2014年02月22日

東日本大震災から2年 追い詰められる介護現場 ―福島県南相馬市からの報告―

 

東日本大震災から2年 追い詰められる介護現場

―福島県南相馬市からの報告―


南相馬市の北部にある介護老人保健施設「厚寿苑(こうじゅえん)」です。震災直後、一時は休止に追い込まれましたが、
市内でもいち早く活動を再開しました。

現在、およそ20人の介護職員で、50人を超える入所者のケアに当たっています。

この地域は、以前から介護の人手不足に悩まされてきました。震災以降介護を必要とするお年寄りが急増し、
今まで以上に厳しい運営を強いられています。58床あるベッドは、ほぼ満床状態が続き、260人を超える人が空きを待っています


100床ということで、12月に新しい施設が開設予定なのですが、未だ働く人が集まってきていません。先ほども話したように、30分でも、1時間でもいいんです。利用者さんとゆっくりお話していただけるような、ボランティアの方でも良いので、この地域で今困っている人のために、一人でも多く働きに来てくれる仲間を期待して待っております。よろしくお願いします。
http://www.nhk.or.jp/heart-net/tv/summary/2013-03/11.html

今問題となっている療養型病床である。療養型がなくなると「介護難民が出る」という言い方は間違いである。いわゆる老人病院から療養型を整備する時に、収容するための箱をつくりすぎたのである。



震災以後この辺の病院介護は危機的状態になった。介護する人も増えた。避難中に認知症を発病した人もいた。もちろん病気になり介護状態になった人もいた。
そういう状態の時、若い看護師介護士が南相馬市から流出した。
それも大きな痛手となった。その後も看護師と介護士は集まっていない
それで新しく建てた老人の施設も人手不足で100人収容でも機能していない

それはこれまでもここだけの問題ではなかった。老人施設はどこも人手不足に悩んでいた
箱ものは作ってもそこで働く人がいないのである。
病院とか介護では建物より人の方がより大事になる。
人手が多ければ多いほどいいのである。
介護する方も介護される方も楽になる。


在宅で苦しいのは今や家でも人手がない
一人で介護している人も多い
一人で二人を介護している人も多い
この辺では別に人手がないというわけではない
現実に3000人くらいの人が仮設に入っているけど
この人たちはほとんど働いていないからである。
毎日昼間から酒飲んでパチンコして遊んでいるのが多い
東京の方まで遊びにでかけている老人もいる

こういう危機的な状態の時
バチンコ屋で人がたりないとか言っている人がいた
これも馬鹿らしいのだけどそういう現実もあった
自分は介護していてもそんなこと見てみぬふりである
これは個人的でも今は南相馬市全体に起きていることなのだ


ボランティアの方でも良いので、この地域で今困っている人のために、一人でも多く働きに来てくれる仲間を期待して待っております


こういう危機的場があるのに遊び暮らしている。
補償金で遊んでいればいいという意識がある
こういうところに復興などあるのかと思う

遊んでいる人は南相馬市から出ていってくれ

これは自分にも問われているがここはそういう余裕のない場所になっている
遊ぶといっても数が多いのだからどうなっているのかと思う
要するに生活保護特区のようになってしまったということである。

そこではこれからも精神的荒廃がひどくなる
働くことがすべて価値あるものではないにしろ
南相馬市民の半分くらいが働かない人となるとどうなるのかということである

病院では入院したらすぐ退院してくださいというのには驚いた。
近くの人は本当に入院して三日くらいで抗議しないから退院させられた
何か看護師に愛想もなにもない、ぴりぴりして早く出したいというだけなのである。
それだけ他とは違い余裕がなく逼迫していたのである。


川内村に移住した外部の人は補償金で郡山市などで贅沢している村民を見てこんなところでは住めないと出て行った。
そういう生活はいいように見えても精神的に荒廃してくる
だから川内村のいい所があって田舎のいい所があって移住した人も出て行った。
何か前は貧しくてもいいものがあったがそれも失われた。
そういう荒廃が起きて経済的なものだけではなく精神的にもこの辺は荒廃して衰退してゆく


ナーニ、補償金で暮らせばいいんだ、何か努力しようにもできないよ
もう年だからあきらめるたよ

こんな精神状態が子供に影響してくる
そういう雰囲気は街自体にも影響してくる
そしてこういう場所は外部からのものにも嫌われてやがて来る人もいなくなる
震災から三年後の状況はもうかわいそうだだけでは解決しない
そういういつまでもかわいそうだかわいそうだというときそれに甘えてしまい何も解決しない
そういう甘えから脱することが復興へつながる。
でも現実は悪い状態に向かっている