境的なものが反映されているからだ。
ここでも移動させられ人が多いから動かないということが幸いとなり山笑ふとなってしまった。
また自分の姉は太った人で笑い方も豪快だった。人の笑いもまた性格などで違っている。
あまりにも苦しんだ人は何か心から笑いなくなっているのかもしれない
捨てられた猫もそうだった。何か未だに人になれない、人に不信感をもっている。
犬が吠えるように攻撃的になり人を警戒しているのである。
人間はあまりにも虐げられたり苦労するとそうなってしまうのである。
去年まではこんな心境の俳句を作ることができなかった。
今年はできたからかなり心に余裕をもてるようになったのである。

 

所を得ることが高齢者の価値観になる (高齢者の価値観は変わる)


所を得ることが高齢者の価値観になる

(高齢者の価値観は変わる)



彼はここに来てから所を得たように元気になった
Since he came here he has come to life, like a man who has 「found his niche [come into his element].

家具はどれもこれも所を得ていなかった
None of the furniture was suitable for the room.




ところを得るというときその人にあった場所なのである。
だからそれが一見不自由に思えてもその人にとってところを得れば幸福だとなる
幸福だってその人によって違ってくる
別に食べ物に贅沢しなくてもそれなりでも田舎の静かな所に住みたいという人もいる


found his niche [come into his element


つまりこれからはniche(ニッチ)なものが好まれる。人に好き好きがありその人のもっている性格も感覚も違っている。
だから最近良くニッチなものが売れるというのはそのことである。
みんなが同じようなももの好んだり買ったりすることは物が豊富だとなくなる
ニッチなものを探すことになる。

自分の住んでいる所は一万の町だけど別にここが悪いともならない
病気になったときは困るけどその他は別になくてもいい
老人になると何かあまりいろいろなものがない方がいいということもある

人間の価値観はともかく常に変わっているのだ
物が売れないというとき、価値観が変わってしまったからである。

ラオスではテレビが欲しくて自分の年若い娘を売春させるために都会に出していた
これほどテレビが価値があった時代がある
テレビがでたとき、この辺でもそうだったのだ。
テレビの前に山のように人が群がったのである。
その時のテレビの価値はそれほど高かった
今はテレビなんか見ないよ,新聞も見ない、インターネットでまにあうよとかなる
テレビの価値はそれだけ低くなったのである。

現代は老人が金をもっているというとき老人が何が欲しいかというとこれも物ではない
例えば介護時代になったとき、老人が欲しているのはいい介護環境であり
特に人がやさしくしてくれるもの人の心使いがうれしいとなる
物を与えても老人は何もいらないとなっているからだ。
老人になると食欲もなくなり食べたくなるからである。
すると何がほしいかとなるとやさしく接してくれる人がいいとなる
自分の母親は老人保健施設の個室にショートスティしたらここはいいからもっといたと言っていた。
ここの人はやさしいと言っていた。
病院と老人保健施設でも老人ホームでも対応するのは看護師ではない
介護士でありその人たちは病気をみているのではない
老人の介護をしているのであり世話をするからそうなる
病院とは態度が全然違っていたのである。

個室であるということは物理的な物質的なものがあった
でもやはり老人に接することがなれていてやさしいから全く違っていたのである。

要するにそうしたものは物ではない、目に見えないものでありそういう物にならない、
目に見えないようなものが価値が出でてくる。
高齢化社会の価値観はかなり違ってくるのだ。

どんなに金があっても住んでみてもそこが自分にとって所を得なければ幸福感にはつながらない、
それはおそらく何億とか金を払って老人ホームに入ってもそうである
そして老人になるとそんなにいろんなものがいらなくなる
かえって物が邪魔になってくるのだ
欲望はあるにしてもそれも若いときとは違う。

別に一万の町でも物がなくても満足できる人はできるのである
だからこれからの高齢化の価値観は所を得るということである。
そこがどこかはその人によって違っているのだ。

