2014年02月18日

大雪などでも災害に弱い便利な現代社会 (人手不足で社会自体が衰退する危機)


大雪などでも災害に弱い便利な現代社会

(人手不足で社会自体が衰退する危機)


●災害に弱い現代社会

津波でも大雪でも現代社会派は意外と災害に弱い体質をもっている。今回の大雪でもそうだった。車社会だから車が通れなくなると危機になる。モノは入らないし病院にゆくこともできないし、薬も入って来なくなると危機になる。それは原発事故でもこの辺で起きた。ガソリンが入らずに車が使えなくなり一カ月以上ガソリンを得るために長蛇の列となった。つまり車が現代の足だとするときその足を奪われたら何もできなくなる。
車に頼っていれば車なしの生活は崩壊する。

一方に皮肉なことに歩くことに頼る生活だったら別に車がなくても生活できる。
そういうふうに生活しているから困ることはない。
車という便利な機械道具に頼る生活をしているときもし車が使えなくなったら致命的になる。

戦後10年くらいは農家は自給自足だから水でも燃料でも薪だとか炭であり
味噌から納豆まで自家生産していたし米の貯えもあったから困ることがない、
つまり危機には自給自足なら強い、頼っているのは自分の狭い生活する場であり家になるからだ。
外から物資が入らなくても困らない、もともと外から入る物資に頼っていないからである。

例えば大雪で孤立した村があったけどそこだって昔なら雪のなかでも生活する自給自足する工夫かあり生活できた。
そうでなければそんな村が生き残れるわけがないのである。
何かしら雪のなかでも生き抜く知恵があり伝えられて生き延びてきた。
だから現代の便利な生活が山の奥まで浸透するときこうした大雪とかで交通が遮断されるとお手上げになる。

もちろん電気や水道やガスやインフラも途絶えるとたちまちパニック状態になる。
牡鹿半島や三陸では裏山の清水をくんで運び薪で煮炊きをしたように自給自足の昔にもどっていた。
現代の矛盾はその場にある富が最も無視されている。
遠くの富にすべて頼っていることが危険なのである。石油だって遠い中東だとかガスだってそうである。
そういうものが入ってこなくなったら現代社会は崩壊する。

原発事故周辺はそういう便利なものに頼る生活の崩壊現象が起きたのである。
だから自国で食料すら生産出来なくなるTPPは便利でもこうした危機がくるとモノが入らなくなりパニックになり社会の崩壊現象が起きる。
なにか津波でも原発事故でも大雪でもそうした自然災害が現代の文明に警告を発している。
もっと重大な事故が災害が起きる用意をしておけということを警告している。
東京など災害に弱いからその被害は甚大なものとなる。

現実に牡鹿半島や三陸のように裏山の清水もないし薪にする木も燃料もなくなったらどうするのか?
米があったとしてもどうにもならない、パンもすぐなくなる。
そういう状態をリアルにイメージしたら相当に恐怖になる。
そういう地獄が迫っているかもしれない、気候の大変動期にも入っているから危険なのである。


●人手不足で社会が崩壊する

人手不足のことは今や深刻である。建築現場でも顕著だが福祉関係、病院や老人ホームなどでもそこで働く人が確保できない、
人手不足社会になっている。
人など時間給でいくらでも雇えるではないか、そんな時代は終わりつつある。
現実にこの辺ではレストランでも自給1200円でも人が集まらない、
仮設で補償金をたんまりもらって働かない事情はあるにしろ働ける人がいて働かないという事情があっても
全国的に人手はあらゆる所で不足する時代になっている。

もう建築現場では建築家会社の株は仕事があっても人手不足で仕事ができず下がっている。
仕事があれば好景気じゃないかとなるがそうじゃない,人がたりず会社経営すらできなくなっている。

高度経済成長のときは金の卵とか若年労働者が人手不足を補った。
現代は少子高齢化でありそうして補うことができないことが致命的になっいる。
一見機械がやればいいロボットを開発して補うことができるとかなるがそうはならない。
機械を操作するにも高度の能力が必要でありあらゆるところで仕事が高度化すると
それに見合った人手でがどこでも不足しているのだ。

