2014年02月10日

寛政地震で相馬藩内で8人死んだ津波があった (200年前だったがこれも記録されていなかった)


寛政地震で相馬藩内で8人死んだ津波があった

(200年前だったがこれも記録されていなかった)


1793年 2月17日
(寛政 5) 陸前・陸中・磐城 8〜8.4 仙台藩(現、宮城県)で死者12、家屋破損1,060余。宮城南部の震度は5〜6程度であった。相馬で津波があり、死者8発生。
http://www.mlit.go.jp/kokudokeikaku/iten/information/council/shuto-research/jishin_kentou/c_js06.html


寛政五年正月七日午刻(昼九ツ時過)(1793年2月17日正午過頃)牡鹿半島沖に大地震が発生した。
『古廟山主将記録』には、大津波が発生し須賀浦にて家17軒が流れ12-13人が流死したとある。『東藩史稿』には仙台藩領内で圧死12人、馬13頭、潰家1060余とある[1]。
全体で潰家および流失家1730軒余、船の流失・破損33、死者44人以上とされ、相馬では余震が10ヶ月以上続いた記録がある[2]。


宇佐美龍夫(2003)は、津波が相馬、いわきで引き波で始まったことから1896年の明治三陸地震にも似ていることを考慮して震央(北緯38.5°、東経144.5°)をより沖に定め、規模もM8.0-8.4と推定した。1897年の地震との類似を考慮すればM7.9程度になると推定している[2]。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%9B%E6%94%BF%E5%9C%B0%E9%9C%87


寛政五年(1793)宮城県沖に
発生した地震の詳細震度分布と津波の状況
http://sakuya.ed.shizuoka.ac.jp/rzisin/kaishi_19/16-Namegaya1.pdf



ここの図では松川浦から請戸で2メートルから4メートル浸水している
この時8人死んだということはそれなりの被害があった
津波は慶長地震の津波だけではない、相馬藩内でも寛政地震であった。
慶長地震が400年前でありその200年後に寛政地震があり相馬地方にも津波があった
それは今から200年前でありこの辺が津波の伝承を聞かないというとき
200年前だったらその伝承が残ってもいいはずであった
400年前は無理にしろ200年前となるとそんなに昔とはならないからだ

ただこれについても相馬藩政記に記されていなのだろう

慶長津波では400人溺死と記されている。寛政地震津波では記されていないとすると
このことも謎になる。
まあ、死者8人くらいなら軽くみることもわかる。
でも津波の記憶は残しておくべきだった、伊達藩には記されていて伝えられた。

そして慶長津波も寛政地震津波も今回の三陸沖津波も震源地か近いのである。
だいたい同じような場所から起こっているかことに注意するべきだった
そこには明らかな周期性があり大きな地震が百年単位とかで起きている。
明治時代にも三陸津波で大きな被害があった。

だから相馬は宮城県とも岩手県とも近いのだから無視できるものではなかった

それが何か相馬では福島県の浜通りでは津波は起こらないという感覚になっていた
三陸で岩手県でまた津波か、ここには津波は起こらないよという感覚になっていた
ても歴史を調べれば400年前にも200年前にも大きな津波がきていたのである。
ただ200年前の寛政地震津波でも8人死んだくらいだから記録にも残らなかった
だからここの津波についてもほとんど相馬藩でも知られていないのである。
民間の伝承も残っていないのである


ただ津波が200年前にもあった、
それも8人も死んだということは重大なことだったのである

つまり歴史では何が重大なものかその時ではわからない
この時は相馬藩は戦国時代ではなく政治も安定していた時代である。
だから自然災害にも藩で注目してもいいはずだった
それも注目されなかったのはなぜかという空白が問題になる


相馬地方では津波か来ないということがみんなで思いこまれていたのである
だからまるで危機感がなかった
三陸に起きても相馬では起きないという確信のようにまでなっていたのである。
でも現実に200年前にも来ていて8人か死んでいる
だから相馬地方でも浜通りでも津波は来ると警戒してければならなかった
今回のようなき巨大なものではないにしろ津波は日本の海岸では必ず来るものなのである
そういう宿命、カルマを背負った国土が日本だったのである

posted by 老鶯 at 22:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係

なぜ事故が起きるのだろうか? (事故もカルマが関係していたーツケは必ず払わされる)

 

なぜ事故が起きるのだろうか?

