2014年03月12日

STAP細胞、万能細胞は嘘だった? (科学者の専門家の嘘は見抜けない、原発事故でもそうだった)

 

STAP細胞、万能細胞は嘘だった?

(科学者、専門家の嘘は見抜けない、原発事故でもそうだった)

●STAP細胞、万能細胞も錬金術師のだましだった?


「生命のエリクシール」は人体を永遠不滅に変えて不老不死を得ることができるとされ、この場合は霊薬、エリクサーとも呼ばれる(なお、賢者の石が文献上に記述されるのはエリクサーよりかなり後である)。それ故、錬金術は神が世界を創造した過程を再現する大いなる作業であるとされる。錬金術で黒は富や財産を表し、白は不老不死の永遠、赤は神との合一を意味する。


錬金術師を騙る詐欺師達が貴族相手に黄金練成をしたように見せて大金を搾取したり

錬金術の発展途上では化学史上重要な数多くの発見がなされた。硫酸、硝酸、塩酸、王水、アンチモン、燐などはどれも錬金術師が発見した物質である。物質だけではなく、多くの実験器具も錬金術師が使用していたものが現代の化学で用いられている
http://contest.japias.jp/tqj2010/120192/about.html



小保方さんのSTAP細胞は嘘だったのか?これも何だったのだろうかと思う。
文系のマスコミが騒いだからだという人もいる。
確かに文系など皆目その論文の一行も解読できない

つまりマスコミ自身で審査することなどできないから勝手にスターを作り出す
マスコミから作り出されたスターはたいがいいかがわしいとなる
でも科学者はたいがい数学のように客観的評価が厳しい世界だから嘘はないと思う。
そして理研となればその組織自体が国で運営しているのだから誰でも信用する
個人だけで論文を発表しても信用されないしそもそも権威あるネーチャーなどにのらないだから
文系のマスコミが一方的に信用したのが悪いともならない
自分でも一般人でもそんな専門的なことは皆目わからないのである。


ただ素人なりにまず万能細胞などはないと思っていたしips細胞でも
それは成功しないと言う人がいたときそういうこともあると思っていた。
人間には様々な願望があるけど老いることがなくなる、そのことは最大の願望になる。。
だからこそ万能細胞ができたのかと大騒ぎになったのである。
それは研究者だけではないみんなの人類の願望だから大騒ぎになった。
それも嘘だったとなると科学者も平気で嘘をつく世界なのかとなる

そして科学信仰の時代は科学者は神のようになり信じる人が多い。
科学によってできないことはないはという信仰に陥っている。
科学には限界がないと思っているしそう望んでいるから嘘でもだまされる

やはり科学には錬金術の系統をひくものであった。宗教でも呪術でも病気の時は直りたい一心だから頼る。
頼られる方もなんとか効果を出したいと思うからそこから薬でも医術でも発達した経過がある。
ただ神に仏に祈っただけでは効果がないとなると実際に効果を出す錬金術でも科学でも信仰にもなる。
ただそこにもいかがわしいものがありだまして大金を得るというのは理研で百億の予算を得たというのと同じである。
ただそれが理研という国の研究機関が容認したなら誰でも信用するだろう。
これも何か原発事故が起きたことと通じている。


●原発も専門家意外かかわることができないものだった


科学は放射能でも原子力でも一般人には皆目わからない、マスコミでもその論文を読んで判断できる人などいない、
だから科学にも常に一般人はだまされる。
原子力は絶対に安全だというときそうでないと一般人は言えない、なぜなら原発のことを放射線のことなどわかる人がいないからだ。
だから専門家でもない素人はだまっていろと常になる。
それは法律問題でもあまりにも子細なことや法律用語を駆使されるとわからなくなると同じである。

科学はまさに法律より専門的であり普通の人は皆目わからない。
だからだまされやすいということもあった。

政府すら保安院が何の役目を果たさなかったように要するに原発をしりえるものがなかったのである。
東電が専門集団だから一番わかっていたしそれに対抗することはどこもできなかった。
だから内部で何が起きていても隠すこともできたし嘘ついてもわからなかった。

これもいかがわしいとされた錬金術師の系統でありそういうものが
国の公認の研究所でも行われていたということは原発でも同じでないか?
つまり国の公認で危険な原発でも作られていて失敗したら国がかかわり賠償する規定があったのである。
官僚には原発でもSTAP細胞でもわかる人などいないのである。
政府はそれが金になる、新しい産業になるとか目をつけるだけであり安全性についても
検査したり守ることはできない
政府すらだまされて予算をとられたということでもわかる。


原発は数学的確率で百万年に一回しか事故は起こらないと計算していた科学者もいた。
でも千年前の貞観津波のような巨大津波がきたならどうなるのかと計算したらそんなことありえないわげである。
それは別に数学者でなくてもわかることであった。
千年単位でそれだけ巨大な津波がきていたから警告もしたが無視された。
コストがかかると無視されたのである。