現代社会は高度な知的社会ともなっているからそれだけどこでも人材が不足する。
それを建築現場ですら簡単に補いないのである。


この業界に20年いるけどさ。
一人前になるのに型枠工で3年。
鉄筋工で5年。
土工で1年。
バックホウオペで2年。
施工管理で5年。

マジで人手不足。
鉄筋、型枠なんて1.7倍くらいの値段払っても来てくれない。
東北の現場だけどさ、誰か助けてwww


人手不足っつーても
そもそも若年労働者数自体激減し続けてる
1994年の新成人数 207万人←ここをピークに激減の一途
2014年の新成人数 121万人←過去最低更新中(何と20年前の40%減)
つまり20年前と同じ感覚で公共事業なんてやってたら労働力不足になるのは当たり前だし
そもそも出生数でさえ近々100万人割れ、人口は減少の一途、過疎地域続出、待った無しの
超高齢化少子化、公共事業なんかの為に莫大な借金してる場合じゃねーよ

つまり簡単に人手は得られないのが現代なのである。


アルバイトを雇ったりして除雪作業で高校生が除雪車に手首を切られた。
アルバイトで雇うのは危険である。アルバイトでテレビのアンテナを屋根に設置していた60代の男性が屋根から落ちて死んだ。
自分も軽い気持でアンテナの線を切った時、アンテナが倒れてもし自分側に倒れたら大怪我をするところだった。
こういうことは建築現場では常に起きている。
そういう場所は訓練している人しかなかなかできないのである。
アルバイトでやらせられるのは本当に危険である。
そういう危険な仕事をさせること自体、雇い主が無頓着だから事故が起きる。
危険なことを平気でやらせるということである。
今はそういうことはできない、中国人でもできない、だから余計にそうした底辺の仕事にも人が集まらないのである。


●今は人を働かせることが簡単にできない

労災起こるたびに安衛法厳しくして現場の手間を増やし、
逃亡中の犯罪者が一時日雇いで現場にいたら事業者責任を厳しく追求し、
資格試験を増やしすぎて、低学歴人夫の賃金や職能の延び代が減り、
建設機械の環境対応厳しくしたせいでリースが増え、結果業者の所有重機が減り、
時の政権の意向で仕事が増えたり減ったりするから将来の展望が描けなかったり、
公共事業費の削減で点検や修繕を減らしたあげく事故や災害が起こっても業界の責任にされたり、


建築現場には犯罪者などが入り込みやすい、身元を問わないからである。
それでそれなりにそういう場所で生きられるという社会もまた悪いとは言えない。
それは社会の役にたっているからである。
今は働くことが誰かのコネで働かせることもできない
履歴書が必要であり視覚か必要であり保証人が必要であり・・・・
その敷居が高すぎるのである。
就職するのに保証人が必要でありそれで就職すらできないという人たちも多い。
自分などもどこにも就職などできない、就職する要件が何もないからである。


それはなぜなのか?
極端な人権主義もある。へたに人を雇えないという労働環境もある。
なぜ保証人にうるさいかというと広域社会になると何を信用の基準にしていいかわからない。
見知らぬ人でありこの人はどうしたら信用できるのか、雇う方にしてもこまるわけである。
その人について昔の村のように人柄などしりえようがないからだ。
だから保証人がいないと雇いないというのも雇う方になるとまた雇いにくくなる。
現実に自分も気軽に近くの人だと雇って財産をもっていかれるような犯罪にあっている。
つまり人は今やどうして信用できるのかとなる。
それであらゆるところで信用問題が起きて保証人が必要となる。

病院でも老人ホームでも保証人が必要であり施設のショートスティでも二人も保証人が必要になりできなかった。
これも現代社会が何をもって人を信用していいかわからなくなっているからである。
だから人を雇うこともめんどうだし簡単に雇えないから人手不足になる。
第一ニートみたいな一度社会からはずれたらまともにみられず就職はできなくなる。

そして介護士でも意外と一番問題なのは信用問題である。
施設でも老人は貯金でも多額の財産をもっている人がいるからそういうもの目をつけられて奪われやすいからである。
だから簡単に介護士でも雇えないのである。

それはどこても同じである。人は簡単に雇えないし人権がうるさく信用問題になる。

また病院でも老人ホームでもちょっとしたことで老人は怪我しやすい、
すると責任を問われ賠償を要求されるからそれも怖いので患者でも老人でも人を相手の仕事をいやがることもある。