その所を得る場所はその土地もあり人も大きな要素になり便利なものがあることも要素になるのが
それでも物がなくてもここにはいい人達がいるからと満足する人もいるだろう
何でもあれもこれもと若いときのように欲しないのである。

「50万の地方都市」が老後を過ごすのには適地だというのもわかる。
それにしてもそんな都市は東北にはない、仙台だけである。
それもまた所を得るとはならないこともある。
なぜなら一万とか4万くらいの市でも住んでいる人は大きすぎるともなるからだ
それより不便でもいいから自分の価値観で満足するところに住みたいという人もいる
不便に耐えることにも面白さを感じる人もいるかもしれない
貧乏暮らしもいいとかそんな人もいる

今は高度成長の時代のように一つの価値観に生きる必要はないのである
だからみんな何がなんでも強制的に働かねばならないという時代でもない
これはこの辺では問題にしても全体的にはそうである

会社というのは必要でないものを大量に作って売ろうとしていることもある
過剰な宣伝で買わせるということも豊かな時代には普通にある
資本主義の問題はそこにあった。

その実際は必要でないものを作るために過剰に労働力が浪費されていることもあるのだ
異論があるにしろこんなにいろんなものを人間が食べる時代はない
そんなに何でも食べていいのかという疑問がある
でも何でも食べてください食べて下さいと強制さえされている感じになる

牛肉でもそんなに食べる必要があるのだろうかと思う
でも牛肉が売れないと困る農家は日本でも外国でもあるから言えないのである

ただこの辺は飯館牛などは有名だった。
それも放射能汚染で飼うことができなくなった。
それはマイナスでもまたプラスに転じるものがあるかもしれない

つまり価値観を変えるのである
牛の村ではない、何か別な村とする
花は放射能汚染と関係ないから花の村とかするのもいい
大内村ではそういうことを計画していた
他でも何か価値観を変えることがプラスなものに転化できる
津波の被害でも今は無理にしても将来的にはプラスになるものが生まれている

高齢化社会になると欲しいものが極めて少なくなるし
一番大事なことは所を得る場の確保なのである
だからなれ親しんだ故郷に住めなくなった人達は相当な痛手である
若い人はまた別な土地で住むことができるから別なのである。

いづれにしろ何でも食べることがいいというのではなく
何か無駄な消費をおさえる、何かないことで欲しいということで騒ぐのではなく
そのくらいなくても別にそれほど苦しいこともないとか
あまりにも欲しいものを追求しない社会もいいものかもしれないのだ。
ここでは物はないが金もとれないが人はいいし不足はあってもがまんできる
そんなふうになればそれはそれで所を得る生活になるのである。

posted by 老鶯 at 23:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 福祉医療-老人問題

2014年04月04日

人間の最大の危険は奢りにあった (優秀な人でも奢りで失敗するー人間は結末まで見ないとわからない)


人間の最大の危険は奢りにあった

(優秀な人でも奢りで失敗するー人間は結末まで見ないとわからない)

●技術者として優秀だった人が事業主になり経営に失敗


その人については誰もとれない建築関係の免許をとっていた。
だからそういう免許をとっているから教えてもらいたいということで訪ねる人もあった。
その人は頭が本当に良かった。まずそうしたむずかしい第一級の免許をとることは普通できない
だから建築の設計でもその人にみてもらっていた人がいた。
そううい技術的な面で一番上に立つ人だったのである。
だからこそ独立して事業をはじめた。

そういう技術をもっているから独立しても事業をはじめ成功すると思っていたのである。
でも実際は事業に失敗したいた。
借金していことが最近わかったからである。
でもまだそのことは回りでは知らないし家族でも知らなかったのである。
そうした最高のむずかしい免許を取得していても独立して事業をはじめて一人でも
事業をはじめて経営するとなるとその経営能力は別物なのである。
それは別に理系だから文系だからできないものでもない
経営能力とは戦国時代なら信長とか秀吉とか家康のような能力が必要になる
それは鉄砲を作る技術者とも違うのである。