(事故もカルマが関係していたーツケは必ず払わされる)


事故がなぜ起きてくるのか?それは不注意とかが一番言われる。
でも注意しても事故は思いがけなく起こる。
だから事故は運不運だともなってくる。
なぜ今回水道管などか壊れて大量の水漏れをしたのか?
それも自分が留守の時に起きたのか

これは何なんだろうとなる

その原因はたまたま遠くに外出したことにあった
それも仙台に行ったのは約一年ぶりであり出かけていない
だから母が入院している間に行きたいと思っていた
自分はこれまで自由にどこでもふらっと遠くに旅もできた
そういう自由があることはよほど恵まれていたのである
なぜなら他の人は勤めていれば時間に出勤して
休暇をとること自体簡単にできないからである


それが家族が病気になり自分も病気になりここ7年間は介護でできなくなった
介護になると代わりがいないと外出すら余裕をもってできなくなる
それが一番自分には辛かった
全く自由が奪われてしまったのである
それも結局はあまりにも恵まれた結果なのである
「お前には十分自由を味わったからもうあなたの自由はない」
そう宣告されたと同じである


今回の大きな事故も何かそういう宣告を破ったことが原因している
お前は勝手には外出できない、遠出はできない
今までは家族がいて留守していたのだからこんなことは起こりえようがないのだ
要するに「お前にはもう自由がないのだ」ということを宣告されているのだ
その宣告を破ったがゆえに大きな事故が起きてしまった
それも自分がいないときに起きた
自分がいればその事故もたいしたものとはならなかった
水はすぐとめられたからである

てもこんなことは40年に一度くらいしか起こらないのである
だからその事故の時、家にいないということはよほど不運だったのである

事故に運不運があるとき、それは単に不注意とかではない運命的に事故が起きる
だから事故の原因が何なのか、それは運命だったということにもなる
そして事故がカルマだったということも指摘される
カルマというときその人が事故を起こすカルマをもったから起こす
自分の兄弟の一人は自分の父は同じではないが工場で事故で死んだ
その息子であったが40歳で交通事故で死んだ
だから二代して事故で死んでいるのはなぜなのだろうとなる
これもカルマなのかとなってしまう


ただこの世で事故はいつでも起きている、最近聞いた話では電柱に上る電気の仕事をしている人が
感電して死んだという、あそこには6000ボルトの電気が流れているという、
だから危険であり死ぬ人がいても不思議ではない
すると電気はボタン押せば使えるがその電気を作り保つことは危険があるということも認識する
命がそこて犠牲にされているということも認識して電気はありがたいものだとなる
原発でも事故が起きなければそうなっていたのである

だから事故はいつの世でもあり一つの犠牲だったともなる

なぜなら事故は交通事故でもそうだが車社会ではどんなに注意しても起きる
だから車社会の犠牲として事故が起きるからやむをえないとして保険金がでる
電気も同じなのだ
電気を維持するためにはやはりそれを保守点検する人がいてそういう事故が起きた
それは電気社会を維持するための尊い犠牲だったとなる
一種の電気を維持するための殉職だったとなる

原発事故でも電気社会を維持するために不可欠であり
犠牲者がでてもしかたがない、それより電気がなくなったら今の社会は維持できない
だから原発なしでは社会は文明は維持できないからつづけるべきだということになる
だから原発は簡単にやめるわけには行かないのである


いづれにしろ事故は何か運命的に起こらないか?
今回の事故にしても自分にとっては何か運命的だった
自分が今出かけなければあとはまた出かけられなくなる
そう思ってでかけたとき事故が起きたのだから運命的である

だから事故でも運命論的にとらえる人もでてくる
事故にあうべくしてあったのだ、死ぬべきして死んだとかさえされる
原発事故も起こるべくして起きた

巨大地震津波が起きたのも運命的であり事故も起きた
事故は運命的起きたということである
運命的とはどんなことをしてもさけられずに起きるということである
そこには神の意志さえ働いて起きるともなってしまう
だから人間の力ではさけられないものとして起きるのだともなってしまう

事故でも今回の原発事故でも予測しえないものが起きて起きるからそうなる

交通事故だってどんなに注意してもたまたま車を運転している人が暴走したりすれば
さけられない、自分が悪くなくても死んだりする。
だからそれもよほど不運だったとなる
それは相手の過失でそうなっても不運だったとなる

事故でも犯罪にあうのも運命的で運不運があったとなる
自分が突然病気になり入院して火事場泥棒にあったのも
大不運だったがそれも運命的でありさけられなかった
つまりそういう犯罪にあうべくしてあったとまでなる
犯罪というはそういう側面があるかもしれないのだ
なぜその人だけが犯罪の被害者になるのが不可解なことがあるからだ


ともかくこの7年間に自分に起きたことは何らかのカルマの結果でもあり
起こるべくして起きた運命的なものがあったということである
カルマとはなんらかのツケである。それを人生で積んでいるのが人間である
一番わかりやすいのは借金である
借金は具体的なカルマでありツケだからいづれは隠すことができず払わされる
それが過酷なものとなっている場合がある
その清算もいつかは要求される

だから自分に起きたこともカルマでありツケを払わされているとなる
原発事故でもそういうことがいろいろ起きている。
原発避難者は原発では金銭的に恩恵を受けていたとか言われる
それか今はカルマとなりツケとなって過酷なものとして支払いを要求されている
いづれはカルマはツケは個々人でも団体でも支払わされるということである

posted by 老鶯 at 11:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連