2014年02月02日

今年の一月も早くも終わった (新しい老人ホームができても働く人不足で困っている)


今年の一月も早くも終わった

(新しい老人ホームができても働く人不足で困っている)

松と菊長くもあれな一月終ゆ
新暦めくりてはやも二月かな
新年をはやふりかえる月日かな


今年の一月もめまぐるしく終わった。この7年間は常に追われる生活でなにかゆったりとした時間がもてない、まず一人介護していたら時間の三分の一は奪われる。
またポータブルトイレになんとか独りて行けるようになったから病院は出される。
そして前より介護の負担がふえる。
2月4日が誕生日で99歳で市から祝いの一万の商品券がもらえる。
それがもらえるのは病院になった。

歩けなくなったのはつまづいたからではなく全体の体力が弱ったからだった。
やはり起きて立って歩くということをするだけで負担になってくるのだ。
ついに寝たきりになると負担は倍増する。

それでも施設は満員で入れない、みんな入りたくても入れない不満を言っている。

最近できた鹿島区の老人ホームには100人収容できる。
すでに人が入っているという。
ただ介護する看護師不足、介護士不足で入れないのである。

近くの人は義理の親の92歳を介護しているが最近8番目に上がったという。
8番目というとかなり入れることか近くなったのかと思う。
でも8人がへるということは施設の場合は死ぬ以外に減らないだろう。
だから8人でもなかなか入れないということがあるかもしれない、
でも百人収容できる施設ができれば入れる度合いは大きくなる。
それでも300人待ち戸かなるとなかなか入れないのである。

とにかく介護している人も多い、近くだけでもあそもかあそこもかとなる。
介護され老人がふえるばかりなのである。どうしたって90以上になるとほとんど介護状態になってゆくのであく。

この辺は働く人がいない、若い人がいない、人手不足で困っている。
コンビニで募集してもシニアなど来ない、みんな補償金もらっているから仮設に住んでいる人などこない、
みんなパチンコだとか遊んでいるだけである。
そして60代になるとみんな働きたくなくなっているのだ。


補償金が出しすぎるのが問題だったというもそうかもしれない、それて真剣に復興などとりくまなくなった。70歳の老人が東京の方でギャンブルだとか遊びあとは生活保護だというふうになる人もいる。70くらいになったら誰も働きたくないからそうなる。
小高など避難地域に老人だけ帰ってもとうにもならない、すぐに弱り助けを求めるようになる。その時そこに助ける若い人たちがいないのである。そこて死ぬ覚悟ならデンデン野のように老人だけが集まり死ぬ覚悟ならそれはそれでいい、しかし今は病気になったら必ず医者にみてもらいたい、病院に行きたいとなるからだめなのである。
昔はそういう覚悟を強いられたからできたのである。
人間は強いられない限り辛いことはしないのである。

ともかく一月は終わり暦がめくられて二月である。二月尽、三月尽・・・となるが一月はない、
松と菊のように人もともにありたい、でも現代は時間か過ぎるのが早いのである。
今日は夕食は仮設の食堂でしたから楽だった。
用意したりかたづけたり洗ったりすることが結構手間なのである。だから時間に常に追われている。
外食するならほとんどそうした時間に費やされないから時間ができて創作の方もはかどる。
創作でも集中力が必要でありそれか家事に追われるとできない、人間そんなにいろいろなことに頭が回らないのである。

独り暮らしの老人がふえるとき,他しているようだがて老人が集まり食事できる場が必要になる。そうすると自宅で食事の用意をする必要がなくなるから楽になる。
そういう場があれば独りきりになるということもない。

ただこれの最大の問題は必ず嫌な人も来る゛一緒になると無視するわけにはいかないから困るのである。

この辺でもみんなか嫌っている人がいる。そいつをさけているのだが排除するわけにもいかない、
田舎ではそうした人間関係が狭いからかえって気軽に集まるということもてきない。田舎では何か人間関係が窮屈である。
あれがどうだこうだと何かとうるさい、するとそうした集まる場所にも行きたくないとなるのだ。これは施設でも同じである。
だから気ままな人は自分でもなるべく老人ホームには入りたくないのでてある。


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看護師不足でこんなふうな募集している。
それでも今は資格をとる必要があるしなんでも正式に働くのは面倒なのである。
なにかというと責任問題になるからである。
看護助士でも重労働だからやりたくない、ましてやシニアはやらていのである。