おそらく東電では優秀な人達の集まりでも経営に失敗したのである。
原子力という高度な技術を操作する集団でも経営能力が欠如していた
経営能力はトータルな能力であり相当にむずかしいものになる
技術的には優れていてそこに奢りがあって失敗した。
それは個々人でも俺は優秀なんだというとき奢りが生まれ失敗に通じる。
東電がいかに奢っていたか、何度もプルサーマルで危険を前の知事が
警告しても聞く耳をもたなかったし津波の研究がすすんで
貞観津波のことで警告しても聞くこともなかった
それだけ独善的になりうる権力があったからである。
権力をもつと人でも集団でも独善的になり暴走する
東電はあらゆる権力を操作する力をもっていた。
政治家から官僚(検察)からマスメディアから権力を有して操作できた。
それだけの金を産む産業だったのである。

●高い地位の人が事業して失敗


奢りが失敗に通じるという時、自分の母方の実家がその例だったのである。
自分の祖父にあたる人はあってもいないし全く人となりも知らない
でも警察署長だったのである。
そして絹織物の工場をはじめた。
その工場が倒産して一家離散の悲惨な状態になった。
それで自分の母親そこら苦労の連続となってしまった。
子供の時は裕福な暮らしをしていたのだが苦労の連続しかなくなった
その当時はみんながそういう苦労を背負わされたから特別ではなかったにしても
やはりそうした苦労を背負わせたのは父親だったのである。
その父親は工場の経営など何も知らなかったのだろう

ただ警察所長として偉い立場にありいつも威張っていたから
工場経営もできると思っていたのである。
だから母は父は威張り屋だったと言っている
威張るだけの人だったのである。
警察所長になっていもそれが特別能力があるからなっていたわけではなかった
ただそういう地位にあった結果、自分は特別な能力があると思ったに違いない
そういう地位についていて奢りが生まれた。
だから会社を経営しても成功すると思ったのだろう。
ただその経緯はよくわからないから詳しくは言えない
会社経営で失敗している人などありふれていることなのだ
経営に成功するのは20人に一人だということでもわかる
だからそううい事例はこの世にいくらでもあるのだ
そのために実家はなく墓だけが残っている

人間が優秀なこと頭がいいことが成功に通じていないことである。
普通はそんなことがないと思うだろう。
頭がいいことに越したことはない、みんなそのことで一番悩んでいるのである。
体力だってあった方がいいし頭も良くなりたいとみんな思っている
そうして優秀な人の頭がいいという人の一番の問題は奢ることなのである。
謙虚さが失われることである。それが落とし穴になる
技術的に優秀でも経営は別なものでありその能力は技術の能力とは違っている
でも一つのことに優秀なら他のこともできると奢りが生まれていた。
その奢りが失敗に通じていたのである。

●優秀な人が認知症になり痴呆になった驚愕


自分の姉も特別に頭もよく体力もあり人間的にも優秀だった
学校も一番であり太っていても体が機敏なのである。
だから看護婦になりシンガポールで4年間も戦争で辛酸をなめた
その苦労は並大抵なものではないし普通の人には耐えられない苦難だった
だから死ぬ直前までその戦争のことを語りつづけていたのである。
ちょうど青春時代をそこで過ごしたからそれが忘れられなかったのである。
その後保健婦とか役場になり公務員になった
そして自分はいつも優秀だと言って自慢していた
手術して生死の境にあったときも「俺は優秀だ」と言ったのをなんとか自分は聞き取った
そんなに優秀なことにこだわるというのも自分のようなあらゆることに不出来な人間には理解できなかったのである
これだけ心身ともに優秀な人も最後は認知症になり馬鹿に痴呆になってしまったということが未だに信じられないのである

人間の結末は本当に意外でありわからない
そんなに優秀な人はが本当の馬鹿にな痴呆になり死んでゆくことがあるのだろうかと思った
現実はしかし否定できないのである。
家族ではあるが客観的に見ればそうなる

