2014年03月21日

霙(みそれ) (人間は共に生活する人がいないと苦しくなるー一人暮らし老人の問題)


霙(みぞれ)

(人間は共に生活する人がいないと苦しくなるー一人暮らし老人の問題)


良き人と出会いし里に梅香る


我が家を手伝う人の見送りてみぞれふる
 近くに住めばともにしありぬ


近くにて見栄え良きなき女(ひと)なれど

                石のごとくに頼もしきかな


言葉の起源をたどるとそこには言葉が一つの共同体形成の過程で生まれたということがある。言葉はその共同体の中で互いに協力しあう同じアイディンティティをもつものとして生まれた。だから時代が変わると言葉の意味がわからなくなり死後となってゆくのもわかる。
現代のように社会が激動的に変わると余計にそうである。
社会は社に会するというときまさに小さな村単位が日本では社会の基本だったのである。
その社会が会社になり会社企業社会になってしまった。
その会社に入社してサラリーマンになった若者は会社への不満をインターネットで書いていた。
会社は何か非人間的なただ利益を得るだけの手段と化している場所であり
そこては学生時代のようなつきあいはできないという。
そういう人間的な連帯はありえない所だとなげている。

それはなぜかというと社会のアイディンティティが村落的な社会から巨大な経済社会へと変質してしまったことにある。
だから日本でともは共であり友であるからともというとき単純に共にある人共に生活する人なのである。
特定の友達いう意味ではない。
友とは一つの村なら村で共に密接に生活する人の意味だった。
だから別に特定の友達をもつということは生活ではない
村落内ではみんなが共に生活していたともなるからだ。


この7年間は家族の介護や自分の病気で辛酸をなめた。
今もそうだが一人暮らしになるとやはり夫婦であれば共に生活する人がいるから孤立感はない。
でも夫婦でもどっちかが片方が病気になったり死んだりすると共にする人がいなくなり苦しくなる。
高齢化するとその危険は誰にでも襲ってくる。

近くの人は自分と同じだった。6年前頃妻が死んだ、そしたら家事を全部自分で一人でやらなければ生活できない、
その人は泣いていたということもわかる。
糖尿病の危険がありりょうたにも気をつかわねばならないのでそれも負担になった。
つまり共にする人はいなくなったとき人間は孤立化する。

そして共にするというとき、それは原町とか近くでも意外と車で来るのには
それなりに時間がかかり遠くなる。だから何かあったとき、介護の手伝いなどできないのである。
娘が相馬市にいるとしてもそこは遠いから一週間に一回つらいしかこれないのである。
「遠くの親戚より近くの他人」というとき小さな村落内が近くであり遠くは原町でも遠いのである。


人間はいくらグローバル化しても世界の果てから地球の裏側から助けには来てくれない
ものは入ってきても介護などはできない、病人でも看病はできない。
近くに共に暮らす人がいれば安心なのである。
現代は田舎でもそうした共に暮らすという社会が失われた。
グローバル化会社社会で失われた。それは確かに豊かになっても肝心な時に助けられる。
協力してくれるわけではないのである。
それは金があっても地球の裏側からかけつけてくれることはできない。
だからグローバル化会社社会というのは見直す時である。


もちろん近くでも結局強盗まがいの人も入ってきた苦しめられた。
近くがみんないい人とは限らない、田舎でもそうである。
あんな人とは顔も見合わしたくない人はとこの田舎でも必ずいる。
ただ外から見てもどんな人がいるかわからない。
田舎ではあいつはどんな人だとか実際は見ていて知っている。
自分が知らなかっただけであった。


ひとつお勧めは、自分と似たような境遇で比較的親しい人と、「どっちかが入院することになったら、入院の時には互いに保証人になりましょう」と、病気になる「前」に契約しておくことです。公正証書など作っておけばばっちりです

人間の特徴はこれである。にたような人が親しくなりやすい、境遇でもそうである。
そういう人がうまく出会うと親しくなれる。
夫婦は別に共に暮らす人がいるのだから一人暮らしの人のことなど関心がないのである
何に困っているかなども関心がない、介護にしても実際にしない人は関心かがない
自分が一旦そういう苦しい立場にならないと関心がないのである。