介護なんか別に家族が家でやっているのだからそんな専門知識や技術もいらない、
でもこうした諸々の事情で現代は簡単に人手を得られない、
そして立派な老人施設が百人収容の施設ができても働く人を確保できず
前に述べた三人も一人で介護している人すら施設には入れず共倒れになる恐怖がある。
人手不足の原因はいろいろあり賃金をあげたから補えるというものでもない
高度成長時代と違ってるからだ。

ただ人手不足時代は日本の経済の致命傷になり日本自体が衰退する大きな要因となる。
人手不足の原因はもう簡単に解決するものではないからである。

posted by 老鶯 at 20:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

病院は看護師不足、老人ホームは介護士不足で入れない (南相馬市の病院、介護の危機的状態)

 

 病院は看護師不足、老人ホームは介護士不足で入れない

(南相馬市の病院、介護の危機的状態)

震災前は入院してすぐに退院してくださいとかならない、まだ余裕があったのだろう。
今日入院した近くの知っている同級の人は兄が心不全となり入院したが土曜日に退院しろと言われてそうなる。
自分は25日でありそれでも退院許可が出たのですぐに退院してくださいという時は驚いた。
退院支援援助で一週間伸ばすことができて余裕ができた。
男のベッドは空いていないとか男より女性か優先されているのかもしれない。
近くだから悪くなったらまた入院してもいいとは言っていた。

その同級の人がなぜ老人ホームに入れないのかもわからない、
最初は兄と二人で障害者一級の人と92歳の母を介護していた。
その後一人になり兄が病気になり今や三人も介護している。
これでも老人ホームに入れない、7年前から申し込んでいるとかこんなひどい人が
特養でも入れないとしたら自分などここでは絶対に入れないと思った。
南相馬市では特養など老人ホームに入るのは絶望的だとなる。
老人ホームの問題は空きができるのは死ぬときしかないとしたらなかなか空きが出ない

確かに100人収容の施設が鹿島厚生病院に連結してできた。
それもすでに入っているという、でもそこで働く人がいないのだから収容できない。
看護師不足で看護助士というのが何人か働いていた。
おそらく介護士募集しても来ない、するといつまでたっても施設には入れない
建物ができても何の役にもたたないとなる。
建物がなくても人がいれば介護などはやれのである。

兄二人その一人が障害者一級で92歳の母の三人を介護できるのか?
これだけの人が施設に入れないということは相当な危機的状態にある。
本当に見捨てられて野垂れ死にか共倒れになる。

この辺では津波や原発事故で若い人の流出や看護師不足で介護士不足で危機的状態にある。

こういうとき原発避難者が毎日パチンコでパチンコ屋で働く人がいなてくて困っているなどといっていることが腹ただしくなる。
補償金をたんまりもらっているから遊んでいればいいんだいう時は三年目で終わっている。
もうかわいそうな人たちではない、かわいそうな危機的状態の人は他にいる。
だからもうそういう人たちに同情する必要はもうない。
なんとか自分たちでするべきでありボランティアに頼る時も終わっているのだ。
復興にしても外部の人頼りで自分たちただ補償金をもらって遊んでいればいいとなっているの異常である。
そんな人たちを外部の人でも助けたくなるだろうか?
二年目くらいまではしかたないという面はあり一年目とかでそういうことは酷だった。

三年目からそうはいかない。もうかわいそうだという同情の時は終わったのである。

いづれにしろ介護は全国でも危機的状態になってくる。国で在宅でしろといっても人手がない家族が多い。
そうなるともう野垂れ死にとか共倒れとかそういう悲惨なことが現実になってくる。
それはもう身寄りがないということだけではない、もうそれだけの老人を世話することができなくなっている。
そうなるとめんどうだから早く死んでくださいということが現実化してくる。
安楽死だって容認されるし医者も看護師も見放してしまう。
それが非情でもめんどうみきれなくなっているのだ。

それだけ追われると医者でも看護師もそういう目で見ている。
一人へれば死ねば病院も空いて楽になる。
同情する余裕もないわ、次から次と老人が入ってくるんだから
そういう病院に入院してももう早く死んでくださいとなれば
病院に入る前に死んだ方がいいともなる
そういう時代に突入している
もう増えすぎる老人のめんどうは見切れない時代に現実になっている