一方で姉が優秀であり他者を馬鹿にしていることがあった。
それは身内でもありまた近くの親しい人でもあった。
近くの人は何か馬鹿のように見えた女性である。
でもその女性は実際は情に厚い親切な人であった
それで馬鹿になった姉のことを嫌わずにみてくれていたのである。
それもなんとも不思議な光景だった

あれだけ優秀な人が本当に馬鹿になり馬鹿のように見えた人に世話になっている
それも実に不思議な人間模様だった
人間は最後の結末を見ない限り人間のことはわからない
どんなに優秀な人でも最後に認知症になったら悲惨である。
これまでの優秀さはなきものになってしまう恐怖だった

一方で母は体も細く頭も悪いとされていたから自分と同じである
しかし不思議なことに認知症でも軽く金のことなどまるでわからないことは共通しているが
その他のことはわかっている
反応がまだあり病院にいること、老人保健病院でもそこがいいと言う時、正常な反応をしている
これも99になっているのだからまだそうして正常な反応していること自体凄いことだと思うようになった。

母には何か優秀なものはなかった。控えめなおとなしい女性だったからである
だから奢りをもつようなものは何もない、そもそも何かに奢るということがありえないのである
それは近所の情の厚い女性もそうだったのである。

でも今になるとこの愚かなものと見えて優秀なものがない女性の方が
人生の結末から見たら優秀だったとも見える
そうは言っても優秀な人がいないなら高度な文明など築きようがない
優秀な人は何をできて成すことができる
そういう人達がいなければ社会はそもそも成り立たないのである

ただ人間の落とし穴は奢ることにありそこから墓穴をほる
それが失敗につながり終わっているのだ
原発事故も人間の奢りから起きたことはまちがいないのである
人間はあることについては優秀でも他のことについては優秀だとはならない
一つのことが優秀でもすべてのことに通じることはできないのである
技術が優秀でも経営はまた別なものでありその能力をかねそなえることはむずかしい
いづれにしろ人間の危険は奢りにありそして人間のことはその結末までみないとわからないということであった

歴史でも奢れるもの久しからずでありそれは人間個々人にもあてはまるのである。

2014年04月05日

みちのくに桜が咲く


みちのくに桜が咲く

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羚羊の歩む足元蕗の薹

新築の家のあまたや燕来る

みちのくの桜咲きそめ北風の唸り吹きつつ寒さかえれど

美しき日本に生まる命かな今いくたびの桜見るかも


花は今日咲いた,しかし北風が吹いて寒かった。
寒もどるとまではならない
それでも炬燵に入り外にでるとさらに寒かった
今年は冬は寒かった

ここ一週間ほどは春らしかった

さくら前線もようやくみちのくに到達した
でもなんか今年はそうした徐々に北上して咲く桜の感覚がない
やはり家事や介護に追われるからそうなる

さくら前線についての短歌を連作したけど
このさくら前線の桜を見るには相当暇でないとできない
稚内までさくら前線はつづいていた
それは六月まで咲いていたのである。

結局旅は金より時間がないとできないものだった
現実に今は金があっても時間がないから
近くにさえ自由に行けないのである
だから金がなくて何もできないのではなく
たいがい旅でも何でも時間がなくて何もできなくなるのだ
時間ほど貴重なものはなかったのである

才能などなくても努力する時間がもし人の倍あったら
人よりぬきんでることができる
語学だって才能がなくても上達することはありうるのだ
ただ何するのでも時間が限られているからできないのである


ともかくこの辺の変化は激しい
新築の家は次々に建っている
八木沢の麓の家はもう人が住まなくなり
羚羊が住むようになった
元の自然に還った所がこの辺ではかなりある
浪江とか警戒区域には入れないがそこも元の自然に還り
野生の動物が増えている


