2014年02月12日

美談とされた時、美談でなくなっている (佐村河内守ゴースト騒動ー障害者を持つ人の問題)


美談とされた時、美談でなくなっている

(佐村河内守ゴースト騒動ー障害者を持つ人の問題)

最近佐村河内守が作曲した曲でなかったとかがわかり騒動になった。ゴーストライターがそのことを告白した。耳が全く聞こえないというのも嘘だったらしい。
でもみんな騙された。そのシナリオは誰が書いたのか話題になる。創価も関係していたとかもネットを調べれば延々とでている。プロデュースに加担していたのかともなる。
NHKで放送されたから一躍有名になったのである。
NHKは権威がありお墨付きを世間に与える。NHKだと人は信じる。
でもNHKもまたそうしたお涙頂戴のような障害者のことなどを良く話題にする
そして何か現代はあらゆることに人権が権利のみか主張される時代である。
障害をもっいることはそれ自体大きな権利にもなってしまう。
俺たちがどれだけかわいそうか、苦しいかわかるか、同情するのはあたりまえだ
、同情がたりないんだよ、そういうやつは社会が許さねえぞ」
とまで恫喝すらなる。
障害者を全面に出してまた社会から同情を強制的に要求して募金でも得る時代である。
だからそういう風潮の中に生れた事件でもあった。


最近つきあった人はまともな方なのだけど権利意識強いのである。
だから福祉福祉と盛んに言ってその利益にあづかることをはずかしいとも思っていない
当然の権利でありまだ利益を受けることが少ないと権利意識が強いのである。
ただもらっている額は少ないからそれもわかる。
そういう人はどんなことでも自分の利益になることは利用する。
創価であれ共産党であれ問わないだろう。
そういうところで頼めば利益が得られるとわかっているから積極的に役所のように利用している。利用されているのではない便利なもの頼りになるものとして利用されているのである。底辺の生活で苦しんでいるからそれを生き抜くためにとんなものでも利用するという態度になる。だから権利意識が強いのである。
その女性も障害者をもって苦しん苦労してきたことはわかる。
でもその障害者の度合いは軽いし外からいみてもつきあってみても普通の人に見える。
たから働いてもいるのだ。知的障害者でもいろいろ段階があるのだ。

今の時代は例えば韓国が戦争被害を延々と日本に訴えるのもそうだし中国でも日本を責め続けているのもそうである。何かみんな被害者意識に凝り固まっているのだ。国自体がそうであり個々人でもそうである。何か不運や不遇があれば社会が悪いとなり社会に訴えて同情してせっと優遇しろと訴える。その訴えてくれるのがカルト宗教団体とか政治政党とか様々な団体になる。それが民主主義だから当然だともなる。組織化して訴えなければ何も得られないということもある。だからそれぞれの団体がその権利を利権を主張するのか民主主義だとなる。それはそうでもそれが度を越すとどうなるのか?
極端にしろ今回のような風潮が当たり前となり事件として表沙汰になる。
それはこの人だけでなくマスコミ全体で操作されプロデュースされていたのである。

これも原発で安全神話が作られたことともにていたのである。
障害者をおとしめたり批判したりすることはタブーになっていたからである。
だから度を越して明白な詐欺になってもとがめる人もいないような状態にてなり事件になった。

障害者は宗教団体にとっても利用するには現代では最も効果的なのである。そういう人を表に出してお涙頂戴になり宣伝効果が大きいしそれには逆らえないから誰も批判できないからマスコミでも盛んにとりあげる。現代は障害者の方が目立っていて利用価値が高いものになっているのだ。文明自体が障害者化しているから弱者や障害者が推奨されるというのは文明自体がゆがんでいるからだとニーチェや上野霄里(しょうり)氏なども激烈に批判した。実際は人間は弱者でありたくない、病気でありたくない、健康でありたいというのが普通である。超人になりたいというのも普通である。誰も弱者ではありたくないのだ。自然はその病的なものではない、力強さに満ちているからとても病弱者には自然を詩にできない、だから何か障害者が全面にでてくる現代文明は歪んでいるからこそそうなっているし障害者が推薦されるのもまたそうなのである。