相手が貧乏だとなぜ今の時代にこんな貧乏な生活をしているのだと貧乏な人を理解できないのである。
ただ今の貧乏は最低限の生活している人でも食生活はさほど違わないと思った。
イチゴも食べているし贅沢と思えるものでも食べている。そこは違わないのである。
ただ住む家とか車をもっているとかか大きな相違となっている。
だから昔の貧乏と今の貧乏は違うのである。

高齢化社会は単身者が一人暮らしが増えてくる、そういう人達は社会から孤立しやすいのである。
そういう人達は犯罪者になりやすいから老人の犯罪が増えているのだ。
自分が被害者になったのはそううい社会になってそうなった。

いづれにしろ自分の家にこの7年間の間に来た人は地獄の使者だった。
自分の苦しいことを全く理解されずただ金の要求ばかりされた鬼畜のような人達だった。
人間がこんなものなのかと愕然とした。
とてもそんな人達とともに暮らせるものではない
それが一部は社会の問題であってもその人自身の問題でもあった。
借金するのは社会の問題ではない、本人の問題が大きいからだ。

人間は外面だけ見ていると失敗する。結婚は外面だけを見ているから離婚も多くなる。
恋愛結婚だって離婚が多い。外面的なものにまどわされているからそうなる。
ただはとっきりいって若いときだったらその女性には近づきたくもなかったろう。
体は不細工だし見栄えが良くないからそうなる。
今はそういうことは関係なく見ているから若いときの価値観とは全く違ったものとして
見ているからその女性に価値を見いだしているのである。


今日は一時みぞれだった。まだ今年は寒い、本格的な春はまだである。



長姫(イワナガヒメ)は、日本神話に登場する女神。『古事記』では石長比売、『日本書紀』・『先代旧事本紀』では磐長姫と表記する。

神話での記述[編集]

大山祇神(おおやまつみ)の娘で、木花開耶姫(このはなさくやひめ)の姉。

コノハナノサクヤビメとともに天孫瓊々杵尊(ににぎ)の元に嫁ぐが、イワナガヒメは醜かったことから父の元に送り返された。オオヤマツミはそれを怒り、イワナガヒメを差し上げたのは天孫が岩のように永遠のものとなるように、コノハナノサクヤビメを差し上げたのは天孫が花のように繁栄するようにと誓約を立てたからであることを教え、イワナガヒメを送り返したことで天孫の寿命が短くなるだろうと告げた。

イワナガヒメの価値は若いときにはわからないのである。ただイワナガヒメが家でも栄をもたらすということがある。
こうした古代の歴史でも現代にあてはまことが多々あり人間の真実は古代でも現代でも変わらないということもあるから遠い昔のこととはならないのである。

 

ちゃっこいは宮城県の方言? (方言は多様であり文化である)



ちゃっこいは宮城県の方言?

(方言は多様であり文化である)

ccchichin.jpg



ちっちぇ、ちっちぇけ とも言います。


小さい という意味です。


「あんやぁ〜、このびっきちゃっこくてめんけごど」

(あら〜、このカエル小さくて可愛いこと〜)


んだいっちゃ〜 (そうだよね〜 肯定の同意を求めるとき)


えてみっど山形じゃちゃっこい頃は
http://blogs.yahoo.co.jp/haradakuse/23370919.html?p=2&pm=c


ちんちゃい(茨城方言)



ちゃっこいは相馬地方では聞いたことがない、子供の頃思い出すと「ちんち」と聞いたことがある。
子供の頃は今より方言を聞いていた。今は子供も標準語を話すから方言を聞く機械か少ない、
でもなぜちゃっこいとその女性は言うのか?
それはその人が宮城県の人と結婚していたからである。
相馬地方では宮城県との関係が深いのである。