桜というとき、東北でも福島県が最初に咲く
次に宮城県であり岩手県と遅くなる
東北でも咲く時期が違ってくる
距離に比例して咲く時間が遅くなるのが桜である
だから桜はとても一部の桜しかみれないのである。
そして桜はどこにでも咲いているから
名所でなくてもいくらでもみれるのである

美しき日本に生まる命かな今いくたびの桜見るかも

日本は桜であり富士山である。これなくして日本はない
ただその桜でも富士山でもいつかはみれなくなる
その日がついにくることを知らねばならない
美しいものでもいつまでもみれるものではない
人間はだから美しいものを見るように心がけなければならない
汚いものばかり見ていたらこの世はただ汚いものばかりになる
花でも山でも美しいものを注意して見る必要があるのだ

でも実際は頭の中は金と欲望に追われて見ないのである
そういうふうに仕事でも追われているうちに人生の時間は消失してしまう
だから長い時間生きたから人生をよりよく生きたとは言えない
自分の母は何にも花にも何にも興味ない
ただ長生きすることが目的のように生きて百才になる
それは強制された奴隷のような人生だったともなる

 

2014年04月06日

南相馬市の・・湯は外部の人の利用者が多い (・・・関係のものも入ってきていて治安が心配なのもわかるが・・)


南相馬市の・・湯は外部の人の利用者が多い

(・・・関係のものも入ってきていて治安が心配なのもわかるが・・)

どこの湯とは言わないが最近温水器が壊れ入れなくなり外の湯を利用している
今日も入ったがちょっとした失敗で中に入っていた人にどつかれた。
こっちに非があったのだからやむえないがそういう関係の人も工事で入ってきている。
入れ墨した人も実際この前は入ってきたのである。
お断りの張り紙があっても入ってきている。

地元の人も入っていたが何か入りづらくなったかもしれない
その人は一見みてそういう人だとわかる。
顔つき自体が何か映画にでてくる悪役なのである。
そういう関係の人でも顔だけ見てもわからない人がいる
今回ははっきりとわかる顔つきだったのである
だから現実にどなられた時は殺気も感じた。

あういう人は建築現場には必ずいるしあっち関係の人も入ってきている。
13時間働かされて労働基準局なんだとか言っていた。
そういう人を見て嫌だとしても地元の人は働かずそういう人でも働くのだから
嫌な思いしても風呂にでもゆっくり入って休むをとがめることはできないだろう。
あういう人達の居場所も必要なのである。

殺人犯がまぎれこんでいてもわからないということがあった。
それはそれなたりに社会にとって役立っている
だからとやかく言うものではないともいえる。
あの人達は別に遊んでいるわけではないからである

ただ治安の悪化とか風紀が乱れるとか平和な田舎の感じか乱されるということは多少しるかもしれない、
普通地元でもかかわらなければわからないのである。
たまたま自分の失敗からそういう人なのか知ったのである。
自分としてはいい感じはしなかった
別にその人に非があるわけでもなんでもなかった

ともかく人は簡単に判断できない

それでも原発事故周辺とかはいろいろなことが前と違って起きている
まず荒地化してネズミが増えたことなのだ
カヤネズミという小さなネズミが増えた
それをとって食べるノスリも増えた
建築ラッシュは以前としてつづいている
治安が悪化するというとき、外部のものは悪化させやすい
それで南相馬市 レイプとかキーワードで探している
これは本当はどうかわからないし調べようがないだろう
ただ建築関係の外部の労務者には必ずそういう人がいるのは否定できない
だからといってそういう人達が犯罪を犯すとは限らない


考えてみるとすでに


死亡の作業員、偽装請負か 福島第一の4次下請け所属(8月25日 朝日新聞デジタル)
作業員の死亡や事故が続く福島第一原発の実情
http://newslogjp.tumblr.com/post/30527550273