原発避難者もそのことで今は批判されている。一カ月百万とかもらって毎日パチンコだ競馬だと遊んでいるのにどこがかわいそうなのかとなってしまっている。俺たちは原発の被害者だということになると堂々とその権利を主張できるからそんなにもらっても悪びれことはなくなる。もっともらいたいともなる。ある程度権利を主張するのはいいにしろそれが度を越してくると今回のような事件になるのである。


でも障害の度合いからすると近くの人は外にも出れないから重症である。でもその母親である女性は愚痴をこぼしたこともない、その不満を言わないかったのである。
だからどう思っているのかと不思議であった。もちろんその女性の内面にたちいることはできなかった。その苦しみは言うにも言えないものだったのである。
一方は延々とその人より軽い障害なのに言い続けている。そういう性格だといえばそうなのだがそれも一つの問題であった。障害者をもって苦しんでいる人はかなりの数いるからである。だからその人だけが一番苦しんでいるとはならないのである。
いづれにしろ美談として宣伝された時美談とはならなくなっているのは確かである。
たからマスコミで宣伝される美談は美談でなくなっいる。作られたものとしての美談になっているのだ。



平凡な人の隠された偉大さ


その年老いた女性は苦しみかかえていた
苦しみをになって長く生きてきた
しかしその苦しみを他者に言わなかった
その苦しみを自分のみに留めた
その受難は何故かわからない
定めなのか何なのかわからない
しかし自分でその受難を引き受けた
それは平凡な女性であり美談でもない
誰もその女性を称賛はしない
しかしそのようにできる女性もなかなかいない
ただ身の不遇を延々と嘆くだけであり
なぜ自分がそんな不遇のみがあるのかと
普通はただそれを他者に訴えつづける
しかしその女性は自分の腹の内に収めていた
その苦しみは他者には計りしれないもの
その女性はふりかえれば誰も注意もしないが
なかなかそうあることはできない
自分もできないことだった
でもそういうことに注目している人はいない
人にはそれぞれ苦しみをもっている
たからといってそれか本人だけが苦しむ
自分だけが不孝なのだとは言えない
同じ苦しみでももっと辛い苦しみでも
それを口に出さず耐えている人もいる
大げさに美談として讃えられるものは
偽りが多く誠の美談は世に現れない
それは隠されて目立たず注意されない
ただそういう人はいることはいる
回りを注意して見ればいる
平凡な人にそういう人がいる
でも誰も注意して語られることもない
そういう人がこの世を支えているということも
人は心にとめておくべきだろう

 

posted by 老鶯 at 21:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

大雪で雪国を思う (雪国に暮らす時間(詩))

 

大雪で雪国を思う

(雪国に暮らす時間(詩))


寒木の芯まで冷えて光る星

群れ来る狭き畑や寒雀
土地の人身を寄せあいぬ寒さかな

大雪の根雪となりて住み着きぬ

雪厚く積もりて溶けじ日のさすも雪国の暮らしここに思いぬ


45年ぶりで大雪だった。この雪は簡単に溶けない、日がさしてもとけない
福島県でも浜通りではほとんど雪はふらないし積もらない
だから会津とかとはまるで違っているのだ
だから雪国のことかわかりにくいのだ

会津とか新潟とか日本海側は毎日のように雪がふっている
そういうところに住む人かどういう感覚になっていくのかわかりにくい
雪かふっていると外出するのも億劫になるだろう
するとなにか家にいる時間が長くなる
家族でも仲間でも身をよせあって家の中にいる
すると何か親密さがましてくる
情が深いものともなってくる