江戸時代の碑でも宮城県関係の神様の碑が多い、小牛田神は小牛田の山神信仰であり山神とあるのは小牛田由来である。
館腰宮もあり館腰駅があり金華山とあればまさに金華山であり他にも伊達藩から入った信仰が多いのである。
逆に妙見信仰は相馬藩から入っている。相馬藩の殿様の旗印は北斗七星であるからだ。
その妙見信仰は亘理の辺りでも集中的に広がっているのだ。

ちゃっこい というのが相馬地方で自分は聞いたことがない、
すると宮城県の方言をその女性はしゃべっていることになる。
前の女性も名取に相馬から移り住んでいて長くなるとしきりに だっちゃだっちゃとしゃべっていた。
方言は生まれ育った所ではない、その土地に長く住んでいると
土地の人に合わせるのでその土地の方言をしゃべるようになる。

つまりその土地の方言をしゃべれば仲間だとして信頼されるということもある。
ただ東京辺りではそういうことはない、みんな標準語だからである。

んだちゃ、んだいっちゃーなどというのも丸森の人かしゃべっていた。
んだ、んだ・・は東北人の共通の相槌をうつ言葉である。
ただ宮城県になるとんだちゃとなる、語尾が変化してくるのだ。
ちゃっこいは山形でもしゃべっている、これは宮城県だけでなく広範囲に広がっている。
宮城県と山形県はまた方言も違っている。
ちんちゃいというとき茨城県であり多少福島県との共通性がある。

いづれにしろ相馬藩の地域は伊達藩の影響を強く受けている。
今でも常磐線が通じていた時は仙台に通勤していた人もそれなりにいた。
通勤圏にもなっていた。だから仙台は身近な都市だった。
そこで仙台弁にふれるということがある。
でもそこに住んだり結婚しないと方言はしゃべらない
その土地と深く密着して生活すると方言をしゃべるようになるのだ。
だから方言は土着的てありこれも文化なのである

文化は地域地域で異なる時文化であり言葉でも料理でもみなん一様化すれば
文化はなくなる。そういう社会は面白くなくなる。
だから東京の人でも田舎に来ても東京と同じだとなり旅もつまらないと言う時
日本社会が地域の文化を失い一様化した結果なのである。


江戸時代あたりは隣の村とさえ方言があり言葉もりてまりも違ったものとなっていた。
なかなか隣の村さえ交わらない自給自足の経済だったからそうなった。
農業は共通のものを作りにくいという時、その土地に根ざして動かないからである。
商業は商人は移動して広く交わるから共通のものを普及させる。
それで共通のルールを作ったのは商人であった。
アルハベットもフェニキア人が発明したことでもわかる。地中海を船で行き来した商人であったからだ。
エジプトのような象形文字ではとても共通に読み解くことがむずかしいからである。

地元でもわからなくなったしゃべらない方言 (ちゃっこいと良く使う60代の女性)


地元でもわからなくなったしゃべらない方言

(ちゃっこいと良く使う60代の女性)
chakoii22.jpg

chakoiiii.jpg

ちゃこい、ちっちゃこい、ちっこい とも言います。


小さい という意味です。


「あがんぼてちゃっこいなや〜、めんこいなあ」

(赤ちゃんって小さいねえ〜、可愛いなあ)

自分と同世代で同じ故郷に住んでいても方言をしゃべる人はすくなくなった
その女性は昔風の女性で他と違っているのだろうか
貧乏故になんでも「もったいない、もったいない」というのも昔風である

ただ携帯を使いしきりに連絡をとったりあとは現代の生活をしている。
学はないけど未払い賃金のことで労働基準局に訴えてもらうとか言っていた。
自分の正当な権利を主張するのに執拗なのである。
それはその人の個性があるけど戦後教育が民主主義が女性にも普及した結果なのだろう
男女同権なのもそうである

とにかくその女性はおしゃべりであり延々と二時間くらい話し続けるのでつきあうのも疲れる。
女性とこんなに話したことが自分にはなかった。
だから自分は女性のことなどわからない、家族では60年とか話していたが外部の同世代でも話していないのである。
だから地元の人についてもつきあいもないしわからなかった。