東京電力福島第一原発で二十八日、掘削作業をしていた福島県広野町、下請け会社の安藤堅(かたし)さん(55)が土砂の下敷きになり、病院に運ばれたが間もなく死亡した。事故収束作業中の死亡事故は初めて。放射能汚染のため近隣には消防署も病院もないのに、東電が双葉消防本部に救急車を要請したのは事故発生から約五十分後だった。
http://blogos.com/article/83343/


実際は原発工事関係で8人はすでに死んでいる。そさも犠牲者なのである。
その犠牲者になった人がどういう人かはわからない。
そういう人にかかわり知ることはむずかしいからである。
何か事情がある人なのかどうかもわからない、そういう人はそういう場所で働かされる傾向がある
借金している人などもそういうことがあるかもしれない
そこが金になるというとそれぞれに仕事がうまくいかない人達なども入ってくる。
もともと原発はこの辺でも金になるからと働きに出ていた人かかなりいたのである。
危険だけど金になるから働き場所として行っていたのがこの辺なのである。


今日はただ正直、原町の桜を見に行ったこともあり興ざめした。
自分としてはあまりそういう人達とかかわりたくない、君子危うきに近寄らずである
ただ女性なのにそういう人に抗議しつづけているから驚く
その人はそういう人を怖がらないとか刑務所に入っていた人とつきあっていたとか
なんか普通のかよわい女性とは違う。
女性でも鉄火場で入れ墨見せてチョウだハンだなどと映画に出てくるが
そいなものが架空のことだと思っていたが今もそういう女性も現実にいる


普通に暮らしている人は底辺でギリギリで生活している人のことか実際に触れないのでわからないのである。
一時ホームレスのようになっていたことが若い時あった。
それで日払いで金がもらえないことがあった
その時は苦しくてもせっかく働いたのに金がもらえなかったので自分も憤った
賃金未払いは底辺層にはかなりあるのだ
もちろんブラック企業もこれとにているのである


いづれにしろあういう人達が湯でも入ってくると地元の人は入りにくいかもしれない
ただ今回は別に自分の失敗からそうなったのであり普通はそんなことはない
別にかかわることはないからである。自分としては一回そういうことを経験すると嫌だとなる。
入れ墨お断りというのはやはり地元の人にとってはそうしてもらいたいとなるのが普通だろう。
ただこの辺はそういう人でも仕事しているのだから風呂くらいは入って
ゆっくりして疲れをとって下さいとなるからきやかくは言えないだろう。
他にも湯はあるからそっちを探して入るほかないだろう。

こうした混乱状態は後何年つづくのだろうか?
やはり田舎の平穏な生活にもどりたいということはある
でも今度は外部から人か入らないと今度は衰退した市となってゆく
それを言う人は建築関係でいる
それもまた困ったものなのである。



刺青=その筋の人で、その筋の人が良く出入りしていると評判が立てば
銭湯に来るお客さんが減ってしまうからでしょう


これも問題になっているがこの原発事故周辺は事情が違っている
地元の人達が働かないでパチンコで遊んでいるだけだとか
東京まで行ってギャンブルざんまいとか・・・に行ったとか堂々と言っていた
その人こそヤクザじゃないかとも思った。


つまりその人は13時間働かされて労働基準局どうのこうのと言っているとき,
やはりブラックな人がブラックな所で働かせられているともなる
でもその人たちが働いているのだから復興のために努力しているとなる
地元の人達は補償金で遊んでいるとなるからこれまたどっちが責められるのかわからない
結局、外部の利用者が多いのだからそれは拒否できない
そこではゆっくり休んで疲れを癒して下さいともなる


地元の人は別に家にも風呂はありまた他にあるからそこで満足しろとなる
そこは外部の人の専用のような湯になってしまうかもしれないが
それもこの辺の特殊な事情でしょうがないとなる
ただ何か嫌な雰囲気だなとなるから自然とさせるようにはなるかもしれない・・・


posted by 老鶯 at 16:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2014年04月07日

人間は実際に現実に直面しない限り実感しない (廃炉作業や外部から働く人達と地元の人の問題)