この辺で原発事故で新潟に避難した人たちは本当に親切だったという
温泉にも入れたしごちそうもでたし本当は観光気分だったのである
それも新潟辺りは雪国でまだ情が深いということがあるのかもしれない
福島県の浜通りとか宮城県は意外とドライなものになっている
それでも福島県が宮城県より先祖を重んじるのが強いとかなるのは
まだ会津とか田舎的なものが残っているからだろう
宮城県は仙台中心に都会的なのである


日本海側の風土から培われた人を理解するにはまず雪の季節を一緒に過ごさない限りわからない、
冬の長い間雪に閉ざされて過ごす世界が理解できないのである
雪だと自転車も利用しにくいから住みたくない
活動力もかてり鈍ってしまうだろう
そしてただ春が待ちどおしいとなる


福島県では会津は雪国でありここは浜通りと中通りとは異質な空間なのである
だから会津が明治維新であれだけ抵抗して白虎隊なども生れたのも風土が生んだともいえる
浜通りだともっと妥協したりして時勢にのるような機転が働く、いい悪いにしろ会津は雪国であり特殊なのである。
相馬藩は天狗党などに入ったように水戸と近いからその影響を受けて勤皇になったのである。
小藩でもあったがすぐに薩長軍について伊達藩を責めたのである。

ともかく雪国の暮らしがその人の性格をつくってゆく、雪に閉ざされた生活は忍従の生活である。
雪はむしろひやっかいだがどうにもならないのである。
それは自然の力に従うほかないとなり忍従になる。
ただそこで人間同士が親密になり情深くなるということがある
それは西とか南とかにない性格である。
東北でもどこも雪国ではない、地域的差があるのだ



雪国に暮らす時間


しんしんと今日も雪がふる
明日も雪がふる
家は雪の重みを支える
雪かきの苦労がある
人々はそこて忍従を強いられる
ともに家の中で過ごす時間が長い
雪は根雪となりなかなかとけない
日がさしてもとけない
しんしんと山国に雪はふりつづける
人々は身を寄せ合い
長い冬をともに暮らす
そこに自ずと絆が生れてくる
しんしんと今日も雪はふる
墓地も雪に埋もれ
明日も雪はふる
雪はおやみなくふり
山国に閉ざされて過ごす時間
顔を見合せて雪に耐える時間
そして雪とともに老いる人たち
しんしんと雪はふる
おやみなく雪はふる
心も雪のように白くなってゆくのか
心にも雪はふりつづける
雪国の人はそして一層寡黙になり
ただ雪に耐えて春を待つ

(今日も見る松一本や根雪かな)


雪の思い出としては山形県小国町へ米沢から行った時の思い出が残っている。
その電車に乗ったのは数人しかいてかった。でも延々と車窓からは雪景色だった。
途中一本の松が雪に埋もれていた。そして結構長い線だったから退屈だった。
でもあとになるととそうした退屈な長い時間が記憶となってよみがえるのである。
だから新幹線のような急ぐ旅は記憶に残らないのである。
要するに旅は金をかけることではない、時間をかけることが最も贅沢なのである。
だから七つ星の超豪華なトレインでも満足しないのである。
記憶に残った旅なら何か旅していたのである。
記憶に残らないとしたら結局何も残らなかったとまでなる

思い出すと詩もかけるが思い出せないと書けないのである。

思い出す時何かそこは都会のように混雑したところは思い出にのこりにくい。
でも数人しか乗らない電車で延々と雪景色を行く旅は心に残り思い出すのである。
そして小国という地名は日本全国にある。
それは日本はそれぞれの地域で自給自足で閉ざされた生活をしていたからである。
そこがまさに小さな一つの国と化していた。
江戸時代なら特にそうであり鉄道が日本を結び日本人という一体感を作ったというのもありえる。
日本は山国が多くそれぞれが閉ざされた生活だったからでてある。

 
 雪にうもれた遠い町(小国町)
 http://musubu2.sblo.jp/article/31951266.html