その女性はしょっちゅう「ちゃっこい、ちゃっこい」というがそんな方言を地元でも自分は使ったことがない、
これは女性の言葉、方言なのかとも思った。

男性がちゃっこい、ちゃっこいなどと言うだろうか?
女性が言う時、何かその言葉があっている。

赤ん坊をちゃっこいな、めんこいな・・・とかなる

めんこいなどというのも今は使わないだろう。方言はどこでもすたれている

そもそも方言をしゃべらないはいうことは何なのか?
人間は今や土着的生活をしていないからだろう。
方言はその土地に何代も住んで伝えられたものなのだろう。
だから隣の村でも言葉が違っていて方言になっていた

ただこのちゃっこいは北海道の方言だとかともでているから広範囲になっている
小さい⇒ちゃっこいになったことはわかる。

何度もちゃっこい、ちゃっこい・・・と聞く時、それが何か親しみを感じる

方言で津波被害の三陸などで励ましあったというのをテレビで放送していた。
方言は何か親しみがあり人間同士のあたたかみを感じる。
その女性はそうしたあたたかみを実際にめずらしくもっている
だから旧来の義理人情にあついとか田舎的女性の良さをもっているとなる


いづれにしろ方言は露骨に地元のなまりなのである、なまりでお国がしれるというのは本当である

・・・だっちゃ、だっちゃ・・と宮城県のなまりには実際びっくりした。
福島県では浜通りでは宮城県と結婚する人が多いのである。
方言は地域性がありそれが面白さである。
地域に転勤になったサラリーマンが地元にとけこめないというとき
方言が簡単にしゃべれないからだということを言う人もいる
方言でしゃべると心が理屈ではなく通じ合うものがでてくるのだろう

ただ今は地元ですら方言をしゃべる人が少ない
だんだん方言すらなくなってしまうのではないかと思う

方言でも言葉は現実の生活で使われて活きてくる。
何でも使われなくなったものは活きてこないのである

飯館村ではまでいな村作りを目指していた。
このまでいなというのも自分にはわからなくなっていた。
ただ使ったことはあるがあまり聞かなくなっていた

これももったいなという戦前からの貧しい時代の言葉なのである。
何でも買っては膨大に捨てる時代の言葉ではない
そもそもまでいにしろちゃっこいにしろ
そうした方言とは違う社会になっている
グローバル化であり買っては捨てるという消費社会である。
そういう言葉はやはり日本のような小さな村で生活していたものから生まれた
small is beautiful てどという言葉がはやったこともある。
小さいものか見直されるということでそういう言葉が生まれた


ただ時代とは常に変わっているのだ
最近では大きなものよりちゃっこいものが見直される
これからの時代は老人社会でありこれはすべて悪いとはならない
老人は暇だから余裕がありコミニケーションを話すことが多くなる
もともと老人は昔を話すから話すことが好きなのである
若いサラリーマンは時間がなく余裕がないから友達もできないという
仕事に労力が没頭させられて人間同士のあたたかい交流もないという
会社はそうした冷たい空間なのかと経験のないものには殺伐とした


これからはこれだけ老人が増えるのだから新しい老人文化が生まれる。
それは悪い面だけ強調されるのだがいい面もでてくるのだ。
方言をしゃべる女性にしても昔の良さがとりもどされてくる時代になるかもしれない
高齢化社会はだから社会自体を変えるものともなるインパクトがある。
それは殺伐とした会社社会とか企業社会一辺倒の価値観を変えるのである
つまりスロー社会とかちゃっこいのがいいとか
コミニケーションの密な昔の村落社会とか何かそうしたものに回帰する

それは昔とは同じではないがそういう回帰は社会を変える
それは精神的には余裕ある社会への移行にもなるかもしれない
高齢化社会というときそれは若者社会にも影響する
それがすべて悪いものとはならない
もちろん高齢者に金が使われすぎだとかの問題はある
でも良い面に作用すれば若者にも影響してそれもいいものだとなりうる