 

人間は実際に現実に直面しない限り実感しない

(廃炉作業や外部から働く人達と地元の人の問題)

前に書いたことあった。仮設の食堂でボランティアが地元の人がなぜ働かないんだと
喧嘩になったとそのことが現場にいないからよくわからなかった
前よりは外部の工事関係者は減っている、でも実際はその仕事にかかわらないとわからない、
そこで外部から来て働いている人はどう思っているのかわからない

湯であった人は別に入れ墨もしていないけどちょっとした失敗でその人が大きな声でどやすのでわかった。
親分肌の人だったみたいだ。
ただその人のことはほとんどわからない、年は結構とっている、50はすぎているだろう。
歳の人も結構きている。あの人は現場で肉体労働だろう。
13時間働いているいうことは底辺の労働者であり断れないのだろう

この辺は何かあっち系統の人たちが目立つということがあるかもしれない
地元でもそういう人がいたけどその人にはそういうものは感じなかった
あの人とは一瞬目があって殺気を感じた
そこにいた時間はこくわずかだったがその人が13時間働いているということは何だったのか、
それ以上のことは全くわからない。
話しもほとんど聞いていないからだ


ただ南相馬市でも現場ではそうして誰であれ過酷に働いている人たちがいる。
それが自分でもそうだが補償金で働かない人はわからない
ただボランティアの人達と地元の人達が喧嘩になったのはそういう背景があったのだろう
それはずっと自分も書いてきたけどそれも自分の身にふりからないから自分も同じであった。
お前も廃炉作業で働けよと言われたらできない

でも実際に廃炉作業で死んでいる人は9人とかすでにいる
そのことはかなり重い事実なのである。
もっと死んでいるかもしれない
その死に対して地元の人達も無関心だろう
現実に毎日パチンコとかで遊んでいることも確かにある
別に補償金でそんな危険な作業をしてくてもいいからだ

ただ考えてみると今回の原発事故の原因は地元の人達にもあった。
だから責任の一端はある
もちろん故郷に住めないとか責任をとらされたから被害者だという意識が強い
でも加害者だったという面も原発周辺にはあった

だから聞いた話では建築関係の仕事をしている人は
車に仙台のナンバーをつけているという
南相馬市に住んでそんなことできるのかと思ったができるらしい
というのは税金は福島県に払うからである

つまり外部の人はあんなに補償金をもらっている人達に反感を抱いているからそうなる
だから南相馬市で原町に住んでいるということがわかり
福島市で車を傷つけられたというのは本当のことかもしれない
福島市は放射線量が南相馬市などより高いのにもらえないからうらやましがっている
相馬市も同じであり補償金で贅沢して働かない人達を非難していた

この辺は何かそうした内部の人たちと外部の人たちとの軋轢がある
イワキではそれでいだずらされたり被害もでていた

南相馬市内部でも複雑に補償金が配布されていて対立しあう。
鹿島区でももらっている人はもらっているという
18カ月分もらっている人はいるらしい
寺内では一軒はもらっているとかまた塩崎とか烏崎でももらっている人と
もらっていない人がいるとか本当のことは誰も言わないのでわからない

原町でも全部がもらっているわけではなく六号線沿いなどはそんなにもらっていないらしい
石神辺りでも隣がもらっているのにもらえないともめたりしている
都路では人家が多い方がもらって人家が少ない方がもらっていない
これは放射線量と何の関係もない
東電では人が多く住んでいるとその人たちに抗議されると困るから補償金をはらった


補償金で福島県内でももめているし南相馬市とかの内部でも分断されてもめている。
外部から働きくる人たちはまた内部の人に不満があるのかもしれない
俺たちは誰のために働いているんだとかあるかもしれない
もちろんそういう底辺層で働く人たちはただ金になればどこでも働く他ないという事情がある
そういう事情をなぜかかえたかはわからない