現代の問題はあらゆるものが専門化して専門でないものは何もいうことができなくなるし
要するに何もできない無能人間にされているのだ。
介護などは別に資格がなくても家でみんなやっている。
でも介護すら専門家しして専門意外の人は病院では施設ではできなくなる。
するとそこで素人は介護もできない、介護すら専門家しかできなくなる
それでこの辺では十人も介護士を募集しているが一向に集まらず
百人入れる施設を作っても無駄になっているのだ。


もちろん専門家をすべて否定することはできない,自分は自分の病気を自分で判断して
大失敗した。生命の危険になった。だから病気でも素人判断は非常に危険なのである。
だから専門家をすべて否定はできない。
でも専門家が万能化することが危険なのである。
科学者でないものは専門家でないものは何も言うな、お前たちに科学のことはわかりようがない、
医学のことなどわかりようがない、だまって医者の指示に従えばいいのだということもまた危険なのである。
だから医者の指示に従わないでかえって抗ガン剤を飲まなくて寿命が伸びた人もいるのは事実なのである。

でも自分のように素人判断して大失敗することもあるからこれも危険なのである。

ただ専門的なことでも何もしることができないから何も言わず従えばいいというのも大きな危険につながっていたのである。
自分が病気になってからいろいろ気になりその関係のことを調べているとそれなりに詳しくなることはある。
ただ素人判断は危険だから医者にかかることは必要である。

結局STAP細胞騒ぎも現代を象徴した事件だったのである。ついにできたか、万能細胞が、
科学は万能だというまさに信仰になっているからできないことでもできると思い込むのである。
それはあくまでも人間の願望であり可能なことではなかったのである。


●専門家と科学者の相違


「専門家」とは、何かについて詳しい人、よく知っている人、であるが、それでは、「科学者」とは何か。

影浦は、「分からないこと」を追求する人、ととらえる。


「専門家があくまで「知っている人」たる立場を保持するためには、一般に、どこかで、「私が知っていることが正しいためには、現実はこうでなくてはならない」という思考回路が要請される。

原発事故を語る「専門家」の過ち〜影浦峡から学ぶ
http://ameblo.jp/ohjing/entry-11779271075.html


専門家と科学者は歴史的にも違っていた。科学者はサイエンスは哲学からはじまっているから専門家とは違う。
科学者は真理を探求している。それは哲学と同じである。
しかし専門家はすでに知っている人であり熟知している人であり技術者として完成している人である。
だから病気でもいろいろな体の部位の専門家の医者がいてその専門分野については熟知しているから
専門家はその部位については権威者となっている。
科学者が知らないことを探求しているとは違う。
この理論からすると理研は知らないことを研究しているのだから専門家とも違うとなる。科学者の方になる。
でも高度な専門分野だから素人が何か言えることはない世界では同じである。

法律家でも弁護士でも法律の専門家だから法律のことは自分たちにしたわからないから自分たちに依頼者はまかせればいい、法律のことをいくら言ってもわかるはずがない。

ただそれではいけないと陪審員制度をとりいれたのはやはり裁判が専門家だけではやっていけないものとして判断したから進歩だった。
裁判は素人も参加すべきものとしてた。でも他のことについては高度に専門化しているから素人はかかわりにくいのだ。

専門家はある意味でその部門についてはすべて知っていることをを要求されているしそうでないと専門家にはなれない、
ある部門には精通していて素人が全く手を出せない、その分野についてはすべてを知っていることになる。
それはあくまでもその分野についてだけなのである。

未知のことを探求している科学者よりその分野について知り尽くしている専門家に頼るのが現代である。
そうでなければ病気でも直せないし何か効果あることがもたらされないからである。だからこそ専門家の時代が現代なのである。


●専門家集団に牛耳られたことが事故の最大の原因


(イリイチの「専門家時代の幻想を読んで)
http://musubu2.sblo.jp/article/44433527.html

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この専門家の時代は政治家が衰え教授らの導きのもとに有権者たちが必要を規定する力を技術官僚に委ね、誰が何を必要としているかを決める権威を放棄してしまい、そしてこれらの必要を満たす方法も、独占的寡占体制に決めさせてじっと辛抱していた時代であったと後世の人たちに記憶されるだろう。(専門家時代の幻想-イバン、イリイチ)

あなたが何を必要か断定し、処方を書く力を自分たちはもっているのだと主張する
専門家は顧客にとって最高の利益-国家理由をも上回ることがある。


専門家は現在認められている銘柄の科学的正統性を教える点で僧侶の役割を演ずる。
国の後ろ楯をもった聖職者の方にはるかに近い。


それぞれの専門職はまるで編成された教団のような観を呈するのである。

彼らの役割は傍観者、証人のそれに限定される。まるで法的プロセスとは何か大がかりな、きしみ音をたてる機械のようなもので、
一旦動き出したらその仕組みに精通したものしか近づいても操作してもいけないというかのようである

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再確認すればこういうことである。専門家が万能性をもつ社会である。
だからSTAP細胞は万能細胞は現代の象徴的な事件だったのである。
でも結局人間は万能になりえないから原発事故も起こりSTAP細胞の組織的なだましもある。

 
posted by 老鶯 at 21:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層