ただ自分でも8人が廃炉作業で死んだとプログに書いたとしても何か深刻さが全然ないのである。
ちょうと自分とは無関係のニュースの事件やドラマを見ているのと同じである
何か当事者という感覚がないなのである。
補償金で暮らしている人も仮設は窮屈でも廃炉作業して死んでいる人かそれだけいるということを深刻に思わないだろう。

もちろん自分は津波で家族を失っていないからそういう人たちのことも深刻に考えない
ただ近くで知り合った人があの辺は被害もないと思っていたが意外と深刻な被害があったんだと知った

近くでも災害でも当事者にならないと実感しないのが人間である
八沢浦が美しく蘇ったとというとき、ここて子供まで死んで泥から探し出したのに
何なのだというと言われたときもそうだった
その当事者にすれば生きるか死ぬかの経験だったのである。

人の出会いでもインターネットだけではわからないだろう
湯であった人から何か殺気のようなものを感じた
人間は何かの気を発している、それか文字だけだとわからないのだ
人間の出会いはちょっとしたことだけでも火花を散らすことがある
だから道ですれちがって当たっただけで因縁つけられて殺人事件まで起きる
だからちょっとした人の出会いでも危険が人間にはつきまとっているのだ


なぜ当事者としての感覚をもてないかというとやはり現場にいないということがある
もし一緒に働いていて死んだ現場に立ちあいば衝撃を受ける
でもその現場にいなければそういう衝撃はないのである。
だから気楽にニュースでも娯楽のように見ているのだ
津波のあれだけ悲惨なニュースでもそうなる場合がある

自分も近くでもそうだった
家族が死んだ人がいるのに感じなかったのである
自分が感じたのは津波とか原発のことより自分自身の一身上のことだった
だから人間はそうした現場で苦労していないと危険を感じないと実感しない

ただあういう人と一緒にいるのは正直嫌である
建築現場は別に原発の廃炉作業でなくても過酷である
歳とったらそんな肉体労働はしたくないだろう
だから怖いと見えたその人も死にたいという言っているのは嫌になっているのだろう
その人のことは実際は二三言話したの聞いただけであり全くわからない


いづれにしろ原発事故周辺でも廃炉作業とかしているのはほとんど外部の人たちである
内部の人たちはそれなりに責任あったのに働かないことに対して
外部の人たちはどう思うのか
そういうことは何かかかわらないからわからないのだ

ただ正直今の時期は桜が咲くから桜を見ていたいとなる
そんな過酷な現場では強制されない限り働きたくないとなる

でもこの辺では復興というとき、やはり地元の人たちが働かないで外部まかせではまずい
「なんか、外部の人たちが入ってきて治安が悪くなって困るな」
「なにを、お前たちかそんなことが言えるのか遊んでいるくせに」
「俺は毎日13時間働かせられいるんだよ、その苦労がわかるか」
そんなふうに大声でどつかれたら多少はこの辺どういう状態にあるのか実感するだろう
わずかの時間でありほとんど話を聞かなかったけど自分のちょっとしたミスから感じた

貧乏でギリギリの生活をしている女性もそうだがまた過酷な労働を強いられている人も現実にいる。

外部から来た人たちのなかには強制されたように奴隷のうよに働かせられている人たちもいるかもしれない、その事情はわからない。
建築工事関係の人たちが除染もそうなのか何か雰囲気が荒っぽくなってしまうだろう
ただかかわらなければ別に感じないのである

除染というと相馬市の今田でもしているという、相馬市でもしているのかと意外だった。
山の方だから放射線量が高くしているのだろう。
この辺はこうしてまだまだいろいろな問題の地域でありいつまでつづくのかと思う
だから避難区域の人たちは何かいろいろ問題がありすぎて帰りたくないという気持もわかるのでてある。
でも実際小高の人たちも原町でも鹿島でも留まるということはまたむずかしいのである


ともかく今は桜の時期だから桜を楽しみたいというのが偽らぬ自分なのである

 
 
posted by 老鶯 at 01:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連